ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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65-その男、その女

 彼の名は様々な紙媒体に載るくらい有名だった。

 しかし彼の行方はぷつりと途絶えて久しく、生きているのかそれとも死んでいるのか多岐にわたる推測がなされている。

 あの人は今、という記者たちがかつて話題に登ったこのとある有名人の今を追いかける人気番組があるのだが、彼はその番組内でも人の衆目が一番集まる最初に取り上げられているくらい、いまだゴールド・ロジャーばりに露出し続けていた。

 なぜならば彼の所業は海賊王と並んで遜色の無いほど、いわれのない罪状まみれであるからだ。

 最も深い罪だと断じたのは秩序を制定する世界政府であるが、アンが閲覧した内容のなかにはさすがにこれは冤罪だろう、そう思えるものも多くあった。

 例えば追い詰められてのかけおち、とか。誰かさんがしたであろう食い逃げのほう助、とか。

 心情的にはわかる。エースやルフィ、父なら理解できる。やつらなら確実にやるだろう。常習犯であるからだ。フーシャ村での宝払いの影響である。だが彼の場合、たかが食い逃げなどというみみっちい真似をするだろうか。と、思う訳だ。

 微レ存、あるか。父に巻き込まれる形で。ウォーターセブンでも財布を忘れたエースがあわや食い逃げになるところだった。

 

 海軍内情報でもシャボンディで何度か彼が目撃されている。この諸島に隠れ家があるのだとか、愛人を囲っているのだとか。住居があるとも噂されていたが、真実であるかどうかを確認する前に彼は海兵やCPを煙に巻いてしまっていた。だからだろう、"本人である訳が無い"、と見かけた海兵が報告書を出さなかったり、上にあがってもいつの間にか自然消滅してセンゴク元帥まで行き着かないのが常であるとアンは知っている。

 目撃例を無いものとさせているのは義祖父であり、目撃されている人物は彼、本人である、と。

 

 シルバーズ・レイリー。

 冥王というふたつ名を持つ剣豪の名だ。

 かつて偉大なる航路(グランドライン)を制覇したゴール・D・ロジャーの腹心でもあり、現、新世界の四皇として名を馳せる赤髪ことシャンクスの師匠でもある。

 直接の面識は無かったが、幾度となく見聞色という力を介してすれ違った事はあった。夢の中でも一度、一方的ではあるが出会ってはいる。あの破天荒な父の下で縁の下の力持ちをしていた人物だ。興味はある。

 どういう人物であるのかを語るには情報不足で人から聞いたものでしかないが、船長が好き勝手出来ていたのは彼がいたからである。とか、伝説を作ろうものならたったひとつとは言わずみっつ、よっつくらいは可能であっただろう、だとか、以外に茶目っ気が強いが器量がよいため大概のわがままには付き合ってくれた悪友だとか。酒はたしなむ程度だが、挑むときは枠以上であるため用意する酒の量を間違えるなとかどうでもいいものも含めて。

 とりあえず聞いた話から推測するに、彼は思慮深く頭脳明晰、なおかつ引き際をしっかりと見極められる軍師タイプでかつ、その剣の腕は赤髪が師事するほど鮮やかで怜悧。で大体は合っているはずだ。なにせあの、なにをしでかすのか予想もつかない父の手綱をとっていたというのだから、どういう人物であるのかを想像するには容易い、ような気もした。父はおれが居る場所そのものがロジャー海賊団である、と豪語しうる人物なのだ。だからなのだろうか。父と同じようにシャンクスの横には絶対的な信頼をおけるベックマンがいるのは。

 

 

 アンは60番台から50番台に戻り、造船所とコーティング職人たちが軒を連ねる一角へと出た。コーティング、とは海中へ船で下れるようにヤルキマンマングローブの樹脂を加工した弾力を持つ液体を何十も重ね、空気を内包できるように膜を張る作業を指す。

 人間は魚人たちのように水中を自由自在に泳ぐ事が出来ない。その為に水中を往く技術を手にした。元々は魚人島にある昔からの技法が基なのだが、それを知る職人たちが果たしているのかどうか。船に膜を張り、海中に潜れるという事象そのものがアンにとっては時代錯誤遺品(オーパーツ)足り得る。

