ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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69-深淵の楽園

 それは見紛う事無き光だった。

 朝を迎えると同時に必ず登ってくる太陽の光、それが遥か海底一万メートルの海底を照らしている。木々が風に揺られ落ちてくる木漏れ日と同じものが、本来であれば闇よりも濃いはずの深淵に、金のきらめきをゆらめかせていた。時間を見ればなるほど、懐中時計の短針は7を指している。

 しかし太陽の光独特のあの暖かさを全く感じない。なるほど、地上の光とは全く違うと知ってしまうからこそ喉から手が出るほど欲しくなってしまうのか。本来であれば、誰もが平等に享受できる恩恵のひとつであるはずなのに、魚人というだけで海に隔離され強制的に抑止されている。これは、望まざるを得なくなってしまう気持ちもわからないではない。

 アンは目を閉じ月光によく似たそれが奏でる旋律に耳を済ませる。

 瞼を持ち上げれば船はゆっくりと巨木の間に浮く、シャボンへと近づいていた。人伝(ひとづて)に話は聞いていたが、なんという雄大な箱庭なのだろうか。

 二重のシャボンに包まれた上下ふたつの球が白の彩りに照らされ、その水の色を鮮やかな空色に染めている。ゆったりと流れる潮の流れはエメラルドのようにきらきらと透明に輝き、透明度の高い水質がレンズの役目でもしているのだろう。はるか遠くまで見通せた。青の流れを泳ぐのは、海面では滅多に見られない深海生息型のクジラと、どちらかと言えば温和な部類に入る海王類、それらが悠々とその巨体を遊ばせている。

 誰もが海の底であるかを忘れ、言葉を失い、光景に見入っていた。

 「すげェ、雲まである」

 船長であるエースも仲間たちの群れの中に紛れ、舷に体を乗せその町を眺めていた。意外に元気そうだと、やることが少ないと手持無沙汰な仲間たちにアンは課題を与えて少々覚醒を促してみた。幾人は死屍累々の様子だったが、魚人島の雄大な島影を見て気力を取り戻したらしい。そんな姿に笑みながらアンはツヴァイと共に、確かに針をぴん、と目的地指し示す記録指針(ログポース) を確認し、外海から内海へ入港できる門へ舵を向ける。

 魚人島から新世界へと向かう指針、ログは半日ほどで貯まると聞いていた。だが新世界の始まりである魚人島到着以降、単針の指針は使えなくなる。それは前半の海と比べ、航路選択が重要となるという意味も隠されてもいた。

 だが最速でラフテルに向かうためにはここのログを取ってはいけない。一番遠回りしなければならなくなるし、とある場所を通ると発現する時限爆弾までつけてくれる豪華なはずれくじなのである。かの人もまったくもってスタートラインから厄介な、いかさまをぶちこんでくるものだ。生かす気などさらさらない本気度がわかる。ここが最終的なチェックポイントなのだから、不可避的な罠を仕掛けるのは間違っていないのだがなぜかもやっとする気持ちは収まらない。

 

 

 ツヴァイが前もって取り寄せていた箱を出し、蓋を開ける。

 そこには3つの球体があった。それぞれは見慣れた記録指針(ログポース)だ。しかし青海出身者はこれを見た当初、なぜ3つあるのかわからない。

 「新世界は磁場が入り乱れていてね、ひとつじゃ定まらないの」

 アンはそう言って解説を始めるが、例に漏れず誰もがこそこそと逃げていった。

 要は前半の海、"楽園"と呼ばれている航路は磁場が一定方向にしか流れてはいないが赤い土の大陸(レッドライン)を超えてからは違う。

 3つと5つ。隣接するそれぞれの島が音を出しているとでも言おうか、音が響きが交じり合い反発しあって、新世界の海を複雑怪奇な場所と成している。そしてこの海底にある魚人島は、かつて地上にあったいくつかの島をこねて練って成形しなおして作られた人工物なのだ。だから敏感なものは反響に精神が揺さぶられる場所でもある。気をつけねばならない数名にそっと視線を動かして注意を促す。

 「まあ、すぐに慣れるよ」

 アンの笑顔にツヴァイが頷き手の中にあるそれへ、視線を移した。

 

 とまあ説明はさておきここから先、新世界用、とも言えるこの特別製(?)の記録指針(ログポース) が使われる。

 東西南北に定住する人々は知らない。そして偉大なる航路(グランドライン)前半にある島々から出ることのない人々も等しく知ることはないし、そもそも必要とはしないだろう。それに3つ付きの流通量はそんなに多くはないため知らなくともおかしくはなかった。新世界という限られた海を進むためには特殊な計器が必要であるが、仮に知っていたとしても青海では使えない雑学である。

 しかし生まれた時から新世界で暮らしている住人にとっては、使うことがなくとも珍しくもない普通の品だ。知らないのは新世界を除く5つの海域に住む者に限られる。知らなくても生きていけるからだ。知る必要を感じていない、と言った方が適切だろうか。

