ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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70-楽園の日々

 魚人島滞在は4日と決まった。

 スペード団の面々はそれぞれ、船を離れて遊べる二日の自由時間争奪戦をあみだくじで行うこととなった。希望日を挙手で求め、是非を決める。紙には全員が線を書き込めるため、もうなにがが何だかわからないひっちゃかめっちゃかな事態になったが、それはそれでみんなが楽しめたようでアンとしては何よりだ。そして貴重な2日間を有意義に過ごすため、先生を除く半数が深海の楽園たる魚人島の観光に飛び出していった。そっと気配を探せば本日の自由行動を勝ち取ったものたちが魚人島のあちこちに散らばっていた。500万人ほどが居住する巨大なシャボンの中にあるビオトープだが、交通手段が複数あり存外便利にあちこちへ赴くことができる。人間が外周膜から一歩でも外に出れば圧死する環境であるが、実は内海下部も注意せねばならない地区だ。魚人たちが暮らす住宅街だが、息継ぎができない場所もある。好奇心で入り込もうとしている数名も居るが、少々痛い目を見るのも学びの一環だろう。

 

 拠点は船だ。宿をとってそこを中心に回る計画もたてられたのだが、どうせ半分は船に留守番するのだからと節約案を挙げたツヴァイに軍ぱいが上がった。勝手見知った家を中心に滞在費を浮かせば、その分こづかいを多めに渡すことが出来る。その提案に誰もが諸手をあげて賛成した。普段はどんな万力であっても開かない、副船長が握る財布の紐が緩んだ、と誰もが思ったが、裏を返せばしてやったり、とほくそ笑んでいるのはツヴァイであるのは間違い無い。魚人島の宿は、ぼったくりなのである。全員で泊まれば、法外ではないが青海の相場と比べればべらぼうな金額になるのだ。リュウグウ王国の民も貨幣を稼ぐことのできる機会をそうやすやす手放すわけもない。とても強かだがちゃっかりもしている。

 「機転がきくようになったねぇ。それにみんなも満足そう」

 アンはつぶやきながら嬉しそうに小遣いを貰って出かけてゆくいくつのも背を見て笑む。

 が、しかし。

 「…二番煎じ」

 さくらの毒舌がすぐ横で聞こえてきた。厳しいダメ出しである。

 「成長だよねぇ」

 ツヴァイもさくらも、誰もがみんなこの船に乗ってから顔つきが変わった。心の中に抱えた過去や不安の種は変わらないだろう。しかしそれまで身を置いていた環境が全く違ったものに変化したならば。心に余裕が生まれわだかまりを上手くいなす方法を会得していったのだとおもう。航海者とはいえ海を往けば危険は避けられない。海軍も海賊ものべつ幕無しにやってくる。たまにRPGゲームのごとく敵とエンカウントしすぎではなかろうかとおもうこともあった。だがしかし人間はいつからでも、いつまでも成長できる生き物だ。

 だから前例を上手く利用するのはよいことだ。とアンは思うのだが、絶対記憶を持つさくらに言わせれば、ひねりがないのが面白くないらしい。

 「わたしのやり口も実は、2番目なんだよ」

 「アン様はいいの」

 「辛口ねぇ」

 「エース様とアン様、居ないときは、彼が責任を持つ、だから」

 

 ただの真似ではなく臨機応変さにプラスを望むのか。

 くすくすと笑むアンに、双眸がぱちくりと瞬いた。なるほど、そういうことか。理由が分かれば理解できる。引き籠りがネックとはいえ知識人の先生や未来の冒険記著者兼船医のデュース、最年長で経験豊富なオッサモンドや気立てが良く頼れるお姉さんであるバンシーではなく、さくらはツヴァイを推している。

 ならばツヴァイには是非とも、出来るだけ早くにふたりがいない時には全員を率いる司令塔になってもらわねばならない。こんなにも期待されているのだから、応えねば男が廃るというものだ。

 

 「……かの奥方には感謝だね」

 話題を変えるべく発した言葉に、さくらはこくりとひとつ頷いた。

 視線がむくのは海が空だ。見上げる雲は泡であった。神秘的な、決して地上では見られないここだけの景色が心を震わせる。来てよかった。エースと、仲間たちとともに。この景色は一生、忘れられない思い出になるだろう。

