ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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66-古き友の

 好奇心は己を(しい)する諸刃の剣である。

 確かに自己責任だ。判っていたのに解っていなかった。誰もが悪くない。ただひとつ、きっと楽しいだろうと囁かれた悪魔の誘いに、うかつにも乗ってしまったアン自身がいちばん下手を打っただけだ。 

 

 夢の中の父は果たして、本当に残滓であるのだろうか。疑問はそのまま己の中で否定を返す。何度も試した。あの空間の中で自由に発想でき、動き回れるのはアンだけだ。父の姿をした残像は、ただただ同じことを繰り返す。そして設定されているだろう”とある言葉”にだけ返答が返される仕組みとなっていた、はずだ。

 

 無極の中から、たった一つの糸を見つけてたどり着いた命。

それは過去幾多に渡るDの一族の中で、終局の鐘を打ち鳴らす最終局面にまで足を踏み入れたことを意味している。

 

 エースとアンはその旅路の果てを知らしめた魂が、本来ならば続けて請け負わなければならなかった案内人の代行者だ。鐘が一度、打ち鳴らされたくらいでは世界を揺るがせない。ならばどうすればよいか。もう一度かき鳴らせばよい。命を張って響かせた波紋をもう一度、同じ血を使って。

 

だから父の欠片はアンが退屈を覚えないように、さまざまな趣向を凝らして誘導してくるのだと、ようやく最近エースと話し続けて結論を出したばかりだ。

 

それなのに!

絶対に愉しいだろうとおもってしまった。その太刀筋を見てみたいと願ってしまった。戦う姿の相棒を語る父は本当に楽しそうだったのだ。

 

『秘密の合言葉を教えてやるよ』

 

 必ず吊り上げられるから、安心して(まじな)えばいい。

 にやりと悪どく笑む表情は、かなりのしたり顔だった。

 

 早まった。時間を巻き戻せるならば、ほんの数十分前の自分に言ってやりたい。それは禁句だと。時を超えた時限爆弾なのだと。

 久しぶりに戦慄が身体を震わせる。切実に泣きたくなった。

 

 

 小枝の軌跡が白く景色を切り取る。アンは目を細め、間一髪避ける事が出来た自分を褒め称えた。もしこれが業物の、肌を切り裂く事の出来る刃先であったならば、と考えるとぞくりとする。だがレイリーが手にすればどんなものでも瞬時に凶器へ早変わりだ。心内でこれは手合わせではない、死合いだと叱咤しながら、アンは地面に手を突き、下方からの蹴りを突きあげたが浅い。ダメージは皆無だ。

 「うむ。間合いの取り方と体の使い方はよく出来ている」

 僅かに上体を逸らし、蹴りをかわしながら、枝を持たぬ手でレイリーは顎髭を撫でた。

 「レイさんにそう言って貰えると…」

 彼が持つそれはただの小枝だ。階段を下り、マングローブを覆う苔の上に自生した小さな木の枝を一振り、手折っただけのものだった。

 「嬉しいかな」

 手の甲で受け止められてしまった足を引き戻し、もう一方の脚で首元を狙うがしかし、これもあっけなく枝で払われてしまい、剃で後方へ下がる。恐ろしく鋭い振り下ろしだった。音が、遅れて聞こえる。

 「ずいぶんと早いな」

 「お前だけずるい、って急いでるみたいですよ」

 見聞色でエースの位置を確認し続けているふたりである。笑みを分けるが精度の差はとてつもなく大きい。

 待っている間、店内で酒を飲みながら話をするのも良いがどうせならば。

 小さな声でとある言葉を口にするや、シャッキーが目を見開き、その後穏やかに細めるほど、レイリーは愉快そうに声を上げた。

 「なるほど、そうか。いやいや、今、果たせと、そういうことか」

 ひとしきり笑った後の答えが今に繋がる。

 アンからしてみれば起承転結が見えないため、なにがどう転がったのかすらわからないでいた。

 そもそもアンが見る夢は過去に父が世界中にばら撒いた意識の欠片のはずだ。

 夢で父と会い、話した願いが実際に形になるなどありえないはずだ。

 だが言ったのは覚えている。

 

 確かに一戦交えてみたい、と。

 