 「…進路の選択によって、生死が分かたれる」

 航海士たちの小さなつぶやきに笑みを向け、ただ単に針が増えただけだとアンはその背を押す。それにここからはアカシの腕の見せ所が多くなるだろう。そのために仕込んだのだ。役に立ってもらわねば困る。

 そうして仲間達を釘ずけにする、泡に包まれた楽園に目を転じた。

 シャボンに包まれた岩礁を有する島は、まるで水族館のようだ。遠くに見える大きな船影にちらりと視線を動かせばウォレスがアンの意図を汲みツヴァイに近づいて行った。そしていくつか言葉を交わした後にシャボンの向こう側に飛び込んだ。

 「ここが……魚人島」

 感嘆の吐息と共に、地名がつぶやかれる。

 それと同時にアンはエースから最近、寝る前に必ず、ダメかと聞かれ続けている事柄を思い出し、溜息を零した。そろそろ答えを出さなくてはならない。シャンクスにも相談してみたのだが、やってみればいいじゃないかと煽られただけだった。相談する相手を間違えたのだ、と言葉してから気づいた。否、そう思いたかった。アンの中では既に答えは決まっていたのだろう。エースの希望にはできるだけ沿いたい。

 きっと誰かにこの愚痴を聞いて貰いたかったのだ。そして肯定して欲しかった。いいのだ、と言って欲しかったのだ。スペードの面々がいる船の中でその会話をする訳にはいかなかったし、デイハルドにこのプライベートすぎる話を聞いてもらうなど以ての外だ。

 

 悩め。悩んで出した答えならば後悔なんてしないだろうからな。

 でもまあ、折角来たんだ。ゆっくりしていけ、いい酒が手に入ったんだ。いける口だろ。飲んでけよ。飲むだろ。飲ませてやる。酔いつぶれろ。

 未成年に酒を勧める悪い大人に囲まれ、文字通り潰されてしまったアンは、二日酔いでふらふらする頭痛を携えてエース他、仲間が滞在するホテルへ戻り、丸一日泥のように眠って過ごした。

 

 結論はもう、既に出ている。

 それがどういう未来に続くのかも、夢と過去をひっくり返した情報をもとにシノブから得たパズルのピースを組み合わせればだいたいの道筋はわかった。

 過去は変えられない。しかし未来はなかなか手ごわい相手だが軌道修正をかけられる。今までの苦労が、飲み込んだ苦悩の数だけシノブから教えられたいくつかにより報われたことを知ったからだ。だから、取捨選択をしなければならない岐路に来ているのだろう。

 世界の手足はアンだけではなくなった。父が横紙破りをした影響で増えてしまったのだ。チェスで例えてみるなら……もちろん盤上はこの世界である。そこで動き回るのは白と黒の陣営だが、盤上に配置された以上の駒が外野に出現しているのだ。本来ならば駒にすらなれず、ただ眺めていることしか出来ないはずの誰かの出番が可能となった。

アンの立場から言えば、良いも悪いもなくどちらでもよい。だが目標とされる互いの王にとってはどうだろう。

 どこまで世界が知ることを許しているのかアンにもわからないが、もし、もしもだ。なにも識らされていないのであれば。気の毒に、おもう。

 

 これまでもどうすればよいのかわからなくなって、無力感から頭が痛くなることはあったが、今回は本当にもう、泣きたい。海軍を辞めて本当に良かった。あっちの仕事までしていたら、ブラック企業も真っ青な勤務体系になっていただろう。頑固な義祖父をはじめとするあの面々がそうそう簡単にあきらめたとは思えないが、こちらはこちらで精一杯だった。

 エースの願いを共に叶えるのが最優先ではあるものの、少々、軌道修正してもよいかもしれない。前半の海の航海を支えてくれた多くの縁によりエースにも良い変化が起こっていたからだ。

 

 アンが願うたったひとつに変化はない。

 そのたったひとつの想いを果たすためにいろいろと細工はしてはいるものの、結果は開けてみなければわからないびっくり箱だ。だがそれが未来というものだろう。うまくいけばよし、もしそうならなくともアンとてDの一族の端くれなのである。意思を継いでくれる誰かが居る、と信じたい。強制的に継がされた父の代役を務めているのだ。それくらいの優遇はあってもよいだろう。

 「っ、……」

 アンはこめかみに手のひらを当てた。

 ずきりと痛むのは脳の内側だ。

 歴史を刻む年季の入った土地に来ると、世界の記憶が流れ込んでくる。

 「……、さすがに歴史が深いと量が半端無い。これ、……」

 聖地では耐えられたのだから、ぎりぎりいけるだろう。なんて立てていた想定が甘すぎたらしい。ここは空白の100年以前まで遡れる歴史を積み重ねてきた土地だった。何個分、なんて生易しかった。しかもここはマリージョアの真下ではないが、かなり立地が近い場所にある。この地にある欠片はまるでダイアモンドの原石のように輝きを隠す、くすんだ曇りガラスだった。七色の交わりが、アンという意識を飲み込んでゆく。

