ライブは勢いのあるパフォーマンスのお陰で、順調な滑り出しだった。
だが、おかしな点が一つ……
「穂乃果さん、どうかしたのかな?」
「…………」
小町が不安そうに呟く。
そう、高坂さんがさっきからやたらと息が荒い。あれだけ躍りながら歌っていれば、息があがるのは普通だと思うのだが、高坂さんのそれは、明らかに他のメンバーより目立っていた。
さっき、顔が赤いのは気持ちの高ぶりのせいだと思ったが、どうやら本格的に体調が悪いのかもしれない。東條さんや他のメンバーも、ちらちら視線を送っていた。多分、事情を知っているのだろう。そして、そのうえでライブ決行を決断したのだろう。
何の足しにもなりはしないが、ただ何事もなく終わるように祈ってみるも、そんなものは儚く打ち砕かれた。
「穂乃果っ!」
最後の曲を終えたところで、高坂さんはステージ上で倒れてしまった。
絢瀬さんや他のメンバーが高坂さんに駆け寄るのを見て、俺と小町も自然と足が動いていた。
その途中で、ステージに背を向け、歩き出す観客を見た時、雨がさらに強くなった気がした。
*******
それからは何もかもがあっという間だった。
高坂さんを運ぶのを手伝い、救急車が来て、それを見送ってから、そのまま小町と帰路に着いた。ただそれだけだった。
電車の中で小町と交わした会話もほとんど覚えていない。
ただ、彼女の……東條さんの哀しそうな横顔だけが脳内に焼き付いていた。
……今、何をしてるんだろうか。
すると、携帯が震えだした。
今日はもうかかってこないかと思ってたので、少し驚きながら携帯を耳に当てると、彼女の声が聞こえてきた。
「あ……もしもし、八幡君……今日はごめんね?」
「いや、別に謝る必要とかないですよ。てか、大丈夫だったんですか」
「うん。今は落ち着いとるよ。穂乃果ちゃん、昨日から熱がでてたみたいなんよ……」
「……あー、その……東條さんは大丈夫ですか?」
「ウチ?ウチは大丈夫。身体はどこも悪くないよ」
「いや、そういうんじゃなくて……」
しかし、彼女は続きを言わせてはくれなかった。
「ふふっ、あー元気でたなぁ。珍しく八幡君が優しい言葉をかけてくれたからやろうかなあ……あ、そういえば明日までにやらんといかん生徒会の書類作成があったんだ!ごめん、八幡君。また今度ね」
「えっ?あ……」
こちらが反応する前に、通話が途切れる。
訪れた静寂は、もやもやした気分を増幅させるだけだった。
その空元気に俺はただ一人で頷くことしかできなかった。
*******
それから数日間、お互いにそのまま連絡は取らなかった。
口実が見つからないなど、それらしい理由は思いつくのだが、本当の理由が自分でわかっているので、もどかしさを感じてしまうのだ。
とりあえず、それを紛らすように、μ'sのライブの結果を確認すると、そこには意外な結果が表示されていた。
「……辞退?」
そう、μ'sは予選を辞退したと書かれていた。
……一体何があったのだろうか?
たしかに途中で中止になったものの、それまでは上手くいっていたし、何よりわざわざ
頭の中によぎる不安から、とても目が離せそうになかった。
「あれ?お兄ちゃん、どったの?」
「……ちょっと出てくる」
小町に一言だけ残すと、学生服のまま家を飛び出した。
*******
不思議と電車の中では何も考えなかった。
何より今はただ東條さんの顔が見たかった。
駅に着いてからも、あとはひたすら神社までの慣れた道のりを走った。
そこにいる保証など、どこにもないのに。
ただ、予感はした……こりゃ俺もだいぶあの人の影響受けてんな。
すると、制服姿の彼女とバッタリ出くわした。
「……あれ?八幡君……?」
東條さんは目を丸くしていたが、同時に俺が来るのを予想していたかのようにも見えた。
「……どうも」
「ふふっ、どうしたん、急に?おつかいにしては遠出やね」
どうやら冗談を言う元気はあるらしい。まずはその事に安堵した。てか本当に今さらだが、大した口実もなしに千葉を飛び出して秋葉原まで来るとか、わけわからなすぎだろ。
にこやかにこちらの顔を覗き込む彼女に、とりあえず言い訳だけする事にした。
「いや、その……まあ、あれですよ。この前心配してもらったから、その借りを返すというか、なんというか……」
普段は理屈や屁理屈をこねくりまわすくせに、本当に肝心な時に気の利いた言葉の浮かばない自分に苛立ちながらも、それでも特に言葉は出てこなかった。
そりゃあそうだろう。勝手に心配して、勝手にここまで来ただけなのだから。わざわざその身勝手を口にすることもない。
だから、一言だけ……ひとかけらだけの本音を伝えた。
「……急に会いたくなっただけです」
「奇遇やね。ウチも八幡君に会いたかったんよ」
そう言って、彼女はやわらかな笑みを浮かべた。
「……そう、ですか」
「そうなんよ。ウチら、気が合うね」
「一方的に心読まれてる気はしますけどね」
「ふふっ、ここで立ち話もあれやし、とりあえずウチの部屋行こっか」
「…………」
そのまま俺と彼女は並んで歩き出す。
二人分の足音が、いつもより重なって響き、夜空へと溶けていった。