とある早朝。
数日前から始めて、だいぶ慣れてきたジョギングから戻ると、のろのろと階段を降りてきた小町と出くわした。寝癖がついてても、やっぱりめちゃ可愛い。欠伸してる姿とか、神がかって可愛い。
「ふぁぁあ……あれ?お兄ちゃん、こんな朝早くに外出してたの?珍しい……」
「……まあ、あれだ。たまにはな。ほら、いい天気だし」
「うわ、なんかお兄ちゃんらしからぬ言葉……どったの?希さんから命令されてるとか?」
「い、いや、命令って……一体どんな関係性なんだにょ」
「噛んだ……て事は半分くらい当たってるじゃん。ま、頑張ってね」
「お、おう……」
「でも、お兄ちゃんのやる気スイッチ押すなんて、希さん何やったんだろ。参考にしたいから後で聞いとこっと」
「いや、聞かなくていいから。参考にしなくていいから。やる気スイッチとか入ってないから」
「ふうん、でも今のお兄ちゃん、なんかいい顔してるけどね」
「っ!……そ、そっか」
……そこだけ聞くといい話に見えなくもないが、それだと俺は、どんだけ希さんに言うこと聞かせたいんだよ、と我ながらゲスい気分になるな。落ち着け、八幡。体育祭とはあくまで学校教育の一環であり……。
朝っぱらから俺は、いつかと同じ事を考えて、下心を塗り潰していた。いや、下心なんか断じてないけど
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そして迎えた体育祭当日。
幸い爽やかな快晴に恵まれ、体調も万全だ。要するにいつもどおりだ。いつもどおりなの大事。
そこで、ポケットに入れていた携帯を取り出し、今朝希さんからきたメールを、もう一度確認する。
『ファイトだよ~!』
何故高坂さん風なのかはわからないが、言っている姿は容易に想像できる。まあ、悪くない。
携帯をポケットに仕舞い直したところで、同じ実行委員でもある奉仕部メンバーがやってきた。
「ヒッキー、やっはろー!」
「おはよう」
「……おう」
「どしたの?今日なんかやる気に満ち溢れてない?目がいつもより爽やかというか……濁ってるけど」
「そういえば、少し背筋もしゃんとしているような……」
「いや、そうでもないが……てか、濁ってるってなんだよ」
「そっか。ヒッキーも大人になったんだね……」
「おい、話を逸らすな。目を潤ますな。なんか哀しくなるだろうが」
周りから見ても、今日の自分はどこか違うらしい。いまいち釈然としないが……まあ、なるたけ全力を出しますかね。
全力という言葉の自分らしくなさに苦笑が漏れる。
そうこうしているうちに、とりあえず総武高校体育祭が幕を開けた。
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一方その頃……
「まさか、エリチ達もついてくるとはねえ」
「ほら、希一人で千葉なんて、迷子になったら大変でしょ?親友として当たり前の事じゃない」
「親友って言葉がこんなに薄っぺらく聞こえる日が来るとは思わなかったわ」
「ていうか、お姉ちゃん。この前秋葉原で迷子になってたよね」
「ぐっ……あ、あれは……ちょっと迷っただけよ。人生に、ね」
「イミワカンナイ。はあ……お姉ちゃんがどんどんポンコツになっていく……」
「まあまあ、そこがエリチのいいところやし、ね?」
「私がポンコツと言われてるのは否定しないのね」
「そりゃそうでしょ。そこは事実だし」
「チカァ!!!」
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最初のほうは特に出場する競技もなく、やる事といえば、委員会の仕事くらいだ。こちらに関しては特にこれといった問題もなく、無事進行できている。
……てか、今さらだが本当に来るんだろうか?
改めて考えると少し……いや、かなり恥ずかしい気がする。何が恥ずかしいかはわからないが……。
やべえな。急に落ち着かなくなってきた。
「あの男は一人で何を唸っているのかしら。通報するべきかしら?」
「あはは……まあ、ヒッキーにも色々あるんだよ。ヒッキーだし……なんでかは予想つくけど」
由比ヶ浜の最後のほうの呟きは、聞こえない振りをしておいた。てか予想つくのかよ。スピリチュアルかよ。
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「よし、着いたわね!皆、ついてきて!」
「エリチ、そっちやないよ」
「「…………」」
「な、何よ!亜里沙もにこもそんな目で見なくてもいいじゃない!」
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「ねえ、ゆきのん大変だよ!!」
「どうかしたの?」
「紅組、怪我した人がいて、二人三脚リレーのチームが一組足りないんだって!」