独り言を呟き、青空を見上げると、そっと扉が開いた。
目をやると、そこには東條さんが立っていた。
不思議と驚きはなかった。
彼女はいつか見せてくれたような包み込むような笑みを見せ、隣に腰を下ろした。
「お疲れ様。頑張ったね」
「いや、別に頑張っては……」
この人、全部聞いてたのか。てか独り言聞かれてたとしたら、相当恥ずかしいんだけど……。
しかし、彼女からはいつものからかうような笑みはなく、ただ優しい微笑みをで俺を見ていた
そして、まるで子供にするかのように、頭を撫でてくる。
「……恥ずかしいんですけど」
「誰もいないから大丈夫やよ」
「いや、そう言われても……」
しかし、東條さんはそのまま俺の頭を撫で続けた。
「ふふっ、えらい、えらい♪八幡君は頑張った。本当に頑張ったね。いい子、いい子♪」
どうやら拒否権はないらしい。まあ、仕方ない。東條さんだし。
つーかこれ、本当にやばい。何がやばいって、なんか気持ちよすぎてやばい。あとこの人の手の柔らかさがやばい。やばすぎて語彙力もやばい。
数秒そうしてから、彼女は自分の膝を指差した。お、おい、まさか……
「ちょっとだけ休んでええよ」
「い、いや 、さすがにそれはちょっと……そろそろ行かなきゃ行けないんで……」
「…………」
いや、そんなほっぺた膨らまされても……あざといし、可愛いし、やっぱあざといし……。
すると、彼女はいきなり目の前に来て、正面から俺の頭部をそっと抱きしめた。
「っ…………」
「君は本当に強がりさんやね。まあ、そこが可愛いとこやけど」
額に当たる柔らかな感触に胸が高鳴るが、何より彼女の優しさが胸に染み込んでくる気がした。
「さっきも言ったけど……お疲れ様」
「……どうも」
実際そうしていたのは1分ぐらいだろう。
でも俺にはやたら長く感じた時間だった。
それは、このままこうしていたいからだろうか。
今確かに言える事は、この温もりと優しさに俺は救われている。ただそれだけだった。
いつか少しでも、これと同じものを返せるだろうか。
まったく自信はないが、それでもいつか……なんて柄にもない事を本気で誓っていた。
やがて甘い香りを残し、彼女の体は離れた。
「よしっ……もう大丈夫そうやね。じゃあ、そろそろ行こっか!」
東條さんは、笑顔でこちらに手を差しのべていた。
俺は頬が緩むのをこらえ、その手をそっと握り、しっかりと立ち上がった。
それからは言葉など必要なく、二人で屋上をあとにして、体育館へと向かった。
*******
すべての作業を終え、足早に校舎を出て、校門を通過すると、見知った顔がそこに集まっていた。
「お兄ちゃ~ん!」
「やっほ~!」
「八幡く~ん!!!」
「ちょっ……あんま大声出さないでよ!恥ずかしいじゃない!」
まあ、なんというか……元気いいね。何かいい事でもあったの?と言いたくなるようなテンションである。
「……悪い。待たせた」
「ええんよ、ウチらが勝手に待ってただけやし」
「うわ、なんか意外……お兄ちゃんの事だから、『別に待ってなくてもよかったんだが』とか言うと思ってたよ……」
「それは、私がいるからかしら……やだ、もう」
「宇宙一のスーパーアイドル・にこにーがいるからでしょ」
なんか勝手に話が進んでいるのに苦笑いを返すと、自然と皆で駅の方へと歩き出した。
「いや~、やっぱり大きな学校の文化祭はすごいね~」
「……そういや、文化祭のステージはどこに決まったんですか?」
「うっ……」
俺の言葉に、何故か矢澤さんがギクッとなる。
すると、その様子に笑いながら絢瀬さんが口を開いた。
「実は、屋上になったのよ。公正なくじ引きの結果で」
「うぅ……だから何度も謝ってるじゃない」
そうか。矢澤さんがくじを引いたわけか。
なんかその場面が目に浮かぶわー。
絢瀬さんは、そんな矢澤さんの肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫よ、にこ。誰も責めてないわ。それに、慣れた場所でできるんだからいいじゃない」
「そうやね。リラックスできて、うっかり過去最高のパフォーマンスになるかも」
「……そ、そうね!そうよね!絶対にそうなるわ!だってμ'sだもの!」
「わあ、楽しみです~!小町も絶対に観に行きますからね!」
女子4人の賑やかなトークの邪魔をしないよう、忍のようにこっそりと歩いていると、東條さんが何か思い出したように手を叩いた。
「そういえば、さっき話しとったんやけど、八幡君も頑張ったことやし、今度皆で巫女服着て癒してあげようってなったんやけど……」
「いや、それはさすがに……」
「戸塚君もOKしてくれたよ」
「マジすか。それいつやるんですか」
「お兄ちゃん……」
「八幡君は戸塚君が絡むと変なテンションになるからね」
「ですよね~、あれ何なんだろ?」
これが愛じゃなければ何と呼ぶのか、俺は知らなかったんだが……。
まあ、ご褒美イベントはさておき、これは観に行かなきゃなどと、珍しく外出に前向きな自分を誤魔化すように首筋に手を当てていると、東條さんが小声で呟くのが聞こえた。
「……よし。私も頑張らなきゃね」
「?」
あれ?今、なんか違和感が……。
しかし、この時の俺はその違和感を放置しておいた。