「ふむふむ、ここが比企谷君の部屋か~。意外と綺麗にしてるんやね」
「…………」
……なんでここに先輩が!?
いや、今まで先輩とか呼んだことないんだけどね?
つい変なテンションで、そう考えたくなる今日この頃……。
クラスメートですら上がったことのない俺の部屋に、何故東條さんがいるのか。
理由は遡ること数時間前……
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「ほら、お兄ちゃん!腐った目してないで、はやくはやく!」
「へいへい」
休日の昼間に妹の荷物持ちとか、兄冥利につきる話ではあるけれど、やはり家でゴロゴロしていたい。惰眠を貪りたい。
そんな気持ちを片隅に、小町の後ろを歩いていると、何故か視線を感じた。
そして、ふと目線を向けた先に、その人は立っていた。
「あら、比企谷君?」
「ど、どうも……」
まさか、また千葉駅近くで会うとは……何、この人?千葉大好きなの?それとも俺の事好きなの?
「ふふっ、どうしたん?そんな驚いて」
「いや驚くでしょ、そりゃあ……」
「今日も用事があって来たんよ。もしかしたら比企谷君に会えるかな~とは思ってたんやけど。本当に会えるとは……ウチら赤い糸で結ばれてるんやろうかね?」
「…………」
東條さんが頬に手を当て、いつものように悪戯っぽい笑顔を向けてくる。やばい……これはいつものパターンだ。
そう思っていたのだが、今回はそうはならなかった。
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!こっち来て!」
いきなり小町から腕を引かれ、ひそひそと耳打ちされる。
「何だよ……」
「何だよじゃないよ!誰、あのグラマーな和風美人?小町、あんなの聞いてないよ!」
「……まあ、言ってなかったからなぁ」
「もしかして、比企谷君の妹さん?」
いつの間にか距離を詰めていた東條さんが、会話に割り込んでくる。
さっきとは打って変わった優しい笑みを向けてくるが、これが作り物であることはすぐにわかった。
……この人、間違いなく面白いものを発見したと思ってる。
しかし、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、二人は既に自己紹介を済ませ、会話を始めていた。
「それで、希さんはお兄ちゃんとはどんな関係なんですか?」
「いや、普通にただの知り合いなんだけど……」
ぼそっと言うと、東條さんはわざとらしく両手で顔を覆った。
「うぅ……ひどい……ウチと比企谷君の仲なのに~」
「あー、お兄ちゃん、ひど~い」
「…………」
どうやら余計な事は言わないほうがいいようだ。
首筋に手を当て、溜め息を吐くと、小町が東條さんに人懐っこい笑顔を向けた。
「あのですね~、今小町と兄は二人で買い物に来てるんですけど、希さんもよかったら一緒にどうですか?」
小町の唐突すぎる申し出に、東條さんは笑顔で頷いた。
「ええよ。もう用事も済んだし」
まさかの即答である。
ついつい口をポカンと開けていると、彼女はいつもの笑みで、心を揺さぶってきた。
「比企谷君がオーケーなら、やけど……」
断れるはずもないし、断る理由もない。別に嫌なイベントでもないし。
俺は黙って頷き、二人の後を静かについていく事にした。
心が少し……ほんの少し弾んだ気がしたのは、多分気のせいだろう。
そして、このことがちょっとした事故のきっかけになるとは、無論知る由もなかった。