D.C.ⅡS.C. 〔1〕   作:消雪

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〔21〕 ー運動会ー

~学校~

~運動場~

 

 

『遂にこの日が来たな』

 

『本当に、この日が来てしまったな』

 

 

 

俺は生徒入場の行進の途中に抜け出て、これから始まる運動会の学校長の挨拶、注意事項、宣誓をサボる事にした。

そういった形式ぶった事をやるのが大嫌いだ。

注意事項など、先生が教室で行えばいい。

 

そして、杉並と合流してクイズ大会における最後の話し合いをしていた。

 

 

『しかし桜内にしては、思い切った決断をしたものだ』

 

『……この場合は仕方ないだろう。それしか他になかったんだ』

 

 

 

前回の運動会でクイズ大会〔トトカルチョ〕は、クラス全員で参加した。

今回も、前回と同様に皆にクイズ大会に参加させて、やる気を促す事にした。

 

……正直、俺も杉並もこの案には慎重ではあった。

大勢に参加させれば前回と同様、バレるリスクも高くなる。

 

 

だが運動会で優勝する勝算が立たず、クラスを鼓舞する為に、苦肉の策として選ぶしかなかった。

前回の取り分を取り返すという事で、うちのクラスは全員、自分のクラスに賭けてくれた。

 

金がかかっている面で、少なくとも本気でやってくれるはず。

前回と同様に活気づいてくれたので、暖気だけはしっかりと入った。

 

 

 

『当面はクイズ大会の心配より、先ずお前が高坂先輩に勝つ事を優先されるぞ』

 

『解っている。スコアの高い種目を逃すわけにはいかないからな』

 

『クイズ大会の方は俺がやっておこう。そろそろ宣誓も終わる頃だ。先に戻っておけ』

 

『お前は?』

 

 

『二人同時に戻ると生徒会に勘ぐられる。俺もすぐに戻ろう』

 

『わかった』

 

『それからウォーミングアップだけはしっかりやっておけ。最初の種目で足を痛める訳にはいかんからな』

 

『わかっている。じゃあ先に戻っているよ』

 

 

 

~運動場~

 

 

 

運動場のトラックの外側に、密集した生徒たち……

人、人、人、そして喧噪とも言える騒がしさ。

 

自分のクラスを探す事にした。

 

しかし、いつまでたっても人込みには慣れないな……

俺は自分のクラスを見つけると、後ろの方の席を選んだ。

 

 

……

 

 

『あら、桜内』

 

『よう、二人は?雪村だけか』

 

『どこへ行っていたの?』

 

『先生の挨拶とか聞いててもな。猫の鳴き声を聞いている方がいい』

 

 

『それより午前中にあんたの種目が2つあるんだから、準備だけはしっかりしておいてね』

 

『解っている。解っているよ……』

 

 

 

俺は準備体操やストレッチを行い、体を十分に温めておいた。

その様子を、雪村がやたらと観察している。

 

 

『今日はしんどいと思うけど、頑張ってね』

 

『……解っている』

 

『そればっかり。緊張しているの?』

 

『していないと言えば嘘になる。相手が相手だけに余計なプレッシャーを感じてしまうな』

 

 

『勝負の殆どは自分自身との闘いよ。相手に捉われて自分を見失う必要はないわ』

 

『……そうだな』

 

『応援してるから。あんたの事を』

 

『あ、ありがとう』

 

 

誰かに応援をされるのは、ここまで気持ちいいものなのか。

気分の悪い緊張が、どこかへ行った気がする。

 

俺は他の種目を見ながら、自分の種目が来るのを待つ事にした。

 

 

……

 

 

うちのクラスの奴らも、金がかかっているので応援の仕方も、自分の種目への気合いの入り方も違う。

まるで、前回の運動会のあの時のようだ。

 

1位になると、極端に沸き起こる歓声。6ヵ月前の再現の様に思える。

種目が次々と消化されていく。それは自分の種目が近づいている事だ。

 

重圧はもういい。練習を信じて楽しめばいい。楽しまなければ勿体ない。

何度もそう言い聞かせ、準備運動をしていた。

 

