捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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いつか晴れた日に #7

「お邪魔しま~す」

「……どうぞ」

 

 妙な緊張を抱えた俺とは対照的に、東條さんは大して気にしてない感じで部屋に入ったが、こちらとしてはやはり自分でもよくわからない不思議な感覚があるわけで……しかも、さっきの一言が頭の中でやたら響いていた。

 そして、彼女はそれすらも忘れたように、一人で頷いている。

 

「うんうん、相変わらず八幡君って感じの部屋やね~」

「いや、それどんな感じですか……てか、最近来たばかりでしょうが」

「あははっ、それもそうやね。じゃあ、早速観よっか。八幡君、プリキュア好きなんやろ?」

「いえ、やめときます。あれはほぼ確実に号泣するから一人で観たいんですよ」

「そ、そうなんやね……それは仕方ないね」

 

 せっかくこちらの趣味に歩み寄ってくれた東條さんには申し訳ないが、これだけは譲れない。どんな色仕掛けをしてこようともだ。いや、別に期待しているわけじゃないよ?本当だよ?とりあえず来るなら来い。受け止めるから。

 そこで、飲み物すら用意していない事に気づいた。来客慣れしてないからか。いや、させてくれない周りが悪い。

 

「……飲み物取ってきますんで、その辺に座っといてください」

「はいは~い」

 

 飲み物を取りにいく途中、こういう作業を自分からするという事実に、つい苦笑いしてしまった。

 

 *******

 

 飲み物を用意し、テレビの前に並んで座り、とりあえず最近始まったアニメを観てみると、さっそく事件が起きた。

 

「わお……いきなりやね」

「…………」

 

 学生服姿の男子と、巫女装束の女子がキスをしていた。

 おい、どうなってんだ。いきなりキスから始まるとか…ゼロ○使い魔思い出したわ。

 てっきりアクションものかと思ってたのに……迂闊だったわ。

 いや待て。俺、意識しすぎじゃね?別に、学生服姿の男子と巫女装束の女子がキスしているだけじゃねえか。さすがにこれだけで意識するのは気持ち悪すぎるだろ、俺……。

 学生服姿の男子は爽やか系のイケメンで、俺とは似ても似つかないし、巫女のほうは吊目がちだし、胸元のボリュームも寂しい。

 思考を切り替えところで、ふと隣にいる東條さんに目をやると、彼女は人差し指で自分の唇をなぞっていた。

 そのしなやかな指先の動きと、唇のほんのりとした赤みに、どくんどくんと心が踊るのを感じ、俺は慌てて画面を停止させた。

 

「ん?どうかしたん?いきなり……」

「あー、とりあえず別のやつにしましょう」

「ふふっ、そうやね。それはそうと、今さっきウチの唇見とったやろ?」

 

 そう囁き、彼女はにんまりと笑った。

 

「……えー、これでいいですかね」

 

 ……だが無視する!!

 少しでも反応しようものなら、どうなるかが目に見えているからな。ていうか、この人……俺をからかいすぎて感覚麻痺してるのかもしれんが。今のやりとり、俺のような自制心がなきゃ、絶対に危なかったぞ……。

 

「…………」

「?」

 

 少し責めるような目つきで見ても、彼女は可愛らしく小首を傾げるだけだった。

 ……わざとなのかどうなのかは本当にはっきりして欲しい。

 

 *******

 

 アニメ鑑賞を始めて三話くらい観終えると、東條さんが「あっ」と何か思い出したように呟いた。

 

「どうかしましたか?」

「八幡君。そろそろウチの事、名前で呼んで?」

「……いや、このタイミングでする提案じゃないでしょ、それ……」

「じゃあ八幡君の中でのベストタイミングを教えてくれたら、そこでええよ」

「…………」

 

 もうこれ、遠回しに逃げられないことを告げてますよね。大袈裟な言い方かもしれんが。

 ……まあ、確かに東條さんから名前呼びされてるのに、俺が名字呼びというのはフェアじゃないかもしれない。だから、これはあくまで公平性の問題であって……

 

「またそんな顔して……たまには面倒な事考えんでええと思うよ」

「…………」

 

 今自分がどんな顔をしてるかは知らんけど、そう言いながら優しく微笑む彼女は、それはもう余裕たっぷりで……。

 もし俺が名前呼びすることで、その余裕を少しでも崩せるなら、なんて考えてしまった。

 

「それじゃあ、いきますよ…………の、希しゃん…………っ」

 

 噛んだ。

 わかりやすく噛んだ。

 だが、彼女からはいつものようなリアクションはかえってこなかった。

 その瞳は逸らされていて、ほんのり赤く染まった頬をかいている。どうやら思った以上の効力はあったらしい。

 

「へえ……思ったよりすぐに言えたやん?まあ、最後は噛んだけど。でも、」

「……そこは聞き逃さなかったんですね。……希さん」

「か、からかうように言うのは禁止やよ?」

「そっちが名前で呼べって言ったんじゃないですか。……希さん」

「むぅ……今日の八幡君はなかなか手強いなぁ」

「いえ、今のは……希さんの自滅でしょう。やっぱり名字呼びに戻しましょうか?」

「そんなイジワルなこと言う子にはワシワシしちゃうよ~!」

「えっ、あっ、ちょっ、まっ、ああっ!!!……」

 

 東條さ……希さんが、背後から胸の辺りをがしっと掴んできた。間違いなくμ'sのメンバーにもやってんな、と思わせるような強さで。

 それは男相手でも変わらないのだろうか、俺はしばらく立てなくなるまで、希さんにワシワシされた。

 

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