 立っていられずその場にうずくまれば、肌馴染む温度がひょいとアンを持ち上げ、手慣れた様子でそっと寝床に運んでくれる。

 

 入港の際に少々煩わしい入国審査があるのだが、ツヴァイとデュー、この地をふるさとにもつウォレス、そして困った時の知恵袋である先生も居るのだからなんとかなるだろう。この布陣で何とかならなければ、お手上げである。アンは痛む頭を柔らかな枕へ沈めエースにこの痛みが伝わりませんように、と眉を寄せた。

 眠ってしまえば痛みを感じなくなる。エースにも伝わりにくくなるだろう。

 楽しみにしていたのだ。海の底でしか体験できない、ここだけの街歩きの邪魔をしたくない。蒼を見上げられなくなった半身が、唯一透明の碧を時間制限なく眺めていられる場所なのだから。

 

 

 

 …ノアの方舟。交わした約束の不履行と。

 兄弟たちの葛藤。裏切られた悲しみを含む水が大地に沁みこんでゆく。

 水中の町。多くがいつかのためを信じて、作り上げてゆく様が。

 この場に生まれ、そして死にゆく命が交わした数々のつながり。

 怨恨が生んだいくつもの歪みと、耐え忍ぶ多くの命が願う。

 怪物達の巣窟に生まれた白い闇。

 時が逆回転して過去に流れてゆく。

 

 己だとまだ自覚しにくいたゆたう意識の中で、流し込まれる濁流からいま必要とする情報だけをすくい上げながら、アンはゆっくりと切り替わってゆく景色を見続けていた。目をそらすことも出来る。だがアンはあえて受け入れた。起こることには少なからず意味があるのだ。この後すぐか、それとも遠くの未来なのかは分からない。しかし知っておくべきこと、そして強制的に刻み込まれた役目が今ここで示されているのだろう。逃げ出さないように、心を縛りにきている。

 「よう」

 かけられた声に振り返らず応える。残像だとわかっていても、そうしたかった。そしてもう一度あの手に撫でてもらいたいとすらおもい苦笑する。

 暗闇の中、煌々と照らし出される画面から視線を逸らさず、アンは横に立つ男に意識を向ける。

 男はただその場に立っていた。

 数分の沈黙が続いても、何も発しない。画面にはつい最近起きたであろう、悲劇が映し出されている。そして突如場面が突然切り替わった。かなり過去の映像だ。いつの時代だと判断できそうな特徴を探す。

 しかく映し出される映像は全て、真実だ。人ならば、その人物の主観や思い込みによって写された像が少しづつ変化する。だがこれは土地というレンズに写った現実だ。誰かの思惑などなく、すべてがそのまま保存され映し出されていた。時間の経過とともに風景も変わってゆくが、人の営みの活発さだけは変わらなかった。それがただ、嬉しい。

 時間軸の流れが無視され映像が再生されている理由は解らない。

 だが幾つかを眺めていれば、だいたいの順序とおもわくが見えてきた。

 それはどんなものでも違えず、あるべき姿を変化させる。唯一、不変であるのは残された歴史の本文(ポーネグリフ)だけだ。とはいえまだ制作されてから800年ほどしか経ってはいないが、彼もうまく事を運んだようだ。世界が敢えて見逃すように細工している。稀代の悪党も真っ青な質の悪弊(あくへい)さである。だれが誘導したか、語るまでもないだろう。

 

 歴史の本文(ポーネグリフ)にしても、読み解く個人の見解によって物事の捉え方は変わる。絶対的な訳文などない、その時々の、読んだ個人の受け取り方によって千差万別に姿をかえる。まるで『法の書』のようだ。

 夢中になって読んだ謎の書物を思い出す。手にとった各々によって、内容が変化するという摩訶不思議な読み物だ。実際にはその書物を読んだ人々が行う考察を夢中になって読了したのだが、書いてある基の文章が同じであるはずなのに、それぞれ解説文が全く違うなんてものも多かった。

 ロビンはギミックを果たして解除してくれるだろうか。刻一刻と近づいてくる未来が楽しみでならない。

 

 アンは光景にゆっくりと瞬きを繰り返す。

 過去はすでに、起ってしまた後の記録だ。変わる事はない。

 

 誰が名付けたのだろう。

 『ノア』という命を繋ぐ方舟があった。

 幾度となく世界が撹拌(かくはん)されたとしてもこの箱がある限り、未来は続くと信じられている希望の架橋だ。そして実際に選定が何度か行われ細く長く命は今に続いている。

