何とかサンオイルを塗り終わり……
「比企谷君、まだ塗っとらんやろ?」
「…………」
くっ……話数が変わったから、いつの間にか終わってた的な流れになると思っていたんだが……。
どうやらキチンとやらねばいかんらしい……果たしてメンタルが持つのだろうか?絢瀬さんでだいぶ削られたんだけど。
いや、腹をくくれ……とりあえず……何も考えるな。
「じゃ、じゃあ……塗ります」
「うん、お願い♪」
俺は手にオイルを垂らし、彼女の剥き出しの背中に視線を落とした。
白い肌は陶器のように滑らかで、その曲線はまるで芸術品のようだ。
そして、腰はしっかりとくびれているのに、それなりに肉付きはいい。このスタイルが、あの巫女服の下に隠れていたかと思うと、何だか背徳的な気持ちに……おい、考えないと誓ったばかりだろうが。
ようやく背中に触れると意外なくらいの柔らかさに、鼓動が跳ねた。
「ひゃうっ!」
「っ!」
……びっくりしたぁ。
意外なくらいかわいらしい声に、逆にこっちが驚いてしまう。い、今の本当にこの人の声か?
「あはは、ごめんねぇ。くすぐったくて、つい……」
「わ、わかりました……」
気を取り直して、もう一度背中に手を触れる。
「んぁっ……!」
「……あの……わざとやってますか?」
「ち、違うよ~。だから、なるべくはやく終わらしてくれんかなぁ」
「りょ、了解……しました」
まだ来たばかりなのに、ここまで心身を削られるとは……やっぱ常に心身安定しているボッチ最高だな。
*******
「はぁ……はぁ……」
ようやくオイルを塗り終えた俺は、精神力を使い果たしたせいか、砂浜に寝そべっていた。おかしい。定番のラッキースケベなイベントのはずなのに、こんなに疲労感があるなんて……リトさんやっぱパネェな。
「ほら、比企谷君も泳がんともったいないよ?」
この疲労感の原因である東條さんは、さっきのあれこれを完全に忘れ去ったように、いつものテンションに戻っていた。やっぱりわざとだったんじゃねえか?この人……。
「それとも、今度はウチが比企谷君にサンオイル塗ってあげようか?」
「いや、俺はそういうのいいんで……」
「じゃあ、ウチが泳ぎ教えてあげる♪」
「……普通に泳げるんですが」
「え~、じゃああっちの沖まで競争する?」
「いや、しませんから。アンタめっちゃ体力ありそうだし」
「あははっ、比企谷君はウケるなぁ」
「いや、ウケねえから」
やめて!このやりとりは別のキャラクターとのだから!先回りしないで!
*******
東條さんにからかわれながら、テキトーに波に身を委ねていたら、いつの間にか昼になっていたので、小町と東條さんは昼食を買いに行った。
ひとまず買っておいた飲み物に口をつけると、絢瀬さんがずいっと身を寄せてきた。近い近い近い!
「ふふっ、比企谷君、楽しんでる?」
「……まあ、ぼちぼち」
「それはそうと、比企谷君は希と付き合ってるの?」
「っ!げほっ、げほっ!」
唐突すぎる質問に焦ったせいか、飲み物が気管に入ったようだ。
「だ、大丈夫!?ご、ごめんね……」
何回か咳き込んだものの、絢瀬さんに優しく背中をさすられ、何とか早めに立ち直れた。
「……ふぅ……だ、大丈夫ですけど、てか、いきなりどうしたんですか?」
「んー、そりゃあ、気になるわ。親友がいつの間にか素敵な男の子とお近づきになってるんだもの」
「はあ……」
何とか平静を保っているが、素敵なという誉め言葉に心がしっかり反応してしまっていた。
「それで……質問の答えは……」
「いや、言うまでもなく付き合ってませんよ」
「そっか……なら、えと……り、りり、り、立候補しようかしら……チカ」
「……はい?」
「あわわ……ご、ごめんなさい!今の忘れて!」
絢瀬さんは、走って海の中へと突っ込んでいった。その瞬間の海が割れたような衝撃に、周りの客は恐れ戦いていた。
「…………」
どうしてそんな事を聞くのかと悩むほど鈍感ではない。だからこそ、対応に困るのだろう。色々と疑問はあるが、せめて今だけは、この喧騒と波音がかき消してくれたらいいと思った。
「お待たせ~」
「焼きそば買ってきたよ~」
急に二人の声が聞こえたので、ビクッと肩を跳ねさせてしまう。何も後ろめたいことなどないのに。
「あれ?エリチは?」
「ああ……海に向かって走り出しました」
「な、何で?」
「よくわからないんですが……」
「ふぅ~ん。よくわからないんやね」
東條さんは、前屈みになり、こちらの顔を覗き込んできた。そのせいで豊満な胸がさらに強調されているのは、わざとなんでしょうか。
「……ほんとに、わからない?」
「…………」
上目遣いが意味していることは何だろうか?
彼女の質問への答えはわかっていても、それだけはさっぱりわからなかった。
からかっているのか、試しているのか。それとも……
「あのー、お二人さん?いちおー、小町がいるんだけど、忘れてないですか?」
「……いや、別にそんなんじゃねえよ」
「ふふっ、忘れとらんよ。小町ちゃん♪ エリチ呼んでくるね。そろそろ危険人物扱いされそうやし」
「はいは~い、お願いしま~す」
「すぐ戻ってくるからね。自称鈍感くん♪」
「…………」
東條さんの背中を見ながら、俺は何とも形容しがたいこの気持ちに、どんな名前がつくのだろうかと、つい考えそうになり、慌ててかぶりを振った。
……今は考えなくてもいいだろう。
「お、お兄ちゃんがあんなやりとりするなんて……はやくお母さんにメールしなきゃ!」
「…………」