~学校~
~授業中~
2か月後、俺が昼休みに走っている事を知らない生徒はいないと言っても過言ではない。
陸上部の人間も何度か見に来ている。生徒会の人間も……
ふくらはぎの筋肉が、自分でも見とれるほどに盛り上がり、風呂上がりの楽しみになっているほどだ。
最近はタイムを計る様になり、平均タイムや自己ベストを記録している。
筋力に関心のある俺は、プロテイン〈アミノ酸スコアの高いたんぱく質〉などにも興味を抱いて使用している。
水筒に幾らか粉末状のプロテインを入れ、牛乳を注ぎ、ふたを閉めて強くシェイクし、それをゴクゴク飲んでいる。あくまでたんぱく質のある栄養ドリンクで、こっそりやっている事だが……
以前、音姉や由夢がプロテインを見て、ボディビルダーになるつもり!?と鬼気迫った顔で迫られ、最初に買ったプロテインは、何の言い分も聞かず、俺の手からひったくって、ゴミ箱に投げ捨てられた。
『勿体ないだろ!』と声を荒げて、ゴミ箱から拾おうとしたが、二人共マジになって俺を押さえにかかる。
その後、そのプロテインは水で完全に溶かして処分された。
理由はわからないが、説教を受ける。
『私、桜井義之はボディビルダーにはなりません』という誓約書まで書かされた。
俺の偏見かは解らないが、女はああいうボディビルダーの筋肉系は苦手なのかな……
ランニングの意識はあるが、決してマッチョになる為ではない……
『桜井』
『はい』
『この日本語を英文にしなさい』
『えーと、You only live once.』
人生一度きり。俺の好きな言葉だったので難なく答えた。
先生も意外そうに見て、よろしいと答える。
『………』
俺は前回の小恋の注意を聞かず、逆にトレーニングにのめり込んでしまっている。
自問自答の答えは、やはり前回の運動会の件だ。
小さい賭け事くらい、誰だってするものではないのか。
それとも何にもやんちゃをしない、無機質な生徒の方が理想なのか。
俺はそっちの方が不気味だと思う。許せる範囲内ではしゃぎたい。
だからと言って、バレてしまった賭け事を許すなんて事にはならないのは確かか……
~昼休み~
早弁を済ませておいた俺は、すぐにストレッチや体操、柔軟を済ませて走る準備にかかる。
制服とカッターシャツを脱ぎ、スタートラインの位置に付く。
『おーい』
『?』
あまり聞き覚えのない男の声が、俺の後ろから聞こえる。
俺か?と振り向くと、意外な人物が俺を呼んでいた。
『一ツ橋、お前……』
『俺も一緒に走っていいか?』
『はぁ?何言ってんだよ』
『じゃあ、一周だけ一緒に走ろうぜ』
『大体、お前は部活しているだろ。放課後に走ればいいだろうが』
『……部活は辞めた』
『辞めた?』
『頼む、一周だけだから』
一体何なんだ……。何をしたいのか解らん。
だが、言い合いをしていては、貴重な昼休みの時間がどんどん削られてしまう。
どこまでも面倒な奴め。
『一周だけだ。終わったらこの場から離れろ』
『解ってる』
やむなく走り始めて一周を走り終えると、一ツ橋はじゃあなと挨拶をして靴箱へと駆けていった。
一体何なんだ。
完全にやる気が削がれた。俺は両手で頬を思いっきり叩き、気合いを入れなおす。
そして、いつもの様に時間が過ぎた。
~学校~
授業は終わっているのだが、風邪が流行っているので、先生が気を付ける様に促している。
話が長いのでまだか、まだかと待っていると突如、ガラッとドアが開く。
先生と生徒が一斉にドアの方に顔を向ける。
『あれ、まだか……』
『何だ一ツ橋?』
『ちょっと……』
一ツ橋は俺を見つけると、『じゃあな桜井』と挨拶をしてドアを閉めた。
???、何なんだあいつの行動は……。俺は頭を掻きむしった。
