夏休みの過ごし方……それはやはり、エアコンの効いた部屋で読書やゲームやアニメが最高だと思うし、これまではそれを実践してきた。
しかし今年はだいぶ違った。何故なら……
「比企谷く~ん。そろそろ休憩入ってええよ~」
「……はい」
こうして、俺は夏休みに入ってからも、たまに神社でのバイトに励んでいた。立派な社蓄への道をコツコツ歩んでいるようで、何なら今すぐ帰りたい。しかし……
「比企谷君、今日はやけに頑張ってるね。何かあったん?」
「……いや、別に何も。まあ、何もないからこそ、こうして有り余ったエネルギーを発散させているんだと思いますけど……」
結局、宿題を終わらせ、部活は休みなので、自然と仕事に精をだしてしまう。関係ないけど、精をだすって下ネタにも聞こえます!
そんなくだらないことを考えているとは知らずに、東條さんは腕を組み、感心したように頷いていた。それにより、胸が強調されているが、おそらくご褒美だと思うので、黙ってチラ見しておくとしよう。
「うんうん。とっても健全やね。そんな健全な比企谷君には、このMAXコーヒーを上げよう♪」
「……どうも」
さらにMAXコーヒーのご褒美までつくとか、さてはここ……優良ホワイト企業だな?
俺は幸運に感謝しながら、とろけるように甘い液体で喉を潤した。
「美味しそうに飲むねえ」
「実際美味しいですからね」
「この前のシチュエーションとどっちが美味しい?」
「……何の話ですかね」
「比企谷君がウチを押し倒したり、二人乗りの時に背中で胸の感触を味わったり……」
「…………そういや、μ'sのほうは最近どうですかね?」
「露骨に話題をすり替えたね~。皆元気にやってるよ。誰か気になるん?」
「いや、別に」
「まあまあ、もうだいぶスクールアイドルの顔も覚えたんやろ?比企谷君の推しメンは誰かお姉さんに言ってごらん♪」
推しメン、か……まあ、あの人しかいないな。
「……優木あんじゅ」
「え、何て?聞こえんかったからもう一度」
「……優木あんじゅ」
「……そっかぁ。ああ、喉が渇いたなぁ」
「えっ?」
東條さんは、いきなり俺の手からマッ缶を奪い取り、こくこくと飲み始めた。
それ、まだ半分以上残っていたんだが……。
あと間接キスになってますけど……。
すぐに飲み終えた彼女は、空になった缶を俺に渡し、爽やかな笑顔を向けてきた。
「さっ、休憩終わりだから、そろそろ行こっか♪」
「は、はい……」
何故だろうか。いい笑顔なのに、目が笑っていない気がするんだが。
しかし、そこにツッコむ勇気はなく、黙って立ち上がると、彼女は今思い出したと言わんばかりのテンションで、衝撃的な一言を呟いた。
「あっ、そうだ。今度海行こっか」
「……は?」
そんな一言をはっきり理解するのに、俺は数分の時間を要した。
*******
どこまでも広がる青い海。
真っ直ぐに横たわる水平線。
そして、穏やかに揺らめく海。
……マジか。本当に来たのか。
先日東條さんから言われた時には、冗談かと思い流していたのだが、昨日の夜連絡が来たのにはマジで焦った。
まだ現実味がないからか、砂浜から伝わってくる熱も、周りを取り囲む喧騒も、どこか遠く感じる。
ちなみに、東條さん……達は着替え中だ。
まあ、そろそろ来る頃だと思うが。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!おっ待たせ~!」
まず着替え終ったのは、ディアマイシスターか。
こちらにとてとてと歩み寄ってくる小町は、可愛らしい黄色い水着を着ていた。とはいえ、妹の水着姿だが……
「ほらほら、何か言うことはないの?」
「ああ、世界一可愛い」
「うわ、テキトー……でも、あの二人の水着姿を見て、そのテンションでいれるかな」
「…………」
小町の言葉に、つい想像力が働き始めるが、ここは何とか抑える。落ち着け。俺は家に帰りたいだけなんだ。
「比企谷く~ん!」
ざわめきが砂浜を揺らした。
振り向くと、絢瀬さんがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。モデルばりのプロポーションに加え、白い肌と水色のビキニ姿がひたすら眩しく、男子だけでなく、女子の視線も集めている。
そんな視線を気にもせず、彼女はこちらに得意気な笑みを見せた。
そして、その後ろを東條さんが苦笑いで歩いている。言うまでもなく周りの視線を集めながら。
すると……
「おい、見ろよ。アイツ……」
「うわ……美少女3人も……」
「ザキ」
「ちっ、ボッチのくせに!!」
やはりこうなるか……てか、なんでお前は俺がボッチなの知ってんだよ。そろそろ正体が知りたい。
しかし、どこにもそれらしい姿は見当たらなかった。ちっ、逃げやがったか……。
「ふふっ、比企谷君どうしたん?顔、赤いけど」
「い、いや、嘘ですよね。全然赤くないですよね」
「さっ、比企谷君、オイル、塗ってくれないかしら」
「……は?」
「比企谷君、オイル塗ってくれないかしら」
「…………」
まさか、このようなベタなイベントに遭遇する日が来ようとは……何ならこの前夢で見たくらい理想的なイベントである。
だが断る!!
「いや、その……さすがに直接触れるのは、アレなんで……」
「照れなくてもいいわ。私も初めてだから、ね?」
「…………」
言い方がエロい気がするのは気のせいでしょうか?
「比企谷君、塗ってあげたらええやん?」
「…………」
逃げ道を塞ぐように、東條さんがニヤニヤと笑顔を向けてきた……アンタ、絶対に楽しんでるだろ。
*******
「よしっ、ありがと!比企谷君♪」
絢瀬さんは、やたらいい笑顔で砂浜へと駆け出した。顔が赤かったのは陽射しのせいだろうか。どちらにしろ……疲れた。
くっ……おいしい体験のはずなのに、ほとんど記憶にねえよ!MOTTAINAI!
「比企谷君、比企谷君」
「…………」
東條さんの声が聞こえただけで、嫌な予感がした。むしろ確信した。
「ウチにも塗って♪」
「い、いや、その……」
「なんで~、エリチには塗ってあげたんやろ?」
「ぐっ……」
「ふふっ、お・ね・が・い♪」
「…………」
拒否権はないらしい。知ってたけど。
俺は緊張を紛らすようにため息を吐き、サンオイルをゆっくりと右手に垂らした。