「ふふっ……」
八幡君との電話を終えると、自然と笑みが零れた。そっかぁ、今は林間学校かぁ。どんな顔でボランティアしてるのか見てみたいなぁ。想像つくけど。
「どうしたの希?ニヤニヤして」
「ん~?何でもないよ。いい天気だなって思っただけ」
「そう。あまりにニヤニヤしていたからポンコツ化したかと思ったわ」
「……エリチ、今ウチは今年一番傷ついたよ」
「何で!?」
まさかエリチにポンコツ扱いされるとは……ウチも注意せんとあかんね。
すると、今度はにこっちがやれやれといった表情で溜め息を吐いていた。
「なにやってんのよ、二人して。ぼさっとしてたら、次の新曲は、このにこにーがセンターに……」
「「そろそろ練習に戻ろっか」」
「ちょっと無視しないでよ!」
*******
その日の夜、八幡君の妹の小町ちゃんから電話があった。
内容は想像していたものとはだいぶ違った。
「え?八幡君が何かおかしい?」
「そうなんですよー。おかしいというか、おかしな事を考えてそうというか……」
小町ちゃんは言いたい事を上手く言葉にできないでいるみたいだ。でも、いつも彼を見ている小町ちゃんだからこそわかる何かがあるんだろう。
沈黙で続きを促すと、小町ちゃんはまた口を開いた。
「しかも、そういう時のお兄ちゃん、小町の経験上、最悪で最悪で……とにかく最悪なんですよ」
「ふふっ、小町ちゃんはお兄ちゃん想いなんやね。八幡君が可愛がるのもわかるなぁ」
「……え、えーっと……あっ、お兄ちゃん来たそれじゃあ失礼します」
「うん、それじゃあね」
彼が何をするのか、小町ちゃんから聞いた状況から、何となく想像してみる。
カードで占ってみても、あまりいい結果はでない。
多分、彼は精神的にかなり疲れて帰ってくるだろう。
でも、周りにはそんな素振りをちっとも見せないだろう。
その時、ウチに何ができるかはわからないけど……何かできたらいいな。
とりあえず今度会ったら、小町ちゃんをワシワシしてみようかな。
そんな事したら、多分八幡君に怒られそうやけど。
*******
予定外のボランティアや、奉仕部の活動に忙殺され、ようやく林間学校が終わった。
車は行きの出発点に近づき、慣れた街並みにほっとしていると、その中に見覚えのある人物を見つけた。
「あれ?あの人……」
「…………」
由比ヶ浜も気づいたようだ。そういや、メイドカフェで会ってたよな。この人の行動範囲がよくわからん。そのうち、うちの学校の購買でパン売ってそう。バナ納豆パンとかやばそうなやつ。
「ほぅ……」
平塚先生のバックミラー越しの面白そうな視線が、何だかくすぐったかった。
停車した車から降りると、スタスタ歩きながら、東條さんがこちらへやって来た。
「あっ、八幡君。偶然やね~」
「……そうですね。」
白々しい嘘に苦笑いを浮かべていると、小町がボソッと「お義姉ちゃん候補がよりどりみどり♪」とか呟くのが聞こえた。
「確か、海の見える別荘で合宿してたんじゃないんですか?」
「もう終わったよ。それで、用事があって千葉に来たら、まさかこんな場所で会うなんて。これもスピリチュアルな力のおかげやね」
白々しい嘘に、俺は首筋に手を当て、しばし瞑目した。まあ、用事はあったのかもしれないが。
そして、それと同時に安堵のような言葉では形容しがたい不確かで曖昧で温かな何かを感じていた。
「まあ、お互いに合宿から帰ってきたことやし、今から甘い物でも食べに行かん?」
「いえ、荷物があるので今日はこのまま……」
「なるほど。一旦家に置いてから出てくるんやね」
「…………」
どうやら逃がす気はないらしい。ここで逃げようものなら、家までついてきそうだ。まあ逃げる理由もないんだが。
それより、視界の端で小町が平塚先生に何か話しているのが気になるんですが……。
「あの!」
すると、由比ヶ浜もしゅばっと手を挙げた。
「ど、どっか行くなら、あたしも一緒に行っていいかな!?ゆ、ゆきのんはどう!?」
「私は失礼させてもらうわ。疲れているし、それに……」
雪ノ下の視線の先には、雪ノ下姉がいた。ひらひらと笑顔で手を振っているが、やはり怖い。あれ?似たようなオーラを出す人が今近くにいるようだ。
「八幡君、どうかしたん?」
「い、いえ、なんでも……」
共通点は圧倒的戦力を誇る胸部か……そこにオーラが詰まってるんですかね……あ、なんか納得だわ。
「ヒッキー?」
「そういや、ようやく帰ってきたって感じがするな」
「なんかめっちゃ話逸らそうとしてるし!しかも話題変えるのヘタ!」
*******
とりあえず、いつまでも外にいても仕方ないので、近くにある喫茶店に入ってから話をする事にした。
店内に流れている穏やかなジャズも、何だか懐かしく思える。
俺と小町、東條さんと由比ヶ浜で向かい合って座り、注文の品が来たところで、俺は改めて尋ねた。
「それで……今日は何故わざわざ千葉に?」
「そりゃあ、全国巫女集会に来たに決まってるやん?」
「…………」
そんなあからさまな嘘を信じる奴がいるわけ……いやいますね。信じてる人が二人。ほえーっとか、はえーっと言ってて、この二人の将来がマジで心配。
「もちろん冗談よ。知り合いに頼まれて、さっきまで近くでティッシュ配りやっとったんよ」
「……そうですか」
何故だろう。男子達がホイホイティッシュを貰っていくのが目に浮かんだ。何なら俺も取りに行くまである。いや、下心じゃなくて人助けだよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。
「八幡君、林間学校は楽しかった?」
「楽しいとかそういうんじゃないでしょ、あれは。まあ、なんつーか、休日出勤のいい練習になりましたよ」
「う~ん……ウチの知ってる林間学校と趣旨が違うような」
「あたしがさっきまでいた林間学校とも違う……」
「お二人は間違ってませんよ。ただ兄がバグってるだけですから」
「バッカ、お前……いち早く世の中の仕組みを理解しただけだろうが」
「あははっ、やっぱ八幡君はおもろいなぁ」
「八幡君……」
由比ヶ浜が繰り返すように呟くのを聞きながら、ミルクと砂糖をぶちこんだコーヒーに口をつけると、東條さんが、鞄からがさごそと何かを取り出した。
「実はバイト先で、こんなのもらったんやけど。今晩皆でやらん?」
そう言いながら彼女が掲げたのは、大量の花火だった。