わしわしから解放され、ようやく体力が回復し始めたところで、もうだいぶ陽が傾いていることに気づいた。
希さんも同じことを考えていたのか、すっと立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「……送ります」
「うん。それじゃあ、お願いしよっかな」
希さんの言葉に、少しだけ寂しさを覚えたのは、なんだかんだ今日が楽しかったからだろうか。
半年前は思いもしなかったであろう考えに、人知れず苦笑いをしてしまった。
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駅前はいつものような人通りの多さで、色んな人が帰路に着いているのが、何となくわかった。
希さんは、こちらを振り返ると、いつものからかうような笑みを見せた。
「八幡君。ウチが帰るからって、そんな寂しそうな顔せんでもええよ」
「いや、無理っすね。寂しくて堪らんので、帰ったらプリキュアでも観ることにしますよ」
「素直でよろしい♪あ、今度またμ'sが出るイベントあるから、ヒマやったら来てね」
「ええ。ヒマじゃなければ行きませんけど……」
「あらあら、そんなこと言ってたら、ウチの最高の一瞬を見逃しちゃうよ?」
「そりゃあ非常事態ですね。なるべく行けるように最善を尽くしますよ」
「最善って単語が八幡君とミスマッチすぎる件について」
「自覚はあります。おそらく二度と使わないでしょう」
自然と言葉が零れるままに会話をしていると、このまま長い時間過ごしていられそうな気がした。もちろん、そろそろ帰るけど。
彼女は今度は温かな日だまりのような笑みを見せた。
「じゃあ、またね。八幡君。今日は付き合ってくれてありがと」
「いえ、どういたしまして。てか、こちらこそ気遣っていただいて、ありがとうございます」
「ウチはやりたいことやってるだけ~。それじゃっ」
そのまま振り返る事なく改札をすり抜ける彼女の後ろ姿は、ほんの少し大人で、なんとなく可愛らしく、見とれてしまった。
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「あ、ヒッキー、やっはろー!」
「……おう」
こちらは休み明けで、まだ体に休日の緩さが残っているのだが、由比ヶ浜のほうはそうでもないようだ。朗らかな笑みのまま、俺の背中をはたいてきた。
「ほら、もっとシャキッとしなよ!この前デートしたばっかなんでしょ?」
「いや、あれはデートじゃ……てか、なんでお前知ってんの?エスパー?」
「違うし。フツーに見ただけだよ。駅前で」
「…………」
そりゃあまあ、由比ヶ浜も千葉で生活しているわけで。
別に駅前にいたところで、不思議でもなんでもない。
「ちなみに、ゆきのんもいたよ」
「…………そうか」
何と返せばいいかわからないので、とりあえず返事だけしておく事にした。特に何かを疑われているわけでも……
「付き合ってるの?」
「いや、違う」
そこは即答しておいた。てか考えたそばからこんな質問が来るとか、こいつやっぱりエスパーなんじゃねえの?俺の周り、超能力者ばっかか。
「そっかぁ、付き合ってないんだね」
そう言いながらお団子をくしくしと弄る由比ヶ浜の表情は、なんとも形容しがたいものがあった。
なので、そこに触れるのはやめておいた。
「そろそろ教室行かないと、チャイム鳴るぞ」
「あ、そだね。行こっか」
そのまま教室の前まで並んで歩いたが、かつかつと響く足音は、やけに揃っていて、やたら大きく響いた。
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μ'sは曲作りの為、また合宿に行っているらしく、おそらくその間は連絡は来ない。
……今さらだが、定期的に電話がかかってくるのが、当たり前になってたんだな。
そう考えると、俺もこの半年くらいでだいぶ人間強度が下がったのかもしれない。
「お兄ちゃん、そういう時は自分から電話すればいいんだよ」
「……何の話だよ」
「今のお兄ちゃんが何考えてるかなんて、顔に書いてあるよ」
「…………そうか?」
あながち否定できない辺りが悔しい。いや、これはそういう気になるではなくて、ただあの人が誰かをからかいすぎて怒らせていないか、とかそういう心配みたいなものだ。一応、バイト先の後輩として……。
すると、携帯が震え出す。どうやらメールを受信したみたいだ。またどっかからのスパムメールだろうか。
確認すると、希さんからのメールだった。
『そんな寂しそうな顔してどうかしたん?』
「…………」
ほんの一瞬ではあるが、マジで焦った。
実はその辺の中にいるんじゃねえかと思ったぞ。
スピリチュアルなパワー、恐るべし。
……いや、テキトーに送っただけなんだろうけど。
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「希、どうかしたのですか?」
「なんかニヤニヤして楽しそうだにゃ~」
「ふふっ、な・い・しょ♪」