 

 通常、地上からの訪問者は魚人島への表門(ゲート)にて船を預け、入国審査を受ける。その際に許可が下りなかった船はログがたまるまでのあいだ監視され続け、有償の食料と水の提供を受ければすぐさま外部へ放出される。海賊船の場合、休息無く新世界に向かうことになるのだがこれは自業自得といえよう。王国側も上陸させたが最後、国民の安全が脅かされるとなれば当然の対処といえた。

 審査が通っても船は入港管理局の監視下に入る。その際に入国税がかかるのだが、これがまたひと騒動になるという。基本、海賊たちは預けた船に戻ることはできないからだ。

 

 アンたちは幸運に恵まれた。とある魚人が口利きをしてくれたのだ。そう、かのたおやかな奥方である。

 この者達は自分の客人だ、と。そのため船を監視するための保管港ではなく、住民たちが使っている表側の埠頭に泊める許可が例外で出た。この優遇は以前、天竜人が来て以来だという。

 

 では預けた船になぜ海賊たちが戻れないのかを語ろう。結論から先に述べれば人さらい防止のためである。

 単純計算、100隻の船が地上より海へ潜ったのだとすれば、7割が沈んだとしても30隻はここへ到着する。その殆ど、99%が新世界へと向かう海賊達であるからして、魚人島に住む人々は自衛手段を取らざるを得ないのだ。ただの旅行者など万が一にもありえなかった。

 例え王の友人である白ひげが庇護していると言っても、人魚や魚人を狙う奴隷商人やその手下たちにとってはそんな旗印など関係無い。欲しいものは手に入れる、奪うが当たり前の世の中であるからだ。しかも世界貴族の依頼を受けて来訪するものもごく少数、居た。白ひげの名は確かに心強い保護だ。しかし新世界という広域で彼の本船と出会えるかと言えば、記録(ログ)を無視して運航する術を持たない限り否定的な答えしか出ないだろう。大きな海賊団とはいえ魚人島に人員を割いたり、通常の記録指針(ログポース)でたどり着く予定の三か所を絶えず張っているなどできはしない。

 

 簒奪し、金銀財宝を蓄えることは前半の海を越えてきた者達にとって誘拐とは息をするのと同じ、当たり前にしてきた自然な行為だといえた。なぜならばそうしなければ楽園を渡りきれず、簒奪者と成れた者だけが新世界へ、辿り着く路を進めるからだ。

 

 魚人島では白ひげの庇護を受け、その威を最大限に利用してきた。

 あるのだから使え。この島の守護者がそう云ったのだろうか。それとも無言の了解の如く、島の領土化を宣言した白ひげによる違反者への制裁があったからなのだろうか。

 事実は分からない。知る必要もないし、聞こうともおもわない。しかしこの威はもったいぶり、大切にとっておくものでもない。ここぞ、という時に見せる印籠とは違い、前面にあるからこそ効果がある(しるし)だ。だからこそアンはひび割れた盾であるともおもう。

 

 魚人島に住まう者たちは知っている。

 オークションに参加し、命を道具扱いしたものが誰であるかを。

 オークションに商品として、同胞を売り渡したものが誰であるかを。

 あからさまに素性を偽り、入りこもうとするものを許せない。

 だからそれらを優先的に弾く。魚人たちの多くが見聞色を開花させるのは同胞たちを守るための手段でもあるからだ。

 そうしなければ、滅多に外洋には出ない人魚が、魚人の幼子が、焼印を押され"ニンゲン"の所有物とされてしまうわけがない。同胞が目の前でそのように扱われるなど、指を咥えて黙って見ていられるほど、この島に住む人々は寛大ではなかった。地上のニンゲンたちが自分たちのことを同じ人族と認めず、下等生物であると決めつけていたとしても魚人や人魚にも、心が存在している。差別の視線から隠れるようにして住まう最後の砦ともいえるこの海底の棲家まで、蹂躙される謂れは無い。

 

