捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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ドリーミング・デイ #6

 ライブ終了後、希さんから呼び出され、小町と一緒に別のホールに行くと、何やら撮影が始まろうとしていた。

 入る場所間違えたかと思い、少し戸惑っていると、背後から肩をとんとんと叩かれる。

 ……また背後を取られちまった。どうやら俺に殺し屋の才能はないらしい。

 そう考えながら振り向くと……その瞬間、時が止まったような感覚を覚えた。

 

「ふふん。相変わらず八幡君は隙だらけやね」

「…………」

「ん?どうかしたん?」

「…………」

「お~い、八幡く~ん」

「わぁ~!希さん、綺麗ですね~!本物の花嫁みたい!」

 

 本物の花嫁ってなんだよ、とかいうツッコミも言えないくらいに、俺はその格好に見とれてしまっていた。

 ドレスそのものは、星空が着ていた物と変わりはしないのだが、何故だろうか……何かが違って見えた。

 スタイルとかそういう単純な話ではなく、何かが特別だった。

 

「…………」

「八幡く~ん。あかん、返事がない。ただの屍みたいやね」

「あららら、お兄ちゃんが興奮と感動のあまり黙っちゃってる」

「……い、いや、何つーか、その……いきなりすぎて驚いただけだけど?え、あれ?てか、今から何が始まるんですか?」

「実はモデルを頼まれたのよ」

 

 俺の質問は答えたのは、希さんの背後にいた絢瀬さんだ。こちらもウエディングドレスを着用している。淡いブルーが彼女の魅力を引き立てていた。さらに……

 

「まったくもう……しょうがないわね~。まあ、この宇宙一のスーパーアイドル・にこにーなら、モデルに選ばれても仕方ないけど」

「はいはい。早くしないと、皆待ってるわよ」

「少しは感動に浸らせなさいよ!!」

 

 よく見ると、先程ドレスを着ていなかったメンバーがドレスを着用して、そこに立っていた。

 これは何事かと希さんを見ると、彼女は申し訳なさそうに笑った。

 

「いやあ……あはは、本当はもう帰るとこやったんやけどね。ここのオーナーさんに頼まれちゃって……ごめん、そんなに時間はかからんらしいから、待っててくれる?」

「……まあ、大丈夫ですけど」

「それにしても、皆さん綺麗ですね~!いいなぁ、小町も着たいなぁ♪」

 

 小町のドレス姿……やはり見たいような、見たくないような、というのが本音だ。まあ、どちらにしろまだ先の話だが。

 しかし、今は胸がどくんどくんと激しく脈打っており、何も考えられそうにない。

 ……おい、なんだ、この感覚。

 

「八幡君?」

「っ!?あ、は、はい?」

「そんな驚かんでもええやん。撮影の前に一年生の紹介しておこうと思ったんやけど」

「ああ、そうですか……」

「…………」

 

 希さんは俺をじっと見つめてから首を傾げ、そっと耳打ちしてきた。

 

「もしかして……ウチのドレス姿に見とれてたん?」

「…………」

 

 何故言葉が出てこないのだろう……普段どうでもいい事や余計な事ならいくらでも出てくるのに。

 そんな俺を見て、希さんは、してやったりみたい笑顔で、くすくす笑った。 

 

 *******

 

 まだ頭の中がふわふわした状態のまま互いの自己紹介を簡潔に済ませると、小泉が心配そうにこちらを見た。

 

「あ、あの……顔真っ赤ですけど……だ、大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫だ……ああ」

 

 やだなにこの子。小動物感のある癒し系じゃないですかー。なんていうか、奉仕部の部室に欲しい感じ。

 すると、希さんがジト目でこちらを見ながら、ぼそっと呟いた。

 

「彼は発情期やから、あまり気にせんほうがええよ。特に半径5m以内は立ち入り禁止やよ」

「は、はつ……っ!?」

「いや、なんつー嘘ついてんですか……」

 

 半径5m以内立ち入り禁止の発情期とか、ただの危険人物じゃなかろうか。

 そうこうしている内に、スタッフさんがメンバーを呼びに来た。

 

「お待たせしました。それではよろしくお願いします」

 

 さて、撮影が終わるまでもうしばらくかかりそうだし、その辺をうろついときますかね。そうすりゃ少しは落ち着く気もする。

 

「あ、そこのキミ!」

 

 いきなり聞こえてきた大きな声が、自分に向けられたものだと気づくと同時に、やたらテンションの高いショートカットのお姉さんが、俺の周りをぐるぐる回り、品定めをするように上から下まで眺めている。

 どうしていいかわからずにいると、そのお姉さんは立ち上がり、笑顔で俺の手を握ってきた。

 

「君も手伝って!お願い!!」

「…………は?」

 

 *******

 

 どうしてこうなった。

 タキシードに着替えた……というか、着替えさせられた俺は、現在スタイリストさんに髪型を整えてもらっていた。

 まさか、この俺にこんな機会が訪れる時が来るとは……。

 あのカメラマンは、一体俺の何を見て判断したのだろうか?今日、体調悪いとかじゃねえよな。

 準備が終わり、撮影現場に戻ると、小町が「おおっ」と驚いていた。

 

「お兄ちゃん、だいぶ雰囲気変わったね~!目はアレなままだけど」

「わかりきった事をいちいち言うな」

 

