捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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Your eyes #7

 高坂さんのいきなりの発言に、その場は静まり返る。

 一つだけ言えるのは、皆一様に「どういう意味?」と言いたげな顔をしていることだ。

 

「あの、穂乃果……それだけでは意味がわからないのですが……」

「今の希ちゃんの気持ちを歌にすればいいんだよ!」

「え?ウチの?」

 

 いきなり名前を出された希さんは困惑している。他のメンバーが視線で続きを促すと、高坂さんは「えーと……」と唸りながら、必死に言葉を搾り出していた。

 

「そう!さっきみたいに希ちゃんがヤキモチ妬いてる時の気持ちとかを歌詞にすればいいんだよ!」

「ほ、穂乃果ちゃん?ヤキモチって、ウチそんな……」

「確かに……さっきすごかったよね。圧力が……」

「ええ。いつもの希とは明らかに違いました」

「私はこれをいつも見ているのよ」

「それはあんたの自業自得でしょ」

「にゃあ、ほんっとうにびっくりにゃ」

「私は話しかける隙すら……」

「まあ、確かにこういう機会がなきゃ見れないかもね」

「み、皆……あうぅ……」

 

 いきなりあれこれ言われた希さんは、珍しくあたふたしている。うわ、何て可愛い。いいぞ、もっとやれ。

 こちらの心情が悟られたのだろう、恨みがましい目を向けられたが、気づかないふりをしておいた。どうだ、からかわれる気持ちは。

 ……これ、絶対後でえらい目に会うよな。

 一応心の準備だけしておくと、希さんがようやくまともに口を開いた。

 

「で、でも、こんなんで曲作りってどうするん?」

「大丈夫!海未ちゃんと真姫ちゃんが頑張ってくれるから!」

 

 丸投げかい。

 しかし、名前を出された二人は、特に嫌そうな顔をするでもなく、いつものことのように頷いた。どうやらμ'sでは当たり前の光景らしい。

 

「よ~し、私も衣装のデザイン考えなくちゃ!」

 

 南さんも何がスイッチになったかは知らないが、スケッチブックを出し、何やら書き込み始めた。さっきのあれこれで衣装が書けるなら、それはそれですごい。

 さらに、矢澤さんと絢瀬さんが立ち上がった。

 

「じゃあ、私達は希から胸キュンエピソードを引っ張り出すわよ!」

「希、比企谷君、覚悟を決めなさい!」

「八幡君、こんな時どんな顔すればええんかな?」

「……笑えばいいと思いますよ」

 

 こうして、俺と希さんは将来子供が何人欲しいかという、最早曲作り関係なさそうな事まで、根掘り葉掘り聞かれた。

 

 *******

 

 数時間後、ようやく解放された俺達は、相変わらず人通りの絶えない秋葉原の街を歩いていた。そんな中、冬の訪れを伝える冷たい風が吹き抜け、手を擦り合わせたり、顔をしかめたり、皆似たような反応をしている。

 からかわれることにはまだ慣れていない希さんは、やや疲れ気味な顔のままだ。 

 

「はぁ、エリチの本気のレッスンより疲れたわ……」

「……まあ、作業が進んだからいいんじゃないですかね。まだどんなもんか全然知りませんけど」

「あはは、八幡君には本番まで内緒やね。でも、いい曲になるから楽しみにしてて」

「……はい」

 

 希さんの言葉に頷くと、彼女は何かに気づいたように、空を見上げていた。

 

「あ、雪……」

「え?」

 

 その言葉に反応して空を見上げると、薄暗い空から、はらはらと雪が舞い降りてきていた。

 手の甲に落ちたその一粒は、じんわりと溶けて、小さな水滴に変わる。

 希さんは、嬉しそうに笑みを深め、そっと呟いた。

 

「初雪やね。まさか八幡君と見れるなんて……」

「普段の行いのおかげですかね」

「そういうことにしておこうかな。ねえ、八幡君。もう少しだけいい?」

「大丈夫ですよ」

 

 俺達はどちらからともなく手を繋ぎ、しばらく眺め続けていた。


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