 一部の者らが追い求める過去も、夢という手段を情報を流しこまれるが故に知っているため、これが空白の100年で失われようとしていた技術であることも把握していた。知ろうと過去を文献で遡ったとしても、果たしてそこまで探しつけるかどうかは解らない。デイハルドの邸宅にある少しばかりの書物と、パンゲア城にある過去の遺物がごろごろと転がっている本棚を、8人の騎士たちを突破して閲覧できる機会があれば、話は別だが。

 コーティング屋がこんなに軒を連ねていたとしても、真実を知る人物がひとりでもいれば上出来といったところだろう。モモンガから教えて貰ったコーティング屋にも道すがら寄ってみるが順番待ちが発生していた。政府、主に天竜人が使う船のコーティングを行っている工房だ。周囲にはまさしく技術屋であるという恰好をした者達が行き来している。確かな腕でなければ、指定を受ける事は出来ない。だが待ちは出来るだけ遠慮したいのが本音だ。アンは予約の受付をしていた職人のひとりに謝辞を伝え、大通りへと戻る。

 

 実のところアンもまだ、魚人島へは一度も入った事が無かった。ジンベエから招待を受けた事はあったのだが、いつかの日にエースと共に新世界にどうせ行く事になるのだからと、楽しみを後に残す為にお断りしていたのだ。

 しかも魚人島は白ひげと協定を結んでいる町でもある。興味はあったが、海兵が訪れ、いらぬ騒ぎを起こすのも(しゃく)だった。

 休暇や娯楽観光として赴くにしても潜る船の7割ほどが沈むと言われている、行くだけでスリル満点の工程だ。自分だけならともかく、多くの誰かを巻き込んでわざわざ死地へ突っ込むなど普通はできないししないだろう。

 

 ちなみに海の藻屑となる過程の説明は簡単だ。

 いくつか原因はあるものの、大きく分けて3つに分類される。

 ひとつはコーティング職人の腕が悪い場合だ。船全体をまんべんなく、均一にシャボン膜を塗布する技術が無ければ、到達するまでに水圧に負け割れてしまい、そのまま圧死かつ溺れて絶命する。

 ふたつめは回遊する海の生物たちに襲われる場合だ。赤い土の大陸に近く、深海1万メートルにまで根を伸ばす陽樹イブの恩恵であるのか、このあたりの海には超大型の海王類が、凪地帯よりも多く生息していた。海獣とどちらの方が種が多いのかと比べられないほど、多種多様の海洋生物(かいおうるい)を見る事が出来る。

 そしてみっつめ、青の海を自由に泳ぎ回る魚人によって沈められる可能性だ。何も海賊とは人間だけが成れる職業(?)では無い。何度も言うが、海賊とは偉大なる海の王(かいぞくおう)に挑戦するものたちが目指す肩書である。この世界では海で活動する、世界政府が認めていないものすべてが海賊と一括りにされていた。だからぶっちゃけてしまえば、誰でも簡単に名乗れるし名乗っても良い。魚人も徒党を組み、人間を襲って生活の糧を得ているものたちが居た。特にここシャボンディに残る人身売買屋や島を訪れる人間によって買われていく魚人奴隷が存在する現状、彼らたちとっては心象のよろしくない場所でもある。むしろ或る筋から人間という種との確執をさらに深めるために、わざと魚人たちの目が向きやすいこの地で行っている疑いもあった。そのあたりはあの老獪たちの手腕が発揮された所以と言えないこともない。太陽と月の関係をうまく利用したのだ。

 

 ただ全ての魚人が敵か、といえばそうでもない。白ひげ海賊団が魚人島を庇護した影響や、海の民とも言える魚人、人魚を束ねる王族が、人間全てを魚人の仇としている訳ではない事。王族がそう流布してくれているおかげで表立った怨恨が今のところ前面戦争とまでならず、くすぶった煙のみが上がっている。それを幸いといえるかどうかは微妙ではあるのだが。

 

 

アンは彼女を偲ぶ。

 同じ命であればこそ、争いを止め、融和を目指すべきだ。海の底で立てこもるのではなく、太陽の下に胸を張って打って出るべきだと訴え続けた彼女は本当に希望のともしびだった。

 それは世界へ向けての一歩、夢物語のような理想だった。言葉だけならばいくらでも発することができる。だから彼女は行動で示した。

 あちらの世界でも肌の色が違い、言語が違い、宗教が違えば紛争の火種となった。特に人種と宗教、領土問題は仲介する存在があったとしても、なかなか戦いにまで至れば歯止めが効かない。遺恨は世代を超えるからだ。沁みついた汚泥のごとくそう簡単に落ちてはくれない。