 命が残す願いと想いを抱き、世界からただ一つの使命を与えられたはこぶねは目覚めるその時を待ちながら静かにあり続けていた。

 だが近い将来、かなりの確率でノアは損壊する。守るたびに負い続けた小さな傷が重なった結果だ。自己修復が間に合わないほど、ひとつまえの痕跡が大きかった。回復の程度は、未確定だ。未来のその時、その場所に在るだろう人物たちの選択に左右される。

 

 世界が揺らぐのは確定していた。それは世界の自浄作用でもある。いくら器が強靭であっても中身が腐れば入れ替えるのだ。中にあるものにとっては最悪以外のなにものでもないのだが。ノアが作られた当時の技術は何度目かの崩壊時に実は失われている。だが伝承者は居た。別の形になって脈々と受け継がれているのだ。それに気付く誰かがいれば、最悪の事態にはならないだろう。世界のあちこちで起こるさまざまに、アンがすべて介入できるわけではない。

 すべてはこの世界の内側にあるものが紡いでいる。限りある命を持つものたちは強くたくましい。ばらばらに切り刻まれた欠片であってもひとつなぎにする(したた)かさがある。過去を知らずとも思惑が大渋滞していたとしても、選び取ってゆく。誰もが迷い傷つきながら、自分自身で未来をつかみ取るための一歩を踏み出し未来を紡いでゆく。その営みをアンは愛しい、とおもう。この深淵に囚われても自我を確立できるのはこれらの輝きのおかげでもあった。

 

 神話は過去の夢だ。事実を願いが混ぜられて形作られる。

「タイヨウへと続く道が、閉ざされませんようにどうか…」

 アンはただ祈るしかできない。たったひとりで出来ることなど、たかが知れていると身をもって知っているからだ。

 

 細い因果の糸が()り合わされ、またほどけてゆく過程をただ見続ける。

 海の王はまだ、目覚めてはいなかった。しかし完全に眠っている状態でもない。きっと、足りないのだ。兵器となってしまうに足る、感情が。意識すれば当世の存在の情報が示される。

 

 驚愕に見開かれる瞳が重なる。映る、その姿を確かに、見ていた。

 母であった美しい人がゆっくりと(かぶり)を振る。

 突然の死に驚いているのは彼女自身だ。眉を寄せ浅く何度も息を吐き出し、目の前の出来事を必死に否定していた。兄に、そして自分や父、それだけでは無い。全てに見せる優しげなまなざしに涙を浮かばせながら、最後の言葉を必死に伝える。

 瞳には、家族の姿だけがあった。撃った者を捕らえに行く、その声と姿を追い、一度瞼を下ろしてから、娘を見る。

 少女はずっと見ていた。

 瞬間的になにが起こったのかと理解出来なかったが、これからどうなってしまうのかはわかってしまった。鼓動が胸の中で打つ度に現実を認識してゆく。

 しかし誰も悪くないのだと、母の目は語っていた。

 けれど少女には、意味が解らなかった。結果的にこのような事態を起こしてしまったのは彼女の母自身であったと、因果をまだ理解できない者にはむつかしい。

 母の姿に、ただ、ただ疑問符が浮かんでくる。

 駆け寄る兄達の感情が尖った。こみ上げてくる感情はふたつ、それに少女は声を詰まらせる。たったひとつ、母との約束だけが少女の心を繋ぎ留めた。鎖は、まだ完全に掛けられてはいない。

 

 その際にちゃっかりと少女に触れる影をアンは見逃さなかった。

 触れられた事さえ、この時はきっと、些細なことだったに違いない。

 たった一度の接触が原因で何年もの間、閉じ籠らなくてはならなくなる、など誰が想像しただろう。

 

 「硬殻塔(こうかくとう)か」

 感情を秘めた声が大きく広がる前に、少女の兄たちは母の願いと意志を汲む。

 そしてただひとつの声が、引き金を引いた。小さなざわめきが、いくつもの感情の渦を生み静寂の中に響き渡る声に応呼する。

 

 かの英雄が危惧していた出来事は、既に根付いてしまっている。それを覆すのは並大抵ではないだろう。

 ヘドロのようにこびり付いた感情は幾重にも、魚人たちが安息の地とするこの場所を鬱念(うつねん)の底に引きずり込んでいる。

 アンに改変が出来るのか。問われても答えは否だ。それほどにこの地に染み付いた呪詛は盤石の構えとなっていた。

 この島を取り巻く停滞を振り払うのはアンではない。それだけは確信を持てる。万物の声を、いままで聞くことができた多くは未来予知の能力をもっていたと伝えられている。だが真実は予知ではなく過去から未来に向かう軌跡が見えるのだ。鋭いものであればそれが誰のものであるかも知れる。

 はるか遠くに頼もしい背が見えた。必ず記される物語。待つのはもどかしい。あるとわかっているのに、まだ始まりにさえ筆先がおかれていないのだ。今はまだ、集う各々がそれぞれの場所でただその時を待っている。

 