 希さん達に目を向けると、どうやら撮影はほぼ終了したのか、弛緩した空気が流れていた。

 そこで、絢瀬さんと目が合う。

 

「ぐはぁっ」

 

 彼女は何かに撃ち抜かれたように胸を抑え、ぱたりと気絶した。いや、なんでだよ。

 だが、それすらも構わず、カメラマンさんは「キター!」とテンションを上げている。いや、なんでだよ。

 

「そのどんより……影のある目つきがタキシードに意外と合うわー!やはり私の目に狂いはない!」

 

 今、どんよりってはっきり言ったな。言ったよな。おい、目をそらすな。

 だが、彼女は勿論そんなのお構い無しに、μ'sのメンバーに目を向けた。

 

「よ~し、じゃあそこのアナタ!ちょっといい?」

「はい」

 

 呼ばれてこっちに来たのは、何となく予想はしていたが、希さんだった。

 ……てか、これ、まさか……

 

「はい、じゃあ、そこに並んでもらえる?そうそう、はい腕組んで!」

 

 カメラマンの指示どおりに希さんが腕を絡ませてくると、甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。

 

「いいわね、最高!その初々しい感じ、いいわよ!」

 

 どんな感じなのか。何がいいのかはさっぱりわからないが、パシャパシャとテンポよく撮られていくので、そんなに失敗はしていないのだろう。

 横目で彼女を窺うと、自然な笑顔を見せていた。

 そして、そのままこちらを見ずに唇を動かした。

 

「大丈夫。ウチの隣やから、慣れとるやろ?」

「……そこそこ」

「よし、じゃあ次はハグしてみようか!」

「「え?」」

 

 さすがの希さんも驚いた表情をしている。これはまあ、さすがに、ね。

 すると、カメラマンも正気に戻ったのか、申し訳なさそうな笑みを見せた。

 

「あー……ごめんごめん。つい熱が入っちゃって……いきなりこんな事言われても困るよね?」

「ウチは大丈夫ですよ」

「は?」

「本当に!?」

 

 慌てて希さんを見ると、別に大したことないとでも言いたげに笑っている。マジか……。

 

「いや、いくら何でも……」

「八幡君は嫌やった?」

「いや、別に嫌というわけじゃ……」

「じゃ、せっかくやし……ね?」

「え、いいの?マジ?マジ?」

 

 希さんのあっけらかんとした物言いに、カメラマンも期待の眼差しを向けてくる。

 そうなると、こちらとしては黙って頷くしかない。

 

「…………」

「?」

 

 とはいえ、これまでの人生経験でハグの経験などないので、どうすればいいかわからない。

 こちらが視線をさまよわせていると、希さんは首を傾げてから、「あっ」と手を叩いた。

 

「ウチからしてあげたほうがいいよね。それじゃあ……」

「え……」

 

 彼女はそう言ってから、そのまま俺に抱きついてきた。

 柔らかな感触が体に絡みつき、優しい体温が心を包み込んできた。

 それに合わせるように、彼女の背中に手を回すと、彼女の体がすっぽり収まり、想像より華奢な体に、鼓動が再び跳ね上がる。

 少し離れた場所からキャーキャー聞こえてきて、小町達がそこにいるのをようやく思い出した。

 だが、不思議と恥ずかしさはなかった。いや、それに構う余裕すらなかったというほうが正しいだろう。

 胸の中は緊張やら興奮やら、そして……言い様のない幸福感で満たされていた。

 

「よしっ、もう大丈夫ですよ~!」

「…………」

「ふぅ……これはさすがに緊張するね~。あれ、八幡君?」 

 

 もう終わりだというのに、腕がほどけない。

 ……やばい。

 今はまだこの人を……

 

「もしも~し」

「っ!」

 

 彼女の言葉でようやく我に返り、慌てて腕をほどく。

 すぐ目の前にある彼女の瞳は、少し戸惑いの色を見せていた。

 その事が胸の奥をきつめに締めつけた。

 

「お疲れ様~!完成したら、パンフレット送るね~!」

 

 締めの言葉を聞き流してから、とりあえず俺達は、一旦二人だけになろうと、どちらからともなく控え室を目指した。

 

 *******

 

 ドアを閉めてから、俺はすぐさま希さんに土下座をした。

 

「……すいませんでした」

 

 おそるおそる彼女の表情を窺うと、頬をかき、視線を部屋の隅に向けていた。

 

「も、もうっ!びっくりするやん?いきなり……」

「……本当にすいませんでした」

「ああ、もうっ、そんなに謝らんでもええから、頭上げて?べ、別に嫌じゃなかったし……」

「…………」

 

 頭を上げると、今度はその頭を彼女に撫でられ始めた。

 

「っ、あ、あの……!」

「お返し♪拒否権はなしよ」

「は、はあ……」

 

 よくわからないまま、しばらくされるがままになっていた。

 その小さな手はいつものように温かく、でもどこか違う。

 再び彼女が口を開いたのは、時計の秒針が一周してからだった。

 

「まあ、八幡君の新たな一面が見れたから良しとしておこっかな」

「……そうですか」

「そうですよ~。じゃあ、そろそろお互い帰る準備しよっか、狼くん♪」

「っ!……はい」

 

 この時、俺はすぐに察した。

 またしばらく彼女に頭が上がりそうにない事に。

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