 過去を受け継がないと、例えそれが彼女の、海が本当に魚人たちへ伝えたかった記憶だとしても、多くの魚人たちが今まで成されてきた仕打ちに対し、人を許せるかと言われたなら今はまだ難しいとしか言いようがないのも確かだ。

 差別してきた側はそれをただやめるだけでいい。おもいを、行動を改め、二度と同じ事を繰り返さないと、次の世代に示すればいいだけだ。

 だがされてきた側は、してきた側より心の奥底にある感情が重く暗い。世代をまたいだとしてもどこからか、自分たちはかつて虐げられ貶められてきたのだと知るだろう。そしてくすぶる。それらの感情は行為を行った側が甘んじて、定められた期間くらいは受けねばならないが、ずっと受け続けてよいものでもない。そして差別されていた世代が、その子供らに世襲させなければいい。もう終わったのだと示せば収束してゆくだろうが、そうそう過去から積み重ねられた因縁が終わろうはずもない。形を変えて今現在もどこかで燃え盛っている。しかも残念なことに、空近き大地の元凶たちが歩み寄る努力をしていない以上、残念ながら和解がなされるわけがないのだ。

 

 彼女はそれを見誤った。魚人側が変われば、きっと地上の者たちも見方を変えてくれるだろうと努力してしまった。彼女が悪かったのではない。世界が彼女に期待をかけすぎてしまったのだ。だから彼女は世界の意思を自分の願いとしてしまった。まだ早いとアンは彼女に伝えた。時代を先走りしすぎていると。だが彼女は今でなくてはならないと頑なだった。しらほしが関係しているとはいえ、急ぎすぎたのだ。アンが世界のありとあらゆる場所に行ける異能を与えられたとするなら、しらほしは海に属するものすべてと心を通じ合わせることができる祝福を受けて生を受けた。しらほしが望むままに、海を住処とする命すべてがその意に従うのだ。しかもしらほしと対となる存在もまた、生まれている。それを彼女は知ってしまった。次世代に起こるだろう未来予想が、彼女を焦らせてしまったのだ。

 

 だからこそ彼女がもう、この世界に居ないことが悔やまれる。互いが互いを尊重し、対話できる関係をと望んだ彼女は人間と魚人の対立をうまく仕立てた人物の手によってこの世の泡に帰ってしまった。

 その結果、彼女が埋めたかった人種間の溝はさらに深まってしまった、ともいえる。

 

 

 

 通りには人の波が出来ていた。

 この島に観光で来ている団体さんや、アンたちのようにこれから海中に潜るための下準備にかかろうとする者、そしてこの界隈を狩場とする賞金稼ぎたちが入り混ざっている。時折見える白の海兵服の集団は、警邏(けいら)にだろう。町として保安に当たる警察のような組織もあるが、主な勤務地は30から40にかけてのグローブに限られている。限定される理由は明確だ。一般の人間であれば保安部隊も対処可能だろうが、それ以外の、特に治外法権によって好き勝手に権威を振るう存在や、もとから法など守る義務を放棄したならず者たちに襲われると壊滅してしまいかねないからだ。

 それならば最初から天竜人や海賊たちを適時対応出来る海軍に任せた方が得策だとして、海兵がこの島に限って秩序を保つために行う統治行動が許されている。ただ天竜人に関しては、海兵でもごく限られた人物たちを除いてその言に従わなければならないのが宮仕えの辛いところでもある。

 

 賑やかな通りをアンはてくてくと歩く。

 聞こえてくるのは職人たちが請け負った船に技術を振るう会話や、値切り交渉を行う活気づいたやり取りの声。あとは美味しそうな賞金がかかった首を探す賞金稼ぎ達のぎらぎらとした視線くらいだろうか。

 この諸島、シャボンディで船にコーティングを施さねばならないのは、魚人島へ向かう為の最低限の装備だ。それ無くして海の底に至る事は出来ないし、未熟者に託すと途中で割れてしまう可能性も高い。となれば店と職人の選択を任されたアンの肩には、船に乗る全員の命運がかかっていると言っても過言ではなかった。良い腕を持つ職人を見つけ、海中旅程の間、船員の命を必ず守ってくれる装備を整える人を探すという大切な役目を担う立場にある。