 残滓でしかなくなったはずの、父の性格がねじり切っていることは初期のころからうすうす感づいていた。どちらかと言えばまっすぐな性根であったのだろう。芯が通った印象も受けた。横暴に振舞っていた姿こそがまやかしである。

 そんな父が、『仕方ねェからあの勝負は負けてやったんだ』と可愛くない唇を尖らせながら拗ねていたのだ。

 

 なにかあると思わないだろうか。続きが、かなり、気になりは、しないだろうか。

 アンはなった。続きをねだった。返答がないはずのただの影に。

 

 ならば、と。

 そうだ、大きな手のひらが伸びてきた。温かさを感じるはずがないそれに目をふさがれて。

 かなえよう。秘密の合言葉を教えてやるよ。

 

 夢が現実に影響を与えるなど、それこそ神の御業ではないか。あの時、過去の残滓に話しかけていたのでではなく、過去に存在する父と未来に生まれたアンが血の縁によって語らいでいたのだとしたら。

 

 小枝を振る事で発生する闘気を半身の体勢になりながら紙絵で避けつつ、拾った小石を指の間に挟み覇気を纏わせて投げた。

 「基本的な小技の使い方はシャンクス仕込みだな。あの子の癖がよく出ている」

 それと体術は黄猿と、青雉の影響を受けているなどと冷静に分析されていた。指導を受けていたのだ。自分自身の動きに落としているつもりであったが、まだまだ鍛錬が足りていないらしい。気づかせてくれたことには感謝だが。

 自らを老いぼれと断じたレイリーに、どこら辺が能力低下しているとおっしゃるのでしょうかと問いただしたい。(よわい)なんて関係ない。機敏な動きに加え、まだ10分と打ちあってもいないのに一体誰に師事しているのか。それすら見抜く観察眼と良い、五老星とためを張れる老獪《ばけもの》と言ってしまった方がまだ納得のしようがあった。

 数年前にクザンから、お前の戦い方は赤髪とそっくりだね。そう言われた事がある。

 当時はしらを切りとおしたがなるほど、本人は気づいていなかったがよほど似ているのだろう。真似しているつもりはなかったが、なるほどと納得する。シャンクスがアンと模擬戦をしたがるわけだ。完全なトレースなのかは解らないが、自身の弱点を洗い出すにはもってこいの対戦相手ではあっただろう。

 ならばこういう体技の使い方はどう受けて貰えるのか。アンは胸の内に湧き出てくる高揚感に思わず、笑みを浮かべた。アンもいつの間にか戦闘民族に仲間入りをしていたようである。

 

 このままエースが到着するまで良いようにあしらわれているのは癪なのも確かだ。剃で一気に間合いを詰めた瞬間に視線が合う。一体何をみせてくれるのかね、そう目が語る。ならば期待に応えましょう、とアンは足払いを掛ける。だがその動きは既に読まれており、一歩レイリーが足場を動かしただけで空振りとなった。しかしそれはアンも計算ずくだ。得た遠心力を使い手を浮かせ腹ばいを腕で薙ぐ。

 「接近戦はなかなか楽しめそうだ」

 基本をおさえている。評価をされながら手首をしっかりとレイリーの手に握られる。だがアンはレイリーの手を握り返すようにし、そこを支点に足を首へと振り上げた。

 「それはどうも!」

 肩口に当たるか否かという時にレイリーの膝が上へと上がる。なんの小細工もない、ただの振りあげだ。

 しかしアンはそれをただの膝だとは思えず、身を捻り重心を逸らせそれを回避、結果的にレイリーに掴まれていた手首が自由となったが、体は地へと落ちた。

 

 その間わずか十数秒。

 しかし十二分に手加減されているのが解った。

 まるで子供をあやしているような感じ、と言えば分って貰えるだろうか。

 アンは苦笑する。この感覚はかつて、かの大将たちに何度も味合わされ続けてきた。遠すぎる背中に何度も足掻いてそれでも近づけなくて歯噛みしてきたのだ。諦めることを忘れて走り続けてきた。

