捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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君は天然色 #5

「あぁ~、楽しかった♪」

「………」

 

 帰りの電車の中、東條さんが楽しそうに呟くのを聞きながら、俺は窓の外を見ていた。

 夕焼けがたゆたう海に降り注ぎ、キラキラと輝きを撒き散らしているのを見ていると、そこに懐かしさみたいなのが湧き上がってきた。

 

「な~に黄昏とるん?」

「いえ、なんか久々に海に行ったんで……」

「日光、人混み、塩水……比企谷君の苦手なものばっかやからね。ちょっと疲れたかな?」

「いや、勝手に変な属性つけないでね?確かに人混みきらいだけど……」

 

 他はそうでも……いや、夏の陽射しとか暑すぎて苦手かもしれん。塩水も苦手かもしれん……あれ、当たってる?

 隣で寝息をたてる絢瀬さんと小町を横目に、東條さんと話していると、不思議と疲れがとれる気がした。まあ、小町の寝顔があるからな。

 しかし、その穏やかな空気をかき乱すように、彼女は何故か顔を近づけてきた。

 

「な、何すか?」

「ふふっ、だいぶ日に焼けたね~。これはこれでいい感じやと思うよ。健康的で」

「そ、そうですか」

「うん。普段より活発に見えるよ」

 

 マジか。なるたけ家から出ないで済む、やらかい未来へ邁進中なんだが……。

 ていうか、顔近い息が耳にかかるいい匂い可愛い……。

 思考がこんがらがって、何をどうしたものかとなり始めたところで、ようやく東條さんは離れた。

 

「比企谷君」

「はい……」

「呼んでみただけ♪」

「なんすか、それ?」

 

 やめて!その付き合いたてのバカップルみたいなノリやめて!うっかり勘違いしちゃうから!何ならキャラ崩壊して、次回から彼氏面しちゃうまである。しないけど。

 すると、東條さんは口元に手を当て「う~ん」と考える素振りを見せた。

 

「ねえ、やっぱり比企谷君って、呼びづらいと思うんよ」

「……そうですか?」

 

 ここにきて、まさかの名字ダメ出し?と普段なら思うだろうが、彼女の表情から、何故かそれはただ言ってみただけに思えた。

 

「そうやね~、じゃあ、今日から八幡君って言わせてもらおうかな」

「すいません。勘弁してください。てか文字数変わってませんから」

「ん~?……そうやね。ウチみたいに、休日にこき使って、いつもからかう先輩から名前で呼ばれるなんて……嫌やろうね。しくしく……」

「…………」

 

 あからさまに演技なのだが、それでも潤んだ目で上目遣いされ、腕を組んで胸を強調されると、どうにも罪悪感やら思春期男子の純粋な心やらを刺激されてしまう。

 

「そういうわけで、名前で呼んでみてええやろ?面白そうやし」

「……いや、今はまだ心の準備が……」

「じゃあ、明日までにしといてね♪」

「…………」

 

 ダメだ。言い返せねえ……何なの、この人?陰蜂並みに勝てる気しないんだけど。

 ため息とともに、もう一度窓の外に目をやると、海に注ぐ夕陽の光が、からかうようにキラキラと瞬いていた。

 

 *******

 

 千葉に到着すると、俺と小町は一足先に電車を降りた。ちなみに、絢瀬さんは眠ったまま、「八万……」とを呟いている。羊の数だろうか。

 

 

「希さん。今日はありがとうございました!絵里さんにもよろしくお願いします!」

「うん。また一緒に遊ぼうね、小町ちゃん」

「……それじゃあ」

 

 小町が背を向け、歩き始めたところで、彼女はさっと距離を詰め、耳元で囁いてきた。

 

「それじゃあね……八幡君」

「…………」

 

 あまりに突然の響きに、俺は何も返事できなかった。

 そして、そうしているうちに、甘い香りを残して彼女は離れ、扉が閉まり、俺も背を向けた。

 

「お兄ちゃん、希さんから何言われたの?」

「……次のバイトのシフト」

「ふ~ん、そっか。頑張ってね」

 

 小町は俺の言った事を信じていないだろうが、それでもそれ以上聞いてくる事はなく、てこてこと歩き始めた。

 電車が完全に見えなくなってから、ようやくおもいだしたように、一つの事実に思い至る。

 夏はまだ始まったばかりなのだと。

 

 *******

 

 数日後……。

 俺は千葉の林間学校にて、ボランティアに勤しんでいた。

 もちろん自主的にではなく、小町をダシにして呼び出されたのだが……。

 そんな風に、強制的に連れてこられた林間学校にて、俺は東條さんと電話で話していた。

 休憩時間に、まるで狙いすましたかのようなタイミングで電話がかかってきたのだ。まさか、近くにいるんじゃなかろうか……いないな。

 

「へえ、林間学校にボランティアとして参加しとるん?」

「……ええ。まあ」

「そっかぁ。頑張ってるんやね」

「いえ、無理やり連れてこられただけなんで……何なら今すぐ帰りたいまであるんですが」

「ふふっ、そう言いながらも真面目にやるのが八幡君なんやけどね」

「…………」

「ちなみに、ウチらは今真姫ちゃん家の別荘で合宿しとるんよ。ちょうど海もあるから、ミュージックビデオ撮影しとるんよ。この前の水着で」

「……そうですか」

 

 そう言われると、自然とμ'sの水着姿が浮かんでくる。 

 

「妄想も捗るやろ?」

「……そうですね」

「もう、照れてそんな棒読みせんでもええやん?」

「それよか、そろそろ練習に戻らなくていいんですか?」

「それもそうやね。じゃあ、なんかおもろいことあったら教えてね」

「……まあ善処します」

「それじゃあね~」

 

 通話が途切れると、急に蝉の鳴き声が大きくなった気がした。

 ていうか、名前で呼ばれてるのに、特に違和感ないのがヤバい。何がヤバいかよくわからなくてヤバい。

 

「はちまーん!どうかしたの?」

「いや、何でもない……今行く」

「あっ、ちょうどよかった。八幡、連絡先交換しない?」

「えっ?ああ、わかった」

 

 マジか。戸塚の連絡先が手に入るとか、なんて棚ぼた……これも、あの人のスピリチュアルな力のおかげかもしれん。

 

 


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