 そして今、この国はふたつの意識に分かたれている。

 ひとつはかの英雄に習い力による現状の打破を狙う者達と、苦汁を舐めさせ続けられてもなお、融和を掲げ必死にタイヨウへ手を伸ばした亡き王妃に準じる者達だ。

 入国者を法律によりふるい分けはじめてから多少は殺傷沙汰や誘拐は減ったようだが、海中の貧民街とも言える場所になってしまった、魚人街に住む者達との軋轢(あつれき)は深まるばかりとなっている。

 

 まだ英雄が生きていた頃は良かった。彼は人格者であり思想家だった。

 魚人とはいえ、ひとであるがゆえに酸素がないと生きていくことが出来ない。陽樹イブの恩恵が降り注ぐ周辺でしか生存圏が確立されていない。魚人は水中での呼吸は可能だが、酸素濃度が低い場所での行動は半日ほどだと聞いている。猛者であれば24時間から35時間時間ほど海中回遊できるそうだが、魚人であっても海面で酸素補給をしなければ溺れてしまうのだと聞いた。

 本来であれば二戸一(にこいち)であったはずの、たったふたつしかない居住区が互いに背を向けている。

 

 関わりすぎるのは良くないと解っているが。共にあるための印が背を向けあう象徴となっているのが少々歯痒かったりもする。スペード団にはウォレスが居るし、トムを起点とした魚人島との関係性もある。アンとしても全く無関係な話ではないのだ。

 

 かつて魚人たちが息を潜めず、大手を振って生きられるただひとつの城郭であるこの魚人島がある海底で。かつて生まれも身分も関係なく、英雄を慕う者たちが集い刻印を刻んだ。

 それが太陽のしるしだ。英雄がその身をもって示し、奴隷に貶められたものたちの心を救っていった。

 だが英雄は殺された。ニンゲンの手によって、かの魚人は命を絶たれた。

 両陣営に詳しい経緯は明かされなかったが、結果と現実は明白だった。

 "ニンゲンに因って殺された"

 これ以外の結末に、理由づけがいるだろうか。

 

 リュウグウ王国に住む人々の胸に、いいようの無い虚脱感や怒り、悲しみが横たわった。

 彼は当時もスラムと化していた魚人街出身者ではあったが、多くの同胞たちが住まう本島にも彼の理解者が多く存在していたのだ。冒険家として海の底へ地上の景色を伝え、または珍しい物品を、時折危険を承知してやってくる交易船も彼の人柄と功績による……竜宮城においては世情なども広く拾い集めては持ち帰った。そして魚人街では魚人同士、いがみ合うのではなく互いの妥協点を探し歩み寄るべきだと諭していた。

 

 どれだけ海底の民が彼に好意や尊敬の念を向けていたか、地上で太陽の光を当たり前のように浴びて安穏と暮らす人間たちは知らない。

 知ろうとしなかった。だが知る由もない事情があったのだ、とは地上に暮らす人間は言うだろう。現実、海賊になるつもりもなく生まれた祖国で暮らし、骨を埋める多くの人間がリュウグウ王国という海底にある島を知っているかと問われても、断然知らないと答える割合が多いだろう。見たことも聞いたことすらない、と言うのではないだろうか。だがこの事情も水の壁に隔たれているがゆえに魚人島に住まう者たちには知られることはない。

 

 そして魚人という種にとって禍事は続いた。タイヨウの元へと理想を説き続けた王妃もある時、銃弾を受け倒れてしまったのだ。

 

 かつてここ、魚人島へ至った人間は海賊だけではない。世界貴族、人類の頂に座す人類の君主ともいえる存在が亡状を振りかざして来訪した。

 一体ここがどんな歴史を刻んできた場所かも知らず、地上で己が与えられ続ける栄華をまるで自らが成し遂げたことかのように受領し続けたものは、この地でも支配者であるがごとく振舞った。かくしてどうなったのかは明白で、魚人という種にとっては忘れられない楔となった。

 アンとしては記録を眺め他の情報とすり合わせた結果、送り込まれた天竜人は傀儡(くぐつ)として、糸の先にある指に操られ海の底に送られたのだとわかる。

 

 無知は罪だ。

 

 天竜人はかつて世界の覇権を勝ち取った19人の王の末裔であることは間違いのない事実だ。しかしその歪な、自分たちの管理体制に疑問を持つことはないのだろうかと不思議におもう。人間がいくら怠惰な生き物だとしても、最小努力の法則に乗っ取った行動をする傾向が高いとしても、ここまであからさまに誘導されていて気付かないほうが無理ではないだろうか、と思案するがしかし。

