「いや~、びっくりですよ~。まさかウチの兄に、希さんみたいな美人な知り合いがいるなんて~」
「あははっ、小町ちゃんはお上手やね~」
「…………」
二人の後をとぼとぼついていきながら、何だか不思議な気分になる。あと小町がこちらを時折窺ってくるのが気になる。何を話しているのか、何を聴いているのか。
すると、東條さんはこちらに意味深な笑みを向けてきた。
「な、何ですか……」
「別になんでもないよ~、それより何でそんな離れとるん?」
「いや、ほら……安全確認大事ですよね?」
「その割には挙動不審でちょっと危険人物みたいやけど」
「失礼な。それだけ周囲に気を配ってるってことですよ。てか、小町に変なこと吹き込まないでくださいよ」
「変なこと?んー……例えば、初めて出会った時に君がウチの濡れた巫女服をいやらしい目で見てたこととか?他には……」
「いえ、そういう事ではなく……」
「ふふっ、心配せんでもお姉さんは可愛い比企谷君の恥ずかしい場面をばらしたりはせえへんよ」
得意気にそう言いながら、彼女は頭を撫でてきた。
いや、だからそういう行動を慎んで欲しいんですが……。
「くっ……うらやましい!」
「ちょっとアンタ、何見とれてんのよ」
「ザキ」
「はあ……まったく、ボッチのくせに」
周りからぼそぼそと怨嗟の声が聞こえてくる。そして、その中に混じっている俺をボッチだと決めつける声。いや、当たってるんだけどね?
とりあえず誰が言い当てたのかを確認しようとすると、そこにはそれらしき人物はいない。
……どうやらステルス機能をお持ちらしい。
「ふふっ、顔赤くなっとるよ?どうかしたん?」
「いや、アンタのせいでしょうが」
「あわわわ、お、お兄ちゃんが……綺麗な年上女性に頭なでなでされてる!しゃ、写メ撮ってお母さんに見せなきゃ……」
「落ち着け、小町。変な誤解の種にしかならんからやめろ。あとそれぐらいで感動して泣くな」
「でもでも!あのお兄ちゃんがだよ?小町嬉しいよ……あっ、希さん。もっと撫でてくださいよ~」
「はいは~い」
「…………」
とりあえずやめて欲しいのだが、何故かしばらくされるがままになっていた。
……別に気持ちよかったとか、そんなんじゃない……はず。
*******
「それで、アイツはいつの間にかいなくなってるわけですが……」
「あははっ、これもスピリチュアルやね」
いや、絶対に違う。ただの計画的犯行だろう。
そもそも小町の荷物持ちで来たのだから、もう用事はなくなったわけだが……。
なんて考えていると、東條さんがいきなり近くから顔を覗き込んできた。
ふわりと優しい香りが漂い、その心地よさに包まれた気分に沈みかけると、厚みのある唇が動いた。
「二人っきりは……嫌?」
「っ……!」
もちろん演技に決まってる。それは理解している。
しかし、理解しているからといって、この上目遣いに無反応でいれるほど悟りは開いていない。
彼女もそれを理解しているのだろう。いつものように悪戯っぽい笑顔を見せると、俺の返事を聞くこともなく歩き出した。
「比企谷君。ウチ、あのお店が気になるんやけど」
「…………」
用事はなくなったが、どうやら別の用事が入ってしまったらしい。
俺は大人しく東條さんについていく事にした。
*******
彼女について行った事を俺は早くも後悔していた。
「……そ、それで、さっそく水着売り場ですか?」
やたらカラフルな空間に、女子のみの集団やカップル。しかもやたら甘い香りがするし、とにかく居心地の悪さだけは抜群だった。
無論、東條さんは、そんなの気にかけることなく、いくつかの水着を手に取りながら話を続けた。
「ふふっ、そろそろ夏の曲のMV撮影があるんよ。皆は去年買ったばかりっていうから」
「…東條さんは持ってないんですか?」
「ウチは……」
東條さんは胸元を押さえながら、そっと耳打ちしてきた。
「去年のはもうきつくなったんよ」
「…………」
絶対に動揺してなるものかと気を強く持っていると、彼女は「う~ん……」と伸びをしてみせた。
すると、ただでさえ豊満な胸がより強調される。視界の端っこでは、カップルの男が女に頭をはたかれていた。
「よしっ!じゃあ、比企谷君はウチにどんな水着着て欲しいん?」
ブラジリアンビキニ。
「いや、俺はそういうのよくわからないんで……」
うっかり心の声が出るとこだったぜ……。
だが妄想は止めることができない。これは俺が悪いんじゃない。社会が悪い。違うか。違うな。
東條さんは俺の心を読んだかのように、露出度の高い水着を手に取った。これこそ本当のスピリチュアルだろ……。
「その反応……そっかぁ。比企谷君はこういうのが好みなんやね」
「いや、そ、そんなことないですにょ……」
噛んでしまった。
おかしい、別にやましいことなどないのに。
「本当は?」
「好きです……い、いや、そうではなくてですね……」
いかんいかん。本当は、と聞かれたらうっかり口が滑るシステム発動してたわー。っべーわ。
東條さんはクスクス笑いながら、わざとらしく胸元を隠した。
「あんまエッチなのは無理やけど、可愛いのにするから期待してええよ。じゃ、ウチは着替えてくるから。水着売り場の外で待っててくれる?」
「えっ?いや、そっちが……」
すると、東條さんは何故かそっぽを向きながら答えた。
「……や、やっぱり恥ず……ミュージックビデオを楽しみにしてて欲しいやん?せっかくやし」
「そ、そうすか。じゃあ、近くの自販機で飲み物買ってきます」
水着姿を拝むイベントには入らねえのかよ……神様何考えてんだ。
俺は少し……ほんの少しやるせない気分になりながら、水着売り場を出た。
去り際に見た彼女の横顔。頬が少し赤い気がした。