捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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DOWN TOWN #7

「比企谷く~ん。休憩してええよ~」

「……ああ、どうも」

 

 東條さんから飲み物を受け取り、ベンチに腰かける。心地よい疲労感という言葉は自分らしくはないが、今感じているものが、まさにそうなのだろう。

 

「目以外から邪気が浄化された感じやね」

「……それでも目は腐ってるんですか」

「気にしなくてもええんよ。そういう目つきが好きな女の子だっておるんやから」

「その奇特な奴を紹介してもらいたいですね」

「ん~♪今日もいい天気やね~」

 

 そう言いながら東條さんは大きく伸びをした。

 話を断ち切られたが、その強調された胸元を見れば許せてしまうのは男の性だろうか。ならば仕方ない。

 俺は先日の夜、電話でした話を切り出すことにした。

 

「そういや、この前の件は一応解決しました」

「そっか……ふふっ、よかったやん。仲直りできて」

「いや、仲直りとはニュアンスが違うと言いますか……」

「まあええやん?細かいことは。これでまた部活動が始められるわけやし」

「そっちのほうはさりげなく辞めたいんですが……」

「まあまあ、案外悪くないもんやろ?そういう形で誰かと一緒にいるのも」

「…………」

 

 いたずらっぽく笑う彼女に、俺は黙って頷いた。

 

 *******

 

 昼を少し過ぎたくらいに、全ての仕事が片づくと、東條さんが、今度は小さなポーチを二つ持って、駆け寄ってきた。

 

「今日はお疲れさんやったね。はい、これ」

 

 そのうちの一つを手渡されると、それが何なのか、何となく想像できてしまう。

 

「……あの、これ……」

「ん?そんな慌てんでも、家に来て手料理も食べたんやし、今さらやろ?」

「はあ……」

 

 そうなのかもしれないが、さすがにここまでされると、ボッチとして訓練されてきた奴じゃなければ、うっかり勘違いしてしまうんじゃなかろうか……一体この人はどれだけの男子を死地に送ってきたのだろう。

 心の中で敬礼を送り、丁寧にポーチを開くと、そこには……コンビニで売っているおにぎりが二つ、ちょこんと入っていた。

 ……いや、いいんだけどね?

 

「あははっ、だって外で手作り弁当なんて渡してたら、カップルみたいやん?」

「……べ、別に何も言ってませんけど」

「ふふっ、自意識過剰くん♪」

「また旬なネタを……」

 

 つっても、全然シチュエーションが違いすぎて、いつも通りにからかわれている気分にしかならない。

 

「まあ朝寝坊しただけなんやけどね」

「つまり、朝寝坊しなかったら手作り弁当が食べられた、と」

「う~ん、それはどうかなぁ」

 

 含みを持たせて微笑む彼女の髪を、風が優しく撫でた。

 控え目な香りがふわりと漂うのが、何だか前より馴染んだことのように思えた。

 そのせいかはわからないが、つい思った事を口にした。

 

「そういや……東條さんって一人暮らしなんですね」

「うん、そうやけど……珍しいね。君からウチの事聞いてくるなんて」

「い、いや、何となく……」

 

 彼女にそう言われると、急に気恥ずかしくなってしまった。特に変な意味合いもないはずなのに……。

 そんな俺の様子を見た彼女は、またくすりと笑った。

 

「ふふっ……高校に入った時からよ。ウチの親、かなり転勤が多いから」

「…………」

 

 それから彼女は穏やかなトーンで、小学校の頃の話を始めた。

 五分程度だっただろうか。俺はなるべく想像力を働かせながら、その話に聞き入っていた。

 

 *******

 

「ふぅ……久しぶりに小学校の頃思い出したなぁ。退屈な話だったやろ?」

「……いえ、そんな事は……」

 

 彼女の小学校時代は、転校が多く、友達づくりにも苦労したとのことだ。まあそうじゃなくても友達いない奴もいるしな……誰の事かは伏せておく。

 ただ、話の内容よりも、遠い過去を見つめる彼女の横顔が、ひどく寂しそうに見えたのが、胸を締めつけた。

 だがそれも数秒だけで、すぐに跡形も残さずに消えてしまった。

 

「じゃあ、今度は比企谷君の小学校時代について聞こうかな」

「いや、それはさすがに……本気で面白味の欠片もありませんし……」

「ええよ、それで……それに、比企谷君の小学校時代なんて気になるやん?」

「は、はあ……」

 

 そういうものなんだろうか……まあ、別に隠す事でもないからいいけど……。

 

「じゃあ小学校時代の誕生日やフォークダンスの楽しい思い出を……」

「おっと……これは心して聞かんといかんね」

 

 しょうもない話の連続になりそうだが、少しでもいいから彼女が笑えばいいと思う。

 心の片隅でそんな事を祈りながら、俺はなるべく明るく思い出話を始めた。


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