 天竜人として飼われているものたちも二種いるのだと思い至れば溜息しかでない。アンの手綱を持つ聖は近いうちにきっと中央に招集されるだろう。

 わかりやすい防護服という目印を与えられた贖罪のヤギたちではなく、決して表には出てこない世界を回す側のほうに。

 

 どこもかしこも白亜の城の主と老人たちをはじめとする(しもべ)たちが張り巡らしてきた蜘蛛の巣だらけだ。閉ざされた世界の中にあるがゆえに未来予知が使えない。だからこそ気の遠くなるような年月をかけて構築してきただけのことはある。日々の娯楽も、痛ましい事件も、遠い土地で起きた感染病の一報も、誘導しているのは他ならぬ世界政府ではあったが、人々はそれが事実であると信じている。疑問を抱く事も無い。

 なぜならは自分とは関係のない、遠くの世界の出来事であるからだ。

 

 スペード団の面々には腹を括ってもらおう。世界の記憶に一番近い、Dの一族の船に乗った幸運をかみしめてもらうしかない。

 

 アンはエースと、ツヴァイや燃えたはずの知識をもつ先生、デュース、オッサモンドとバンシー、そしてスカルを交え円陣を組んで膝を突き詰めて相談し、仲間たち全員へ魚人島に関する事実を隠さず話すことにした。

 魚人や人魚は敵では無い。敵ではないが味方でも無い。だからと言ってわざわざ敵対する必要も無い。

 「普通に接すればいいってことですよね」

 航海者という世界の束縛から脱却した、かつては底辺にまで身をやつしたこともある彼らにとって、外部からの扱いに関して過去も今もなんら変わっていなかった。自分自身と信じているこの船の仲間以外から否定されるのに慣れてしまっている。敵とみなされ敵意を向けられるのも、買い物客だと親切に対応してもらうことも、全て相手次第だからだ。

 「あー、オレバカなんで難しい事はわからねぇんですが、オレらはオレらってことで?」

 「そういうこった!なんかあればいつもみてぇに船長や副船長たちが、なんとかしてくれるって思っときゃええ!」

 最終的にはそこに落ちつくのかと、アンは苦笑する。しかし、それがスペード団クオリティといったところだろうか。

 「なに心配してるのかわかりやせんが、少なくとも俺は船長やアンさんを裏切らない自信ありますんで」

 そう誰かが胸を張って言えば、自分だけなにを偉そうに宣言しやがるんだ、と仲間から揉みくちゃにされる男に、誰もがいいところ持っていきやがってと笑いあう。

 仲間たちは言う。ここでは息が出来ると。彼らを腫れもの扱いとせず、疎ましいものともせず。ただ存在することが許されている。

 この世界ではたかがそれだけのことが案外むつかしいのだ。

 「杞憂に過ぎなければ、それでいいの」

 そう言葉を締めくくったアンに、周囲がにやりと笑んだのを、彼女は知らなかった。

 

 

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 今日という日、魚人島で動きまわるグループは大きく二つに分けられた。

 構成はエースとアンを含む個人行動Aグループと、ツヴァイを中核にさくらを守る団体円陣だ。

 海底に在り続ける魚人島には地上に無い医療技術もあり、処方された薬を飲んで一日休めば、潜水病だった者達も次の日には起きあがれるようになっていた。

 それぞれに渡された小遣いは通常の上陸時に渡される金銭の3倍、滞在期間は4日と決められ5日目の朝に出発と決まっている。

 初日こそはぐったりとしてしまったアンだが、翌日、船番しながらゆっくりと体を休め、3日目にはいつも通り走り回れるようになっていた。

 

 一同は甲板にテーブルと椅子を並べ朝食を摂りながら、前日、船外に出ていた面々の話に耳を傾ける。

 食卓は調理を担当している、壮年の男が仕入れてきた新鮮な海の幸をふんだんに使った品々だ。彼が乗り込んでくれるまではアンを含めて持ち回りであったのだが、もう本当に食べ物が食べ物でなくなってしまう当番の日もあったため、彼がこの船を終の棲家としたいと決断してくれた日には諸手を上げて歓迎した。毒見や寄生虫の確認のため、エースを人身御供にしなくて済むようになったのだから、二重の意味でアンにとっては救世主だった。