 言うなれば、命を預けるに足りる信頼できる職人の選定、重要な選択を任されている、ということだ。スペード団でラフテルに向かうならばコーティングできる職人もひとり確保せねばならない。父はわざと一周目にはずれを引いて横に逸れ一度ふりだしに戻った。そして2周目にして世界一周を成し遂げたが、楽園への戻り方がこれまた特殊なのだ。こんな構造にしただれか、には悪意しか感じない。

 

 ついでながら政府関係者や真っ当な後ろめたい商売をしていない者であれば、安全に新世界へ入るため、聖地の横を通り抜ける方法を取る。しかし聖地の横、ちょっとした壁があるのだがその横を通るには多額の通行料が掛かり、ある程度の中央へのコネとぶん投げる資金が無ければば通ることが難しくもあった。

 「確かここら辺のはずなんだけれど…」

 アンはもうひとつ、聞いた記憶を頼りに、辻を横切り細い路地から再び大きな通りへと抜け出る。そこは個人商店が並ぶ通りだった。どちらに進もうかと左右を見回す。

 視線の先にある店は、先ほど通っていた職人通り、というより、その職人たちが使う道具や素材を扱う問屋街が続いている。

 聞いた道筋はあっているはずだ。

 もうひとつの伝手は工房では無く、材料を扱う店が並ぶ通りで、白髪、眼鏡、酒飲みの3拍子が揃った老人を探せと言われていた。そういう格好の人物は至る所に居り、見分けがつくのかと聞けば、アンなら絶対に解るから、そう言われている。だが初見となれば出会えるかどうかははっきりと言って運らしい。

 海兵を辞める前にちょっとした所用もあって、レッドフォースに寄った時にシャンクスが教えてくれたのだ。その人物であれば、海中の旅へ向かうに当たって、命を預けるに足りる、と。

 「…とはいえ出会えるかどうかも分からない人を探す、というのもなかなか……」

 骨が折れるとひとりごちたその時、ばちっと視線が合った。

 偶然合わせたのではない。それこそ必然と言わんばかりの邂逅だった。

 その男はゆったりと着こなした長のシャツを纏い、後方に掻き上げ流れるままに落ちる白の髪を持っていた。そして自然体であるのにも関わらず眼鏡の奥にある油断のならない眼光を受け、アンは蛇に睨まれた蛙のように竦みかける。

 

 …これごときで。

 

 視線を合わせた瞬間に世界が彼が持つ色へと変わったのが嫌でもわかった。

 覇王色を周囲を巻き込まず、意中の人物だけにピンポイントで使う難易度の高い使用方法だ。耐性が無ければ対象に選ばれた瞬間に意識を刈り取られてしまう力でもある。

 そこから抜け出るやり方はシャンクスから、相手に呑まれてもそこから脱する方法を、身を以って嫌というほど躾けられていた。アン的には二度と受けたくない授業のひとつである。思い出したくもないがエースとふたりがかりで、あのときばかりは必死になった。ふたりぶんの貞操が天秤にかけられたのだ。やらなきゃやられる。

 物わかりの悪いふたりにはこれが一番、効果的だろうとことさらきれいに笑ったシャンクスの顔が、初めて悪魔に見えた瞬間でもある。あれが海兵たちが恐れる赤の悪魔と言われる所以かと、エースとふたりで身を寄せ合った。冷や汗なんてもんじゃない。吐き気など甘っちょろい。地獄のほうが、きっと楽園だ。

 

 だからこれしき、怖くない。試しであれば。

 

 だからアンは相手に奪われかけた主導権を己が手に取り戻す。誰が相手だろうと負ければお仕置きが待っているからだ。それだけはなんとしてでも、回避しなければならない。知られてしまうのである。なぜだか、どんな方法を使っているのか、隠し通せたはずの事柄が明るみに出る。海兵として真反対の海にいたのにも関わらず、お仕置き案件に関する詳細を、あの悪魔が握っていたのを知った時の恐怖と言ったらない。

 相手が支配する領域を払拭すれば、風船がぱん、と割れた様な感覚とともに元の賑やかな人がたてる喧騒が戻ってきた。

 

 「及第点をやりたいところだが、まだまだだな」

 また来る、そう店主に言い置いて出て来、自身に近づいてきた男をアンは見上げる。

 「あなたが、シル…っ」

 アンが唇を動かそうとした刹那、男の指が言葉の続きを止めた。

 「その名を安易に呼んでくれるな。この島じゃ、コーティング屋の"レイさん"で通っている」

 思わずこくこくと首を縦に振り、了解の意を伝える。

 直接顔を合わすのはこれがお互い初めてだったが、どうも初対面という感じがしなかった。

 

