~家~
~玄関~
『珍しいですね。どうしたんですか?』
『弟君、体、大丈夫?』
『大事を取ってもう一日休んでいるだけですから』
『そっか』
運動会から2日が経過した。
俺は体調を回復させる為、もう1日休む事にしている。
その間にお見舞いと称して、雪月花の騒がしさと来たら……
けど、その反面で助けられもした。
小恋は弱り切った俺を見て泣きそうになっていたので、俺は元気なふりをして腕立てやスクワットを始める始末。
俺には雪村や花咲の様な、小恋の「扱い」など出来ず、終始騒がしくしてくれた事に感謝している。
騒がしくされて感謝するなど、多分最初で最後だろう。
今日のメールをチェックすると、音姉から高坂先輩が家に行くと書いてあった。
てっきり放課後かと思ったが、予想に反して12時に来た。
この時間は、学校の昼休み時間のはずだ。
先輩は制服を着ているので、学校を休んでいる様にも見えない。
『明日は学校に来れそう?』
『はい。そのつもりですよ』
『そっか』
『………』
いつもの高坂先輩ではなく、何だか歯切れが悪い様に見える。
単に、お見舞いに来ただけではなさそうだ。
昼休みに来たのも意外だし、何となく2人で話せる機会を捉えた気がする。
『……弟君、走っていた時の事を覚えてる?』
『何メートルの時です?』
『……800メートル走の時』
『………』
一番、過酷なあの800メートル走か。思い出しただけでもしんどくなる。
覚えてると言われても、倒れた時の事しか覚えていない。
俺もすぐに倒れ込んだ訳だし、そもそも地獄の苦しみだったので記憶も殆ど曖昧だ。
『おそろいで倒れ込んだ事ですか?』
『おそろいって……。倒れる前の事』
『う~ん』
『………』
800メートル走を走っている時の事……
……そういえば俺がゴールする前に、先輩が何かつぶやいていた。
確か、「勝たせて」「お願い」と言っていたと思う。これかな……
俺は苦しすぎて幻聴でも聞こえ始めたのだと思っていた。
『勝たせて、お願い、ですか?』
『………』
『………』
『………』
『高坂先輩?』
『……恥ずかしいな。やっぱり聞こえてたかー』
幻聴ではなかったようだ。
今にして思うと、なぜゴールの手前でそんな事を言い出したのか謎ではある。
その呟きで、ランナーの俺を止める気でいたのだろうか。
『言い訳だけはさせて』
『でも、気に病む事でもないですよ』
何かシリアスな話し合いになりそうだ。
俺に至っては、さっきまで幻聴としか思っていなかったのに……
「何も聞こえませんでした」と答えた方が良かったな。
「聞こえてないならいいの、じゃあねー」という展開になっていたかも知れない。
『最後、作戦通りに弟君を抜こうとしたけど抜けなかった。走っている途中にパニックになったの。今までの練習の成果や、試合の成績が否定される気がして。才能も全部……』
『………』
『自分でもなんであんな事を口走ったのか分からないわ。走るのを止める気はなかったの……』
『でも、そんなヤワじゃないでしょ。筋肉もすごいし』
『解ってるわよ!!うるさいわねー!!』
『ご、ごめんなさい』
いきなり怒ったので、一気に目が覚めた。運動会以来の緊張が二日ぶりに来る。
まだボーっとしていて、あまり言葉に注意をしなかったせいか、思った事を自然に口にしていた。
筋肉か?筋肉はタブーだったか。
先輩は毎日走っているので、筋肉質と思える体をしていた。
しかし、女に筋肉がすごいとか言ってはいけないようだ。男なら褒め言葉なのに。
『その、悪気があったのではなく、トレーニングをすればセットで付いてくるものですから』
『………』
『えっと、逆に筋肉が無ければトレーニングはしていないという訳で……』
『もういいわ、とにかくズルをしようとした訳じゃないから』
『でも俺は途中で倒れて保健室行きだったから。それを思えばまだまだ先輩には勝てない事ですよ』
『それ、陸上部員と全く同じ事を言ってる!そういう励まし方はもう要らない。私は本気で走っていたの』
『………』
『本気で走って負けた事なの』
……何だか、自信をつぶしてしまったようだ。
しかし、もう終わった事であり、また一から心機一転して頑張るしかない。
誰かとの勝負となると、いつかは敗北する事になる。その敗北を活かす事ができるかは本人次第だ。
無敗のままなんて奇跡の出来事であり、漫画の世界に過ぎない。
『一つの経験として受け止めて下さい。負けた方が学べる事が多いというし、負けたからといって実力が落ちる訳ではないんですから』
『まぁ、そうだけどね』
『もしまた高坂先輩と勝負になっても、もう二度と勝つ事はありませんし』
『……どうしてよ?』
『半年前の元の生活に戻るので、今の様なトレーニングをする事もなくなりますから』
『勿体ない!!陸上部に来ない?弟君なら絶対に素質あるよ』
『無理です。そこまで考えてないですから』
『勿体ない……。今は負けた事より、そっちの方がツラい』
今日の先輩は忙しない。
昼休み休憩もそろそろ終わりなので、会話を中断すると肩を落として学校へと向かった。
陸上部とか、性格的に合っていない。
それなら非公式新聞部に出戻りして規則も練習も無く、派手に騒ぐ方が性に合っている。
しかし、今ではすっかり静かな場所で過ごす方が好きになってしまった。
……俺も昼食にしよう。
長話で全部冷めてしまったから、電子レンジで温めなおさないと。
モチベーションの持ちようが難しく、本来書くはずの部分を削りに削ってます。