ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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71-ニューポートミューズ

 船出の日がやってきた。

 どうやら地上も良い日和のようだ。太陽の光が陽樹イブの幹を伝い海底へ鮮やかな白を広げている。

 「行くぞ、新世界へ! 出航だァー!」

 船長であるエースの掛け声とともに、白の帆が張られた船が群青の中へ幾分かの水泡と共に放出される。設置された門を手順どおりに通れば、地上で張ったシャボンそのままに出入りできる仕組みになっているのだ。

 ゆらゆらと上昇してゆく泡を避け、教えて貰った道筋通りに船は海流に乗る。舵をとっているのは副船長のツヴァイだ。

 深海で流れを掴むのは案外難しい。なぜなら水の上に浮いていないからだ。船本来の浮力と推進力による航行ではなく、言うなれば川に一枚落とされた落ち葉のように大きな流れの中にありながら、船全体を包むシャボンに満遍なく海水が当たるよう操作せねばならない。と、ここまでが基本だ。そこからさらに水の動きを追い、船体を乗せる作業が待ち構えている。ツヴァイの両腕には、さすがに力が入っていた。補助についているのはコーネリアとオッサモンドだ。アカシも魚人島で手に入れたらしい古地図と、真新しい方眼紙や道具を床に広げ海面に上がると同時に測量を開始する準備をすすめていた。

 エースは仲間を信じている。今までの経験を踏まえて、出来ないはずが無い。下ることが出来たのだ。ならば上るのも出来るだろう。もし出来なくともエースを筆頭に、スペード団の面々が居る。それでもどうにもならないときは、困ったときのアン頼みがあった。海中での冒険や貴重な経験はできなくなってしまうが仕方がない。命あっての物種である。

 

 ツヴァイは舵を握りながら流れを舵を経由して手のひらから感じ取る。

 水筋は海面に近いほど強くあり、深く沈み込むに従って地上で言う凪に近い状態になる。厳密には大きな流れに包まれるため、動きにくくなるのだ。

 そのため航海士の腕がこの海、海中回遊では余ると判断できるならば、前もってパドル、カヌーを漕ぐ(かい)、もっと分かりやすく言うならばガレー船のように人力で船を動かす仕組みを付け加えておくと良い、とされている。

 ただスペード団では最初から、その予定は無かった。

 漕船と帆船の良い所を併せ持たせること自体は簡単に出来る。だが喫水線が浅くなり船も平らな構造になるため、不意に荒波が襲う外洋航行には向かなくなるのだ。

 4本マストを備えれば風を受ける推進力も加わり確かに速く走る船にはなるが、外洋に一歩出れば波に弱いためすぐに浸水してしまう。特に新世界、と海域を指定しなくとも船の構造的に楽園すら満足に走れないだろう。もしそういった船で前半を走破してきたならば、かなりの幸運もちか操船の相当な経験者が乗り込んでいると推測できる。

 スペード団ではありえないとの結論になったが、仮に改造を施し海中を進むために櫂を保持する船になったとしよう。風に頼らない航法は人力だ。漕ぎ手が大量に必要となる。人間の体力は有限であるからして、かなりの交代要員を確保していなければ意味を成さないただの箱となり果ててしまう。それに加え漕ぎ手を養う食料も大量に必要とするし、生活空間もかなりの広さとなる。そもそもスペード団が暮らすこの船の中に、動力となる過分な人間を確保する空間と労働力を管理する人員など配置する余裕などどこにもなかった。そして外洋に出て風の力を得られるようになれば、推力を確保するために漕ぎ手の処分も検討しなければならない。

 かつて宗教戦争が活発に行われていたとある世界のとある時間軸において、ガレー船という船がなぜ双方の陣営ともに使われていたのかを考えればすぐに思い至るだろう。捕虜を労働力として使うためでもあったが、体の良い監獄であったのだ。

