後、2ヵ月……
今までの自分と比べると、ここまで走ってなぜ息切れがしないのか?と不思議に思うほどだ。
着実なトレーニングの効果を実感している。
運動会が近づくと、運動部の邪魔にならない様に運動場を使う事が出来るので、放課後俺と杉並、お互いの調整具合を確認し合う事にした。
~運動場~
~放課後~
準備運動だけを十二分に行い、体をしっかり温めた上で俺と杉並で勝負する事にした。
どちらが運動場のトラックを4周、先に走り終えるかというシンプルなものだ。
練習ではあるが、本番を想定した練習だ。
太ももを軽く叩きながら、スタート地点に着いた。
実戦練習は、絶対にやっておかないといけない。
意外に自分のミスに気づく事ができるので、必須とも言える練習だ。
『桜内、本番のつもりでやるんだ。準備はいいか?』
『ああ。そっちは?』
『それより解っているな?』
『解っている』
嫌でも運動部の視線が気になってしまう。
今日、ここで初めて自分の実力を外に知らせる事になる。
運動部の視線も感じざるを得ない。
杉並が走る所を見せるだけでも注目するのに、4ヵ月のトレーニングを費やした俺までいる。
しかも、2人共本気で走る気でいるので、練習を中断してまでこっちを見ている奴らもいる。
『お前が負けたら、うまい棒チーズ味10本だぞ』
『お前こそ、とんかつソース味10本だぞ』
『面白い。では、お手並み拝見といこうか』
『俺は地獄の思いしながら練習してきたんだぞ。お前こそ大丈夫か』
……お互いどうでもいい熱まで入っている。
俺と杉並の頼みで、雪月花にも協力してもらい運動場にいる。
花咲には俺と杉並のタイムを計る役を。
杉並の提案で、雪村には俺たちが走る様子を、陸上部はどの様に受け止めているか観察を。
小恋は、なぜか自分が走る訳でもないのにやたらと緊張しだしたので、スタートの合図をしてもらう事にした。
『じゃあ、いい?』
『ああ』
『いいんだよね?』
『小恋が緊張してどうする?よーいドンを言うだけでいいから』
『じゃあ、よーいドン』
『もう少し区切って……、杉並!?』
だが、杉並は一気に駆けだした。
俺も慌てて追いかける。あれをスタートの合図とは思わないはずだ。
……あいつ、うまい棒の為だけにわざと走ったな。
乗せられてしまったが、俺も軽快な走りで杉並の後を追う様に走る。
1周……
3周目までは、スタミナを常に温存しながら走り続ける。そう自分に言いきかせた。
杉並は結構早く走り続けているので、距離が少しずつ開いて、自分が不安に陥る様な感覚を覚える。
……いや、焦るな。自分のペースを守って走り続けるんだ。
2周……
杉並とは40メートル位の差を感じている。
まだスタミナが続くのか。まさか、あんなに走るのが得意だったとは……
俺は半ば、勝ちを諦めた。
もういい、自分の練習に切り替えるんだ。
3周……
俺は温存していたスタミナで、ペースを上げて走った。
一方、杉並はスタミナが切れたのかガス欠状態だった。距離は縮む一方だ。
あいつ、後先を考えずに走ったのか……
4周目で捉えてやる。
4周……
ラストスパートで、一気に残っていたスタミナを全部吐き出す様に走り続けた。
ゴールまで後4分の1という所で杉並を完全に捉え、追い抜こうとしたが服を掴んできて離さず、もつれ合いになってしまい、そこで終了してしまった。
『大丈夫?』
『……ああ』
息絶え絶えに返事をした。
俺は杉並に怒りたくても、呼吸を整えるので精いっぱいだった。
小恋が小走りに近づいて、俺たちの体についた土を払ってくれている。
杉並もかなり息を乱している。やっぱり最初に早く走り過ぎてバテたのか。
『杉並、服を掴むな!』
『結果は出た様なものだ。うまい棒の話は無くしてやったぞ』
『うまい棒はどうでもいい!今更ながら人選ミスの不安に駆られるよ』
