ニューヨークでのライブを無事に終え、日本に戻った直後、再び事件は起こった。
「お兄ちゃん、何あれ?」
「……芸能人でも来てんじゃねえの?」
やたらと人だかりができている。先に降りた希さん達は無事に抜けれただろうか。
はぐれないよう小町の手を引き、親父と母ちゃんについていきながら、人だかりの中心地をチラ見すると、そこにはまさかの人物がいた。
「あれ、希さんだよね。ていうかμ'sのメンバー、皆いるよね?」
「あ、ああ……」
背伸びをしてよく見ると、μ'sメンバーにファンが群がり、その一人一人にメンバーがサインをしていた。
「うわあ……本当に有名人じゃん。この前のライブのおかげかな」
「……そうかもしれん。ん?」
ふと周囲に目をやると、空港内のあちこちのスクリーンで、ニューヨークでのライブ映像が流されていた。
華やかな着物風の衣装で歌い踊る彼女達は、これ以上ないくらいスクリーン映えしていて、注目を集めるには十分すぎた。
……にしても人気爆発しすぎだけどな。
そのまま見ていると、希さんと目が合う。
彼女はこちらにウインクしてきたので、俺は頷き、小町の手を引いた。
「お兄ちゃんもウインクしたほうがよかったんじゃないの?」
「どこに需要があるんだよ……」
後ろ髪を引かれる思いがしたが、ひとまずその場を離れた。
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夜になり、ベッドに寝転がってゲームをしていたら、携帯がようやく震えだした。
俺は慌てて起き上がり、机に置いていた携帯を掴み、通話状態にする。
「……はい」
「やっほ~。希お姉さんだよ~」
「妙なテンションになってますね。お疲れ様です」
「あはは、まさかあんなんなるとはねえ……ふぅぅ」
「本当に有名人になりましたね」
「そうなんよ。芸能人になった気分やね……秋葉原駅でもサインしたし……」
「このままプロデビューとかするんですか?」
「あー……そうやった。ニューヨークで言う予定がドタバタしとって忘れとった」
「そ、そういやそうですね……確かにドタバタしていましたからね」
「うんうん。ウチら、ニューヨークで激しく燃え上がったよね……」
「まあ、ニューヨークで言い忘れたやつは、今度会った時でいいんで……」
「スルーしたね。ほんと照れ屋さんなんやから」
「いや、あの夜に関して言えば希さんのほうが……」
「あ、そういえば明日朝早いんやった!それじゃあ八幡君、おやすみ~!」
「……スルーしましたね。そっちも照れ屋じゃないですか」
*******
翌日、神社のバイトに行くと、希さんはやや疲れた表情で外のベンチに座っていた。
その憂いを帯びた表情を優しく風が撫でていく姿は、しばらく見ていたくなるが、とりあえず声をかけることにした。
「……またサイン責めにあったんですか?」
「ん?ああ、今度はそれとは別のプレッシャーがね……」
「プレッシャー?」
隣に座り、希さんにMAXコーヒーを手渡すと、彼女はそれを開け、ちびちびと口をつけた。
「実はね、次のライブはいつだって問い合わせが殺到してるらしいんよ」
「……マジですか。すごいですね」
「でもね、μ'sはウチらの卒業と共に終わらせるって、皆で話し合って決めたんよ」
「あ、そうなんですか……え?」
何の前触れもなく淡々と告げられた情報に、俺はただただ驚くしかなかった。
「もしかして最近言いたかったことって……てか、俺が聞いていいやつなんですか?」
「うん。君は口が固いからね。それに、君には聞いて欲しいんよ」
希さんは、こてりと俺の肩に頭を乗せ、体重をかけてきた。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる感触を楽しみながら、俺は彼女の手を握った。
それからバイトが始まるまでの間、彼女の話に耳を傾けた。
*******
その翌日……。
日を跨ぐ頃、少し眠気を覚えたタイミングで携帯が震えた。
「あ、もしもし八幡君」
「……どうかしましたか?」
「あのね、最後のライブやることになったよ。また日にちは決まっとらんけど」
「そうですか。絶対に観に行きますよ。あと、またボランティア必要な時は言ってください」
「うん、ありがとう。今日はそれを言いたかっただけだから。おやすみ~♪」
「……おやすみ」
彼女のテンションにつられ、少し目が覚めてしまった。
間違いなく彼女はいつもより少し幼い無邪気な笑顔になっているだろう。
ただひとつ残念なことは、今楽しそうにしているであろう、彼女の笑顔が直接見られないことだ。
ふと窓の外に目を向けると、星が昨日より綺麗に輝いていた。