 よって船内会議の結果、海中を抜ける一時の為に帆船の利点を捨てるなど以ての外だ。と判断が下された。だからスペード団では、舵を持つ人物を厳選した。そして偉大なる航路(グランドライン)前半の海で十分な経験を積んで貰い後半に備えたのだ。最も高い適応と慣れをみせたのがツヴァイだった。だから今、彼が舵を握っている。半年とはいえ海軍の航海士も通るのを熟考する、裏道ともいえる通常では考えられないほど強い海流を乗り越えてきたのだ。出来ないはずがない。すべての流れを柔軟に掴んできた副船長の腕を、誰もが皆、信じている。

 

 ゆるゆると外周流と内部との差が出始めてきた。大きな流れの中にあっても、速さが違うのだ。そもそも海流が発生する原因は諸説あるのだが、主に風によって起こされる摩擦運動によるものと、温度、あるいは塩分の薄濃によるものの2種が主流となっている。それぞれを風成循環と熱塩循環と言い、双方を総称して海洋循環と呼ばれていた。

 ちなみに海溝を下りる時に乗った流れは密度流と傾斜流だ。そして今、船が乗った流れは湧昇(ゆうしょう)という。この湧昇にも幾つか種類があるのだが、今から向かおうとしている町へ行くためには幾つかの分岐地点を上手く乗り越えねばならなかった。乗って初めてわかる。これはかなりの厳しさだと。ただの流れではない。渦をまきながら流れが線を映し出していた。かの有名な画家が描いた流体力学の先駆けともいえるほど正確で美しい線の集積のようだ。

 示された分岐ではたった一本の糸が指し示す細い通路に乗せなくてはならない。

 

 新世界の情報はある程度解放されてはいるものの、新規参入者にはかなり困難な道筋と言えなくもない。楽園と新世界の行き来の多い海賊団ならばいざしらず、海底に至るまでの精神的ストレスはかなりものであるからだ。しかも魚人島で休憩しようものなら骨の髄まで搾り取られての出発である。どんな蓄えのある海賊でもかなりの資産総額を減らされているのではないだろうか。しかも魚人島で得られるログは基本3ケ所ある。荒々しいものから安定したものまで選べるのだ。ただし行き先の情報を持たずに浮上すれば、どこであろうとも地獄であろう。これを新世界の洗礼と嘲笑を含んで言う者もあれば、後半の海での貴重な教訓とすべしと言う者もいた。

 

 基本的にひとつなぎの大秘宝を取得目的とする海賊と名乗る多くは、名声や金銀財宝を欲しているため少人数で海を進む。旗艦となる船ひとつに乗り込める最大数が一味となるわけだ。これがまた発見と捕捉がしにくいのであるが魚人島から伸びる3地点だけは別物だ。

 徒党を組んで勢力とならんとする海賊ももちろんあった。だがこれらは発見しやすいため海軍によって壊滅させられることが多い。潰されないのは世界政府が認めた海賊を狩るための海賊か、新世界に支配地を持つ海軍でもなかなか手出しがしづらい四皇だろう。魚人島にも新魚人海賊団が立ち上がっているが、さすがに手出しはしてこなかったようだ。あれだけエースが覇王色と自身の能力を混ぜ込んで威嚇したのだから当然と言えば当然なのだろうが、へこまされ過ぎて変な薬に手を出さなければよいとおもう。

 大概の海賊たちは新世界にはいると、生き残るため既存勢力に取り込まれ大船団の一部となる。浮上した先に、手ぐすね引いて待ち構えられているのだ。だから初手の三又は船の墓場として有名な滞留地でもあった。

 

 

 「二股水路、2時へ」

 馬の船首像の背に乗ったアンの声を、舵を取るツヴァイの横でエースが伝言ゲームのように進む方向を知らせる。

 記録指針は使用してはいない。

 船の前には数名の人魚達が先行して進み案内をかってくれていたからだ。彼らには一回使いきりの、月の石が渡されている。ニューポートミューズの浜辺で拾える石なのだが、満月から次の満月までの間、一度だけその持ち主をかの地へ導いてくれる不思議な石だった。そうでなくともあの島はかなり特殊な磁場を持っていて、一度行けたからと言って二度目もまた赴けるかといえば難しいと言うほかない。道案内があったとしても、月の石がなければほぼ迷う。だからあの島に住まう住民たちはどうしても出かけなければならない用事ができた時も、石を見つけるまでは絶対に外出しないと聞いていた。エースやアンは行くたびに拾えるためそんなに珍しいとはおもわないが、ふたりだけが特別なのだと住民たちは言う。

