~教室~
~放課後~
『またね、義之』
『またなー』
『ああ、またなー』
教室で雪村と花咲に挨拶を済ませた後、俺はぼんやりと一人、教室で過ごしていた。
渉と小恋は、部活へと急ぎ足で向かって行った。何か、イベントの準備でもあるのだろうか。
『………』
昨日、あれだけ感情的になっていた事も忘れ、今になって運動会で優勝する事ができたという実感が沸いている。
24万円が没収にされた事は、自分の中でやはり大きかった。
だがその感情が消えると、今度は優勝した余韻に浸ってしまう。
そして何より、今年一番の思い出となるかも知れない。
俺が得点の高い種目で活躍し、優勝に貢献したのだから。
勿論、優勝は皆の尽力があってこそだ。
いつもは全てのクラスメイトとそこまで喋る事はなくても、賭けのお陰とはいえ、本気でお互いを応援し合い、全力で取り組む事ができたのは、得難い事なのだろう。
『………』
教室の窓から、昨日行われていた運動場を見てみた。
今は部活動から掛け声と、土を蹴る音が絶え間なく聞こえている。
部活動を終えている姿もある。
考え事をしている間に、随分時間が経過したようだ。
そろそろ帰宅するか。鞄を肩でぶら下げて、靴箱へと歩く。
~靴箱~
夕焼けが沈みかけている。俺は冷蔵庫の残りと夕飯のメニューを考えつつ、靴を履き替える。
『あれ、珍しい時間帯に帰るんだね』
『……高坂先輩』
ちょっとマズい相手だったが、昨日の行いは俺の中で引っかかっていたので、すぐに気持ちを切り替えた。
『昨日はすいませんでした。感情的になってしまって…』
『ホント、弟君じゃないのかと思ったよ。私も内心、びっくりしたよ』
『すいませんでした』
『いいのいいの。金額が大きかった分、悔しいのは解るつもりだから。でも、こんな時間帯まで何してたの?』
『……昨日の運動会を思い出していたんです』
『運動会を……?』
『ええ。運動会で優勝した事の喜びを、今になって感じて余韻に浸っていました』
『確かに意外だったわ。後で聞いて分かったけど、弟君のクラスは運動部員が少なかったんだよね』
『はい』
『で、スコアの高い種目は弟君が1着だもんね。運動部員にも勝ってるし…』
『それは皆の応援と、皆の活躍のお陰です。一丸となって何かに挑戦する力は、全力以上のものが出る感じでした』
『それだけの足があるのに、部活動をしないなんて何だか勿体ないな…』
『んー、やる気しないですからね。それに高坂先輩は能力より、やる気を買う方でしょ』
『まぁそうなんだけどね、でも何だか勿体ない感じが残るなー』
『すいません、そろそろ自分は帰るので。買い物も済ませないといけないし』
『おっと、すっかり話し込んじゃったね。じゃあ、またね弟君』
『またです』
~家~
夕食は簡単なキノコスパゲティとポテトサラダ、コンソメスープにした。
明日の朝の朝食用に、残ったポテトサラダを食パンに塗って、サンドイッチを作っている。
夕食では、俺の顔色を全力でうかがっていた音姉と由夢だったが、俺の方から『昨日はすまんかった』と謝ると、二人とも一気に緊張感が解けた感じだ。
しかも、由夢が調子に乗って『明日の朝ごはんお願いね』と頼まれるまで増長している。
音姉は手伝ってくれそうだったが、生徒会から電話が来て、長電話になっている。
明日の朝ごはんの支度を終えると、後は粉末のコーンスープを机の上に置いて自分の部屋に戻った。
『………』
運動会で限界まで使った足の筋肉が今になって悲鳴を出している。
明日辺り、筋肉痛になりそうだ。普段、あれだけ走る事もないので仕方ない事だが。
≪コンコン≫
ドアがノックされる。
『開けていいよ』
昨日の事もあったので明るく返した。
ドアが開くと、音姉が神妙な面持ちで俺を見ている。
すぐに俺は異変を感じ取った。
『今、いいかな。弟君』
『ああ。何かあったの?』
俺は努めて冷静な対応をした。
けど、いつもの明るい様子が無いので、いやに気になる。
『今日、弟君は帰りが遅かったんだよね?』
『ああ、そうだけど』
質問が強調された様に感じたが、気づかないフリをして話を進める事にした。
『えっと、何かしていたのかな?』
『特に何もしてないけど…』
『でも、何かしていたから学校に残っていたんだよね?』
『強いて言うなら、昨日の運動会の事を思い出していたんだよ。あの時になって優勝の嬉しさを感じていたというか……』
『それだけ?』
『ぼんやり昨日の運動会を考えていたら、時間が思ったより過ぎていたんだ。後は靴箱で高坂先輩と会って今と同じ様な話をしていたよ』
『えっと、他には?』
『……何かあったみたいだけど、先にそれを話してくれ』
『確認するけど、学校には教室で運動会の事を考えていて残ってたんだよね?』
『そうだよ』
『職員室や他のクラスには出入りはしてないよね?』
『……俺への質問は止めにしてくれ。一体何があった?』
『…生徒会の事だから、今はちょっと話せないの。ごめんなさい』
部屋から出ようとする音姉をすかさず手を掴んだ。
さすがに、気にせずにはいられない。
音姉の表情から察するに、何かあったに違いない。
『………』
『大丈夫だ。俺は秘密を守るから』
『………』
『何があった?俺に関する事なのか?』
問い詰めたが、音姉の表情が一変して明るくなった。
何かは解らないが、吹っ切れた感じがした。
『ううん、何でもない』
『へ?』
『私の弟君なんだもん。嘘がつける訳がないもん』
『訳が解らないんだが。一体何だったんだ?』
『それは生徒会の事だから、今はちょっと言えないの。そこは、ごめんなさい』
『お互いに何でもないなら、もういいよ。気が向いた時にでも話してくれ』
『うん、夜中にごめんね』
『それと明日の朝食のサンドイッチだけど、ラップして冷蔵庫に入れてあるから。由夢にも伝えておいて』
『あ、ありがとう。明日、美味しく頂くよ』
『じゃあ、おやすみー』
『うん、おやすみなさい』
ドアが静かに閉じられると静寂が支配する。
本当は何があったか気になったが、笑顔を取り戻せるのなら、そこまで深刻な事はないだろう。
『いかん、いかん』
俺は考えだすとキリがなくなるので、音楽でも付けて気分を変えた。
歌を聴きつつ、眠気を待った。
好きな歌でも不思議なもので、知っている歌を繰り返し聞くと、わりと眠たくなってくる。