東條さんが水着を購入してから、とりあえず喫茶店で一休みすることになった。
店内はそこそこ賑わっていたが、まだ空席がちらほら見えたので、すぐに座れた。
案内された腰を下ろすと、ようやく人心地ついた気分に浸れる。
「ふぅ……」
「ふふっ」
零れ出た溜め息に東條さんが可笑しそうに口元を手で覆う。
「……何か?」
「ちょっと疲れすぎなんやない?もしかして、運動不足?」
「いや、これは足が疲れたんじゃなくて、人混みに疲れただけですよ。メンタルが……」
「それは……御愁傷様やね」
気まずそうに目を逸らしながら、苦笑いされている。おや?どうやら引かれてますね、これは。
すると、普通の笑顔に戻った彼女は、メニューの一つを指差した。
「何にするか悩んどるなら、これなんかいいんやない?」
「?」
白く細い指が置かれた場所を見ると、そこにはカップルで頼むためにあるような、ストローが2つささったカラフルで映えそうな飲み物の写真があった。
「……随分喉渇いてるんですね。俺の分の水あげましょうか?」
「なるほど~、今日はそう切り返すんやね」
「な、何の話ですかね?」
そう毎回毎回、西片君ばりにからかわれてたまるか。
顔を上げずにメニューを一つ一つ精査していると、やたらと視線を感じてしまう。あぁ……きっとにやにやしてんだろうな。絶対に顔を上げないでおこう。
「奉仕部のほうは最近どうなん?」
「はっ?」
予想していなかった質問に、つい顔を上げると、そこには想像していたのとは違う種類の微笑みがあった。
……この人は笑顔だけで何種類あるんだろうか。確かめていたい気がする。
その気持ちを押し殺し、メニューを一旦テーブルに置いた。
「……いきなり母親みたいな質問ですね」
「μ'sではそういう役割やからね。最近はエリチのお世話が大変やし」
「はあ……お世話?」
「それがね、君と会ってからやけに髪型とか衣装が年下の男の子にウケるかどうかを気にしたり、休み時間毎に君のことを聞いてくる日があったり……比企谷君のせいで大変な事になっとるんよ?」
それは本当に俺のせいなのだろうか?
わからないが、一応謝っておいたほうがよさそうだ
「……なんか、しのびないっす」
「構わんよ」
クスクスと笑う東條さんの口元にうっかり見とれそうになったところで、まだ注文を済ませてないことを思い出し、俺と彼女は慌てて注文した。
何を注文したかって?言うまでもなく普通のコーヒーだよ。
*******
喫茶店を出て、しばらくぶらついたところで、俺はあることを思い出した。
「……そういや傘返さないと」
「……ああ、そういえばすっかり忘れとったね~」
東條さんも今思い出したかのような反応だ。まあ、最近雨降ってなかったしなあ。いや、ちゃんと返す予定はありますよ?当たり前じゃないですか。
「じゃあ、今から取ってきましょうか。そんなに時間はかからないと思うんで」
「ウチも行っていい?」
「…………それじゃあ今から取ってきます」
「ウチも行っていい?」
「…………」
どうやら聞き間違いではないようだ……マジか。マジで言ってんのか、この人。
女子がウチに来たがるとか……中学時代なら、小躍りしていたかもしれない。
だが断る。
「あっ、すいません。ウチ散らかってて、今来客とかは……」
「よしっ、決まりやね!じゃあ行こっか♪」
「っ!?」
東條さんは俺の腕を取り、歩き出した。
正直抵抗できなかったが、それは決して肘の辺りに感じる柔らかな感触のせいではない。ハチマン、ウソ、ツカナイ……。
*******
「へえ、ここが比企谷君のお家かぁ~」
「まあ、そうですけど」
ごく普通の比企谷家を見ながら、東條さんはやたら目をきらきらさせている。そんなに珍しいものでもないはずだが……。
大変不本意ではあるが、来てしまった以上、一応はもてなしておかないと、小町からお叱りを受けてしまう。
「あの……と、とりあえずお茶でも淹れますんで……」
「……ありがと♪」
こうして比企谷家に……さらには俺の部屋に東條さんが上がることになったのだが……。
「比企谷君、どうしたん?汗かいてるけど」
「い、いや、エアコンがあまり効いてないようで……」
「そうかなぁ?でも、」
笑いながら胸元をぱたぱたさせる東條さんから、慌てて目を逸らす。い、今、谷間が見えたような……てか、わざとじゃねえだろうな。この人の厄介なところは、普段は狙ってやってるのに、たまに天然なのが含まれているところだ。これがスピリチュアルの力か。違うか?違うな。
なんて考えているうちに、東條さんが立ち上がり、怪しげな笑みを浮かべた。
「さてさて、じゃあ始めようかね」
「何をですか?」
「もちろん、比企谷秘蔵のエッチな本探しに決まっとるやん?」
「…………」
何がもちろんなのだろうか。
えっ、何?俺が知らないだけで、女子の中では男子のエロ本探しがブームなの?エロ本探しなうとかTwitterにあげちゃうの?その光景、映えるの?
彼女はベテラン捜査官のような余裕たっぷりの笑みで、ある場所に狙いをつけた。
「まずはベッドの下からやね」
「いや、そんなのありませんから。しかもベッドの下て、今時……」
「ええっ!?……な、な、ないの?ウソやろ?」
「いや、なんつー驚いた表情してんすか……」
一体何を確信していたのだろうか。
ちなみにベッドの下には何もない……ベッドの下にはな。
せいぜいこの前パソコンでスクールアイドルのライブ映像を見た時、優木あんじゅの動画をいくつか保存したくらいだ。あとは……
「本当にないん?比企谷君なのに」
「比企谷君なのにって……まあ、そんなの読んだら魂が汚れますからね」
「そっかぁ。じゃあエリチのスクール水着写真を枕の下に入れとくね」
「いやいや、何やってんすか」
「いらんかった?」
「……い、いりませんけど?」
「表情とセリフがあっとらんよ」
……なかなか鋭い。てか、何故持ち歩いているのか。
すると、東條さんがベッドの下を漁った時の震動からか、棚から何かが落ちてくる。
そのあるものを見た俺は、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。
「あら?これは……」
「ちょっ……」
それはやばいやつだ。
回収するべく、俺は一歩踏み出した。しかし……
「あっ……」
「えっ?」
しかし、勢いあまってしまい、足を滑らせた俺は、東條さんごとベッドに倒れてしまった。