 

……

 

 

『そろそろ、あんたの番でしょ』

 

『ああ、行ってくるよ』

 

『小恋も茜もどこに行ったのかしら?』

 

『結局、戻って来なかったからな。ま、今の俺は運動会しか頭にない』

 

 

『応援してるから』

 

『ありがと。必ず勝ってみせる』

 

 

 

活気づいたうちのクラスから離れると、自分の種目の順番待ちをしているメンバーと合流した。

全学年が出るので、頭数を数えると俺を含めて10人だ。その中には高坂先輩もいる。

 

高坂先輩だけ、意気揚々としている。

他の8人は、俺と同様に緊張と上手く付き合えないのだろう。オーラが全然違う感じがした。

 

 

『真剣勝負だからね。弟君』

 

『勿論、この瞬間の為に頑張ってきた』

 

『おや、じゃあお手並み拝見といきましょうか』

 

『思いっきりやらせてもらう』

 

 

 

おかしい……、やはり俺も緊張と上手く付き合えていないようだ。

順番待ちに入ってから、緊張が増幅した様な感覚がある。

 

くそっ、何なんだこれは!きっちり覚悟は決めたはずなのに。

俺は何度も、準備運動に時間を使う。アキレス腱を伸ばし、何度かシャドーボクシングの様にステップをした。

 

 

……

 

 

そうこうしている内に、自分の出番が来た。

咄嗟に思いついたが、漫画でよくある大事な人を思い浮かべる事にした。

 

 

……小恋。

お願い、少しだけ力を借りたい。

 

とびっきりの笑顔を、今だけずっと頭に焼き付けさせて。

 

小恋の笑顔だけだ。他の事は一切考えるな。

小恋だけ……

 

 

そう思うと、緊張が幾分か緩くなった。

今はずっと彼女らの顔を思い浮かべる事にした。

 

 

『もういいのか?』

 

『えっ?』

 

『桜内君だよね?早くトラックの中に入って』

 

『あ、はい』

 

 

 

先生に注意された。目をつむって瞑想状態だったので、殆ど周りが聞こえなかった。

この状態をキープすればいい。今はそれだけでいい。

 

トラック内では、既に高坂先輩に内側のスタート地点を取られて走る準備をしている。

……経験の差で、何もかも後手になるのは仕方ない。

 

俺もスタート地点に着いた。

 

 

俺のクラスは、応援でかなり盛り上がっている。ハイスコアの種目だから、応援で勇気づけているのだろう。

緊張状態が楽になったり、苦になったりゴチャゴチャして分からなくなってきた。

 

俺は頬を何度か叩いて、前足に体重を乗せた。

 

 

200メートルは1周だ。高坂先輩は内側を走り続けるだろう。

外側から抜くには、円の場所ではかえって早く走る事になる。線の場所で勝負を賭ける。

 

 

 

『位置に着いて……』

 

 

『よーい……』

 

 

バンっと鳴ったと同時に、一斉に走り出す。

俺もリズムに乗りながら走っていく。

 

すぐに俺と高坂先輩が先頭に出た。いきなり抜かす事は出来ず、高坂先輩の後ろに着く。

円から抜かす事を考えず、いつでも抜ける態勢を整える。

 

 

円から出て線の状態になったところで、一気にダッシュをしようとした。

だが、向こうも抜かされまいと、微妙に外側に位置を取っている。

 

 

『くそっ』

 

 

 

俺は毒づいたが、すぐに気持ちを持ち直し先輩の後ろに位置を取る。

走るスピードはほぼ同じなので、抜かすには位置取りが欠かせない。

 

俺は進路的に抜かす事を諦めた。そして、すぐにまた次の円へと走っていく。

 

……だが、このスピードだといけそうだ。

 

 

またも円の状態で、後ろを追いかける様に位置を取る。

次が最後だ。少し外側にポジションを取って、思いっきりダッシュするんだ。

 

 

円から線の状態になる。既にゴールテープが見えている。

またも高坂先輩は、微妙に外側の位置で走っている。

 

 

後ろからでは、よほどスピード差がない限り、外側を迂回して抜かせない。

走る速度に大差がないので、直進で抜かす事しかできない。

 

