さて、希さんにはもちろん言わなかったが、修学旅行中に奉仕部としても活動しなければならない。
一つは戸部の告白の手伝い。そして、もう一つは……おそらく海老名さんだろう。はっきりとは言わなかったが、何となくはわかる。
……まあ、ぼちぼちやりますかね。
あと、お土産忘れないようにしなけりゃな。
*******
「♪~~~」
「かなりご機嫌みたいね。何か良いことあった?まあ、予想はつくけど」
「ん?何の事やろ?」
「別に私に隠す必要ないわよ」
そう言ってエリチは爽やかな笑みを見せた。なんやろ、この何かを吹っ切ったような笑顔は……。
そんな笑顔のまま、エリチはさらに話を続けた。
「愛しの彼と進展があったんでしょ?この前もあんなに熱い抱擁を交わしてたんだもの……いいなあ」
「し、進展って……そんなんあるわけないやろ?恋人じゃあるまいし……」
「でも好きなんでしょ?」
はっきりと出てきた『好き』という言葉に、胸が高鳴るのを感じた。
そのせいか、特に何も考えないまま口を開いてしまう。
「……やけにストレートに聞いてくるね……ど、どうしたん?」
「そりゃあ気になるわ。親友と初恋の相手がただならぬ関係になっているのよ?気にならないわけがないわ」
「いやいや、ただならない関係とかなっとらんよ?……たまに電話するくらいやし」
「ふむふむ……好きなのは否定しないのね」
「も、もう!からかわんといて」
からかうのは大好きなのに、自分がからかわれると頭が混乱してしまう。ああ、どうしよう……。
何を聞かれるのかとあたふたしていると、エリチは今度は大人びた笑顔を見せた。
「ふふっ。いいじゃない、少しくらいは。私、これでも少し落ち込んだのよ」
「エリチ……」
彼女がどのタイミングでその決断をしたのかはわからない。
でも、それより大事なこと……。
もし逆の立場だったらどうだろうか。こんな風にすんなりと相手の背中を押せるだろうか。
いや、まあ八幡君の事に関しては色々と言いたい事があるけど、まず聞くべきは……
「エリチ……本当にいいの?」
「まあ、希もまだ自分の気持ちがよくわからないみたいだし、比企谷君が誰が好きかはわからないけど。もしかしたら案外私の事が好きかもしれないし。その時はごめんね」
「もうっ、台無しやね!まあ、エリチらしいけど」
「でしょ?もうポンコツとは言わせないわよ」
「あははっ、それは無理やろ」
「えっ?」
流石にそれは無理がある。うん。
それにしても……私の気持ち、か。
*******
「…………」
「ヒッキー?」
「ヒッキーってば!」
「っ!」
「どうしたじゃないよ~。お土産コーナー睨みつけてるけど、選ぶの早すぎじゃない?まだ初日だよ」
「……ま、まあ、たしかに」
いくらなんでも気が早すぎたか。とはいえ、今から少しでも考えておかないと、絶対に失敗するだろう。
こちらをじーっと見た由比ヶ浜は、何かに気づいたように、「なるほど」と言った。
「もしかして、希さんへのお土産考えてたとか?」
いきなり鋭くなりやがった……お前はもっとアホの子のはずだろう。
「……いや、小町に頼まれてたものがあるか探してただけだ」
「ふぅ~ん。じゃあ、そういうことにしておくね。それと、依頼の事忘れちゃダメだよ」
「あ、ああ……」
*******
「じゃあ、今日はここまで」
「はぁ~、疲れた~」
穂乃果ちゃんがのろのろと床に寝転がると、それを合図に場の空気が弛緩していく。
「にゃ~。気持ちいいにゃ~♪」
「り、凛ちゃんっ、ジャージ汚れちゃうよ!」
「二人とも、何をやっているのですか。はやく帰らないと下校時間を過ぎてしまいますよ!」
「え~、私も寝転がりたかったなぁ」
「ことりまで……!もう……少しだけですよ」
「まったくもう……何やってんのよ」
「希、今日はやけに気合いはいってわね」
「そう?ウチとしてらいつもどおりやったんやけど」
ふと目を向けると、夕焼けが滲んで、街をほんのり赤く染め上げていた。
……今頃彼も同じような夕陽をみているのかな。
柄にもない事を考えてると、頬が熱くなっているのがわかった。
それと同時に、胸の中が不思議なくらいざわついていた。
*******
「……ふぅぅ」
「八幡、お疲れだね。どうかしたの?」
「ああ……まあ、あれだ。観光地で人多いからな。それで疲れたんだろ」
「あはは。八幡らしいね」
ふわりと甘く囁くような戸塚の声を聞いていると、気力体力が回復していく気がした。
とりあえず今日はこんなもんだろう。
戸部のほうは正直手伝いなんか要らないんじゃないかと思えるくらい奮闘していた。
それよりも、葉山の行動の方が気になった。まあ、何となく予想はつくが……。
どちらにせよ、今俺ができるのは奉仕部として、できる限りの手伝いをすることだけだ。
……そういや旅館の中にも土産屋はあったな。
参考までにこっそり見に行くか。