『桜井、お前一ツ橋と親しかったか?』
『まさか!』
『……まあいい。話を続ける』
『………』
~放課後~
一ツ橋の妙なアプローチのせいで、すっかりペースが乱されっぱなしで腹を立てていた。
今度は、俺の半径2メートル以内に近づくなと怒鳴ってやる。
『何なの、あれ?』
『俺が知るか!』
雪村が尋ねてきたと思ったら花咲、小恋、杉並と俺の元に集まってくる。
何か速攻、帰れそうにない。
『モテる男は大変だな、桜井よ』
『あれと付き合うなら、俺は爬虫類と付き合うよ』
『……仲直りしたの?』
『バカ言うな!勝手に来るんだよ』
杉並も小恋も勝手に推測を始めて、質問をしてくる。
何なんだあいつの行動は。大きなため息が何度も出てしまう。
『……義之君にも来た感じかな』
『何の事だ?』
花咲が何か知っている様な事を言い出した。
いつもの様な、おふざけはない。
『以前は別の男に愛想良かったんだよ』
『頭がイカれてストーカーまがいな事を始めたのか?』
『あの一件で友達が一人もいなくなったから……』
『自業自得としか言いようがない』
『そうなんだけど、未だに生徒会や先生から呼び出されてたりするみたい』
『……まだやってたのか。妙に長いな』
『一ツ橋って子が認めたがらなくて、何らかの事情があるのだと思う』
『………』
~生徒会室~
メールで音姉がいるのを確認し、足を運んだ。
トレーニングの日々に追われていた俺は、財布の盗難の事など、すっかり過去の話だ。
骨休みも兼ねて、今日は一日疲れを取ろう。
『失礼します』
生徒会の人間が一斉に俺の方へ向く。だが、視線が迷惑そうに見てきて気に入らない。
そうでなくても、財布の盗難の件は、無関係の俺を疑ってきた者もいるのだから……
『弟君、どうしたの?』
『………』
『ん?』
『いやぁ、財布の盗難事件は俺は無関係だったのに、疑うだけ疑って誰も謝りに来ないと思った。生徒会と言っても人格が出来ている訳ではないんだな』
大きめの声で言い、睨みを効かしてやった。
何人かは反応したが、すぐ俺の目を逸らし、作業に戻っている。
『ああ、そういう話?生徒会内ではまだ終わっていない事件なの。でも、本当にごめんなさい』
『いや、音姉に行った訳じゃないんだが。話は別にあるんだ』
『話って?』
『一ツ橋だよ。あの問題はどこで停滞している?』
『……何て言えばいいかな。事実は判明しているけど認めてくれないの』
『もう、いいんじゃないのか?これ以上、時間をかけても仕方ない』
『犯した罪や悪戯はちゃんと謝ってもらわないと。謝る事も出来ないのでは先生も生徒会も納得できないよ』
『……なるほど』
あまりこういう問題に首を突っ込みたくはないが、一ツ橋だけならともかく、音姉の問題でもある事だ。
2ヵ月も未解決では、生徒会も苛ついていたのかも知れない。
俺は靴箱で靴を履き替えると、靴の痛み方に気づく。
この靴も寿命かな。
買ったばかりの靴は、柔らかくなるまで時間がかかる。
今の間にそろそろ買い換えるか。
レスポンスがある訳でもないのに、今までサンキューと言ってしまう。
『桜井ー』
『………』
異常にムカつく声が、再び俺の耳に届く。
頭に血が昇るのが解ってしまう。
『お前、さっきから何のつもりだ!?』
俺は一ツ橋の襟ぐりを掴むと、そのまま壁に押し付ける。
周りには、まだ生徒が居たが視線を全て無視した。
『いてーだろ。離せって』
『何のつもりか言え!』
『……解ったよ。もう構わねーから』
『……いや、俺もやり過ぎたな。すまん』
音姉の事もあったので、態度を軟化させ、感情を殺した。
本来なら、もうこいつと会うのはごめんだが、話をしないと解決できない。