 

「一人脱落者拾うよ、レオネロ!」

 アンが声を上げた瞬間、フグの魚人がシャボンに包まれている船内に出現した。瘦身の男がなんなく受け止める。規則正しく流れる潮の路もときおり荒れるのだ。油断すれば魚人であろうが、複雑な海流に押し流されてしまう危険性が高いのである。

 

 魚人の視点からしてもツヴァイの舵とりは見事だった。船と並走するように泳ぐ同胞が道筋を教えているとはいえ、これが初めての海中操作とは思えない鮮やかさだ。しっかりと流れの中心を捕らえている。操縦士の腕が確かであるためか、横目に見ても船内には海中航行の興奮はあれど不安は無いようだ。

 

 途中ディープスタリアに遭遇し、捕獲されかけた魚人を助けたり、それが別名、深海のビニール袋と呼ばれていること。海亀の主食のひとつであるなど、知識をさくらに図鑑を見せながら説明するアンと、美味そうな深海魚を捕獲するのだと張り切るエースや多くの船員たちの奮闘があったりなどしつつも賑やかに海中を船は往く。

 

 そして海流が速やかに水面に向かって登り始める頃。

 船を真横に見ながら泳ぐ、リウイはあわやの事態、出航前日を思い返していた。

 

 2度と無いだろうが、2度もあっては困る事案でもあった。

 あのまま、彼が通りかからねば殺傷沙汰になっていただろう。そうなったときの結論を、思い返したくもないが結果的に収まるところに収まったとはいえ、あの場にいた誰もが肝を冷やした事件となっただろう。あの日集まっていた、そして囁かれ広まった噂話を又聞きした誰もが手を出さなくて良かった、と思っているに違いない。憲兵隊の隊長など、青い顔色をさらに青くさせ泡を吹いたくらいだ。宰相も波は立ったが実際には何も起こらなかった、という暗黙に対し安堵の息を何度もこぼしていた。

 もし事が起っていたならどうなっていたのか。考えたくも無かった。

 失われるなど、想像もしたくない未来だ。

 しかし一概にありえない訳ではない。未だに細い糸でつながった関係を、かの町と魚人島は繋いでいるのだ。あわやの事態が、夢の楽園との親交を無に帰す可能性もあった。

 

 「それにしても、なんという……」

 ウグイの魚人である彼は地上で息をするように、水を吐く。

 

 彼、リウイがその日、魚人島に滞在していたのは偶然だった。しかも人間が魚人島に滞在する際に使う、港へと寄ったのもたまたまだ。気が付かずに通り過ぎていたならば、と思い返せばぞっとする。不自然な人の集まりが出来ていたのを、どうしたのかと野次馬しに行ったのが良かったのだ。

 たまに、ではあるが好奇心が身を助ける。

 

 そこで聞いたのは、魚人島では余り聞かれない町の名前だった。

 実際かの町の名はリュウグウ王国では通称で呼ばれる。なぜならばその名を直接発音するのは畏れ多すぎたからだ。

 実名を口にし、もし、人間たちが大挙してきたら。もし、心無い人間が魚人を脅し、その島にやってきたら。

 すべて想像だ。

 しかし魚人島に住まう者たちにとって、その島はかけがえの無い宝だったのだ。王妃が願った、太陽に続く路。その先駆けとなっていた。

 彼女は現状を魚人だけの不幸ではない。人間側にも何十にも積み上げられてきた不幸があり、それをお互いに解消することで両者に安寧がようやく訪れる。そうして何度も脆弱な体にむち打ち、魚人が人と関われる地上への移動を提唱していた。