『……正直な話、桜内がここまで走れるとはな』
『二人共、すごいタイムが出たよ。と言っても、服を掴んだから数秒遅らせてタイムを取ったけど』
花咲に確認を取ってもらうと、運動部も仰天するタイムだったようだ。
ちょっとだけ嬉しかった。
だがこれは最低条件で、陸上部の高坂先輩は、他の運動部では太刀打ちできない程の俊足の持ち主だ。
『………』
高坂先輩は杉並より早いのかも知れない……
今より早く走らないといけないとなると、予想以上の地獄を見えてしまう。
『上出来だわ、桜内』
雪村も戻ってきたようだ。なぜか俺にだけ言う。
陸上部の観察をしていたらしいが、意味があるのかよく解らなかった。
花咲だけがタイムを取っていたかと思ったら、雪村もタイムを計っていた様だ。
お互いに間違いがないか確認している。
『上出来って、陸上部がびっくりする様な記録だったか?』
『杉並の情報が正しいのなら、あんた達二人は高坂先輩よりタイムは上だわ』
『………』
『けど杉並は幾ら早くても当日、何をするか解らない。桜内、あんたに託すわ』
『任せておけ』
『でも、高坂先輩に勝つのは、地獄の苦しみである事は間違いないけどね。どれだけもがき苦しむのやら』
雪村がさらっと恐ろしい事を言う。
……だが、俺も想像は容易にできてしまう。
俺と高坂先輩、どちらが勝つか解らないが、どちらも限界を尽くして走る事になるだろう。
こうなったら、1分でも時間を無駄に出来ない。
『……帰るわ。トレーニングを再開する』
『突然ね』
『俺には時間がない』
『……そう、頑張って』
『……義之』
2か月後の為にも、今からトレーニングを再開する為に、先に帰る事にした。
今の間に、少しでも余念のない様に鍛えておきたい。
ここまで来れば、最後は笑いたいんだ。
……付き合いが悪いのは解っているつもりだ。悪いな雪村、小恋。
~公園~
ランニングの最中、見覚えのある後ろ姿を捉えた。
一ツ橋だ……
一人ベンチに座って、スマートフォンをしきりに操作している。
一旦、トレーニングを中断して、一ツ橋の方に向かった。
『久しぶりだな。一ツ橋』
『お前か、何してんだ?』
『ランニングだ。お前は?』
『………』
『……どうした?』
『俺……、とりあえず学校に行く事にした』
『……ほう』
『感情的だったあの頃とは、考えられない決断だ。うちの家庭はそれほど裕福でもないしな。転校をしたくても……』
なるほど……
貧困の波はどこにでも押し寄せて、行動や選択が制限されてしまうのだな。
考え抜いた結果なら、俺からも言う事はない。
生徒会も一安心する事だろう。殆ど思ってもいない幸運かも知れない。
『学校に復帰しても厳しい現実に会うだろう。でも今は、進学を夢見て新しい学校でやり直す事だけを考えていたい』
『そうか』
『どちらかと言うと、お前に迷惑をかけた事の方が後悔している。もう、どうしようもない事だが』
『………』
『……本心では、お前が次の運動会で高坂先輩に勝つ事も楽しみではあるがな。登校を決意したのはそれだ』
『……そうかよ』
俺は苦笑いをした。
何が相手にやる気を与えるのか解らないものだ。
それだけでも、一ツ橋が登校してくれるのだったら俺は嬉しかった。
努力が全く別の形で表れた感じがした。
『それで、いつから学校に来るんだ?』
『……来週からだと思う』
『そうか、遅刻するなよ』
『……それと俺は学校では一人で居たい。憐れみでお前が無理に話しかけて来るのは苦痛だ。お前はお前で普段通りでやってくれ』
そう言うと、一ツ橋は家路へと走っていった。
俺の性格を少し見通された感じではある。
もし一ツ橋が登校するとなれば、挨拶くらいはしっかりやってあげようと思っていた。
……もし、すれ違ったら挨拶くらいはいいだろう。無視は良くないと思うが。
判断がよく解らなくなってくる。