 アンにできることといえば、歴史が動くことを良しとしない勢力に少々圧をかけることだろうか。大きく育ち切った力は、ちり芥の微細な動きを捉えられなくなる。巨大であるがゆえに、窮鼠猫を噛むといった状態になってもなんら被害が及ばないからだ。身体に這われると不快であるために払いのけたりはするが基本、放置が常態である。一番効果的な、タイミングはどこだろう。アンはやるべきことリストに含めた。

 

 

さて、そろそろ戻っても許される頃合いのはずだけれども。

いつの間にかいなくなっている父の姿にほっとすればまぶたを閉じ、気持ちを切り替える。

 世界のはざまに取り込まれるのはこれがはじめて、というわけではない。頻繁ではないが、まあそこそこの頻度で引きずり込まれる。なぜかは解らないが最近やけに父の言葉やシャンクスの心配が気になっていた。これは絶対に、なにかあるはずである。

 脱出方法はあるようで無い。ゲームのクエストのように案内表示がされると気楽なのだが、そこまで現実は甘くないのだ。

 息を整え現在への路を探す。そうすれば遠くに聞こえた。仲間たちが打ち鳴らす、鼓動の音が。目覚めなければならない。そして成すことを、種をまき芽吹きを待つのだ。アンが望む未来を手にするため、さあ動き出そうか。

 

 

 そこは見知らぬ天井だった。

 これは誰もが一度は言ってみたいセリフではなかろうか。一時期、流行ったことがある気がする。周囲を見回せば薄手の布がベッドの周りを取り囲んでいた。まるで貴族のベッドのようだ。周囲をそっと観察すればどこかの貴族邸のようである。身分を持ち、少々動かせる金銭の多い寝室の作りだ。そういえばデイハルドの寝床もこんな感じだった。もっと装飾が激しかったが、天竜人用に設えられた寝具などそんなものだろう。

 世界貴族として、やんごとなき唯一として勝手に神の座に奉られ隔離される彼らも、DNAという遺伝子情報だけで見れば人間という生き物であるのは間違いの無い事実だ。たったひとつ、人間には無い器官を持って生まれなければ、の話だが。該当する人物がちらほらと脳裏をかすめる。

 後天的に教育を施され根付かされる風習や作法、指向を別とするなら、その精神構造すらなんら変わりは無い。ただ人間は『特別』という言葉に弱いのは確かだ。そして特別であり続けるよう整えられた結果の腐敗だ。

 

 緩んだ思考を引き締め、現実逃避から戻る。アンは体を起こし、周囲を見回した。

 ここが魚人島であるのは間違いない。

 そしてどうこう難しく考えなくとも、魚人島にまつわる世界の回顧録閲覧中に、何かが起こったのだ。薄く広く見聞色を展開する。

 「…引き籠り(せんせい)とデューは船に残ってるのか」

 それはそうだろう。先生は基本やどかりでデュースは船医を兼ねてくれている。船には潜水病の急性症状を発症した仲間が残っていた。先生が (いえ)から一歩でも出ないで済む要件があるうちは絶対に降りてこないだろうし、医師の彼が仲間を放って来るわけがない。唯一の救いは皆の症状は軽く、関節痛で収まっていることだろうか。急降下した際、シャボンに守られているとはいえ、気圧の変化に体が反応しきれなかったのだ。やはり色の素質を持っている全員の取得は急務である。

 どちらかと言えば海賊をやっている人間は、島で仕事を得、暮らしている人々に比べ過酷な状況下にあるため鍛えられて肉体的に強靭だ。しかし人間である以上、基本的に体内に収まっている臓器は寸分たがわず同じ強度である。内臓を鍛えることなど、ほぼできないからだ。地上から海底へ至る間に伸縮した内臓が、魚人島に入った瞬間に元の大きさに膨れ上がった。よって潜水病という症状は機能低下疾患を患う。気圧というものが如何に体へ影響を与えているかを如実に物語っている事例だろう。

 上空に昇るのも、海底に降るのも、人間にとって普通はならば至難である証拠だ。だが武装色の発露があればかなり守られる。見聞であれば何度か空島で内臓を鍛える他ないがそれは最終手段としたい。全員もれなく、空には行きたがるだろう予想がひしひしとするからだ。海の深淵も閉じられているからこそ深みのある感動があるが、空はひたすら開放的なすがすがしい印象を強く感じる。甲乙つけがたいが体感のしやすさで行けば空だろう。アンとはいえ海の底に転移すれば圧力で潰れてしまいかねない。そう考えると魚人とはなんと自然順応した種であろうかと心震える。

 

 安らかな眠りを提供してくれていたこの邸宅には、穏やかな気配だけが満ちている。どうやら差し迫る危険はなさそうだと一息しつつ、アンはベッドの上へ再び倒れこみ背伸びした。

 広い部屋だった。そしてアンが寝ているこのベッドも、広すぎた。

 大きさはだいたい、シングルを5つほど並べたような感じだろうか。この上にエースとルフィ、そして自分とさくら、ついでにこたつが乗っても十分、寝姿に困ることなく眠れる広さだ。