 見聞色で探り合っていた、というのも理由の一つだが、父親から彼の話を聞いていただからだろう。接触しなかったのはお互いにまだその時ではないと思っていたからだろうか。特にアンは意識的に、会うならばエースと共にと思っていたのもあり、避けていた。

 相手の訳は本人に聞くしかないが、アンが海兵であった事も要因のひとつであるかもしれない。なにせ彼は父の船に乗っており、親友でかつ相棒でもあった。しかもシャンクスの師であり、冥王というふたつ名を持つ剣豪でもあるのだ。勝つために挑むのはまだ早い。師匠の師匠である。アンにはその背すらまだ見えていないひよっこだという自信があった。

 一度かけられた手配書は、確実に本人の死が確認されなければ取り下げられる事は無い。ほんの少しでもなにか、引っかかる意図的な直感を担当官が感じれば、本部にある各4つの海の出来事をそれぞれ扱う部署で、差し戻しが出来る仕組みとなっている。言うなれば、一度出た手配書が回収されることはない、ということだ。

 

 レイリーはわたしやエースの事、どう思ってるんだろう。

 

 父の生きていた昔を知る誰かと会うのは、娘としてなぜか気恥かしい気持ちになってしまう。ゴール・D・ロジャーは既にその肉体を失い、残滓を残すだけの存在だが、人々の記憶にはまだ色濃く影響を与え続けていたし、アンにとっては夢とはいえ頻繁に会う父の相棒である。出来るならば友好的な関係を築きたいところだった。

 

 「あ、あの」

 意を決して口を開けば、くしゃりと髪が撫でられる。

 「そう身構えなくてもいい。邪険に扱ったりはせんよ」

 よく来た。

 心の内を見透かすかのような、静かに語られる声にアンはぶるりと身を震わせる。いつもシャンクスが言い聞かせてくる時に耳元で囁く、甘言の本家はここにあった。声の使い方をよく知っている。シャンクスのひとたらしたる所以、否、元祖がここに居た。

 「ほう、コーティングか。ふむふむ、何も言わなくてもいい。シャンクスに聞いて来たと。そうか元気にしているのか」

 抵抗は、していた。つもりだ、最大限。

 以前と比べ見聞色の覇気を絶えず纏うようになり、感情の流出を最小限に留めているはずなのだ。今の気持ちと用件を上手く言葉にできるのだろうかという心配をも読み取ったのか、次々と必要な情報を歩きながら取得されてゆく。

 一体どういう仕組みで情報を摘み取っているのかと興味が出てきたアンは、見聞色を強めてみたり、弱めてみたりを繰り返す。その行為をレイリーも面白いと感じたのか、手を変え品を変え、するりと掌握しようとする追跡をかわしては探りを入れてくる。すでに必要としている知りたい事は手に入れているはずなのに、どんどんと奥へ、奥へとやってきていた。それはまるで遊びに付き合ってくれているかのようにも思えるし、そう、ニンジンを鼻先にぶら下げられ走らされている馬のようにもとれる。しかも浸食されて行く様は、コンピューターウイルスのように浸食、増殖、進行といった段階を踏んで中へとやって来ていた。なるほど、と気付いて反応し返そうとすれば、ふっと全てが引かれる。

 折角今から反撃ののろしを上げようとしていた所なのに、と視線をあげようとすれば、大きな手が頭に乗った。その手から伝わってくる感情に赤面してしまう。

 「あ、ありがとう、ございます。」

 舌を噛みそうになりながらなんとか言い終えると、赤くなった頬を両手で持ち上げる。

 初老は苦手だった。なぜなら酸いも甘いも人生の苦楽を過ごしてきた彼らは、アンやエースの境遇を勝手に理解し可愛がってくれるからだ。やさぐれになりやすい環境に身を長く置いていただけに、やさしくされるとすぐに嬉しくなってしまうのである。

 あちらの世界でも両親が先立ってからは、祖父に育てられていた。同世代の友達が言うには、親のようにうるさく無く、適度に構ってくれる祖父母は貴重だといっていた。

 一度子育てを終えた世代は、孫に甘くなるという。なぜなら二度目だから。一度目の経験則でうろたえずに対処できるのだという。なので親世代が怒ったり狼狽えたりしていても、祖父母はどこ吹く風と孫を可愛がる。

