D.C.ⅡS.C. 〔1〕   作:消雪

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〔22〕 -運動会ー

~学校~

~運動場:昼休み~

 

 

花咲の提案で、クラス全員で昼食を取る事にした。

人込みは苦手だが、恐らく最後の機会かも知れない。

 

そう思うと惜しくなるもので、皆と食事する事にした。

俺はイスに座ると、杉並が驚いた様子でこっちに来た。

 

 

 

『見事だったぞ桜内よ。高坂先輩を相手に、あそこまで接戦するとはな』

 

『まだ800メートル走が残っているけどな。今度こそ先輩と本気の勝負になる』

 

 

 

俺が高坂先輩と競り合ったのが意外だったのか、杉並も興奮気味だ。

話によると、うちのクラスも手に汗を握りながら、固唾を飲んで勝負の行く末を見守っていたらしい。

 

よくよく考えれば、俺はあの高坂先輩と堂々と渡り合っていたのか。

1年前からすれば、信じられない事をしているな……

 

だがまだだ。まだ気を緩める事はできない……

 

 

 

『杉並、600メートル走に備えて、ウォーミングアップだけはしっかりな』

 

『ふっ、任せておけ。うちのクラスの優勝を決定的にしようぞ』

 

 

……

 

 

一つ接点のある話題があると、結構他の奴とも会話ができるものだ。

普段は喋る事のない奴らと小話をした後、弁当を手に取った。

 

 

『………』

 

 

 

あまり食欲が出ないが、それでもしっかり昼食をとる。

食事は体力気力の源。いざという時、食事を取っていないと力が出ない。

 

しかし食欲は沸かず、食事は作業感でいっぱいだ。今の俺の頭の中は、800メートル走しか考えられない。

 

 

 

『今は話していいの?』

 

『ああ、いいよ』

 

 

 

雪村、花咲、小恋……

やっぱり一日に一回、3人の顔を見ていたいな。

 

まだ緊張がくすぶっているのか、安心感を強く感じさせる。

 

 

 

『大変な思いをしてそうね……』

 

『けど、後1種目だけどな』

 

『そうじゃないわ。大変なのはあんたじゃなくて先輩の方』

 

『先輩?』

 

 

『義之……、走る事に集中し過ぎて高坂先輩を見ていないでしょ?あれだけマジになっている先輩は初めて見たわ』

 

『そ、そうだったのか』

 

『一ツ橋は、あんたの姿を見て派手に大はしゃぎしていたし……』

 

『あいつ、居たのか?』

 

 

『……音姫さんや由夢ちゃんも応援していたでしょ?』

 

『そうだったのか?』

 

『……今のあんたの頭の中は、走る事だけね』

 

『本当にそれだな。全く気付かなかったよ』

 

 

 

一ツ橋の場合、生徒会への恨みがあるからな。

俺が先輩を負かす所は、一ツ橋にとってはある意味、爽快における感情の爆発だったかも知れない。

 

あるいは、生徒会に何かやり返したい思いが、俺が先輩を負かす事で感情として出てしまっているのか。

 

 

 

 

『そういえば、花咲と小恋。俺の写真を撮っていたな』

 

『あちゃー、見えたか』

 

 

『だって、あんな真剣な表情の義之。珍しかったもん』

 

 

『周りが見えているのか、見えていないのだか……』

 

 

 

俺もあまり写真を撮られるのは、好きな方ではない。

けど、こいつらに写真を撮られる事は嬉しかったりする。

 

この場合、男と女の感覚だろうな。

好きでも嫌いでもない相手なら、写真を撮ろうとする発想が先ずないのだから。

 

 

 

『義之、一つお願いがあるんだけど』

 

『よりによって今か。何だ?』

 

『さっきの写真、焼き増ししていい?』

 

『小恋、俺の写真を売り物にする気か?』

 

 

『そうじゃなくて、由夢ちゃんが……』

 

『……焼き増ししてくれと?』

 

『……うん』

 