 この世界では強さがインフレしすぎて、上も下も果てが無さ過ぎた。ほんの少しだけ階段を上がった気でいたのが、まだまだ道のりは半ばのようだ。

 アンはゆっくりと白老を見上げた。どんなに遥か彼方にあっても、目の前に至った人物がいる。追いかけ続けるのだけは、得意だ。

  

 そろそろ終わりにしようかと、レイリーは眼鏡奥の瞳を細める。手に持った枝が目に追えぬ早さで振り下ろされれば、切っ先がアンの喉元を捕らえた。

 これが実戦であれば、死、がやさしく首を撫でただろう。レイリーとの対峙は、まさしく模擬の域を超えていた。

 しゅっと空を裂く音すら鼓膜に響かぬ刹那の瞬間、紅の炎が舞う。小枝がはらはらと解けたように空に散った。

 「ったく、最初からそうしろ」

 「…ごめん」

 つぶやきが紡いだ名前は、ここまではまだ遠い場所を走っていたエースだった。

 「おいジジイ、おれの半分を虐めてくれた礼、させて貰ってもいいんだよな」

 口元に笑みを浮かべてはいるが、その目は違う。

 「ああ、いいとも」

 レイリーは楽しげな音を奏でる。

 後がない状況であるにもかかわらず決して諦めてはいない眼光に、そして普通ならあり得ないもうひとりの出現方法が、かつての友を思い出させる。あの男もそうだった。突然あらぬ場所から現れ状況をひっくり返し、そしていつの間にかその姿を消すという破天荒な動きをしていた。

 黒々と輝く黒曜石には若者特有の不敵さがちらりと見てとれた。かつては毎日その横で、見飽きたとすら思っていた、その両眼の光を懐かしそうに眺める。

 「能力者か」

 

 

 少し買い出しに行ってくるわね。

 もし仲間が来たら好きに食べて飲んでも構わないから。

 レイリーとアンがまだ店内に居る頃に出かけたシャッキーが紙袋を手にボンチャリに乗って戻ってくると、店が建つ根の下で焔が舞っているのが見えた。

 「あれがもうひとりのポートガスちゃんね」

 シャッキーはブランド物のベルトパックより煙草とマッチを取り出すと、その場で紫煙を空にくゆらせ始める。どうせ店に続く階段下で派手な遊戯が行われているのならば、寄る客もいないだろう。もし別の場所から店内に入ったところで、盗られて困るようなものは置いてはいない。

 もしそういうおいた、をする子たちが居たなら後で少々、お仕置きをすればいいだけの話でもある。

 「あら、意外とあの子たち」

 さすがにあの輪へと混ざろうとは思わないが、こうして眺めるのは楽しげで良いとシャッキーは思う。

 ありし日、己も揺られていた青の上に、どんどんと可能性を秘めた若芽たちが向かって行った。海賊として生きてきた過去を無かった事にする訳ではない。過去があったからこそ、今があるのだ。その今に夢を追い求め、駆け行く若者たちを密かに見続けるのもなかなかオツだった。かつてあの海でぶつかり合った男の落としだねであり、何度も追いかけられた男の孫であるというふたりに興味が尽きない。どういう星回りになれば立場が真反対の男たちが繋がるのだろうか。

 ああ、そいういえば縁はあった、とシャクヤクはかつてに思いをはせる。

 足を洗ったのが遠い昔と言って良い程の年月が経ってしまっている事に、振り返りほほ笑めば、黒髪の、今を輝く子供たちへ親しみを込めたまなざしを向ける。

 深い因縁がある訳ではない。一方的な応援であるだけだ。生き残ることだけが目的だったあの頃がひどく懐かしく思える。

 かつて良く追いかけられたガープ中将の孫であるというふたりへ、これから向かうその先の海でその力が通用するか否か、それを思慮深く見る。

 レイは強い。

 年を重ね確かに外見的には老いてきていた。

 だが今のままでも十分、強い。手段は選んでいられないと四皇として祭り上げられるためにあえてムジナの穴に飛び込んだシャンクスや、たったひとつの欲望を満たすために取り巻きを取り込み魔人にしてまったあの騒がしい女、あまりにも強靭な肉体を得てしまったがために死を望む男ともいまだに対等に切り結んで捨ててしまうほどの、斬り伏せられる力を保有し続けていた。海軍の大将であっても、鈍ったと言いながらも平然として退けるだろう。特例であるのは白ひげだけだ。レイは決して彼には刃を見せない。