 

 ある意味、レイリーは義祖父よりも祖父らしい。

 世界の記憶を眺めているとなぜだかわからないがDの一族は不遇な生まれと育ちと人生が多いようにおもえる。父の人生を巡れば天涯孤独だった。父が抱える秘密は誰かに伝えれば、分かりあい分け合える類のものではなかった。それと同様のものをアンも抱えている。言っても仕方がない。理解してもらえるような、話ではないからだ。だからだろうか。無条件に甘えさせてくれる存在には、どうしても弱くなってしまう。義祖父がセンゴク小父の頼みを断れないのも若いころの約束事が原因だし、アンがセンゴク小父の強硬さを断固否定できないのも、彼とのまもりたい約束事があるからだ。

 

 シャンクスも兄弟を大切にしてくれる。彼自身はどちらかというとエースやアンを年の離れた弟妹として、ルフィを誰かに重ねているのか、言い方は悪いが何らかの目的のために利用しようとしているのか、わからない。ただどちらにしても兄弟を甘えさせてくれる数少ない人物である。

 

 

 レイリーは、それを知ってか知らずでか、そっと手を差し伸べてくれる。

 こちらで改めて生を受け、こちらの感覚でいけば幼くして両親を無くすのはそう珍しい話では無い。気まぐれに出来たから生んだはよいが、生活が苦しくなり捨てるだとか、顔立ちが良いから奴隷船に口減らしの為に売るだとか、いつの時代かと、かつて住んでいた国の基準に照らし合わせれば思う事は多々ある。

 だが命の選別が普通に毎日、ここそこで行われる世界だった。

 きちんと命を愛で、育んでいる国や地域、人も居た。文化や技術も差異はあるが、世界的に底辺はきっちりと最低水準が設けられてもいる。それでもあえて、だが、と続けなければならなかった。

 あちらもこちらも、根本的には何も変わらない。

 生きとし生けるすべての人類が同じ水準の生活が出来るなど、夢物語に過ぎない。それぞれが暮らす場所によって、習慣や考え方の違いもあるだろう。だがこちらでは死が余りにも身近で、隠される事の無い、恐怖によってぼやかされていた。平和すぎて生まれてきた、生きてゆく意味をわざわざ考えなければならなかったあちらと、大恐慌時代を超えて大海賊時代という無法が当然とする世が続く中、生まれてきた、生きてゆく意味を生きるのに必死で考える暇もなかったこちらが良いのかなど、そんなことは分からない。

 

 意識せずに握ってしまっていた男の袖口を慌てて外せば、いつの間にか13番GRにやって来ていた。

 「えっと、ここは」

 無法地帯と呼ばれる、海兵の巡回がほぼ行われない古木が集う地域だ。この辺りを訪れるのは主に、外周では滞在できない名の通った海賊や、高額を狙う賞金稼ぎくらいだろうか。アンが海兵を辞めてからは中心部へやってくる海兵も減っているはずだ。モモンガ中将がこの島の責任者になっていた事実を思い返せば、かつてこの地に駐屯していた者達も入れ変えられているだろう。今、この古木地帯にやって来るのは好奇心に駆られたもの好きか、命知らずのどちらかに違いない。

 「来なさい」

 案内されたのは、マングローブの盛り上がった根の上だった。階段が設えられ上れるようになっている。そこには一件の建物があった。長い間ここにあるのだろう。そこかしこに苔がむしてあり、掛けられている看板には"シャッキー'SぼったくりBAR"とある。

 シャッキー、という名にはて、とアンは首を傾げた。どこかで聞いたことがあるような気もするのだが、思い出せない。

 促されるようにドアを開け、入ってみればそこには半月系のカウンター席が中央にあり、左右に壁に添うようにして置かれた半円のソファーがふたつ置かれている。ソファーの前には小ぶりの円卓があり、小瓶に一輪挿された花が活けられていた。

 

 「レイさん、お帰りなさい」

 カウンターの向こう側から、20代前半位だろうか。きっちりと形を整えたショートボブの女性が、煙草を片手にこちら側を見た。すらりとした体躯は女性としての理想体型で、笑みを浮かべる唇には上品な紅がのっている。おもわず魅入ってしまう美しさだった。

 「あら、あなたはポートガスちゃんね」

 「え、あ、はい、初めまして」

 アンは背筋を正して、にこりと笑む麗人を見た。




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