 寝相の悪い兄弟が動きまわったとしても、蹴られず眠れる場所があるのはありがたい。森や船の寝床と比較する方がおかしいのだが、思い返すとあの狭さで、体格的にはまだ子供であったとしてもだ、4人が転がれるのもおかしな話だった。船でもそうだ。アイスバーグが気を利かせてくれ、壁に収納出来る簡易ベッドを作ってくれたのにも関わらず、エースによって何度ベット下に落ちていることか。別々で寝たとしてもなぜかお互いに潜り込んでしまうのである。なので以前と変わらず同じ寝床でふたり仲良く横になっているほうがしっくりくるため、折角のサイドベッドはお蔵入りとなっている。

 しかしいい年になってきた自分とエースが未だベットを共にしているのはいかがなものかと思う。提案はしているのだ。さくらは良いとしよう。たまに眠れない夜があり、枕を抱いて一緒に寝てもよいかと懇願されるからだ。だがなぜにエースまでさらにくっついてくるのだろうか。暖かいが。

 幼いころはなんだかんだと睡眠時に危険が差し迫ることもあった。山賊はダダンたちだけではなかったし、盗賊や賞金首を探しに山に分け入ってくる裏稼業の輩も居た。子供は安値だが売れる。山小屋であればまだ安全は確保されていたが、秘密基地ではそうはいかない。幾度か抗戦となったこともあった。だから固まって眠っていた。誰かが気付けばみなが目を覚ましたからだ。

 

 おもえば、そう環境的に変わっていないなとひとりごちる。海兵になったアンだけがひとり寝できる環境に身を置いていただけだ。単独で寝るのは諦めようとおもう。エースの普通は共寝だ。

 

 家の作り的に扉で部屋を区切らない構造のようで、いくつか向こうの部屋から声が流れてきていた。体力は戻っている。だが精神的な負荷は残っているようで、脳の奥がまだぼんやりとしていた。

 そして気配がひとつこちらに近づいてきていた。知らない鼓動だ。エースの様子が穏やかなため警戒はしないが、なにが起きてもすぐに対応できるように注意だけは怠らないように心を引き締める。壁の向こう側で、わずかにエースが笑った。

 「起きはりましたな。具合はどないでっしゃろか」

  柔らかな声に、視線をむける。

 「大丈夫です。ありがとうございます。仲間にも良くしていただいているようで」

 居住まいを正し、入ってきた人物に対して礼儀正しく配慮への感謝と仲間への気配りに礼を伝えた。

 「それでもあんじょうしなはれ」

 賑やかしい歌声が聞こえはじめた。アンが起きたことを知ったのだろう。仲間たちにも心配をかけてしまっていたようだ。

 「えっと、とてもすごく、お世話になっているようで……」

 「そんな事はありまへん。助けてもろうたのはうちやさかい」

 宿もまだ決まっておられへんのやったら、と、うちの家へとお誘いしただけなんどす。

 「…こちらこそご面倒を」

 アンは慌てて頭を下げた。

 こういう時、見聞色は特に役に立つ。そこに血統因子による能力を上乗せさせると、聞き取りするより正確な情報が手に入るのだ。レイリーに会い、教導を受けたことで感じた違和をシャンクスの船に行き、血統能力のヒントを得て海中の旅の間、練度を上げ続けた。数日の鍛錬しかしていないが出来栄えは上々である。

 

 婦人からの情報を要約すればスペード団は入国審査を無事通過した。がしかし平穏だったのはそこまで。降り立った港町で早速騒ぎを起こしたのだ。目の前に浮かぶ人魚は現リュウグウ王国右大臣を務めている人物の妻で、入国監査役として今日という日、港町で政務を行っていた。

 そしてここ、魚人島へ入る事はあたわぬ、そう判断された海賊団が不服を理由に暴挙し、無理矢理降り立とうとした者らをエースが文字通り焼いた、という経緯だ。

 「あら、お持ちなんどすね。びっくりしましたわぁ。ほんまおおきに」

 説明の手間が省けたと優雅に頭を下げる女性に、アンはとんでもないと丁寧に礼をとった。

 見聞色を持つ者同士であれば、情報のやりとりが数秒で終わる。それはレイリーから教えられた使い方だった。拒みあえば何も分からないが、相手が伝えよう、知られても構わないと開いている場合にのみ、嘘偽りなく全て正しく伝達される。だがそれは最低でも見知った相手に限定された。全くの他人であれば気付かれないことが最低限の考慮だ。感知されたとなれば見聞の練度がアンよりも高いのだろう。無作法も責めるつもりがないように感じた。

 エースの緊張が解けていることから警戒をしなくてもほぼ、良い相手ではあるのだろうがアンは全てを交わらせず必要な個所だけつまみ食いした。そして情報の精査をかける。信用してよい相手であっても手を抜くことはできなかった。ここは魚人島なのだ。仲間以外をあてにしてはならない。

