D.C.ⅡS.C. 〔1〕   作:消雪

20 / 25
〔20〕 5ヶ月後

~学校~

~授業中~

 

 

 

残す所、後1ヵ月……

タイムリミットを感じざるを得ない。

 

緊張が体内で大きくなっているのは自覚している。

だが、その緊張に打ち勝つ考えは、やはり勝敗を意識せず自分が楽しむだけに尽きる。

 

 

 

『一筋縄でいかないのは確かだな……』

 

 

小声で呟いた。

 

あの後も、俺と杉並は運動場で、長距離や短距離走を競い合っている。

それを、陸上部が知らないはずがない。

 

可能性から言って、高坂先輩もその場を見ているはず。

タイムもチェックされたかも知れない。

 

 

俺と杉並がタイムをたたき出した後、高坂先輩が猛練習を始めた。

表情は真剣そのもので、誰も近寄らせない程の気合いで練習している。

 

杉並の情報が間違っていなければ、現時点では雪村の言う通り、高坂先輩のタイムを超えている。

あんな帰宅部や非公式新聞部に負けるのは、私のプライドが許さないと言ったところかも知れない。

 

 

全学年種目は、高坂先輩が200、400、800メートルに出場する。

それを、俺は後を追う様に200、400、800メートルの出場に記入した。

 

これは高坂先輩からすれば、俺からの挑戦に等しい。

ド素人の俺に負ける訳にはいかないと必死なんだろう。

 

 

600メートルは、杉並に走ってもらう事にした。

だが当日、何かやらかさないか不安だけが残る……

 

多少、足が遅くても普通に走ってくれる人の方が良かったかもしれない。

 

……今の所、一ツ橋の話は出なさそうだ。

 

 

 

~学校~

~教室:昼休み~

 

 

 

『あれ、義之だけ?杉並君は?』

 

『……クイズ大会の件で、昼は外で済ますって言ってた』

 

『……もう』

 

『小恋はクイズに参加しないのか?』

 

 

『一緒にしないでよ。私はもういい』

 

『そっか。じゃあ飯にしようぜ』

 

 

 

そう言うと、俺は自分の弁当を開いて早速パクつく。

そんな様子を小恋は、観察する様に見ていた。

 

観察と言っても、どこか心配している様に見ている。

 

 

 

『何?』

 

『緊張とかしないの?もうじきだよ』

 

『緊張してもしなくても、その日は必ず来る。俺は今までの練習をふり返り、開き直るまでだ』

 

『……高坂先輩の真剣な練習を見ていると、本当の試合に出場するみたいだね』

 

 

確かに、今の高坂先輩は気合いのオーラが半端ではない。

練習の邪魔をされると、物凄い目つきで睨まれるらしい。

 

よほど、練習の邪魔をされたくないのだろう。

今では生徒会員は、用件は手短に話してすぐ去るそうだ。

 

……そんな様子を音姉は心配していた。

相手に怖がられたら、相談相手にされなくなったり、解らない事を聞きに行きにくくなったり、近寄りにくくなったりしまうと……

 

テレビで見たが、厳しい人間を避けたがる日本の仕事場の様な感覚かも知れない。

幾ら業務上、対人関係は割り切って我慢と言っても、自分自身は素直であり、嫌なものは嫌なのだから……

 

 

小恋と小話をしていると、雪村と花咲も教室に戻ってきた。

トイレでも行ってたのかな。

 

 

 

『雪村』

 

『何?』

 

『………』

 

『………』

 

 

『あっと、何でもないんだ』

 

『……違うわ。でもそういう事は女性に聞いてはダメ』

 

『……解るのか?』

 

『慌ててバツの悪そうな表情をしたから。どうせ、一緒にトイレに行ってたの?でしょ』

 

 

『義之!』

 

『何だよ』

 

『失礼でしょ!』

 

『ごめん。男ではそういう言葉があるからつい……』

 

 

なぜか小恋が一番怒っている。

花咲と雪村が怒るなら、解る話だが。

 

俺は慌てて話題を変えた。

 

 

『は、花咲、どこへ行ってたんだ?』

 

『運動場を見にね~。変態の義之君』

 

『運動場?』

 

『杏ちゃんとも話したけど高坂先輩、練習をし過ぎている気がするの』

 

 

『昼なのに走っているのか?それは同感だ。俺は既に足の疲れを取る事に専念しているからな』

 

『非公式新聞部と変態には負けられないというプレッシャーは感じていると思うわ』

 

『……帰宅部に言葉を変えてくれると助かる。俺からすると、一ツ橋の事も考えるとデジャブを感じるな』

 

『帰宅部の変態に負けられないという点では同感するわ。今までの練習量を比較すると余計にね』

 

 

何だよ……

気軽で温和な花咲がいやに突っかかってくるな。前言撤回、小恋より怒っている気がする……

 

