文化祭が終わってから3日後。俺はベッドの上で悶えていた。
「うわぁ…………」
めっちゃ恥ずかしい。思い出すだけでも顔が真っ赤になりそうだ。あのまま東條さんの言うとおりに膝枕をされていたら、恥ずかしさで死んでいたかもしれない。
しかし、あの時癒されていたのは否定しようのない事実なわけで……さらに彼女の優しすぎる笑顔が、いちいち胸を締めつけていた。
すると、その内心を容易に悟り、からかうかのように携帯が震えだした。
相手が誰だかは言うまでもない。
「……もしもし」
「やっはろ~!」
「とりあえず、文字だけだと誰だかわかりづらいんで、いつも通りにやってもらえませんか」
「あはは、そうやね」
メタい話になったが、まあそれは些細な事だろう。
とりあえず、さっきまでのあれこれを悟られぬよう、至って平静を装い、いつも通りの声のトーンを強く意識した。
「そ、そろそろ、文化祭っすね」
「いや~、あれからエリチ達も、文化祭の準備張り切ってるんよ」
「……そうですか。てか、大変じゃないですか?生徒会とライブの練習両立すんの」
「まあ、大変は大変やけど、皆がいるから楽しいかな」
そういうのは多分、俺には無理な考え方だな。いや、プリキュア観てる時は思えるな。
「今、俺には無理な考え方だな。とか思ったやろ」
「……別に今スピリチュアルな力使わなくてもいいですよ」
「あははっ、使っとらんよ。ほら、八幡君の思考パターンって、慣れたら読みやすいから。ね?」
「…………」
いや、「ね?」って言われても……なんだ、それ可愛いっすね。
そこで、ふとこの前の違和感が胸をよぎった。
普段とは違う口調。
それだけのはずなのに、やけに引っかかった。
だが、今それを聞くのが正しいのかはわからない。
「もしも~し、聞いてる?」
「……あぁ、すいません。ぼーっとしてたんで」
「あらあら、せっかく八幡君を褒めちぎっとったのに」
「いや、絶対にそれはないでしょ」
「ふふっ、おかしいなぁ~。ウチはいっつも八幡君を褒めちぎってるのに、なんで疑われるかなぁ」
「褒めちぎるの意味をググったらどうですか?」
「それもそうやね……ふわぁぁ……八幡君の声聞いてたら、なんか眠くなってきたなぁ」
「話がつまらなくてすいません」
「あははっ。違うよ。ほっとしとるんよ。それじゃあ、おやすみ~」
「……ええ。それじゃあ」
訪れた静寂に、なんだか胸のあたりにぽっかり穴が空いたような気分になった。
*******
音ノ木坂学院・文化祭当日。
あいにくの雨だが、無事開催され、俺と小町は開始と同時に校舎の中へ足を踏み入れていた。
「わあ~……すっごい盛り上がってるね~」
「ああ、たしかに」
外はどんよりしているにも関わらず、校内はそれを感じさせないくらい盛り上がっていた。総武高校より規模は小さくとも、かなり活気がある。
すると、東條さんがこちらに駆け寄ってきた。
「やっほー、来たみたいやね。お二人さん」
「あっ、希さん!こんにちは~」
「……どうも」
「こんにちは。おやおや、八幡君?女子校だからって、そんなに緊張せんでもええんよ。むしろキョロキョロしてたほうが怪しいから」
「ま、まあ、それはわかってるんですが……」
客の女子率がこんな高いなんて聞いてないよ!
いや、マジで……男子なんて、片手で数えられるくらいしか見かけていない。うっかり回れ右するとこだったわ。
「ふふっ、たまにはええやん?女の子に囲まれるのも」
「……そ、それよか、ライブの準備はいいんですか?」
「今も絶賛準備中やけど?ほら、八幡君をからかって、エネルギー充電しとかんと」
「…………」
それで一体何が充電されるというのだろうか。
すると、彼女がほんの一瞬だけ不安そうに目を伏したのに気づいた。
それを気のせいだとは、どうしても思えなかった。
「……あの……」
「じゃあそろそろいかんとね。二人も最後まで楽しんでね~♪」
「わっかりました~♪」
「…………」
陽気に手を振り合う二人を見ながら、俺は黙って片手を挙げ、彼女を見送った。
これが気のせいならいいんだが……。
そう思いながら、彼女の背中が角を曲がるまで、俺は黙って見送った。
*******
小町としばらく色んな教室を見回ると、思いの外はやく時間が過ぎた。
「いや~、こっちの文化祭も楽しいね~」
「……まあ、裏でどんな面倒があるか知らなきゃな」
「またそういう事言う……本当は希さん……μ'sに会えるのが嬉しくてたまらないくせに」
「小町ちゃん。今言い直した理由はなぁに?」
そんなしょうもないやりとりをしていると、いきなり校内放送のベルが鳴り響いた。
「皆さん、お待たせいたしました!それでは14時から屋上ステージで、我が校が誇るスクールアイドル・μ'sのライブが始まります!雨の中ではありますが、是非足を運んでください!」
テンションの高い放送に、校内のあちこちから歓声があがる。これだけで、μ'sへの期待値の高さがわかるというものだ。私服姿の女の子もはしゃいでいるあたり、その知名度も上がっているのだと頷ける。入学希望者も増えてるらしいからな。
もしかしたら、その期待の高さで気負っているのだろうか。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「……ああ、悪い。今行く」
……まさかな。
この時の俺は、俺自身の気持ちにすら気づいていなかった。
*******
わかりきっていた事だが、雨はさっきよりも強かった。風があまり吹いてないのが幸いか。
屋上は傘をさした観客でカラフルに彩られている。後ろの人はかなり見えづらいだろうが……本当に早めに来てよかった。
期待に満ちた空気がだいぶ高まり始めたところで、メンバーが登場し、空まで届きそうなくらいに歓声があがる。隣にいる小町も、片っ端からメンバーの名前を叫んでいた。
そんな中、東條さんと目が合う。
この偶然もスピリチュアルなんかね。
彼女は、雨に打たれながらも笑みを見せたので、俺は黙ったまま頷いた。
そして、興奮の為か、顔がやたら赤い高坂さんが喋り始めた。
「皆さん、こんにちは!私達はスクールアイドル・μ'sです!今日は最後まで楽しみましょう!」
元気な開幕宣言から、雨をかき消すような爆音と共に、ライブが開演した。