奉仕部は現在、川崎沙希という女子生徒のバイト先を探していた。彼女の弟からの依頼である。最近帰りが早朝になる事もあるとか。あと川崎大志が小町に気があるんじゃないかとか。あっ、こっちは関係ないか。
まあ、とりあえず調べていくうちに候補の一つとなったメイド喫茶に入ったのだが……。
「お帰りなさいませ、ご主人様~♪」
「…………は?」
何故かメイド姿で俺を出迎えたのは東條さんだった。
いつもの巫女服の儚げなイメージからかけ離れた萌え系メイド服の姿に、思わず息が詰まる。
……いやいや、まさか。きっと他人の空似だろう。そんな偶然があるわけ……
「あら、比企谷君?」
「っ!?」
まさかの本人。
今なら平塚先生の結婚報告も、すんなりと信じられる気がする。
そんな予期せぬ遭遇にテンパっていると、彼女はくすくすと笑みを溢した。
「そんな驚かんでもええやろ?そんなに似合ってない?」
彼女はその場でくるりと一回転し、黒いロングスカートをふわりと泳がせた。同時に、いつもと違うフローラルな香りが漂ってきた。
そして、見慣れた悪戯っぽい笑みを向けてくる。
「どう?」
「え?あ、ああ、まあ、その……似合ってなくはないんじゃないですか?」
「疑問型なんて……ウチ悲しいっ!」
わざとらしい泣き真似をする東條さんに、逆に冷静さを取り戻す。ああ、このテンション……巫女服の時と変わんねえわ。
だがリアクションには困る。
「いや、あの……」
すると、背後から声がかかった。
「ヒッキー?」
「どうやら通い慣れてるようね」
振り向くと、由比ヶ浜と雪ノ下が怪訝そうな視線を向けてくる。どうやらあらぬ疑いをかけられているようだ。
さらに、その後ろにいる二人も苦い表情をしていた。
「八幡、メイドさんが好きなんだね……」
「うむぅ……まさか貴様がメイドとそこまで親しげになるぐらい通っていたとは……さすがの我もドン引きなんだが」
おいおい、何だこの空気。材木座にまでドン引きされるとか……。
東條さんは、四人をちらりと見て、何だか面白そうにニヤァっと笑みを深めた。それに対し、俺の防衛本能が警鐘を鳴らしだす。
そして彼女は火に油を注ぎだした。
「比企谷君、ごめんね?今日は巫女服じゃなくて」
「「…………」」
雪ノ下が目を眇めて半歩ほど俺から距離をとり、由比ヶ浜はあわあわと俺と東條さんを交互に見ている。
戸塚と材木座は何故か席の確保に向かっていた。要するに逃げたということだ。
……とりあえず俺も逃げるとしよう。
「……じゃあ、俺も席とっとくから」
「「…………」」
冷たい視線を背中に感じながら、材木座の隣の席に座る。
その後、二言三言話すのが聞こえてから、一際大きな声が聞こえてきた。
「じゃあ、メイド服を着用されるお二人はこちらへどうぞ~」
*******
びっくりしたなぁ。
まさか彼が来るなんて……まあ、今は仕事しないとやね。
とはいえ、やはり色々と気になるもの。
私は試着用のメイド服を用意しながら、茶髪にお団子が特徴的な女の子に話しかけた。
「もしかして君達、比企谷君と同じ部活?」
その子はやや緊張気味に答えてくれた。
「あっ、えと、同じ部活なのは私達だけで、あとの二人は……手伝いというか」
「そう、賑やかやね」
「あの……お姉さんはヒッキーとはどんな関係なんですか?」
どんな関係……。
ウチと比企谷君の関係……。
何故か言葉に詰まりかけたけど、すぐに思いつく。多分彼も同じように言うはず。
「……傘貸したんよ」
「え?」
彼女は驚いた顔をして、もう一人の女の子は、何かを探すようにシフト表を見ていた。
*******
はて、従業員用の更衣室だか事務室だかでは、スクールアイドルと奉仕部がレッツ・ラ・まぜまぜされているのだが……何だこの胸のざわつきは……大丈夫だよね?何も出来上がらないよね?
「八幡、どうしたの?さっきの人、知り合いみたいだけど……」
「ん?あ、ああ、まあ、傘借りただけだ」
「え?」
戸塚は可愛らしく首を傾げる。まあ、俺も似たような返しをされたら、きっと疑問に思うだろう。俺が首を傾げても可愛らしくはならんが。
「ふむ、八幡よ。貴様、どのくらい通えばメイドさんとあのように仲良くなれるのだ」
「知らん。近い。あっち行け」
材木座がくぐぐっと近寄って来るのを片手で押しのけながら、何とか気持ちを依頼のほうへ持っていく。
結局、雪ノ下と由比ヶ浜がメイド服で戻ってきてからも、東條さんは出てこなかった。
*******
その日の夜、東條さんから電話がかかってきた。
「ふふっ、今日はびっくりしたやろ?」
「……心臓飛び出すかと思いましたよ。つーか、あの後帰ったんですか?」
「休憩に入ったただけよ。それに、特定のお客さんとだけ話すわけにもいかないから。それより、比企谷君が巫女服だけやなくメイド服も好きだなんて」
「いや、何でそうなるんですか……奉仕部の活動ですよ」
「なるほど。ウチに奉仕してもらって、奉仕の精神を学ぶんやね。いやらしい……」
「……それで、何でわざわざ千葉のメイド喫茶でバイトしてたんですか?」
「ふふっ、ただの手伝いよ。知り合いから頼まれて、1日だけ入ったんよ」
「そうですか」
「だからメイド服もあれっきりやね」
「……そうですか」
「残念そうやね」
「いえ、別に……」
「何なら今度借りて、着てあげてもええんよ?」
「いえ、別に……」
「……比企谷君のムッツリスケベ」
「いや、何でそうなるんですか」
「ふふっ、言葉通りよ」
「……そこは冗談よと言うところでは?」
「まあまあ。それより、比企谷君は中々楽しそうな部活に入ってるんやね」
「楽しそう……ですか?」
「あんな可愛い子達に囲まれて羨ましいなぁ♪」
「いや、羨ましいって……」
「それに……ヤキモチ妬いちゃう……かな」
「…………」
「なんて言ったらどうする♪」
「……おやすみなさい」
「あっ、ちょっと比企谷く……」
また顔が赤くなるのを感じ、溜め息を吐く。電話越しでも心臓に悪いとかどんだけなんだよ。もう今日は寝よう。
結局、その日の夢に、関西弁のメイドが出てきて、やたらからかってきたのはまた別の話。