捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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Someday #2

「そっか……八幡君、大変やったんやね」

「いや、大変ってほどのことは……」

 

 希さんが部屋に戻ってきてから、何となく沈黙が嫌になり、俺はゆっくりと修学旅行での出来事を話し始めた。

 その流れで、自然と奉仕部への依頼の件も話してしまっていた。

 マナー違反な気もするが、誰かに話して、一度頭の中で整理したかった。別に依頼者が戸部だからではない。

 希さんは何故か終始目を合わせてくれなかったが、しばらく一人で頷いてから、急にデコピンをかましてきた。しかも地味に痛い。

 だが、彼女はやっと目を合わせてくれた。

 その顔には文化祭の日の屋上で見せてくれた笑みを浮かべていた。

 とはいえデコピンをしてくるあたり、今は少し怒っているのかもしれないが。

 俺はおそるおそる口を開いた。

 

「……ど、どうかしましたか?」

「理由は言わんでもわかるやろ?」

「……はい」

 

 あの時はああするしかなかったとは言わなかった。言えなかった。結局それは今までの自分に都合のいい言い訳にすぎない。

 その選択しか取れなかった自分も、結局は過去の自分の積み重ねなのだ。

 俺が何も言えずに俯いていると、彼女は俺の手をそっと自分の手で包み込んだ。

 

「ウチはね……やっぱり君が傷つくのは嫌なんよ。自分勝手な事言って、ごめんね」

「…………謝らなくてもいいですよ。むしろ、こっちこそ……すいません。学校休んでまで看病してもらって、さらに話聞いてもらって……」

「あらら、ばれてたんやね」

「まあ、なんとなく気づいただけなんですけど……」

「別に気にせんでええよ。ウチはやりたいことやってるだけやし」

 

 小さな手のひらの心地よい冷たさが、心にまで染みてくる気がした。

 そして、もう少しその冷たさの奥にある温もりを知りたくて、なるたけ優しく握り返した。

 

「ねえ、八幡君」

「?」

「『好き』って言葉は……その言葉は君が本当に誰かに伝えたくなった時にとっておいて欲しいな。まあ、君の事だから、そんなほいほい使ったりはせんやろうけど」

「……そうします……あ、そうだ。お土産なんですけど」

「?」

 

 俺はのろのろと立ち上がり、まだごちゃごちゃ散らかった鞄の中から、学業のお守りを取り出し、希さんに手渡した。

 

「……これ、受験あるんで……」

「ありがと。これはウチもお返しせなあかんね。……何して欲しい?」

「そういう時は『何か欲しいものある?』とか聞くもんじゃないですかね」

「だってほら、八幡君やし」

「いや、一回もそんなお願いしたことありませんから。てか、いいですよ。お返しなんて」

「そんなこと言ってると後悔するかもよ?」

「…………」

 

 たしかに。

 そう思いながらベッドに腰を下ろすと、希さんが隣にきた。その口元はやたらニヤニヤしている。

 

「ほら、たしかにって思ってるやん」

「その普通にマインドスキャンするの何とかならないですかね……」

 

 どっちかの眼、実は千年眼じゃなかろうか。今後何か粗相をしたら罰ゲーム喰らいそう。

 

「まあ、今決めなくてもええよ。ウチは待ってるから」

「……一応考えときます。忘れるかもしれませんけど」

「じゃ、約束しとこっか」

「はい……てか、そっちから言うんですね……」

「ウチは義理堅い性格なんよ」

 

 こちらに身を寄せてきた彼女と、今度は小指を絡めた。

 こんなに細くて頼りないのに、どうしてこんなに強いんだろうか。

 本当に……色々反則すぎだろ、この人

 

 *******

 

 しばらくしてから希さんが帰ることになり、俺は玄関まで彼女を見送ることにした。

 外はすっかり陽が傾いており、見慣れているはずの夕焼けの風景は、何だか違和感を感じた。

 希さんはこちらを振り返り、まだどこか心配そうに、こちらを見つめていた。

 

「じゃあ、ウチは帰るけど、熱が下がったからって、無理したらあかんよ」

「ええ。ありがとうございました。そっちも帰り気をつけてください。それと……もし何か困った事があったら、今度は俺に話してください。できるだけ力になりたいので」

「まだ熱があるみたいやねえ」

「いや、本気で言ってますよ……何と言うか、借りは返しておきたい」

「ふふっ、借りとか君らしい言い回しやね……じゃあ、もしその時が来たら、真っ先に君に相談させてもらおうかな」

 

 すると希さんは、猫のようにしなやかな足取りで距離を詰め、俺の耳に直接言葉を吹き込んだ。

 

「頼りにしてるからね」

 

 そう囁いてから、彼女は甘い香りを残し、離れていった。

 普段から大人びているが、この時ばかりは大人と子供になったような気分だった。 

 

「じゃあ、またね」

「ええ。……それじゃあ」

 

 そして彼女は遠ざかっていった。

 夕陽が照らす後ろ姿は、いつまでも見ていたくなるくらい綺麗で、また胸をかき乱されるのだろうと確信した。

 そして、彼女の言葉はまだはっきりと脳内に響いていた。

 

『頼りにしてるからね』

 

 ……今のままではいられない。

 少しずつでいい。一歩ずつでいいから変わりたい。

 いつか来るかもしれないその時のために、俺は決意を新たにした。

 

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