当日。
秋葉原まで行くと、改札のすぐそばに希さんは立っていた。
「おはよ」
「……おはようございます」
「そんな緊張せんでええよ。何人かは結構話したこともあるやろうし、皆いい子ばかりやからね」
「…………」
いや、あなたを一番警戒しているのですが……とは、あえて言わなかった。
果たして、今日はどうなってしまうのか。
そう考えていると、彼女がいきなり抱きついてきた。
不意打ちで甘い香りに包み込まれ、周りからちらちらと視線を感じ、鼓動が加速する。胸元にぶつかってくる柔らかな温もりも、かなり暴力的だ。
「の、希さん?」
「このくらいええやろ?皆の前やとできないからね」
「…………」
確かにそのとおりだと思うが、ここも周りの視線はあるんですが……ほら、どっかから「あれはμ'sの東條希さん?え?お、男の人と抱き合ってる!?嘘っ、あれ?これ何て状況?」とかやたら混乱した声が聞こえてくるし……この声、どっかで聞いたことある気がするんだが……。
「ああ、やっぱりあかんね。このままやと……八幡君、こっちこっち」
いきなり身体を離した彼女は、俺の手を引き、人目を避けるように柱の陰まで誘導する。何だ、一体……っ!
「ん…………」
「…………」
思考があっという間に真っ白になるような甘い感触。
希さんは、自分の唇を押しつけるように、俺のそれと重ねていた。
しかし、それも数秒のこと。こちらの理性が完全にとろけないように加減したかのような塩梅で、唇は離れていった。
希さんは、頬を紅く染めながら、あははと誤魔化し笑いをした。
「……い、いきなりごめんね。でも、君を見たらやっぱり抑えられんやん?」
「そ、そうですか……ま、まあ、いいんじゃないですかね?せっかくの休日ですし……いや、休日あんま関係ないかもしれませんけど、まあいいと思いますよ」
「あははっ、めっちゃ早口やん!可愛い♪じゃ、行こっか」
「……は、はい」
僕の心のヤバいやつが、「その前にトイレ……」と言いたそうにしているが、何とか彼女と並んで歩き始めた。
*******
今回の謎のミーティング会場となっている和菓子屋『ほむら』に到着すると、希さんがこちらを向き、少しだけ真面目な声のトーンで告げた。
「心の準備はできた?」
「……なるようになれって思っとけばいいですかね」
俺の言葉を聞いた彼女は「その意気やよし」と扉を開けた。すると……
「いらっしゃいませー!あ、今日はよろしくね!」
「……どうも」
「あれ、穂乃果ちゃん何で仕事してるん?」
「あはは、ちょっとこの前お母さんのプリンこっそり食べた罰で……あ、あと5分で終わりだから、部屋に行ってていいよ」
「りょーかい。じゃ、行こ」
「あ、はい」
「ちょっと待って!」
「?」
いきなり呼び止められたかと思いきや、高坂さんはじいっと俺の顔を覗き込んできた。柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、非常によろしくない。あと近い。
「あー、えっと……?」
「うん、やっぱり希ちゃんの言ったとおりだ。どんよりしてるけど優しい目つき……」
「そ、そうか……」
微妙な褒められ方に苦笑していると、希さんが割って入るように腕を取ってきた。
「さ、仕事の邪魔したらいかんから、はよ行こ」
「……はい」
な、何だ、この変な威圧感……いや、気のせいか?
俺は黙って足を動かすことにした。
*******
「比企谷君、待ってたわよ!」
高坂さんの部屋に足を踏み入れると、今度は絢瀬さんがこちらにやって来て、手を握られる。くっ……相変わらずこの人の距離感だけは未だに謎だ。
すると、また希さんがさりげなく絢瀬さんの手をほどき、割り込んできた。
「じゃあ、穂乃果ちゃんが来るまで、簡単な自己紹介済ませとこっか」
「…………」
この時、希さんがいつもより声が強張って聞こえたのは、おそらく気のせいじゃない。