 希望は誰かがもたらすのではない、自ら得に行くものだと訴え続けながら命を散らした王妃の願い、切望が今もなお、魚人島に住まう誰もの心に深く受け継がれている。

 目指すものは太陽だ。しかしまだ、太陽のように光り輝かなくてもいい。その影でひっそりと、上を見上げすぎて疲れた時、それでも立ち上がる勇気をくれる場所であり続けてほしい。訪れた多くの願いが込められ、いつしか月の島、とその宝を呼称していた。

 

 だがその日は違った。

 集まった人々が口々に、ニューポートミューズを連呼していたのだ。

 魚人たちにとって、月の島とは隠れ里と同意義だった。それが暴かれた。心穏やかではいられない。

 

 

 何事だとリウイは人ごみを掻き分ける。

 人々が必死の形相をしていた。

 なぜ人間が月の島を知っている。なぜその島への航路を知っている。

 なぜニューポートミューズへと向かうのだ!

 人間に荒らされて堪るものか、海賊などが行きつける島ではない。行くな! 出てゆけ!

 面々が口々と罵倒する。

 

 スペードの旗に集う二人が、慌てて船へと戻る。

 食べ歩きをしながら、次に向かうっていうニューポートミューズってどんなとこだろうな。

 そう話しながら魚人島名物、姿イカの丸焼きを突いていたのだ。

 

 どこにあるのかは知らない。だが向かう、とは聞いていた。

 楽しみにしていたのだ。魚人島を出、新世界で初めて上陸する町になるのだから、どういう場所なのか気にもなるだろう。

 

 「行かせない、行かせてなるものか!」

 その悲鳴にも似たうわずった激情に、むくりとエースは起きあがった。

 今日は一日船でゆっくりとし、明日、出航する予定そのままに、ならば久々に昼寝を満喫できると甲板の一部を改造して植えた芝生の上で転がっていたのだ。

 余りにも強い殺気や怒気にあくびをしながら舷の向こう側に飛び降りる。

 驚いたのは集まっていた人々だ。人間がはしご無く、船から石畳へ飛び下りることなどできはしない。できるものたちもいるが大抵は常人の域を脱している証でもあったからだ。

 「なんか、あったのか」

 寝ぼけ眼のまま、下で対応していた仲間に尋ねる。ボタンを止めることなく、白シャツを肩にひっかけたままの姿だ。誰が見てもこの船の長とは思わないだろう。実際に子供がしゃしゃり出てくるなという声も上がる。

 

 スペード団が船を停泊させていたサンゴヶ丘にあるふ頭には、多くの住人達が集っていた。さすが水に慣れ親しんだ人々だけあり、丘の上だけでなく海の中にも潜り、船を動かせば沈めてやる。そんな意識も中に紛れていた。

 エースは船長を守ろうと身を乗り出してくる仲間を船の中へ戻し、たったひとりで全ての視線の前に立つ。負の感情を一方的に受けるのには慣れていた。だから別段、どうという事はない。だが船に残る船員達が、「俺達の船長に何しやがる」と、感情を顕わにしてくれているおかげで、逆上しなくて済んでいる、とも言えた。

 

 そして口々の声に自分の管轄ではないと判断を下す。

 

 「おれじゃあ分かんねェ事ばかりだな。アンを呼ぶから待ってくれ」

 明日向かう、町の名前に関する事が問題となっているとは分かったが、なぜその町に行かせるものかと言われているのかが解らなかったからだ。

 事情をよく知る半身は船を離れ、人に会いに行っていた。魚人島内部ではあるが、男子禁制であるらしくエースは置いていかれてしまったのだ。

 全くもって面白くない。

 明日に備えてゆっくりするつもりではあったが、変な騒動に巻き込まれてしまった感がありありだ。昼寝を邪魔されたのもよくなかった。

 

 今日はアンを羽交い締めにして、ことの顛末をすべて吐かせよう。

 そう決めて片割れの名を呼ぶ。

 「はいはい? どうしたの? 何か問題発生?」

 

 

 エースに呼ばれ瞬間的にその場に現れたアンは、船の周りに集まる人々に何事かと目をぱちくりとさせた。そして要領を得ないまでも、感情的に叫んでいた女性の言葉を噛み砕けば、なぜその地名を知り、行こうとしているのか、という理由に応えようとする。

