捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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風をあつめて ♯2

 翌日、俺はまた秋葉原へと足を踏み入れていた。理由は言うまでもない。昨日借りた傘を返却する為だ。こういう物はさっさと返すに限る。そして、お礼の品も渡して、貸し借りゼロにする。これで終了。偶然も運命も宿命も俺は信じない。

 そんな自分への戒めを何度も復唱しながら、右手に持った紙袋の取っ手をぎゅっと握り締め、神田明神へと少し早歩きで向かった。

 

 *******

 

「あら、君は……」

「……どうも」

 

 朝早いからか、閑散とした境内に、やや緊張しながら入ると、すぐに先日の巫女さんの姿を見つけた。彼女は竹箒で落ち葉を丁寧に掃いていたようで、足元には落ち葉がこんもりと集まっていた。

 なら話は早いとばかりに、俺は紙袋を差し出す。

 

「……この前はありがとうございます……これ、どうぞ」

「あらら、これは御丁寧に……ふふっ」

「?」

 

 急に吹き出した彼女に首を傾げてしまう。寝癖は直したし、私服にも空港の金属探知機ばりに厳しい小町チェックが入ったはずだが……。

 

「君は慌てんぼさんやね」

「?」

「何か忘れとらん?」

「…………あ」

 

 彼女のからかうような微笑みで、はっと気づく。

 やっちまった……。

 やらかし上手の比企谷君は、傘を返しに東京に来たのに、その傘を忘れてしまいました……。

 ついキョドってしまい、視線があちこち動く俺に対し、巫女さんはお腹を抱えて笑った。

 

「あっはっは!君、おもろいなあ♪」

「いや、何て言うか……その……」

「まあ、焦らんでもええよ。傘は別の持ってるし」

「はあ……」

「いつでもお参りに来てくれていいし」

「……ああ、俺、この辺りに住んでないんで……」

「あ、そうなん?遠いところ?」

「……千葉からです」

「そっかぁ。千葉からわざわざ傘返しに来てくれたんやね」

「……まあ、忘れたんですけど」

「鋸山、また登りに行きたいなぁ」

「来たことあるんでしゅか……」

 

 噛んじまった。

 柄にもなく会話してみようとするからだ。コミュ力なぞ、使わなければどこまでも衰えていく。

 

「ふふっ、今噛んだやろ」

 

 ああ、もうやだ。

 今日のところは退散しよう。

 明日は明日の風が吹く。

 

「……じゃ、じゃあ、帰ります」

「うん、またね」

 

 そう言って、巫女さんはひらひらと手を振った。

 

 *******

 

 翌日。

 俺は……いや、説明など必要なかろう。

 俺の前には、呆れ笑いの巫女さんが立っている。

 

「君は本当に真面目やねえ……」

「……早く貸し借りはゼロにしたいので」

「ふふっ、まあお疲れさん。あ、そうや、ちょっと待ってて。ウチ、今日はもう上がりやから」

 

 彼女はそう言って、ぱたぱたと草履を鳴らし、奥へ入っていった。

 正直、ここで帰ってもいいはずだ。普段ならそうしている。これで貸し借りゼロの関係に戻したのだから。それに、心の片隅で一かけらでも変な期待をしてしまいそうな自分が怖い。

 しかし、考えている内に私服姿になった彼女がこちらに駆け寄ってきた。

 

「お待たせ!さ、行こうか」

「いや、行くってどこに……?」

「んー?わざわざ千葉から来てくれた良い子に、そこの自販機で飲み物奢ってあげるよ」

「いえ、結構です……」

 

 俺は年上だからといって奢られるのが当たり前と思っている軽い男子ではない。基本、自分を養ってくれると確信した女性以外には……

 

「まあまあ、そう言わんと♪奢られるの嫌なら無理にとは言わんから」

「……な、何故」

「今朝、カードが告げたんよ。出会いは大切にって……」

「カード?」

「ウチ、占いが趣味なんよ。何なら占ってあげようか?」

「いや、そういうのは信じてないんで……」

「恋愛運好調って結果に裏切られたから?」

「……な、何で知ってるんですか?」

 

 あれ、何この人?エスパー?秋葉原の母なの?確かにバブみを感じるし、オギャれなくもないが……。

 すると、手の甲に何か落ちてきた。

 

「……水滴?」

 

 空を見上げると、いつの間にかどんよりと曇っていて、今にも大量の雨粒を落としそうだ。というか、もう降り始めている。

 そして隣を見ると、巫女さんが優しく微笑んでいる。

 

「……傘、いる?」

「……はい」

「じゃあ、うちの前まで行くから、ついて来て」

 

 俺は、為す術なしといった心境で、彼女の背中をとぼとぼと追いかけた。

 やがて、雨雲が予想通りに大量の雨粒を落としてきた。




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