便秘だったのか?という言葉を飲み込んで、その高坂先輩の話題を続ける事にした。

 

 

 

『雪村はどう思う?』

 

『恐らく……、生徒会内で失敗をやらかして、走っている気が紛れる様な考えかも』

 

『……そうか』

 

『更にあんた達が高坂先輩のタイムを塗り替えたせいで、嫌でも意識してしまう感じでもあるわ』

 

 

『俺の素直な意見だが、タイムで勝てても高坂先輩にはまだ勝てないと思うんだ。試合の様な感覚があるから、俺は緊張と上手く付き合えない。陸上経験の豊富な高坂先輩の方が、何にでも上手く対応できると思う』

 

『確かに経験は大きな差があるわ。けど、私は緊張とかしない方だからよく解らないわ』

 

『そっか。ちょっと羨ましい』

 

『そんなにあがり症だったかしら?』

 

 

緊張のし過ぎではないが、気持ちいい緊張ではなく、早くどこかに消えてほしい感じはする。

ま、その付き合いも後わずかの時間だが。

 

 

 

『やっぱり、800メートル走の勝負の行方が分からないわね』

 

『まぁな。200と400は俺か高坂先輩が勝つと思う』

 

 

ランニングで高坂先輩に勝つ自信のある者は殆どおらず、200と400は殆どのクラスは勝負を捨てて、他のクラスは600と800メートル走に勝負を絞っている。

 

800メートルも高坂先輩が走るが、他のクラスは疲労の蓄積を計算しての事だろう。

俺も同じ事が言えてしまう訳だが……

 

……大丈夫だ。プレッシャーを感じているのは全員に言える事だ。

ましてや、俺はランニングの練習すらしないで一ツ橋に勝てたんだ。

 

……楽しむんだ。それだけでいい。

 

 

 

~家~

~夕食後~

 

 

筋肉の疲労が残らない程度に、軽くランニングを終えた後、夕食をとる。

やっぱり、運動後の空腹は何よりの食事のスパイスだ。

 

何を食っても凄く美味しい。

 

夕食後、由夢と音姉はずっとテレビを見ている。時折、俺を観察しながら……

あれ以来、音姉は生徒会を抜けてしまい、その分を桜井家の家庭にも貢献し続けている。

 

H本は下手に置けず、捨てざるを得なかった。

 

しかし、思春期は性欲に悩まされる。判断が狂ってしまう。

テレビで見たが、そこに付け込む大人など、鬼畜そのものとしか言えないが……

 

 

 

『弟君、大丈夫?』

 

『ん、何が?』

 

『眉間にシワが寄っていたから。何かなーって』

 

『ああ、運動会がもうすぐだなーって』

 

 

『そうね、もう時期だよね。複雑だけど頑張ってね』

 

『……複雑?』

 

『えっと、まゆきとの勝負。弟君に勝ってほしいけど……』

 

『………』

 

 

もし高坂先輩が負けたら、ショックが大きいという所だろう。

しかし、勝負の世界は非情。今更、手を抜く訳にはいかない。

 

……クイズ大会もあるわけだし。

 

 

 

『私、兄さんを応援するわ』

 

『サンキュー』

 

『やっぱり、高坂先輩に勝つ事が出来たらちょっとだけ兄さんの事、自慢したいし。それと……』

 

『それと?』

 

 

『運動会が終わっても、ランニングは続けるの?』

 

『止めるだろう。ちょっとしたランニング程度なら続けるが、トレーニングの様な事はしない』

 

『じゃあ、これから一緒に居られるの?』

 

『……ああ、そうだな』

 

 

由夢と、音姉もしっかりこっちを見て確認している。

トレーニングの傍ら、寂しい思いをさせてしまったようだ。

 

必ず、その時間を取り戻してあげないと……

 

 

 

『唐突に提案なんだが、音姉?』

 

『何かな?』

 

『期間限定でいいから生徒会に戻ろうとかしない?』

 

『……どういう事?』

 

 

『今日の昼休み、高坂先輩の練習を見てたんだ。ちょっと練習のしすぎかなって』

 

『………』

 

『練習の熱のせいか周りが見えず、同じ生徒会員にも厳しいみたいだし、誰かがブレーキというか、ブレーンが必要だと思った』

 

『……そうね。そうだと思う。ずっと気にはしていた』

 

 

『ま、後の判断は任せるよ。今は運動会に全力を尽くしたいから』

 

『うん、ありがと』

 

 

 

しかし、俺も健康的になったものだ。

夜は11時には寝てしまい、朝は6時前には起きる。

 

寝る時間に関係なく夜は早く寝て、朝は早く起きると内臓の調子がやたら活発に感じる。

気の緩みも少なく、毎日の緊張感を持続しやすい。いや、断然に違うと思った。

 

 

運動会、絶対に負ける訳には行かない。

今回は、前回の様に消化不良の結果だけは残さない様にしてやる。

 

本当にようやくだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。