 「ふふ。思った以上のやんちゃさんたちね。傷薬と包帯の用意もしておきましょうか」

 短くなった煙草の火を爪で弾いて消せば、携帯用の灰皿に入れ、ボンチャリを漕ぎ始める。

 

 

 1+1=2

 戦闘において同等の力量を持つ人物がひとり加勢に来れば、単純にその力を倍してやれば間違いは無い。

 だが例外がひとつある。

 相性だ。

 それは相対する敵との、であり、そして組む人物達の、でもある。

 レイリーと双子との相性は良くも無く、悪くも無い。実力の乖離は大きくはあるが、制限をかけている今の彼であればそこそこよい運動にはなりそうではある。

 経験や使う武器、技などを差し引いた、人間ひとりとしての力量を図って考えるならば、ふたりともがかなりの優良株と言えよう。そこへ大なり小なりと加味されるのが実戦の経験や今まで得てきた技の有無、そして悪魔の実などの力だ。

 

 片方だけであれば解らなかったが、なるほど、とレイリーは笑みを濃くする。

 ふたり揃えば良く似ていた。

 片方ずつがばらばらにあれば、誰も気付く事はないだろう。

 だがこうして共に同じ場所に立てば、これほどおのおのが相乗効果により伸びやかに変化するのはさすがに血筋としか言いようが無かった。知れば深さを、知らねば何も映さない。

 悪魔の実の能力者でありかつすべての覇気をも使いこなす長男と、まるで意識を共にしているのかと思ってしまうほど同調した動きをとりながら、意図した方向へレイリーを誘う長女。

 見聞色での読み合いも、ひとりでは5手、6手と遅れていたものだが、ただ揃うだけで何十という先まで読む数を増やして対応してみせるのも特異といえた。このふたりと机上のゲームを指せばさぞ波乱万丈に跳ね回るだろう。

 「長生きはしてみるものだ、なあロジャー」

 そうつぶやきながら真正面から突っ切ってきた炎を裏小手で受け、受けた衝撃そのままに後方へ弾き飛ばす。そしていつ間にか左後方に移動して来ていたもうひとりが放つ蹴りを残る片手で受け、これは前方にいなした。

 双方は間髪いれず、地面に足をつくや否やレイリーを挟むように距離を詰める。

 前からはアンが手刀を打ち視野を狭めようと絶妙な位置取りをし、後方からは炎を纏わせたエースが拳を握り決定打を狙う。

 「っ…?」

 レイリーは自分の感覚に一瞬のズレが生じたのを感じた。見聞色は相手の思考を読む能力だ。動きや仕草など、人間は絶えず無意識に思考している。だがその読み合っていた思考に雑音とでもいうのだろうか。

 咄嗟に武装色を纏い防御をとったが、炎が眼前で大きく膨れ上がるのを阻止できなかった。

 衣服が、伸びた白髪が、肌がじり、と熱にあたる。

 どういう技を使ったのか興味深く観ながら、レイリーは身にまとわりつく炎を払拭しながら口角を上げた。

 興味深い、さすがは意図して相棒が残した"モノ"だけはある。

 

 レイリーとしては時間をかけずにさっさと終わらせるつもりだった。双子が例えロジャーの落としだねだったとしても、もはや関係のない赤の他人だ。手を貸す(いわ)れや、義理もそこには無かった。なぜならロジャーは誰彼に、容易く『頼む』という言葉を使わない男だったからだ。

 もし敵である何かに追われ、最後尾を選ばなければならないとしたならば、彼はきっとこう言うだろう。

 「お前達は先に行け。おれは逃げねェ、今こそがおれの出番だろう?」

 と、船長のくせに嬉々としてしんがりを務めるのだ。そうしてあの船に集った者たちはさらに小躍りして、その最後尾を先頭にして戦いを継続する。

 