『別にいいよ。何か恥ずかしいが……』

 

 

『もしかしたら音姫先輩も……』

 

『……じゃあ、音姉までで』

 

 

『私まででいいかしら?』

 

『……じゃあ、雪村までで』

 

 

……

 

 

他愛もない話があっという間に過ぎていった……

運動会も後半が始まろうとしている。

 

俺や雪月花たちは、一旦自分の席に戻る事にした。

 

……

 

しばらくして、生徒が全員席に戻った後、先生らが運動会を再開する前に、200メートル走の判定を下した。

 

同時ゴールであった為、俺と高坂先輩、どちらも1位扱いにしてハイスコアをそのまま受けるというものだった。

一番、無難な判断だろう。

 

 

『高坂さんは内側を走り、桜内は外側を走って同時ゴールだった。桜内の勝ちに決まっているだろ!』

 

 

 

一ツ橋が猛り狂った様に、大きな声で疑問を呈している。

あいつ、感情的になり過ぎていないか……

 

ちょっとした狂気を感じたので俺は立ち上がり、首を振り、手を出して制止サインをだした。生徒も何事かと見ている。

 

微妙な空気の中、先生が後半の運動会を再開した。

 

 

 

『彼、大丈夫なの?』

 

『……多分な』

 

『………』

 

『今、俺の考える事ではない。無言タイムに入る』

 

 

『孤独ね、頑張って』

 

『頑張る』

 

 

……

 

 

そういえば俺の前に、杉並の600メートル走を挟むな。

個人的に気になったので、運動会に視線を戻した。

 

障害物競争の最中で、まだ始まっていないようだ。

皆は運動会の応援に、夢中になっていて聞きづらい。側にいる小恋に声をかけてみた。

 

 

 

『小恋?』

 

『わっ、びっくりした』

 

『どうした?』

 

『さっきまでずっと無口だったんだもん』

 

 

『わりぃ、杉並の600メートル走は?』

 

『次だと思うよ』

 

『そうか、是非見てやらんとな』

 

『1位になってほしいね』

 

 

 

……心配ない。

練習の時、あいつの足の速さを知っているつもりだ。

そこらの生徒では到底付いていく事は出来ないだろう。

 

だが、楽観はできない。

他のクラスは200と400を捨てて、その代わりに600や800メートル走に勝負を絞っている。

次からは、走りに自信がある運動部が出て来るはずだ。

 

800メートル走にも高坂先輩が出るが、疲労を計算して、800メートル走に勝機を見出したのだろう。

……と言っても、俺が走る事がなければ大した疲労もなく、800メートル走に出ている気がする。

 

 

……

 

 

『………』

 

『600メートル走は、背の高い人が多いね』

 

『やはり運動部が出てくるな……』

 

『義之も一緒に杉並君を応援してあげてね』

 

 

 

そうだ、俺もその応援に救われたんだ。

俺も一緒にデカい声で応援する事にした。

 

800メートル走に集中している今、大声を出して気分転換もいいのかもしれない。

クラスの歓声と同時に、600メートル走の出場者が位置に着く。

 

 

 

『杉並ーーー、行けーーー!!』

 

『杉並君ーー』

 

 

……

 

 

 

『位置について、よーい……』

 

 

バンっという合図と共に、一斉にスタートを切った。

杉並は外側から一気に抜き、1番を走っている。

 

だが次に俺の目に入ったのは、運動部の奴らだ。

全員、走り慣れている人間ばかりだ。

 

無駄な動きをせず、ペース配分を乱そうとせず杉並に付いていこうとしない。

杉並のスタミナが持つのか、不安になってきた。

 

 

 

『あれ……』

 

『すごい。杉並君2番目を大きく離して1番だよ』

 

『そうだな、心配する事もないか』

 

『全然スピードが衰えないね』

 

 

 

幾ら何でも早すぎる……

最初から早いペースで走っていながら、更に加速している。目の錯覚でなければ、加速し続けている。

 