 仲間たちの朝食争奪戦を横目に、色とりどりの食材に目を細める。地上でも野菜は保存が難しいものから順に使用している為、出航して日が浅い日々は彩りも豊富になる。普段は余り食卓に上らない、新鮮な貝や海藻類が並ぶのも海中ならではの食事風景だろう。

 実はここ魚人島は東西南北の海全てと繋がった交差点のような場所だ。偉大なる航路(グランドライン)を加えれば世界を8等分に分割出来る。本来海流は世界を巡り、混ざり合うものだ。

 もしかすればロビンは知っているかもしれない。世界の海がどこでどのように、すべてが繋がっているのかを。水が通れない場所など、世界に数か所しかない。

 海底まで回遊する魚は少ないが、商店の魚人が言うにはほんの少し海面に上がればどの海でも漁が可能であると言う。

 見た事の無い、あるいは聞いた事のある魚や貝類、海藻が並び、壮年の男(コック)はいつも以上に腕によりをかけ、奮っていた。

 「イエローサーモンうめェ!」

 「エース、取り過ぎだよ!あたしにもおくれよ!」

 「俺にもひとくち!」

 「だー、それおれの!取るなよ!」

 「はいはい、追加の皿おねがいしてくるぜー」

 薄く切った魚介の上に、卵と酢、香草で作ったソースを網目状にかけて出てきた大皿を取り合う数名の船員と船長を見ながら、外出する船員達が興味を示したのは副船長の話だった。

 

 昨日主に歩きまわった地区は魚人島の南東に位置する港町、サンゴが丘やその先にあるギョンコルド広場だった。大小催しが辻ごとにあり、露店巡りもなかなか見ごたえがあったという。

 ちなみに副船長であるツヴァイがさくらを伴ってギョバリーヒルズに行って来た感想を、煌びやかな宝石の世界、と称した。

 さすが富裕層が邸宅を持つという地区だけあり、道行く人物達も質の良い装飾品を身につけていたという。

 「哨兵(しょうへい)が見回りをしているとはいえ、警戒心が薄いと言うのでしょうか」

 もぐもぐと勝ち取った皿を頬ばっていたエースの喉がごくりと鳴る。

 「する必要ねェんだよ。魚人ってさ、普通におれたちが乗ってるこの船あるだろ。片手で持てるんだぜ」

 「いやそれ、トムさんだ…けでもないのか。ないな、うん」

 この言葉を受けて注目されたのはウォレスだ。スペード団唯一の魚人である。

 「できなくはないけど、したくない。疲れる」

人間の10倍の腕力が基本だと思っておけば、大概は間違いが無いと付け加えたのはアンだ。

 事も無げに言うふたりに、数人が顎を外す。だが数人は気づいただろう。重量物は最悪ウォレスに頼めばいいと。

 

 「すごいの、ね」

 さくらが貝類が豊富に使われたパスタを巻きながら言えば、噂に聞いた幽霊船の話題が飛び出た。なんでも代々その身に"呪い"を宿して生まれてくる者が船の所持者となり、海底を彷徨い続ける運命にある海賊たちがいるのだ、という。

 現当主の名をバンダー・デッケンと言い、現在9代目を数えるらしい。

 

 推測が多いのは、聞いた話に信ぴょう性を持たせられないからで、嘘か本当かは解らない。だが酒場で耳に挟み聞く話とはそういうものだ。そこから面白い、作り物以上の事実が飛び出てくるか否かが重要なのである。

