翌朝。
意外なくらいあっさり目が覚めた。少し早めに寝たからだろうか。体を起こす際に、やけに軽くなった気がした。
希さんは既に起きていて、台所で料理をしていた。
「あ、おはよう。思ったより早く起きたね」
「……おはようございます。あの、すいません……一人でゆっくり寝ちゃって」
「ええよ。わざわざこっちまで急いで来たから疲れてたんやろうね。それより……はい」
希さんは、こちらにとてとてと駆け寄ってきて、目を閉じ唇を突き出した。
「……えっと、熱はないみたいですね。はい」
「は・ち・ま・ん・く・ん♪」
あ、どうやらこういう逃げは許されないみたいですね。さて、正直まだかなり緊張するんだけど……。
俺は、彼女をそっと抱き寄せ、昨日の事をなぞるように、なるたけ優しく唇を重ねた。
*******
そして、彼女は当たり前のように、駅まで見送りに来てくれた。
駅までの道のりや、行き交う人並みすら、普段と違って見えるのも、気のせいかもしれないが、それでもやはりどこか違う。
改札の前まで行くと、希さんは手を握る力を強めてきた。
「それじゃあ、またね。あ、ちゃんと小町ちゃんには報告してあるから」
「ああー……何言われるか大体想像つきますね。まあ、別にいいですけど」
「ふふっ、その場面見てみたいなぁ。今から千葉に行こうかなぁ」
「いや、今日練習あるでしょ」
「むぅ……そこは『俺も離れたくないよ』とか言うべきやないの?」
「…………」
いや、何でそんな可愛らしく頬を膨らませてんですかね、この人は。そういうキャラじゃないでしょうに。いいぞ、もっとやれ。
「今、可愛いって思ったやろ?」
「そう思うのわかっててやるのはずるいんじゃないんですかね」
「そういうとこ好きになったんやないの?それとも一番は……ここ?」
希さんはやや前かがみになり、胸を強調してきた。
朝っぱらから狂暴な魅力を放っているが、俺の言うことは既に決まっている。
「……全部好きですよ」
「…………」
あれ、なんかこの人固まってらっしゃる?
どう声をかけようかと悩んでいると、
「も、もう、びっくりさせんといてよ!いきなりらしくないこと言うから、異世界転移したかと思ったやん!」
「え、そこまで?」
「あ、もうこんな時間!八幡君、急がな間に合わなくなるよ」
「やべぇ、それじゃあまた!」
「うん、大好き♪」
「っ!」
そっちも不意打ちしてんじゃねえか。危うく転ぶとこだったわ。
千葉に戻る途中、窓の外を流れていく景色は、やはりどこか違って見えた。
*******
家に帰ると、案の定小町がにっこり笑顔で待ち構えていた。
「お兄ちゃん、おっかえり~♪」
「お、おう、ただいま……」
こんなハイテンションで出迎えられるのは、小学生以来じゃなかろうか。
すると小町はすかさず俺から鞄を受け取り、手洗いをしたらリビングに来るように促してきた。どうやら話すまで鞄は解放してもらえないらしい。
俺は嘆息してから洗面所へと向かった。
*******
口に出すとアレな部分は伏せておいて、大まかな流れを説明すると、小町は驚いているのか、感心しているのか、よくわからない声を出した。
「はえ~、お兄ちゃんの勘違いがとんだファインプレーになっちゃったんだね~」
「まあ、俺というか絢瀬さんだけどな」
「あはは、そだね。でもそっかぁ、お兄ちゃんがすっかり成長してくれて、小町も嬉しいよ」
「なんでオカン目線なんだよ……」
「でも、本当におめでとう。お兄ちゃん、希さんのこと大事にしなきゃだめだよ?」
「それはまあ……重々承知している」
「でも本当によかったよ。正直周りから見たら、もどかしいと言いますか……とにかく見ててやきもきさせられたのですよ」
「……そっか」
「あ、言っとくけど、お兄ちゃんと希さんがケンカしたら、小町は希さん側についちゃうから」
「そりゃあ、頼もしいな」
そう言って笑う小町の瞳は、やけに優しく見えた。