捻くれた少年と寂しがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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風をあつめて ♯9

「じゃあ、今日はウチが奢ったげるよ」

「いや、さすがにそれは……俺は専業主夫として養われる気はあっても、施しを受ける気はないんで……」

「あはは!君はおもろいなあ。じゃあ、割り勘にしよっか」

 

 俺の未来の専業主夫としての矜持は、シュールなギャグとして受け取られたようだ……何だこれ、やるせない。

 支払いを終え、外に出ると、空はさっきよりどんよりと重たそうな雲が増えていた。

 

「また雨が降りそうやね」

「そ、そうですね……」

 

 おい、また雨とか勘弁してくれよ?思い出はいつの日も雨じゃなくてもいいからね?

 

「ウチ、白いシャツだから、雨降らん内に帰らんと」

「そ、そうですね」

 

 何故それをわざわざ口に出しますかね、この人は……これはむしろ「見てください」というサインなのだろうか。そんで俺が見たら、何か罰ゲームがある流れなのだろうか。

 

「もしかして……見たかった?」

「いや、俺はその手には乗らないんで」

「その手って?」

「い、いや、こっちの話です」

 

 どうやら俺の思い過ごしだったようだ。いや、まだまだ油断はできない。

 そんな事を考えながらも、不思議と心が穏やかに凪いでいるのを感じた。 

 

「君はまだ時間ある?」

「……あるっちゃありますけど、まあ、その……課題もあるし、そろそろ帰ろうかと思います」

 

 現代文の課題があるので、何がなんでも忘れるわけにはいかない。

 東條さんは、ほんの一瞬……もしかしたら気のせいかもしれないが、目を伏して寂しげな表情を見せた。

 そして、すぐにからかうような笑顔に戻った。

 

「そっか。課題はしっかりやらんとあかんよ。比企谷君、先生に目をつけられてそうやから。ふふっ」

「……どうでしょう」

 

 ステルスヒッキーは同級生には効果絶大だが、教師陣には効果が薄いらしい。それは薄々感づいていた。かといって、やることは変わらんのだが。

 

「まあ、無難にやり過ごしますよ」 

「君はたまに枯れたこと言うなぁ。せっかくの青春やから楽しいことが多いに越したことはないやろ?」

「何事もなく平穏無事が一番だと思いますけどね」

「そんな事言って……いきなり転校生との甘~い恋が始まったりするかもしれんよ?」

「いや、そういうのは期待してないんで……」

 

 謙虚、堅実をモットーに生きている俺としては、そんな甘い夢は見ずに非モテ三原則を遵守していきたい。てか、在校生とのロマンスの可能性はないんですね、わかります。

 これ以上つつかれると、うっかり黒歴史を披露しかねないので、俺は強引に話題を変えた。

 

「あの……次こそは持ってきますんで」

「うん。期待せずに待っとくから、焦らんでええよ」

「え、あ、ま、まあ、その……」

 

 言い訳のしようもない。する気はないが。

 

「何なら今度君ん家に取りに行ってもええよ」

「い、いや、さすがにそれは……」

「ああ、そういうことなんやね」

「?」

「ここまで来てウチの巫女服姿が見たいんやろ?最初からそう言えば……」

「……話が飛躍しすぎて、大気圏外まで飛んでいってますね」

「そう?ふふっ、じゃあ帰り気をつけて」

「ええ。それじゃあ」

 

 千葉と東京。どっちかの夜は昼間的な大した距離はない。

 そう。つまり、これは大した出来事じゃない。

 だから過度な期待もしない。淡い幻想も抱かない。

 彼女の視線を背中に感じながら、俺は駅へと向かった。

 あ……そういや、作文返してもらうの忘れた……。

 

 *******

 

「……反応が遠くなったわね。気のせいかしら」

「お姉ちゃん、さっきから何を言ってるの?」 

 

 


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