「あー、なんかどっと疲れたわ」
人生初の海外の地を踏みしめた俺は、特に感慨に耽るでもなく、ただひたすらげんなりしていた。
あんなからかいパターンがあるとは……高木さんだって驚きだろうよ。
ちなみに希さん達は既にタクシーに乗り、先にホテルへと向かった。後で覚えてろよ……。
「ほら、お兄ちゃんタクシー乗るよ」
「おう」
「飛行機は中は退屈せずに済んだからよかったわ」
「…………」
「……やめてくれ」
親父と母ちゃんが未だにニヤニヤこっちを見ているのは納得いかないが、まあせっかくの海外だし切り替えよう。
何より家族旅行自体久しぶりだからな。
もし今後もこういう機会があるなら、変なこだわりは捨て、一緒に行くのも悪くはないと思った。
ああいうからかいが付いてくるのはごめんだけどね!めっちゃ恥ずかしかったわ!
*******
ホテルに着き、荷物を置いてからロビーに戻ると、さっそく希さんと遭遇した。いつもすぎる笑顔で、何だか日本にいるような気分になってしまう。
「だ~れだ?」
「それを真正面から言う人初めて見ましたよ……」
「あははっ、さっきは楽しかったねえ」
「まあ尊い犠牲はありましたが……」
「ほら、ウチとしては親友二人に聞かれて、正直に答えないわけにはいかんから」
「えっ、いくつか嘘情報ありましたよね?最後のほうの膝枕ねだってくるとかただの妄想ですよね?」
「……八幡君、ウチの膝枕……イヤ?」
「ズルすぎやしませんかね……今からでもお願いしたい気分ですよ」
「素直でよろしい。じゃあ、そろそろ行くからまた後でね」
「ええ。それじゃあ楽しんできてください」
「うん、八幡君達も楽しんでね~」
何と言うか……ニューヨークでも相変わらずな人だな。そこがいいんだけど
「お、お兄ちゃん、そんな所で一人でにやにやしないで……ここニューヨークだよ?」
「…………」
*******
これまで映画の中でしか見たことのない街並みを歩いていると、何だか自分も映画の登場人物になったかのような気分だ。
「お兄ちゃん、こういうとこ希さんと来たかったんじゃないの?」
「……別にまた今度でいい」
「うん。お兄ちゃんのそのリアクションでお腹いっぱい。あれ?なんか撮影してるね」
「ああ。そうだな」
行き交う人並みの中で、一人の少女が歩く姿をカメラに収められていた。
パッと目を引くその容姿は、本物のモデルとかアイドルと言われても、すぐに納得してしまう。
周りにいるスタッフらしき人は日本人ようなので、案外日本で活動しているのかもしれない。
すると不意に目が合った。
「っ!」
何だ?なんかこっち見て驚いた気がしたんだが……。
その少女は、近くにいるやたらと背が高い強面の男の人と二言三言話してから、こちらに向かって歩き始めた。
「ね、ねえお兄ちゃん……あの人、私達の方に来てない?」
「……いや、たまたまだろ」
進行方向に偶然俺達がいただけだろと思いながら、何故か動けずに立ち止まっていると、その少女は何と俺達の前で立ち止まった。
そして、ほんのり赤い頬に手を当て、こちらに控えめな笑顔を向けてきた。
「ワタシの名前は、アナスタシアデス。日本でアイドルやってマス」
「あ、は、はい……」
いきなり名乗られたが、もちろん初めて聞く名前だ。
だが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに少女は距離を詰めてきた。
「アナタの目……とても素敵デス」
「え、あー、はい。どうも」
近い近い近い近い!!!あといい香りがやばい!!!!
「あ、もしもし希さん……」
「ちょっと小町ちゃん?どこに電話しようとしてるの?」
「冗談だって。でもお兄ちゃんどしたの?」
「いや、俺にもわからん……」
「あの、ワタシ、今度テレビに出マス。よかったら見てください」
「あ、は、はい……」
何だ、ただの営業か……びっくりしたぁ。やたらぐいぐいくるから、ていうかいつの間にか両手を握られてるんでけど……!
すると、背筋に悪寒が走った。
「っ!!」
「???」
本能に急かされるように俺は背筋を伸ばし、同じように悪寒を感じたらしいアナスタシアさんの手が緩んだ隙に慌てて距離をとる。
「あー……じゃあそろそろ行かなきゃいけないんで」
「え、ええ、マタアイマショウ……」
彼女は笑顔で小さく手を振り、強面の男の人の元へ小走りで戻った。
その凛とした背中を見て、小町は溜め息を吐いている。
「は~、綺麗な人だったね~。お兄ちゃん、浮気はダメだよ」
「しねーよ。てか、そういうんじゃないだろ」
「……だといいけど」
何を疑う要素があるというのか。それよりさっきの悪寒……ま、まさかね。
俺はとりあえず色々気づいていないふりをすることにした。