家に帰り、制服のままソファーに腰を下ろすと、そのまま眠ってしまいそうだった。ちょっと最近根詰めすぎたかもしれない。
だが、そんな疲れた身体でも、習慣になっていることは覚えているのか、自然と携帯をチェックしていた。
メールは特にないようだ。別に特定の誰かからのを待っているわけでは……いや、やはり気になる。
修学旅行最終日になり、もう家に着いててもおかしくないのに、八幡君からのメールがない。
……この言い方は違うかな。家族や恋人じゃないし。
ただ、胸騒ぎがする。
とりあえずこの仕返しだけはしたいなぁ。
「ふぅ……今度会ったら、たっぷりからかわんといかんね」
ぽつりと呟いた言葉は、一人きりの部屋に、やけに大きく響いた。
*******
「いやあ、まさか修学旅行から帰ってきて、すぐ風邪ひくなんてねえ。まあ、お兄ちゃんらしいかもだけど……」
「……俺らしいとは」
修学旅行を終え、帰宅したその夜に、体調不良を感じ、その日はそのまま寝たのだが、翌朝にはさらに悪化していた。
……まさかこのタイミングで風邪をひくとは。
朧気ながら、あの日の夜の事がぼんやりと頭の中に浮かんできた。
『あなたのそのやり方……とても嫌い』
『すまない。君がそういうやり方しか知らないとわかっていたのに……』
『なんで色んな事がわかるのに、それがわからないの!?……ああいうの……やだ』
奉仕部の依頼……。
どうやら、俺は色々と間違えてしまったようだ。
……いや、そんなのは今さらか。
間違えていたというなら、最初から間違えていたのだろう。
いや、そもそも最初ってどこだっけ?
「もしもーし、お兄ちゃーん?」
「あ、ああ、悪い……考え事してたわ」
「……もしかして、結衣さん達と何かあった?」
「……よくわからん、なんかあったと言えばあったし、なかったと言えばなかった」
「うわぁ、またお兄ちゃんが拗らせてる……まあ、体調悪いから今は聞かない。じゃ、学校行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい。もし移ってたら、お詫びにお粥作るわ……」
「余計具合悪くなりそうだからいい。それより、ちゃんと寝てなきゃダメだよ。目腐ってるし」
「…………」
最後の一言がなけりゃ完璧可愛い妹だったんだが……いや、憎まれ口叩いていても完璧に可愛い。
そんな事を考えてる
とりあえず……今は寝よう。
深い眠りが訪れる前、誰かの顔が浮かんだ。
その表情は靄がかかっていて、よく見えなかった。
*******
学校にいる間も、何だかモヤモヤした気分のまま過ごしてしまった。授業がこんなに耳に入ってこないのは、初めてかもしれない。
「う~ん……」
「何やってんのよ。希」
「ん?誰やったっけ?」
「ぬわぁに言ってんのよ!スーパーアイドル、矢澤にこよ!てゆーか、しょうもない冗談言ってんじゃないわよ!」
「あはは、ごめんごめん。ついからかいたい欲求が……」
こんなにからかいがいのある人も珍しいかもしれない。八幡君と西片君に並ぶといっても過言ではないだろう。
にこっちは溜め息を吐いてから、こちらにジト目を向けてきた。
「まったくもう……それで、なんかあったの?」
「え?」
「そんないかにも悩んでますみたいな顔されたら、誰でも気になるわよ」
「あらら、ウチそんな顔がしとったんやねえ……」
いけないいけない。これは注意しておかないと。
何となく頬に手を当て、表情を柔らかくしようと悪あがきをしていると、にこっちは前の席に腰を下ろした。
「もしかして、比企谷っていう男子のこと?」
「うん」
「…………」
「どうかしたん?」
「いや、随分はっきり言うなあって思っただけ。アンタの事だから、どうせはぐらかされると思ってたし」
「隠す必要もないからねえ」
「……も、もしかして、もう付き合ってんの?」
「……そんなんじゃなくて。もう修学旅行も終わってるのに、連絡も何もないから気になってるだけ」
「はあ?そんなの自分から連絡したらいいじゃない」
「ん~、そうなんやけどね……いや、ほら、何て言うか……」
「……やば。ちょっとずつキャラ変わってきてる」
「何か言った?」
「何も。それより、気になるならさっさと電話でもした方がいいわよ。誰とは言わないけど、背後から虎視眈々とチャンスを窺ってるのがいるかもしれないし」
「にこっち……」
「お礼ならいらないわよ。このくらいスーパーアイドル・にこにとってはどうってことないんだから」
「にこっち虎視眈々なんて言葉知っとったんやね」
「なんで感心するところがそこなのよ!?」
「冗談冗談。ありがとね、にこっち」
だいぶ心が軽くなった気がする。
にこっちの頭を撫でると、まだ人慣れしていない野良猫のように嫌がられた。
*******
家に帰ってから、私は八幡君に……ではなく小町ちゃんに電話をした。
にこっちがいたら溜め息を吐かれそうだが、今は仕方ない。
通話状態になると、私はすぐに話し始めた。
「あ、もしもし、小町ちゃん?」
「希さ~ん、聞いてくださいよ~」
「?」
「実は兄が……」
小町ちゃんの話を聞いた私は、すぐに家を飛び出した。