昼過ぎまでだらだらと過ごしてから外出すると、陽射しがやけに眩しく感じられた。
「今日もいい天気やねえ。八幡君の目つきも……ああ、うん。ごめんね」
「いや、今さら何の確認してんですか。わかりきったことでしょうに」
「あははっ、でもこの目つきがええんやけどね。あと八幡君、お父さんと目つきそっくりやね」
「うわ、すげえやだなんですけど……そういや、希さんは母親似でしたね」
「まあ、そうやね。あ、胸はまだあっちのほうが大きいよ」
「どうしたんすか、急に。何すかその情報……」
とりあえず記憶の片隅くらいには留めておこう。別に変な意味などない。多分。うん、多分。
「そういえば八幡君。彼女にして欲しいコスプレとかある?」
「唐突ですね。どうしたんですか?」
「いや、これからからかいのバリエーションを増やしていかないと飽きられるかもしれんからね」
「飽きませんよ。てか、からかいのバリエーションって何ですか。それがコスプレとどう繋がるんですか」
「ほら、例えばチアガールが応援してる風にからかうとか」
「いや、そんなの……悪くないですね。むしろいいと思います」
「うん。たまに必要以上に素直になるところ、ええと思うよ」
「……とりあえず、総武高校の制服を……」
「おっと、これは予想以上にドス黒い要求がありそうやね」
「たまにはそのぐらいあったほうが健全ですよ」
「そう、やね……うん?そうなんやろうか?」
特に意味のない楽しい会話は、冬の乾いた空気の中でどんどん弾み、いつまでも続けられそうだった。
だが俺はある事実に気づき、立ち止まった。
「そういや、俺達は今どこに向かってるんですかね?」
「ん?あ、てっきり八幡君がどこか決めてるかと……」
「……とりあえずバスでも乗りますか」
とりあえず……夢中になりすぎるのは注意したほうがいい。
*******
千葉駅まで行き、目についた喫茶店に入ると、店内はそれほど混んでおらず、ちょうどいい雰囲気だった。
ゆったりメロディーをなぞるような穏やかなジャズを聞き流し、希さんの表情が少し真面目になったのを見て、俺は話を聞く態勢を整えた。
希さんも俺のその様子に気づき、頷いてから口を開く。
「ウチ、大学も東京のに行くことになったよ。本当はちょっと前に決まってたんやけどね。ドタバタしてて落ち着いて言うタイミングがなくて……」
「ああ、確かに……おめでとうございます」
「ありがと。まあこれからも巫女のバイトは続けるから、巫女服のウチは見れるよ」
「そりゃあラッキーですね。そういや、μ'sはどうするんですか?」
「う~ん、そっちはまだ色々と話し合いしてる途中かな」
「そうですか」
「八幡君も何か言いたいことがあるんやないの?」
さすがに読まれていたようだ。最早スピリチュアルとかではなく、表情で悟られたのだろう。
俺は気を取り直すように、運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけ、気持ちを落ち着け、口を開いた。
「……俺、東京の大学目指そうと思います」
「……ほんと?……」
「まあ、まだ受かるかわからないっすけど。もし受かったら、その時はよろしくお願いします」
「うん。もちろん……そっかぁ、楽しみやねえ」
希さんはやたらとにこにこして、こちらを見つめてきた。その表情はいつもより幼く見え、こちらもつい頬が緩んでしまう。
「あと一年くらいでいつも一緒にいられるんやねえ」
「……受かってからね。そこ重要だから」
「大丈夫。ウチが春頃からみっちり勉強教えてあげるから」
「うわあ……効果ありそうだけど、なんか怖いっすね」
「ふふふ、今夜は寝かさんよ」
「いや、何で今夜なんですか。まあ、やれるだけやりますので、よろしくお願いします」
「うん。あ、今のもしかしていやらしい意味?」
「ち、違います、勉強ですよ……」
まったくこの人は……テンパりそうになる俺も俺だが。
希さんは、いたずらっぽく目を細め、小さいがよく通る声で囁いた。
「ねえ、八幡君。もうしばらくここで話さん?」
「……いいですね」
再びコーヒーを口にすると、いつもより砂糖が少ないことに気づいた。
……まあ、たまにはいいか。
このコーヒーの味と共に、会話の一つ一つを刻んでおきたくなった。
こういう日常の先に、さっき話した未来が待っているなら、それはとても素敵なことなんだろう。