「えっ?μ's、活動再開するんですか?」
「うん。まあ、今度のライブは平日やけど、また土曜とかにライブするときは連絡するね」
東條さんの家に泊まってから三日後、どうやら問題は解決したようだ。
結果だけ見てみれば、南さんは留学を延期し、高坂さんはμ'sに戻り、すべて元通りだ。まあ、あれだ……この人の言うスピリチュアルな力が働いたということにしておこう。
東條さんの声も、いつもより弾んでいるように聞こえた。
「八幡君にはなんかお礼せんといかんねえ?」
「いや、お礼されるようなことは何もしてないんですけど……」
「今度会った時、普段より多目にからかってあげようかな」
「……それ、お礼じゃないような気がするんですが」
「まあまあ、八幡君も嫌いやないやろ?むしろ、好きやろ?」
「は?……い、いや、そんなことは…」
「素直になってええんよ。お姉さんはちょっとくらいは受け止めてあげるから」
「いや、俺は何を説得されてんですか。しかも、ちょっとしか受け止めねえのかよ」
「ふふっ、ほら……八幡君は色々すごそうやし」
「え?何ですか、そのイメージ」
「あっ、もうこんな時間。じゃあ、ウチはそろそろお風呂入ろっかなぁ」
「うわ、このタイミングで……いや、まあいいんですけど」
まあ、何というか……晴れても降っても、東條さんはやはり東條さんだった。
*******
そして迎えた休日の朝……。
「……おはよー。八幡くーん」
「…………」
「朝~、朝だよ~、朝ごはん食べて学校行くよ~」
「…………は?」
緩い朝の微睡みの中、やわらかな声が降りかかり、徐々に意識が覚醒していく。小町……じゃないよな……あと今日は休みのはず。
うっすら目を開けると、朝の陽射しがその姿を優しく照らし、なんだか神々しく見えた。
「おはよ♪」
「……」
そこには笑顔の東條さんが、ベッドの傍で中腰になり、こちらを覗き込んでいた。
「……な、なんで、いるんですか?」
いきなりすぎる展開に輪郭も朧気な言葉を発することしかできない。
しかし、彼女は事も無げに答えた。
「この前言うたやん?」
「…………」
この前……そういや、お礼がどうのこうの言ってたな……。
少しずつ思考が回り始めたのと同時に、彼女の私服姿を確認する余裕も出てきた。
「ふふっ、チャイナドレスじゃなくてごめんね?」
「……リクエストしたことありましたっけ?」
「でも、見たいやろ?」
「……ちょっと顔洗ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
そう言ってにこやかに手を振る彼女の視線を背中に感じながらも、一つだけ考えた。
頼んだら、チャイナドレス着てくれるのか。
……いや、別に頼まないけどね?ハチマン、ウソ、ツカナイ。
*******
とりあえず顔を洗い、身支度を整える。
部屋に戻ると、本を読んでいた彼女は居住まいを正し、こちらに向き直った。
「じゃあ、改めておはよう」
「……どうも」
「よし、それじゃあ、行こっか」
「……あー、今日は大事な用事があるので」
「うんうん。ゲームもアニメもあとでいくらでも付き合ってあげるから」
「……わかりました」
こうして、よくわからないまま休日の予定が決定してしまった。
しかし、不思議と嫌な気分なんてのは欠片もなかった。
*******
まずは公園に到着。
迷うことなく、すぐに到着するあたり、東條さんはこの辺の土地勘があるんじゃないかと思えてくる。
晴れた日の休日らしく、公園内には家族連れやカップルや、友達同士など、ボッチにはかなり近寄りづらい環境が出来上がっていた。
隣を歩く東條さんは、わざとかどうかは知らないが、「ん~」と伸びをして、胸を強調してから、こちらに笑顔を向けた
「さっ、まずはここで好きなだけウチに甘えてもええよ」
「いや、甘えるっつったって……やることもないですし」
「好きな風に甘えればええんやない?ほら……あんな風に」
東條さんの視線のさきには、小柄な女子と一人の男性がいた。
男のほうは、女子に優しく抱きしめられている……ていうか、胸に顔を埋めている。
「おにーさん、いつも漫画描いてて偉いね。よしよし」
「…………(あまえちゃん、好き~!!)」
……あれは……まあ、触れないでおこう……皆、スルーしてるし。
「いやあ、さすがにそこまで甘えるわけには……」
「はい、どーぞ♪」
東條さんは、ベンチに座り、自分の膝をぽんぽん叩いていた。
……経験上これは……心を決めるしかないようだ。
わずかに逡巡してから、俺も同じようにベンチに腰を下ろし、ゆっくりと体を倒した。
「……し、失礼します」
「どうぞ~♪」
いつもの枕よりも、やわらかくて温かな感触が、包み込むように頭を癒してくれる。
……や、やばい、気持ちよくて、このまま寝てしまいそうなんだが。
すると、見知った人物が目の前を通りすぎていった。
しかも、目が合ってしまう。
「ん?……」
「あっ……」
そう、偶然にも平塚先生と出くわしてしまった。
……まさか、この状況で……いや、ここ千葉だから別におかしいことではないんだけど。
「…………」
「…………」
そのまましばらく視線が交錯してから、平塚先生は何事もなかったかのように歩き始めた。
どうやら気づかなかったのだろうか。だが、はっきりと目が合った気がしたんだが……。
……まあ、何事もなければそれでいい。それより……
「どうかしたん?」
「いえ、何も……」
この態勢、ぶっちゃけ恥ずかしいので、そろそろ起き上がりたいのだが、頭を撫で始めた東條さんは、それを許してくれそうもなかった。
*******
「いやー、まさか生徒が休日にデートしてる幻を見るとはなー。私、疲れてるのかなー?……ふぅ、ラーメン食って帰ろ」