 だからこちらをちらちらと伺っていたのは知っていたが、関わらないようにしていた。

 何かがあれば向こうから来るだろう。わざわざ己から接触しに行く事はあるまい、そう思っていたのだ。

 だがその考えは間違っていたのかもしれない。

 性格はロジャーとは似ても似ついてはいなかったが、その気質はなかなか、親を知らずに育ったとはいえ、受け継がれていた。

 これは周囲が放ってはおくまい。

 その殆どは望めるならば手の内に囲い、どう伸びてゆくのか成長を見たいと思うだろう。

 そう、最後の航海へ共に連れて行った、オーロ・ジャクソンに乗り込んだあの子供たちのように。

 彼らはロジャーの処刑を見たのだという。

 そして数多の日々を海とともに流れ、ふたりとも気ままに海賊を続け、赤毛が先に何かしらを探すため、再び新世界へと入っていった。

 その時に聞いた次世代の名は、3つ、だ。

 

 「ちっ、これもだめか」

 「さすがに一筋縄ではいかない相手、ではあるけれど」

 ちらりと視線を交わし、エースとアンは共に笑みを唇に浮かべ合う。

 心が高揚していた。シャンクスとも違う教導に楽しくて仕方がない。

 こんなに強い相手を目の前にしたのは、久方ぶりでもあった。

 本気ではないのはわかっている。本気でやり合えば、楽し過ぎて殺し合いになりかねないだろう。

 だがエースは心の内にある揺らめき、闘志を灯されてしまっている。これを消すのは相当苦労しそうだとアンは思いながら、密かに溜息を飲み込む。そろそろ身体の限界が近そうだった。シャボンディに着いたその日、夜の番はアンだったのだ。1時間余りはうとうととしたものの、絶対的な睡眠量は足りていない。しかもこんなに激しい手合いをしたとなれば、いつ、すとんと寝落ちてもおかしくはなかった。

 「まだまだ余裕かな」

 「いえ、睡眠不足なので余裕なんてない、です」

 

 思わずアンはレイリーにまじめな顔をして、顔の前で手を横に振った。

 「んな、お前、水差す気か」

 「…エース、そんな難しい言葉良く知ってたね。でもこれは本当。眠い。もう限界。終わっていいなら終わりたい。いいじゃん、切った張ったじゃないんだしさあ」

 お前、じゃあなんでもっと早くに呼ばねェんだよ。一人で楽しみやがって。

 眉を寄せながら、エースがアンへと詰めよる。

 「前から思ってたんだけどな。最近おれの優先順位低くないか」

 ちょっとした不満だ。積み重なって嵩が増しているようである。

 感情的には楽しそうな、挑むような、ちょっとくらい困ればいいというなんとも天邪鬼な感じがしないでもない。

 ここでアンがのらりくらりとかわしても最終的に兄弟喧嘩に発展するだろうし、例え強引に押し通したとしても同じ結果に至るのは目に見えている。さてどうしようかと思案した。

 

 その様子を腕を組み、見ていたレイリーは走馬灯を見ているような既視感を感じていた。かつて乗っていた船でも似たような状況を何度も目にしたからだ。その時は赤い髪の少年と青髪赤鼻の少年だったが、いやはや、年代を隔てても子供は子供で変わりないのだと懐かしくおもう。

 「ね、あ、ほらエース、おやつの時間にしよう!」

 お腹がすいてるから意固地になっちゃうんだよ。ハラヘリモンスターをぱしぱしとあやしてみる。これがルフィならごまかされてくれるが、なかなかエースは乗ってくれない。弟であるルフィも、どうしてもこれだけは譲れない場面では、答えを聞くまで諦めずにじっとその黒をひたすら向けてくる。

 折れるのはいつだってアンだ。

 「……ごめん、大好きだよ」

 意味が違う。

 そう切り返されそうな気もしたが、大きくため息を放ち仕方がないと、意外にもあっさりと引き下がった。まさか本当に腹心地がおやつの時間に丁度、ぴたっと嵌ったのだろうか。いやまさか。エースに限って、そんなこと。裏があるとしたら、まさか。

 そんなことをおもうアンの心内を知らずか、エースはレイリーへと近づき、わずかに視線を上げる。

 「この勝負、預かっておいて貰えるか」

 挑むような、若者らしい視線にレイリーは眼鏡の奥にある目をほころばせながら、

 「ああ。構わんよ。いつでもおいで」

 短く、だが快く応諾する。

 不完全燃焼はお互い様のようだった。

 