 「いろいろとご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。その上わたしたちをご自宅へお招き頂きお礼申し上げます」

 

 人間であり、世間的には海賊でもあること。

 それだけでここ、魚人島では直接的では無いとはいえ、憎悪を向けられてもおかしくは無い。地上で暮らす人間にとって新世界への通過点、地獄への入り口は最後の休息地ではあるものの、決して根本にあるのは優しさや思いやりのある観光地などではない。

 

 張りのある肌と艶、小柄でたおやかな人物は、淡い青と朝焼けのような鮮やかな赤を尾に持った貴婦人だった。シャボンをクッション代わりにし、口元に微笑を浮かべている。

 「遠慮なんていりまへん。特にあんさんのことはよう、聞き及んでおります。実際にお会いしてみたかった」

 その言葉にすっと心が凪ぐ。笑顔は崩さないが、言葉の先によっては対応せねばならない。

 

 ここは魚人島。

 今は白ひげの庇護下にあり、かつてのように人間が大挙して彼らを狩りに押し寄せることはない。そして表立って魚人や人魚を捕獲しに来る人間も少なくなった。

 だがこの地はもともと世界政府の加盟国のひとつだと言う事実を忘れてはならない。ここ近年は様々な事情から世界会議(レヴェリー)にこそ参加出来てはいないが、政府が認定する『国』として記載されている。

 200年ほど前、時の王が一命を賭して魚人と人魚の権利を確立するため世界政府に直訴したのだ。これが良かったか悪かったのか。今に続く連鎖に拍車をかけたのか、今を生きる人々にもわからないだろう。これは未来に生きる人々が改めて過去を振り返った時に、教訓のひとつとして示されるだけだ。

 

 海軍に所属しおつるの元でアンが見た資料の中では確かに、『リュウグウ王国』の名が大国列強に並んで記されてはいた。しかし当時、そこへは資料の送付が行われなかった。理由を聞けば大罪人、フィッシャー・タイガーの名が挙げられ、一応便宜上加盟国としてあるものの、実質認められてはいないという話も聞いた。

 奴隷であるのが本分の魚が世界会議に出席するなど、世界がひっくり返ってもあり得ない。そう認識している人間の国々が、そして人々を導く王という立場に立つ人物たちがなんと多かったことか。世界の成り立ちは人間だけのカーストを確立するためだけに存在しているのではないと、声を大にして発言したいが。そもそもからして赤い土の大地に住まう天竜人が青海を下界と呼び薄汚いと言うし、ヒエラルキーが確立した世界でこの構造を何とかしようと足掻くほうが無駄だと思うように形作られている。根本的に覆すには秩序の破壊がもっとも有効的だが、はたしてそれを成せる人物がいるかどうか。残念ながら現段階では、まだ誰もいない。芽はすでに出ているが、まだ成長過程なのである。

 その時アンは憤懣を感じながらも冷静を装い心の奥底に感情を沈め、後に休日を返上しジンベエを訪ねたのも事実だ。事実は奇だった。今はどうしようもならない。打破する手だてがなかった。

 ここまで過ちを放置し続けているのは、誰もが何もしなかったからではない。近代史をひも解けば判る。いくつもの、世界政府からから見れば大きな反乱が起きていた。

 だが地上は、赤の台地の上に座すものたちは変わる気がないのだ。何があっても、何年たっても、変わる必要があると意識せず海底に住む人々を虐げ続けている。その抑圧たるや、この深海に至るまでの水圧よりも重い。地上に住む人と変わらぬ思考、生体組織、言語。ともすれば"人間"よりも秀でた能力を持つようになったのにも関わらず、それを魚類であると断じ貶める。

 それを快く思っていない人々がここには多く存在していた。

 よく分かる。

 人は、自分と同程度の存在しか理解し得ないからだ。

 回顧に触れ、アンはこの地がどういう場所であるか、自分の未熟さを改めて認識した。能力が絶対的に足りない。色だけでなく血の力をもっと使いこなすために研鑽が必要だった。

 よくもジンベエは、あの船の魚人たちは天竜人の鎖付きである自分とにこやかに会話してくれていたものだと、申し訳なく、また感謝した。

 

 アンは魚人に対し、偏見は持っていない。

 だがジンベエを始め、魚人という存在が人間に抱くおもいはとてつもなく重い、と認識していた。

 貴婦人も心をたおやかに、穏やかに保っている。アンのほうが警戒心丸出しの猫のようだ。どういう意味で知っているかによってここを早急に抜け出す必要があった。

 もしも、だ。最悪の想定であったとしたならば、アンが取れる行動は限られてくる。アンの預かり知らない所で、聖の影がちらつく事もままあるのだ。自身が意識していなくとも、天竜人のひも付きだと周りはそう受け取る。もしそちらならば観光を諦めて、今すぐここからアンだけでも出る事を考えた方が良い。そうしなければスペードの名の元に集う仲間たちを必要の無い戦いに巻きこんでしまいかねないからだ。