 「……えと、それはですね」

 

 誰もがその人物を凝視し、何を講ずるのか眉を潜めた。

 人間が魚人に納得できる答えなど言えるものか。最初から決め付け、罵声を飛ばしている魚人も多い。

 

 「……なにを、」

 

 リウイは口の中だけではなく、体中の水分が全て抜け出てしまったかのような脱水感に震えを感じた。

 驚くなど生易しい。

 彼はその人物を知っていた。

 会ったことのある回数は、片手で足りる。そもそも彼女が島に来るのは稀だったからだ。

 

 その方から離れろ、地上の光を失いたいのか。

 彼、リウイはカラカラの喉で叫んでいた。

 誰もが彼を見る。

 

 リウイは多くの魚人達に知られていた。魚人でありながら居住を認められている月の島の代表者であったからだ。

 沈黙が落ち、その場を支配する。

 「やあ、リウイ。久しぶり。定期連絡?」

 張り詰めた空気を割ったのは、紛れも無く彼女だった。

 「お久し振りです、よもやこんな場所にいらっしゃるとは。一言声をかけてくだされば……」

 人垣が割れたのを機に、その人物の足元へ片膝をつき最大の敬意を払って座して見上げる。

 

 リウイは己の幸運に感謝した。

 そして皆があなたのことを知らなかったとはいえ、糾弾してしまった責に対し魚人たちに代わって謝罪を繰り返す。

 周囲からは困惑の声が上がり始める。なぜたかが人間に頭を下げるのか。

 

 最もだ。多くの魚人にとって最もな声だ。

 しかし知らなかった、では済まされないことでもある。

 

 月の島は、ニューポートミューズは魚人が正規で得た陸地では無い。

 温情で多くの魚人が住まわせて貰っている。交流がある。訪れる許可をいただいている。ただそれだけなのだ。本来の持ち主に出て行け、そう宣言されたならば、その勧告に従わなければならない。真相を知ろうとしない魚人たちは、そんな不当は許されない、というだろう。だがしかし、繰り返すがあの島は魚人のものではない。好意を受け間借りしているだけなのだ。

 それを多くはなぜか忘れている。念願であったから仕方が無い。では済まされない。

 

 あの島の持ち主は、人間社会においてその頂にある天竜人であるデイハルド聖である。かつて魚人と人間との交流を後押しする、との約定を取り交わしたオトヒメ王妃ととある世界貴族の名を出し、出島とはなるが交流の懸け橋にするがよい、との承認をアンが持ってきたのだ。

 リュウグウ王国では少しずつではあるが地上との接点ができ、変ろうとし始めている。

 どういう経緯を経たのかはリウイは知らない。だがあの島は天竜人の直轄領として存在している。

 その管理を任されているのが目の前の少女であった。

 名をポートガス・D・アン。

 彼女が町の基盤を作り、法を定めた。その法は世界政府が定めるものとは違う。聖の領地のみで効力が発揮される小さな規範だ。しかしその法は人と魚人を隔てなかった。ひずめを持つ奴隷であったもの同じ命とし、生きる尊厳と権利を認めていた。

 

 『人間は魚人より秀でてる? なに言ってるの。馬鹿じゃないの。その子、あなたよりも強いよ。それにあなたが罵倒した彼女も。それにちょっとばかり墨入れられたくらいで、人間じゃなくなるなんて馬鹿なの。あなた、入れられる前と後で肉体の何かが変わったのかしら。この世にあるありとあらゆる命は、世界に許されて存在している生まれて死ぬだけの同じ、いきものなの。ここにはここの『やりかた』っていうものがあってね。郷に入っては郷に従え、なのよ。

 自分の意見を押し通したり偉ぶりたいならば、権利ばかり声高に叫ばず義務もきっちりこなしなさい。誰か、このひとに仕事を! 自分が誰にもなり替われない貴重な人材だと、ただの歯車でないことを示したならば。聞く耳をもってあげる』

