「じゃあ、今日はウチが奢ったげるよ」
「いや、さすがにそれは……俺は専業主夫として養われる気はあっても、施しを受ける気はないんで……」
「あはは!君はおもろいなあ。じゃあ、割り勘にしよっか」
俺の未来の専業主夫としての矜持は、シュールなギャグとして受け取られたようだ……何だこれ、やるせない。
支払いを終え、外に出ると、空はさっきよりどんよりと重たそうな雲が増えていた。
「また雨が降りそうやね」
「そ、そうですね……」
おい、また雨とか勘弁してくれよ?思い出はいつの日も雨じゃなくてもいいからね?
「ウチ、白いシャツだから、雨降らん内に帰らんと」
「そ、そうですね」
何故それをわざわざ口に出しますかね、この人は……これはむしろ「見てください」というサインなのだろうか。そんで俺が見たら、何か罰ゲームがある流れなのだろうか。
「もしかして……見たかった?」
「いや、俺はその手には乗らないんで」
「その手って?」
「い、いや、こっちの話です」
どうやら俺の思い過ごしだったようだ。いや、まだまだ油断はできない。
そんな事を考えながらも、不思議と心が穏やかに凪いでいるのを感じた。
「君はまだ時間ある?」
「……あるっちゃありますけど、まあ、その……課題もあるし、そろそろ帰ろうかと思います」
現代文の課題があるので、何がなんでも忘れるわけにはいかない。
東條さんは、ほんの一瞬……もしかしたら気のせいかもしれないが、目を伏して寂しげな表情を見せた。
そして、すぐにからかうような笑顔に戻った。
「そっか。課題はしっかりやらんとあかんよ。比企谷君、先生に目をつけられてそうやから。ふふっ」
「……どうでしょう」
ステルスヒッキーは同級生には効果絶大だが、教師陣には効果が薄いらしい。それは薄々感づいていた。かといって、やることは変わらんのだが。
「まあ、無難にやり過ごしますよ」
「君はたまに枯れたこと言うなぁ。せっかくの青春やから楽しいことが多いに越したことはないやろ?」
「何事もなく平穏無事が一番だと思いますけどね」
「そんな事言って……いきなり転校生との甘~い恋が始まったりするかもしれんよ?」
「いや、そういうのは期待してないんで……」
謙虚、堅実をモットーに生きている俺としては、そんな甘い夢は見ずに非モテ三原則を遵守していきたい。てか、在校生とのロマンスの可能性はないんですね、わかります。
これ以上つつかれると、うっかり黒歴史を披露しかねないので、俺は強引に話題を変えた。
「あの……次こそは持ってきますんで」
「うん。期待せずに待っとくから、焦らんでええよ」
「え、あ、ま、まあ、その……」
言い訳のしようもない。する気はないが。
「何なら今度君ん家に取りに行ってもええよ」
「い、いや、さすがにそれは……」
「ああ、そういうことなんやね」
「?」
「ここまで来てウチの巫女服姿が見たいんやろ?最初からそう言えば……」
「……話が飛躍しすぎて、大気圏外まで飛んでいってますね」
「そう?ふふっ、じゃあ帰り気をつけて」
「ええ。それじゃあ」
千葉と東京。どっちかの夜は昼間的な大した距離はない。
そう。つまり、これは大した出来事じゃない。
だから過度な期待もしない。淡い幻想も抱かない。
彼女の視線を背中に感じながら、俺は駅へと向かった。
あ……そういや、作文返してもらうの忘れた……。
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「……反応が遠くなったわね。気のせいかしら」
「お姉ちゃん、さっきから何を言ってるの?」