たかが3周なのに2番の走者をあり得ないほど引き離して、周回遅れの人間を抜かそうとしている。

 

 

あいつ、まさかこの土壇場でドーピングを……

俺は目まいがして、自分のイスに座り込んだ。

 

 

 

『あれ、杉並君が先生に呼ばれてるよ』

 

『……ドーピング検査だろう』

 

『ええっ』

 

『ったく……』

 

 

『私たち、義之君だけが頼りだから』

 

『杉並に真剣勝負を頼んだ私たちがバカだったわ……』

 

 

 

後悔先に立たず、だな……。貴重な得点だったのに。

俺は自分の競技に備え、準備体操を入念に行った。

 

800メートル走だから、4周だな。

最初の2周まではスタミナを温存する様に心掛けないと。

 

とにかく、無理に付いていこうとしない事だ。

600メートル走から、800メートル走まで順番はすぐに来るので、先に待つ事にした。

 

 

 

『よ、義之、行くの?』

 

『ああ。小恋が緊張する事ではないんだから』

 

『うん、応援してる』

 

『……行ってくる』

 

 

『私たちも応援してるから』

 

『頑張れ』

 

 

雪月花の応援を背に受けて、過酷な勝負をしに歩みだす。

さて、高坂先輩と今度こそ真剣勝負だ。

 

 

……

 

 

『あれれ……』

 

 

まだ誰も集まっていない。少し気が早かったか。

せっかくなので、そのまま待つ事にした。

 

障害物競走を見ていると、俺もあんな気楽な勝負をしたかったと思えてくる。

運動会ではあるが、俺の場合は他校との試合の様な緊迫した勝負としか思えない。

 

 

 

『兄さん』

 

『由夢……』

 

『ここで何してるの?』

 

『800メートル走に出場するから待っているんだよ』

 

 

『まだ出場するの!?』

 

『次がラストだよ。今から家のコタツが待ち遠しいよ』

 

『私、もう緊張したくないんだけど』

 

『走るのは俺だ。なんでお前まで小恋みたいに緊張するんだよ』

 

 

『大切な人が走るからでしょ……』

 

『そう、なのか?』

 

『な、何でもありません!でも私、兄さんを応援しているから』

 

『ありがと、行ってくるよ』

 

 

『兄さん……』

 

 

 

ちょうど、800メートル走の参加者が集まっているようだ。

しかし、速そうな奴らばかりで、高坂先輩だけを注意する訳にもいかない気がしてきた。

 

今から1位を取るとなると、恐ろしく気が重くなる。

 

少し離れた場所で、高坂先輩は柔軟体操をしていた。

すぐに、シューズが変わっているのが目に付く。漫画家はペンにこだわるが、陸上にもそういうのがありそうだ。

 

 

 

『弟君とは決着をつけないとね』

 

『俺の様な人間が出てきてある意味、杉並より世話を焼かせて申し訳ないです』

 

『解ってくれているようで嬉しいわ。あれだけの短い練習期間で、自信を失うわ……』

 

『………』

 

 

『真剣勝負よ!』

 

『はい!』

 

 

 

800メートル走の順番が来て、皆トラックに入り、スタート地点で独自の準備運動をしている。

俺もアキレス腱を伸ばし、屈伸をし、頬を叩き、意を強くして勝負に望む。

 

悔いのないように、全力を尽くすだけだ。例え地獄の思いをしても……

今までにないひと際大きな歓声が、人の気も知らずにとイラついたのは胸に隠し、最後に軽く深呼吸をした。

 

 

 

『では、位置について……』

 

 

『よーい……』

 

 

 

バンっという合図で一斉に走り出した。

駆け出すタイミングが完璧で、自分だけわずかに遅れた。

 

皆、すぐに内側を取ろうと強引に入り込む。俺も負けじと内側に入り込んだ。

 

体格のある奴らばかりで、自分が何位で走っているのか分からない。

円に差し掛かった時に、すぐにチェックした。

 

 

