昼時になり、俺と希さんは目についたレストランに入った。
控えめなBGMのかかった店内はカップルや家族連れでそこそこ混んでいて、それぞれ会話や食事に夢中になっている。
「よし、何とか半分くらいは乗れたかな」
「そうっすね。運良くそんな並んでないタイミングで行けたんで」
「そうやね。これも……」
「スピリチュアルな力、ですかね」
「むむっ、ウチの名フレーズが八幡君に奪われそうな予感……これはまた新しいのを考えんといかんね」
「いや、奪うつもりなんてこれっぽっちもないので……」
「え~、なんかウチのセンスが否定された気分やね。じゃあ、八幡君の決め台詞考える?」
「それこそいらんでしょう。どこで使うんですか?」
「電話の時とか?」
そんなやりとりをしているうちに、テーブルに料理が運ばれてきた。
すると、希さんが小悪魔めいた笑みを浮かべ、フォークに突き刺したハンバーグをこちらに差し出してきた。
「はい、八幡君。あ~ん♪」
「……いや、さすがにそれは恥ずかしいと言いますか……」
「大丈夫、誰も見とらんよ~」
念のため周囲を確認すると、確かに皆目の前の相手や料理に集中しているように見える。まあ、ここテーマパークだし、そんなもんか。
「そ、それじゃあ……」
ぶっちゃけかなり恥ずかしかったが、同時に何とも言えない幸福感が沸いてくる。あ、やばい。これダメになりそうなやつだ。
「あ、あ、あなた達……」
「「え?」」
明らかにこちらに向けられたっぽい声が隣からしたので、目を向けると、なんとびっくり。A-RISEの三人がそこにいた。
綺羅ツバサさんは何か信じられないものを見る目で、他の二人はそんな彼女を気遣う目をしている。
「こ、こんにちわ~」
「…………」
さすがにこのエンカウントは予想外だったのか、少し照れ気味に希さんは挨拶し、俺は黙って会釈した。
状況が状況だけに、一体何を言われるだろうと緊張していたら、綺羅さんはにっこり笑顔を浮かべ……
「ね、ねえ、英玲奈。はい、あ~ん」
「……あ~ん」
「はい、あんじゅもあ~ん」
「あ、あ~ん」
「じゃあ、今度は二人が私に……」
「やめろ、ツバサ!傷口に塩を塗るだけだぞ!」
「そうよ!この勢いで新曲を書けばいいじゃない!」
「「…………」」
ほんの一瞬だけ綺羅さんとある先生が重なったような……まあ、賑やかな時間を過ごせてよかったです。はい。
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少し陽が傾いてきた頃、俺と希さんは赤く照らされだした街を見下ろしていた。
「やっぱり最後は観覧車やねえ」
「そうっすね。なんかこう……あっという間でしたね」
「そうやねえ。あ、次は水族館とかどう?」
「……いいですね。てか、水族館もしばらく行ってないんですけど」
「またお姉さんがエスコートするから安心してええよ~」
「そりゃあ安心ですね」
「あ、そろそろ頂上やね。八幡君、チャンスがきたよ」
「いや、それいちいち言いますか。てか、ベタすぎじゃないですかね」
「だからええんよ。こういうのやってみたいやん?」
希さんは目を閉じ、待ちの姿勢になった。
長い睫毛も厚みのある唇もやけに艶かしく、胸の中を乱暴にかき乱していく。
これは一種の暴力みたいだと思えてきた。
だが、そんな下心を悟られぬよう、なるべく優しく彼女頭に手を添え、口づけを交わす。
いつもより少し長い口づけに頭がぼうっとした頃、つうっと糸を引き、唇が離れていった。
希さんはとろけたような表情のまま、ポケットから小さな包みを取り出し、俺の手に置いた。
見たところバレンタインのチョコレートのようだ。
「こういうの作るの初めてなんやけど、割と自信作」
「……ありがとうございます」
希さんは、まだ夢見心地の瞳のまま今度は耳元に顔を近づけてきた。
「もうちょっと大人になったら、まだ甘いの味わわせてあげる」
「……っ!」
甘い囁きに言葉を失っていると、観覧車はもう一週を終えようとしていた。
「八幡君、これから色んなとこ一緒に行こうね」
「……はい」
ドアが開き、また冬の寒さに包まれたが、それも気にならなくなるくらいに彼女の笑顔と手は温かかった。