捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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DOWN TOWN #3

 彼女が自分の部屋のドアを開けると、何だか甘い香りがふわりと漂ってきた。

 初めての感覚に、得体の知れない緊張感が、腹の底から一気にせり上がってきて全然落ち着かない。

 ……や、やはりここは戦略的撤退を……

 

「あっ、俺ちょっと用事が……」

「じぃ~~~……」

 

 無理そうだった。目をうるうるさせているのが見え透いた演技だとしても、それに抗えるかどうかは別問題だった。

 

「じゃあすぐに用意するから。その辺座っといて」

「は、はい……」

 

 部屋の中は意外なくらい普通で、すっきりと清潔感がある。

 大人しく椅子に座り、キョロキョロとあちこちを見ると、東條さんがクスッと笑った。

 

「別に怪しいものはないやろ?」

「えっ、ああ……はあ、意外と普通の部屋というか……」

「ふふっ、当たり前やん?ウチ、普通の可愛い女子高生なんよ」

「自分で言いますかね、それ……」

「謙虚な女の子のほうが好みなん?」

「……お、俺に合わせる必要はありませんし、んな事言われたら、うっかり勘違いしちゃいそうなんで」

 

 まったく……この人の発言はいちいち反応しづらい。

 まあ、からかっているのがわかりきっている分、変な期待をすることもないんだが……。

 

「はいは~い、お待たせ~」

 

 手早く準備を済ませた東條さんが、カレーを載せたお盆を持ってきた。多分、1日寝かせたやつだろうか。

 

「あの、もしかして俺がここに呼ばれたのって……」

「ん~?別に……作りすぎたカレーを食べて欲しかったとかじゃないから安心してええよ?」

「…………」

 

 最早隠す気ゼロじゃねえかよ……。

 いや、タダ飯最高だからいいんだけどね?巫女さんの手作りカレーとか、世の男子は大抵喜んじゃうだろう……あまり聞かないシチュエーションだが。

 二人揃って「いただきます」をしてから、カレーを少し多めに口に含むと、想像していたよりは辛かった。そして美味い。

 

「味はどうかな?」

「ああ……美味いっす」

「そう?よかった♪男の子に食べさせるんは初めてやったからね。お口に合うか心配やったんよ」

「そ、そうですか……」

 

 普通ならここで、何故その初めてに自分が選ばれたのかを聞いたり、自分を部屋に上げた理由を聞いたりするのだろうが、どうせからかわれるだけなので、俺はそのままカレーに集中した。

 

 *******

 

「ふふっ、別に洗い物までしなくてええのに」

「いえ、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないので」

「君は本当に真面目やねえ」

「真面目ならあんな作文は書きませんよ」

「あははっ、そうやね。たしかに」

 

 食器をてきぱきと棚に戻しながら、東條さんはクスクスと笑い、「でも……」と付け足した。

 

「君のそういうとこ、ちょっと面白くていいと思うんよ。なんか信用できるし」

「……そんなもんなんですかね。よくわからないんですけど」

「ええんやない?ウチも何となく言ってるし」

 

 そう言った彼女の笑顔はさっきより大人びて見えて、改めて年上なんだと気づかされる。

 そのまま自然と言葉のキャッチボールをしていたら、いつの間にか洗い物は終わっていた。

 

 *******

 

 すべて片付けると特に仕事もなくなったので、もう帰ることにした。

 

「今日は朝からありがとうね」

「……ええ。めっちゃ疲れました。あとカレー、旨かったです」

「ふふっ、素直やね」

「まあ、その……どうやらちょっと面白いらしいんで……って何やってんですか?」

 

 何故か俺の頭には東條さんの手が置かれていた。

 あまりに自然な動作で、避けようという気すら起きなかった。

 

「……どうかしたんですか?」

「ん~?何でもないよ♪」

 

 そのまま優しく撫でられる。

 前もそうだったが、妙な懐かしさと気恥ずかしさで、何も言えなくなる。何故抵抗できないのか……。

 紫色の粒子がぽつぽつ弾けるようなイメージと共に、体から余計な力が抜けるのを感じた。

 彼女は笑顔のまま、そっと頭を数回撫でてから俺を解放した。

 

「じゃ、じゃあ、今度こそ帰ります」

「はいはい。あっ、比企谷君。ウチも部活始めることにしたんよ」

「……は?いや、確かもう3年じゃ……」

「特に決まりはないからええんよ。だから応援よろしく~」

「はあ……な、何部なんでしょうか?」

「スクールアイドル部♪」

「…………」

 

 その聞き慣れない言葉を理解するまで、しばらくの時間を要した。

 

 

 


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