 魚人島で、水面近くで、そして陽樹イブによって照らされる事の無い、海淵で繰り返されてきた惨劇により、今にもはち切れそうになっている風船を刺す針となりたくはなかった。

 「落ち着け。おまえが暴走してどうする。耳で聞いてからでも遅くないだろう」

 傍に来ているとは気づかなかった。真上から聞こえた声に上向けば、思い知ったるデコピンの痛みがはじけた。その威力は義祖父より断然軽いが、長年受け続けて身に覚えのある衝撃になぜか気分が落ち着く。

 とてん、とベットに仰向けに転がったアンへエースがもう一発必要かと、口角を上げて楽しそうに、二発目を用意していた。

 「いやもう平気。おじいちゃん仕込みのでこピンはもういいです」

 額を両手で隠し、アンはしきりに平常を訴えた。この技の本家本元であるかの海軍中将は、悪魔の実を食べた超人系(パラミシア)の弟を拳骨で殴り飛ばせるほど愛のこもった拳を覇気を使わず放ってくるのだ。その孫の筆頭であるエースをはじめ、アンも何度喰らってきたことか。拳に愛を、家族だからこそ放てる拳骨だと義祖父は言う。とはいえ本家にはまだまだ遠くは及ばないが、それぞれの暴走を止め合う一撃として角度やら力加減やらを教えてもらったことがあった。

 「さっきのが原因か」

 「うん、まあ、だいたいは」

 歯切れの良くない回答に、エースは眉を寄せる。

 「あのバカ絡みだろ。後で聞かせろ」

 いまいち良く視えなかったんだ。そう耳元で小さくささやいた。

 「うん、ありがと」

 アンは素直にかくんと首を縦に振る。そんな双子の様子を女性はころころと和んだ視線のまま笑って見ていた。

 

 「身がまえんといておくれやす。あんさんはある意味、うちらが安心して地上の光を直接浴びる事の出来る奇跡をくれはった恩人なんどす」

 感謝こそすれ害意を持つはずがない。そう一心に伝えてくれていた。

 「ニューポートミューズ、言うたら解りますやろうか」

 「トムのおっさんが住んでる所だよな」

 話が見えずに訝しんでいるアンに代わり答えたのはエースだ。

 その通り。そして次の目的地である。

 「そうどす。あちきとトムはんは幼馴染なんどす」

 だから彼が今も船大工を生業とし、生きていることに感謝の念が絶えないという。

 アンは目をぱちくりとさせ、耳から入ってきた言葉を反芻する。

 幼馴染というのは、幼い頃、家が近所でよく遊んだりする関係で、それが何年も続くとくされ縁という名に変わる、交友の事だろうか。

 トムさんって、トムさんだよね。ぽこん、と触り心地の良いあのお腹が思い浮かぶ。

 「意外と筆豆で、よう手紙くれはるんですわ」

 どでかい図体しよるのに、きめ細かい事が好きなんえ。

 鈴が鳴るような耳触りの良い声に、実に入っていた精神がようやく、落ち着いてくる。

 

 「……トムさんのお友達、でしたか」

 今まで就いていた任務が任務で外敵がかなり多いアンである。エースに言葉で語れないあれやこれもいまだにあった。

 そちら方面からのご縁でしたか。心の萎縮が解ければ頬の表情が緩む。

 「おれが間違いはねェって敷居を跨いだ相手なのにさ」

 「だって。あ、いやごめん。場所が場所だけに……許して、ね?」

 ずっと眠ってはったさかい、お腹もすいてはるでしょう。用意させるよって、それまでゆっくりしはってね。

 

 夫人はふたりだけで話をする必要がある事柄が在るのだろうと察して席を外す。アンよりも見聞の能力が強い夫人に内緒話など無意味ではあるのだが、耳をそばだてるひとではないと信じて声を発した。

 「えっと、何から話せばいいかな」

 アンはベッドに腰掛けたエースの横へと移動する。不意にその手が頬に触れた。

 「ったく、心配させんなよな。お前もルフィと同じかよ」

 盛大に吐き出した溜息の後、コツりと額が合わさった。

 「どこにでもある。気にしたってどうにもなんねェだろ。思い出したくもねェ、誰かの口に登る事すらムカついて、ぐちゃぐちゃにしてェような記憶なんてもんは」

 いっぱいあるだろうが、飲み込まれるなよ。なんのためのおれなんだよ。

 ひとりじゃ辛くても、ふたりだったら何とかなるだろ。

 「うん、」

 伝わってくる想いにアンはこくり、と頷く。

 ありがとう。そして、

 「聞いてエース、あのね」

 

 そしてアンは伝える。この島の知り得た全てを。




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