μ's。
東條さんが入ったスクールアイドルのグループ名だ。
なんでも、廃校の危機から音ノ木坂を救うために活動を始めたらしい。ちなみに、グループ名は芸術を司る女神の名前だとか。
さっそくライブ映像を見てみたが、本当に東條さんが歌い踊っていた。
その姿はきらきら輝いていて、普段とは違う彼女の生き生きした姿に、しばらく見いってしまった。
……あの人、こういう事もできるのか。
素直に感心していると、携帯が震えだし、画面には彼女の名前が表示された。
「あっ、もしもし比企谷君?ライブは見てくれた?」
「まるで狙い澄ましたかのようなタイミングっすね」
「ふふっ、そうやった?これもスピリチュアルの力やね。それで……どう、やった?」
「……まあ、その……いい感じだったと思います」
「……ありがとう♪八幡君が素直に褒めるってことは、アイドルの衣装も巫女服と同じくらい似合っとるんやね」
「そりゃそうと何故にいきなりスクールアイドルなんですか?」
「……カードがそう告げとったんよ」
「…………」
きっと東條さんのことだからマジで言っているのだろう。
一人頷いていると、東條さんが話を続けた。
「それで、比企谷君の推しメンは誰なのかな?」
「は?推しメン?」
「そう、推しメン。比企谷君の好みの子や応援したい子やね」
「…………」
「ウチに気を遣わんでもええよ」
「はあ……」
推しメンといわれても、今ライブ映像を見たばかりだし、かといって東條さんを指名してからかわれたくもない。さて、どうしたものか……ん?
「……あの、一応決まりました」
「ほうほう……じゃあ聞こうかな?」
「……あー、俺の推しメンは……A-RISEの優木あんじゅさんです」
「…………」
「……あれ?と、東條さん?」
「いや、ちょっと……そこまで本気で選ぶなんて思っとらんかったから」
「……な、何故に引き気味?」
「それに……」
「?」
「ここはウチを選んで欲しかった……かな?」
「……えっ、あっ、いや、その……」
「ふふっ、冗談やけど♪ドキッとした?」
「…………」
……結局、どう答えてもからかわれるんじゃねえか。
次からは一回からかわれる度に腕立て伏せ十回やってみるか?
とりあえず……μ'sとA-RISEのライブ映像をもう一回ずつ見ておくか。
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翌週、μ'sが秋葉原の路上でライブ活動をやるというので、観に行くことになった。べ、別に断れなかったとかじゃないんだからねっ!
確かメイド喫茶の前でやるらしいのだが……多分、こっちか?
電話で東條さんから教えてもらった場所を思い出しながら歩いていると、曲がり角から出てきた人物に気づくのが遅れた。
「っ!」
「きゃっ」
思いきり真正面からぶつかってしまう。
相手が尻餅をついたのを見て、俺は慌てて手を差し出した。
しかし、そこでようやく相手が女子と気づく。
鮮やかな金髪が印象的な彼女は、その宝石のように綺麗な青い瞳を、俺の手にじっと向けていた。
……もしかして、気味悪がられているのだろうか。
不安が胸をよぎったところで、彼女は俺の手を握り、勢いよく立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ、その、すいません。ぼーっとしてて……」
「ふふっ、私もよ。それじゃあ、私急ぐから……」
「あっ、はい……」
彼女は大人びた笑みを見せ、颯爽と去っていった。あっ、こっち振り返った。
……なんか顔赤かったけど大丈夫なのか?また振り返った。
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「はぁ……はぁ……早く忘れ物、取りに行かなきゃ……それにしても、さっきの男の子……運命かしら」