 「アン、行くぞ」

 なにいつまで、ぼーっと突っ立ってるんだよ。お前、眠いんだろ。寝ろ。貸してもらえ。

 「あ、うん」

 納得いかない様子のまま、アンは先立って歩き出していたレイリーとエースの後を追う。

 店内に入ればシャッキーがおかえり、そう言いながらそれぞれに好きな席へどうぞと促す。エースは一通り店内を見回すと、律儀におじゃまします、ぺこりと頭を下げて帽子を背へ落とした。

 「うふふ。礼儀正しい子は好きよ」

 指で支えていた煙草を灰皿の上で押し消し、シャッキーはカウンターへ座った3人に、それぞれ飲み物を出した。

 最初こそは無言でそれぞれの飲み物に口を付けていたが、アンが放った秘密の言葉の意味をぽつりとレイリーが話はじめた。それを聞いたふたりが自分たちの親に対しての認識を再度改めれば、次々と聞きたかったことや夢の中で聞いた話の真相などが矢継ぎ早に飛ぶ。

 だがその会話のなかに、ひとつなぎの財宝に関した事柄はなにひとつ出なかった。ラフテルやオハラに関しても同様だ。どう思っているかを聞いてみたい気もするが、それは彼の主観になる。経験者の彼にとって語るのは容易い、とおもうのだ。彼の印象的に明かそうとはしないだろうが。当時を知るものだからこそ、混ざる複雑な感情もあるだろう。

 

 先代たちの物語はまだ固く蓋を閉じている。今こじ開けたとてそれが必要とする真実とは限らないし、これからの冒険が楽しくなくなるのは避けたい気持ちのほうが強かった。それに攻略本は二冊もいらない。過去は開かれたときに余裕があれば眺めるくらいでいいだろう。

 だから互いに触れる話題は日常のあれこれとなる。

 近々のシャンクスの様子や、弟の事、義祖父のこと。そしてオーロ・ジャクソンであった些細な日常と、ほんの少し、レイリーの秘蔵本について。話の種は尽きない。

 意外にレイリーは蔵書を持っていた。興味を持たせるうまい語り口もエースの気を引いたようだ。読書しているエースの姿など想像も出来ないが、

 本格的にうとうとし始めたアンはソファーの上で毛布を借りまどろみ始める。

 

 「ところでおっさん、おれたち、新世界に行くんだ」

 「ああ、聞いている」

 

 レイリーがゆっくりと頷いた。おっさんとは初めて呼ばれたが、悪い気はしなかった。

 「コーティング、して貰えるか」

 「いいとも。ただどんなに最速でも3日はかかる」

 命を預かる作業だからとレイリーは目を細めた。

 ありがとう。

 エースは屈託なく笑い、費用について口にすれば、さてどうしようかと腕を組む。コーティングは新世界に行くためには必ず必要となる施工だ。その代金は一般的な市民の給与で換算すれば、有に30年分は吹っ飛ぶだろう。

 楽園(パラダイス)を通過しようとする海賊たちの半分がここで夢を終わらせる理由のひとつがこの金銭問題だ。4方向の海で活動していればおのずと理解する。楽園から先に進むには途方もない金品が必要となるのだと。だからこそ金をかき集めなければならなくなる。そして奪略と血なまぐさい悪意まみれる日々を過ごすことによりかつて抱いていた夢を忘れ、濁った曖昧な意識の中で奪った金を享楽に消費しては再び不幸を量産しに海賊は海に出てゆく。この繰り返しが不幸の連鎖をさらに加速させているのだとアンはおもう。

 けれどもそんな海賊たちの中にも幸運に恵まれシャボンディ諸島にまでやってくる者たちも居た。

 

 幸運な到達者たちはここで二手に分かれる。コーティング屋の提示した値段に価値を認め支払うもの。そして少数ではあるがコーティングの代金を値引こうとする、もしくは踏み倒す輩が居る。どのコーティング屋も腕の良し悪しはあれど技術をモノにするまで長い修行の日々を過ごすわけだ。そんな日々をかけて習得した技術に安値を付けられてはたまったものではない。