 ちなみにツヴァイと出会うきっかけとなったのも、航海中に寄った島で聞いた噂話だった。だから、でもないのだがスペード団の面々は、無類の噂好きでもある。

 宝があるらしいと聞けばエースの判断を仰ぎ寄り道した島もひとつやふたつでは無い。大概ははずれなのだが、たまに、当たりを引く事もあった。

 「そう言えば船大工どうするんだ。誰かいねェかな」

 数名の船員(クルー)と行っていた海鮮ピラフ争奪戦に勝利したエースが、ふと船に欲しい仲間候補を挙げる。

 突飛な事を言うのはいつもの事だが、「そういう事は、もっと早くに言ってください」とツヴァイとデューのふたりがこめかみに指を当てて悩むのも日々の情景となっていた。

 「船大工か。それならウォータセブンで聞きゃよかったんじゃねぇです?」

 「じゃなくてさ。魚人の誰か、もうひとり乗ってくれねェかなぁって思ったんだけど、無理かな」

 期間限定でもいいからさ、と言ってからもぐもぐと咀嚼に戻る青年から、ウォレスに視線が集まった。彼は魚人ではあるが海中で迷子になる。船が目の前にあるのに、水中では船底を見つけられない困ったさんなのだ。目視できるから行けるとこの魚人島に誘導する役目を担ってくれた時も、すさまじい長さのロープを体に巻き付けて飛び込んでもらった。その先端を体に巻き付け重りになっていた、この船で一二を争う体格のアギーとドギャが筋肉痛で震えるチワワになっていたのも記憶に新しい。海底の水流は表面流とは全く違うと思い知らされた瞬間だった。最終的には仲間たちがかなり団子状態になって係船柱のようになっていたのは笑い話だ。

 「エース様が、スカウトしてくればいい。ウォレスの、特訓、任せられるひと」

 デューみたいに。さくらの冷静な一言に、じゃあそれで、と多数決され3日目の冒険が始まった。

 

 船員の半分が出払ってしまえば、普段は賑やかを通り越して煩いとも思える船内にも静けさが横たわる。聞こえてくるのは時折交わされる雑談位だろうか。

 船内ではツヴァイが何枚ものリストを元に食料や水、新世界に必要とされる物資のチェックをしていた。

 魚人島を出発したその後、広がっていると言う新世界では、前半の海を楽園と称するほど人知の及ばない地帯だと誰ももがおどろしく語る。しかしツヴァイには全く予想がつかなかった。それほどまでに人間の想像を超えたなにかが待ち受ける地域、というのがしっくりこないのだ。

 出航後、向かう先はニューポートミューズという港町だと聞いていた。

 そこは船長とアンの秘密基地ともいえる場所なのだそうだ。主な住人は魚人たちであるが、イムの気まぐれ、という世界特有の難破したにも関わらず幸運にも海流の流れに導かれてやってくる漂流者も多少は居るという。

 「知らなかった、とは言いづらいものだな」

 ツヴァイは自分自身の声に、苦笑した。

 彼自身、魚人や人魚に関して、持っていたのは当たり前の偏見だった。良い感情を持てるほど知らなかったのにも関わらず、人間とは違う下等種であるとずっと思い込んでいた。今まで、海で採れる魚とそう大差は無い生き物だと聞かされていたのだ。仕方が無いだろう。実際にそう教えられていたのだから。知る機会がなかったのだというのはきっと甘えなのだ。今はそう思う。

 

 反論が無かったわけではない。

 船長はそれに答えず、知らないなら実際に会ってみるのが手っとり早いとした。確かにその通りで、ツヴァイの常識は見事に、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。しかしエースはそんな彼に今からやり直せばいい、そう笑い飛ばしてくれたのだ。

 誰に対しても船長は、責める言葉を使わなかった。知った後、これからどうするのかと未来を指さした。

 「全く敵わないな」

 笑みを吐いて、ツヴァイは書類を持って来たさくらに礼を伝える。

 「新世界は怖い所、だと聞いたの」

 「らしいですね」

 「アン様が最近、夢にうなされてる」

 エース様は大丈夫って言う。けれど心配。何もなければいい。

 「しっかり見ておきましょう。あのおふたりは放っておくと勝手にどこかへ行ってしまいかねませんからね」

 さくらはこくりと頷き、密かに身体を強張らせる。たまに。そう、時々、大切で大事なアンがそこに居るのに居ないと感じる時があるのだ。触れれば温かく握り返してくれる。だが漠然とした不安を感じ怖くて仕方がない。

 ふたつよりよっつの目があるほうが探しやすいだろう。アンが見込んだ通り、数日前に見聞色に目覚めたツヴァイである。書類に目を落とした彼に背を向け、さくらはアンに編んで貰った三つ編みを揺らして扉の向こう側へ姿を消した。

 