だが、次は予測を立てる事が出来たので、俺は少し外側の位置を取っている。

 

 

よし、これならいける。

俺は一気に、高坂先輩を抜かした。

 

そのつもりだったが、ゴールとの目測を誤ったせいか、抜かすと同時にゴールをしていた。

俺は荒い呼吸を整えて、回復を待つ。

 

 

『ハー、ハー、ハー』

 

 

 

肺が痛い……。一体、どっちが勝ったんだ。

高坂先輩も、荒い呼吸を整えてスタミナ回復に専念している。

 

 

『なん、だと……』

 

 

 

高坂先輩が、自分の太ももを叩いて悔しがっている。

あんな口調になっているのも、初めて見た。

 

ゴールテープを持っている人ですら、判別できない程の同時ゴールだった為、どちらが1位だったかは保留になってしまった。

スコアは改めて、公平に決めるとの事。

 

今回の事がないように、次はカメラで撮影し続けてどちらが勝ったか、完全に判別する様にしている。

 

 

俺の荒い呼吸も少しずつ整い始めている。少しでも回復する時間が惜しい。

前半は、まだ400メートル走が残っている。

 

俺は自分のクラスへと足を向けた。

 

 

『次は絶対に抜かせないから!』

 

 

 

高坂先輩の声が耳に届いたが、次の種目で頭がいっぱいの俺には後で考える事にした。

凄い形相だったのかも知れないが、そんな事を考える余裕すらなかった。

 

 

……

 

 

クラスに戻ると、一斉に歓声が起きて迎えようとしたが、俺は手で制止した。

まだ、2回勝負が残っている。集中させてほしいと真顔で言った。

 

その表情を読み取ってくれたのか、俺と距離を置いてくれた。

花咲も小恋もいつの間にか戻っているようだ。雪村は俺にタオルを貸してくれた。

 

 

 

『お疲れ。上々だったわ』

 

『………』

 

『それとスポーツ飲料。……大丈夫?』

 

『ああ。悪いとしか思えないが話しかけないでくれ。集中したい』

 

 

『解ったわ。必要な時だけ声をかけるわ』

 

『すまん』

 

 

『………』

 

 

……

 

 

時折、顔を上げて運動場の様子を見る。同時に、小恋の心配そうな顔があるが、慌てて運動場の方を見る。

無言で立っては皆は何かと思ってこちらを見るが、筋肉をほぐすところを見ると、運動場に視線を戻す。

 

一度走ったせいか、緊張は既に無縁の状態であった。

今は疲労感の事を考えていた。

 

 

疲労の蓄積も次の400メートル走の事を考えると、恐らく倍増するだろう。

高坂先輩が本気で走るとなれば、俺も本気で走らなくてはいけないので尚更、疲労は倍増する。

 

そこへ午後からは800メートル走だ。疲労のない各クラスの代表と本格的な勝負となる。

他のクラスがどれだけ足が速いのか分からないが、疲労の差は絶対に出てしまう。

 

800メートルを走りきる事は出来ても、果たして疲労の残った体で、1位を取る事ができるか……

今は、疲労やスタミナ面で不安を抱いていた。

 

 

『義之』

 

『………』

 

『義之』

 

『なんだ?』

 

 

『陸上部員がトラックの中間に配置されたわ』

 

『?』

 

 

 

すぐにグラウンドに目をやるとスタート地点から、100メートルの位置に誰かがいる。

陸上部員だとすれば、一体何をする気なのか……

 

 

 

『何だあれは』

 

『よく解らないわ』

 

『………』

 

『1周、2周のカウントならスタート地点に居るはずだわ。もしかしたら、義之がどこを走っているか知らせる為の配置かも』

 

 

『………』

 

『帰宅部には負けられないから、なりふり構っていられないのかも知れないわね』

 

『………』

 

『義之?』

 

 

 

突破的に、いい案が思い浮かんだ。

多少、卑怯感が否めないが反則技ではないのは確かだ。

 