 

 ……当然のことながら、まっとうなコーティング屋は依頼を断るがしかし、受ける店もあった。よって引き起こされるは喜劇か悲劇か。それでも往くのが、楽園最後の島にたどり着いた海賊を名乗る者らの意地だった。

 船が来れば泡屋が儲かり、船が往けば船屋が儲かる。

 この島で笑い話とされていることわざのひとつだ。

 「ロジャーが好きだった花吹雪の島は知っているかな」

 琥珀色の液体が入ったガラスをことり、とカウンターに置いたレイリーがエースを見る。エースはふいと意識を後ろに流せば、まどろむアンが居た。花見にはここが一番最適なのだと弁当を持って何度か一緒に行ったことがある、見渡す限り満開に咲き誇るやわらかな色の花が思い出された。エースはうなずく。

 「そこにな、ロジャーが酒を沈めたんだ。なんといったかな…」

 「…泡盛」

 そうそう、確かそれだ。

 レイリーが懐かしむようにどこか遠い場所を見た。

 その話をエースはアンから聞いたことがある。なんでもロジャーは無類の酒好きだったらしく、あちらこちらとうまそうな酒の気配があると目的地から遠ざかってでも収集していたのだとか。蒐集ではなく気の合う仲間と飲むためだけのために雷が絶えず落ち続ける島にも突貫していたらしい。馬鹿でしかない。しかも泡盛という酒は海に沈めると熟成が早くなるらしいと聞いて、それならばと隠すのにちょうどよさそうな島がこっちにありそうだと冒険をはじめ、たどり着いたのが。

「あの時はまた、突拍子もなくいったい何を始めるつもりなのかと訝しんだが、今になって思えばなかなか趣のある旅だったな」

 しかもうま味促進のためにと沈めた地点は普段から荒々しく波立ち、海底まで伸びた渦による水竜巻が頻繁に起る箇所として知られた場所だった。

 ドンキーノが叫びながら舵を握り、ジャクソンバナーが大揺れの甲板で実にロジャーが好みそうな楽を奏で、アイザックJrが海底地図を持って定着場所を指示していた。すぐそこに、仲間たちの姿が鮮明によみがえる。

 オーロ・ジャクソンでもなかなかに手間取った沈下だったが、はてさて今現在どうなっているものやら。

 当時はどうやって取りに行くのだと仲間たちが絶望に嘆いたが、おれじゃないからいけるだろ、とどこ吹く風だったのは未来を確信していたからだったのだろう。

 

 

 確信犯の父が足を組み、アンの横で相棒と息子が会話する姿を眺めている。時折、思い出したかのように頭と髪を撫でてくれる手が気持ち良い。

 これは夢うつつにみる幻だ。わかっている。

 万物の声とは実際に耳に届くような音ではない。この世界の息吹だ。風が吹き海が波打ち、雨が降って大地に沁み入り緑が育って天を仰ぐ。そのすべてに万物が宿っていた。だから人間にもある。少しづつ違う波紋をもち、響かせていた。

 世界はこの世にあるものをすべて許容している。たとえ世界を拒み世界を破壊する存在になり果てたものでも、その懐に抱き続けていた。

 けれども。世界は許し続けていても、同じ世界にある命にとっては限界が近づいていた。いくつもの原因と結果が、今だ。誰かが悪いわけではない。誰もが小さな選択を間違い続け、気づいたものたちが軌道修正をかけようと務めたがどうもならなくなってしまった。

 責めるものなど居ないのに。みながそれぞれの方向に歩みだしてしまった。

 

 そうして残された誰かが、うつろな玉座の上でひとりおびえている。

 

  

 

 『しかるべき時が来たら持ってきてやるよ。それまでは生きろ。酒盛りしようぜ、積もる話でもしながらな』

 

 約束は守られた。ならば果たすは務めだ。

 いいよ、お父さん。わたしが代わりに取ってくるね。

 

 ゴール・D・ロジャーが仲間たちと紡いだ物語の中核ではなく、生を謳歌するための営みにあたる泡盛を副題とした大がかりな戯曲が今ここに鮮やかな終局のほころびを魅せた。

 観客がいないままの演劇は続く。




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