 その後ツヴァイは書類仕事を終えると、壮年の男に誘われて町へと出た。

 さくらは船で先生と留守番だ。

 最近覚えたあやとり、という糸での遊びが楽しいらしく、何度も繰り返しているようだった。絶対記憶があるとはいえ、基本を教えられ、途中までは見せて貰いながら、最後は隠され完成形を見せられれば、あれくらいの年の子供ならばむきにもなるだろう。

 思考錯誤を繰り返し、さくらは「よくできました」という言葉を貰う為に、頑張っているのだ。

 「副船長、今日はあれを買おうかと思って着いてきて貰ったんですよ」

 「これは…」

 軒先に吊るされた、異形を見て思わず後ずさりたくなったが、平静を装いながら咳払いをする。ぬるしとした皮膚とぶよぶよとした身に、だらりと開いた薄っぺらい口の上下には尖った細かな歯が並んでいる。目は小さくどこか虚ろのようで掴みどころが無く、U字鍵で吊るされている姿は醜い。

 思わず身構えてしまう形相をした魚だった。

 「人間はこういうのはあんまり、見ねぇだろうなぁ。けど味は保証するぜ」

 腰に手を当て、サメ系魚人の魚屋は胸を張る。壮年の男も初めて見た深海魚に興味津津だった。内臓部分の調理の仕方を聞きながら、ひとり頭の分量を計算し、切り分けて貰う。

 「ありがとよっ、また来てくれな!」

 ここ数日で顔見知りになった両者は、人間と魚人の不和など微塵(みじん)も感じさせずやりとりをしていた。

 ツヴァイは吊るし切りされ、それが包まれた油紙から目を逸らし、この島で知り得た情報を整理してゆく。

 

 ここ魚人島は新世界で名を轟かす四皇のひとり、白ひげの名によって守られた島だ。最近では現七武海であるハナフダを下し、数年前の話にはなるが後半の海に戻ろうとした"百獣のカイドウ"をはじめ、手っ取り早く名を挙げようとする海賊達が攻め込んだ事もあったらしい。前者は運よく来航していた白ひげ海賊団の隊長の助力によって、後者は島に在する精鋭たちによって阻止されている。いくら動物系幻獣種の悪魔の実の能力者であっても海底では実力を発揮できなかったのだろう。

 

 魚人島についてまず思い浮かべるのが、楽園(パラダイス)と新世界を結ぶ中継地点として多くの海賊が立ち寄る場所、だろうか。

 危険を冒してわざわざ海中を進むのは、海賊だからに他ならない。

 商人ならば通行税を支払わなければならないとはいえ、赤い土の大陸(レッドライン)を渡ったほうが安心安全に商売活動を続けることができた。命を懸けてまで海中航行するのは、魚人島へ向かう貨物船だけだ。

 

 ツヴァイを含めその多くが通称でこの島を魚人島と呼んでいるが、正式な国名がここにはある。当代ネプチューン王を頂点に治められている統治国家、リュウグウ王国だ。

 建国の古さで言えば、地上で筆頭に挙げられるアラバスタに並ぶとも言われている歴史を刻んでいるらしい。王が街へ下りてくるのは稀だが、その子供たち、王子たちは頻繁に来るとも街で聞いた。故人ではあるがこの国の王妃が国民の元へ自ら歩みより、今まで城から外出する機会が無かった王族が外に出るきっかけを作ったのだ。

 

 人間に対しても入国管理を通過した滞在者に対しては、多少の立地による物価高騰は否めないが遊興、商取引等、何事も無くほぼ地上と同じ通貨で行われる。だがひとたび人間側が魚人を卑下したり、海賊らしく傍若無人に振る舞えば、彼らも容赦なく隠していた牙を剥いた。

 地上では人間同士、襲われる側は奪略に対し泣き寝入りするしかないが、魚人達は本来、人間以上の肉体的能力を持つ。しかも魚人島はシャボンで覆われ陽樹イブによってもたらされる酸素が供給されており、地上と同条件と誤認しやすいが実は海底に近いほうが重力の値が0.1%ほど増加するという。アンからは地上に居る時より疲れやすい状況下にあるため、戦闘行為は出来るだけ回避するように厳命されている。喧嘩を売られたとしても買うな、というお達しだ。