なりふり構っていられないのは、こちらも一緒だ。

もし、俺が何着か?どのくらい距離が開いているか?それを知らせているなら、逆手に取らせてもらう。

 

 

俺はすぐクラスのメンバー全員に、ある事をしてほしいと頼んだ。

皆、俺の本意がどこにあるのか分からずにいたが、簡単な注文なので了承してくれた。

 

俺の種目が迫っていたので、すぐ待機場所で待つ事にした。

当然ながら、高坂先輩もそこに居る。

 

 

 

『正直言って驚いたわ。6ヵ月でここまで成長するなんて……』

 

『……恐縮です』

 

『けどね、ここまでよ』

 

『はい』

 

 

200、400メートル走は高坂先輩に勝てないと全てのクラスが勝負を捨てている。

600、800メートル走が激戦となる見込みが高い。

 

800メートル走まで少しでも、スタミナを温存しておきたいのが俺の本音だ。

そうでなければ、疲労の状態から勝算を見込めないからだ。

 

恐らく、高坂先輩も同じだと思うが、スタミナ配分の計算より俺との勝負こだわっている様に思えてならない。

できるなら、それに付き合う訳にはいかない。

 

とにかく、400メートル走の1周目は4番辺りをキープしよう。後はイメージ通りにやるだけ。

 

やがて、400メートル走の順番が来て配置に着く。

さっきより、うちのクラスは歓声で盛り上がっている。

 

 

不意に目に入ったが、小恋と花咲の奴、カメラを持って俺を撮っていた。

だが、瞬時に雑念を捨てて、勝負のみに集中する。

 

 

 

『位置について……』

 

『よーい』

 

 

 

バンっと鳴ると同時に、一斉に走り出す。

高坂先輩は、さっきと同じ様に1位のまま走り続けている。

 

俺は少し離れて4番目に走っていた。

高坂先輩とは少し距離があり、2番、3番、4番と殆ど密集した状態で、順番が激しく入れ替わりしている。

 

 

俺はトラックの中間に居た陸上部員を注意深く見ていた。

手で4という数字を大きくサインしていた。

現時点では何を知らせたのか確信が持てないので、走りに集中する。

 

 

1周目を終えて、ラスト1周に入ると俺はスピードをわざと減速した。

それと同時に、派手に騒いでいたうちのクラスは、急に静まり返った。

 

やがて5番目に抜かされ、俺は6番目の後ろを走っていた。

ラスト100メートルまで来ると、運動部員は今度は手で6の数字を示した。

 

 

高坂先輩が後ろを見た。

俺の位置が本当か確認したのだろう。あわよくば、うちのクラスの意気消沈も。

 

 

『ハー、ハー』

 

 

 

高坂先輩も、スピードを抑えて走っている。

できるなら、スタミナを抑えたままゴールしたはずだ。

 

俺は彼女の油断した走りを捉えて、一気に全力で駆けだした。

 

5番、4番、3番、2番目の走者をごぼう抜きして、そのまま高坂先輩も抜き去り、独走状態でゴールを目指す。

 

後ろから慌てて走ってくる足音がするが、それも距離感からして追いつけまい。

俺はそのまま1位でゴールした。

 

 

うちのクラスはまたも、歓声を響かせている。

後から高坂先輩も2着で終えていた。

 

 

『桜内君……』

 

『………』

 

 

 

口調は穏やかだが、どう見ても怒っている。

だが、これは仕方がない。俺には負けられない事情があるんだ。

 

 

 

『スタミナを抑えて、800メートル走に備えたいのはお互い様ですよ』

 

『結構、酷いね!』

 

『酷いとは思うが俺の作戦勝ちです。負けたくなければ、早く走ってゴールすれば良かった事です』

 

『それは、けどさ……』

 

 

『次がラストです。お互いに全力で行きましょう』

 

『解ったわ!』

 

 

 

高坂先輩は、肩を怒らせてその場を去っていった。

俺はとりあえずホッとしていた。スタミナをここまで抑える事が出来れば大成功だ。

 

800メートル走にも幾分か勝算を出せる。

というのも、スタミナが切れてしまっては、800メートル走は途中で地獄を見る気がしてならなかった。

 

 

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