1番、2番、3番と先頭者が走り、俺と続いているようだ。

高坂先輩は見当たらないから、恐らく後ろを走っているのだろう。

 

 

100メートルを走り、自分のクラスが見えると雪村が手で5というサインを出していた。

 

 

『?』

 

 

 

俺は4番目に走っているから、すぐ後ろで走っているのが高坂先輩という事だろうか……

憶測しつつ、すぐに1周目を走り終える。

 

 

後ろで走っていた奴がペースを上げて抜かされ、俺は5番目になった。

見た感じでは、先頭グループに入ろうとしている。

 

俺は無理に先頭グループに混じらず、自分のペースを優先して走り続けた。

 

またクラスが見え始めると、雪村は両手を上げて、6というサインを出した。

これは、高坂先輩の位置だと考えていいだろう。

 

 

2周目……

皆の呼吸の乱れが耳に入る。

自分自身となると、心臓の音がしっかり聞こえてくる。

 

苦しいがここで先頭グループの後を追う事にした。

徐々に距離を縮めて、中盤のグループから離れて4番目の走者の後ろを走る。

 

すかさず自分のクラスを見た。

雪村は6のサインを出している。

 

 

『ハー、ハー、ハー』

 

 

 

高坂先輩は、俺の後ろを殆ど距離を空けずに走り続けている。

いつ抜かされるか分からない感覚に陥り、嫌なものを感じた。

 

3周目を終える前に、先頭グループの1人がスピードダウンして、俺は4番目になって3周目を終える。

 

 

ラスト1周の状態になり、スピード落ちしてきた先頭集団を抜かし1位となった。

このまま誰も抜かさせないと、わずかにペースを上げた。

 

既に呼吸は乱れに乱れ、気力だけで走り続けている。

これがラスト、これがラスト、これがラスト、頭の中で何度も繰り返して走り続ける。

 

 

ずっと高坂先輩が俺の後ろを走り続けていて、全く気が抜けない状況だ。

確認の為、うちのクラスの近くまで走ると、雪村は手を組んで心配そうに祈っていた。

 

もうサインは必要なく、1位を走り続けるだけという事か。

 

このまま走り抜いてやる。

意を決して、限界を超えるかの様にスピードを加えた。

 

 

 

『……せて』

 

『?』

 

 

後ろから声が届いた。だが、聞き取れなかった。

すぐ気を取り直して、最後のゴールを目指す。

 

 

 

『勝たせて』

 

『………』

 

『お願い』

 

『………』

 

 

 

この状況下で思考がまとまるはずもなく、一向に構わず走り続けた。

そして俺は、そのまま1位でゴールした。

 

すぐに後ろでドサっと音が聞こえる。

大きな声援と歓声が、女の悲鳴に変わった。

 

 

息絶え絶えに振り向くと、高坂先輩が倒れ込んでいる。

すぐに先生や生徒会らが駆け寄って、様子を確認している。

 

 

俺もあまりの苦しさに、土下座の様な形でその場に崩れた。

すぐに、体力の回復を図る。

 

 

 

『ハー、ハー、ハー、ハー』

 

『桜内、大丈夫か?』

 

 

 

歯を食いしばって、体力の回復を待つが全く回復しない。

試しに目を開けると、1メートル先が見えない。貧血のあの状態が、いつまでも続いている様だ。

手や足もジーンと痺れ始め、回復どころかますます悪化していく錯覚に陥る。

 

 

『桜内、返事できるか?』

 

『弟君!しっかりして!』

 

 

 

返事も出来ず、飲み物も受け取れず、その場で呼吸困難にでもなったかの様に酸素を貪る。

あまりの苦しさに、気が遠くなりそうだ……

 

 

『チアノーゼを起こしている。担架を用意して』

 

 

 

俺の体は誰かに動かされ、誰かがそのまま担架で運んでいった。

この過呼吸が、一体いつまで続くのか。拳を握りしめ、地獄の苦しみに抗い続けた。

 

 

 

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