 現在、魚人島にはスペード団を含めいくつかの海賊たちが寄港している。入国を許されるものたちは魚人たちにとって脅威とはならない人間たちだ。色を習得していたり悪魔の実の能力者は警戒されるという。となればスペード団はかなりの危険集団扱いされているはずだ。ツヴァイも半ば強制的とはいえ、深海魚の群れを突破するために見聞を引きだれた。あの時の脳を割るような聴覚と視覚の狂乱は二度と味わいたくない。

 耳をすませば露店市とは正反対の繁華街で喧騒が起きていた。海底の底であっても自由に泳ぎ回れる彼らの根拠地で、よくもまあ強気に出られるものだとツヴァイは空中を舞う黒い影を目で追う。

 あの時もそうだ。

 船長が手を出さずとも、海賊たちは衛兵に取り押さえられていただろう。

 しかも船長がわざわざ火拳であると誇示したうえで、力を振るったのはある意味、優しさだったと今なら断言できる。

 燃やされたもの以外の被害無く、彼らは生きてこの魚人島を出たと聞いた。

 もし魚人に取り押さえられていたならば、数名の船員がその場で儚くなっていたに違いない。

 

 「! なんだあれは?!」

 壮年の男が切迫した声を出す。

 上部、王族が暮らすと言う城へ向かい、なにかが飛来していた。

 「斧か、あれは」

 回転しながら巨大な斧がまさしく、空を飛んでいる。それが向かうのはどこだろうか。この町からでは良く見えない。

 数十秒後、大きな破砕音が聞こえた。壮年の男は解らなかったらしいが、確かにあの斧がなにかに当たった音だろう。そしてお返しとばかりに細い何かが海水とシャボンを突き抜け、外洋に向かい放たれたのをツヴァイは視線で追う。町の人に聞けば、一週間に一度、必ずあの斧が竜宮城へ届けられるのだと言った。

 「バンダー・デッケン、国を挙げて何年も探してる、海底の盗賊さ」

 「いい加減、捕まえてくれないものか」

 ベビーカーを押す人魚が、すれ違った魚人がため息交じりに語ったのは、この国の人魚姫にラブレターという名の脅迫状が複数年に渡って届き続けている狂気の沙汰だった。

 最初は文字通り手紙から始まり、小包へ、そして現在は愛の誓いを模した大斧や大剣が、7日に一度、人魚姫の命を狙って投げられているという。

 

 (…バンダー・デッケン、昨日聞いた……)

 ツヴァイは話をしてくれた夫人に丁寧に礼を伝え、船に向かって歩き出す。

 なぜ覚えていたかといえば、一瞬ではあるが船長の表情が消えたからだ。直接の因縁というより、出来れば関わる前に潰してしまおうかと思案しているかのようだった。

 しばらく歩いたのち、ふと思い出す。デュースが書きつけていた物語の引用に、その名があったのだ。今も一部の海賊たちが遊興しているというデービーバックファイトの掟を破ったものが捧げられる『デービー・ジョーンズのロッカー』を探して海底を目指した人物だと。その探索の旅の最中、ロッカーに捧げられた供物の中に人魚姫が居たと知り、浪漫よりも色恋を優先しようとした彼と対立した仲間を皆殺しにしたという逸話があったとかなかったとか。デュースの想像産物でしかない可能性もあるが、伝説とはかくも尾びれや背びれが付きやすいものである。とはいえ愛の贈り物として巨大斧を投げるという凶行をし続ける子孫の行為が、真実であったことを匂わせているかのようだ。呪いというのも何が変質したものやら分かったものではない。

 

 なにかしらが、起こりそうな予感がした。

 背筋がぞくりとし、肌が粟立つ。アンが良く言う見聞の未来予兆の感覚だ。

 できるだけ事件に頭を突っ込まず、ニューポートミューズにたどり着きたいところではあるのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。これもまたいつものスペード団あるあるである。

 「追加の食糧、肉系を多めに購入しておきましょうか。夜食用に」

 副船長のつぶやきを拾った壮年の男が、ぽんと肩に手を置く。そうして手ごろな値段で腹に溜まる食材のいくつかを見繕いはじめる。男もまたひと騒動が起きると確信しているかのようだった。




次回5月20日予定です
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