 

 かつて、というほど過去ではない時、彼女がとある流れ着いた人間の男に言い放った言葉である。彼は任された仕事をこなせず、暴力に走ったため不適切だとして処分となったが、誰もが管理者の言葉に胸をつかまれただろう。

 

 紛れも無いひとつの『国』だった。

 そこへ魚人島の人々は、何度も言うが好意で寄せさせてもらっているにすぎない。赴く幸運を得た者たちには説明しているのだ。だが実際に地上を踏みしめると、その興奮で忘れてしまうらしい。魚人島の王が手に入れた月の島、優しい王は民にも訪れる機会を与えてくれていると勝手に思い込む。だがネプチューン王は月の島が己が領土であることを否定していた。そんなものはないと。新世界にある数ある島のひとつで、友好条約を結んでいる国家であると。王子たちもそうだ。どうすればかの島に行けるのかと尋ねる声もあるが、自分たちは全くかかわっていないし月の島は確たる別の国家であると発言している。

 

 彼女が居なければ魚人は今も危険を冒し海面へと一時的に太陽を眺めに赴くか、海賊となって己の領土とした船に乗り太陽の光を浴びるかの二択しかなかっただろう。

 今、魚人たちがなんの制限もなく訪れることを許された地上、それが月の島と呼ばれるニューポートミューズであった。成り立ちも知らずに、ただただ幸運を享受するなどあってはならない。なぜこの場所に集う者たちは、なぜその名を知る人間が誰なのかと少しも考えなかったのだろうか。

 地上の楽園とも呼ばれるようになったニューポートミューズであるが、本質を見誤ってしまった同胞にリウイは情けなさしか感じられなかった。これでは魚人が魚人だからと見下す人間と同じではないか。人間だから、なにをしてもいい、などと傲慢にもほどがある。自らの行動が手を差し伸べてくれた貴重な存在を失意に落とすとは気づかないのだろうか。

 

 「リウイさん、光が失われるって、どういう…」

 

 問われたリウイの表情や感情は、荒立っていた。

 この問題が、小さな(いさか)いではない。と気づいた少数がざわめきを生み始める。

 

 リウイは定期的に魚人島とニューポートミューズを行き来していた。

 主な仕事内容は長い間、海中でしか暮らしたことのない魚人が地上で暮らし始めたことによる体や心の変化や、一時的に受け入れる人々に対する体制、あとは地上世界の情報を王に伝聞するためだ。

 島の人々に名を知られているのは、かの月の島で委員長をしているからに他ならない。

 ニューポートミューズでは島独自の合議制という、世界では珍しい行政形態体制をとっている。執行機関は複数人によって構成され、独断では決済できないよう決められ行政が取り行われており、島の様々については決定権を持つ委員会のまとめ役が島の管理者である人物と、この魚人島の王に報告することが定められている。

 

 彼女に魚人が手を出せばどうなるか。

 考えただけで恐ろしい。背筋が凍るだけで済むならば、いっそ凍ってしまえばいいのだ。

 

 静かな瞳がリウイを見ていた。よどみの無い、漆黒が見ている。

 

 「ここにおわす方こそが、皆が月の島と呼ぶ、ニューポートミューズの最高責任者である、ポートガス・D・アン様だ。わたしの直属の上司だよ」

 

 ざわめきがぴたり、と止まる。恐ろしいまでの静寂がその場を支配した。

 知ってしまった。理解してしまった。

 管理者であれば、知っていて当然であろう。人間がかの島の名を口にした。奪われないために襲おうとした。

 

 糾弾していた、罵倒していた魚人たちが戦慄いた。

 行なったこと、言い放ってしまったことを無かったことには出来ない。

 とんでもないことをしてしまったのではないか。そう思いつくまでに時間は掛からなかった。

 

 王を不敬したと同意義である。ネプチューン王に、街に降りてきた王子たちにあのようなことを言えるのか。否である。がたがたと震えあがる幾人もがあり、あまりの恐怖に逃げ出した者もいた。

 

 しかしアンとしても大事にするつもりは毛頭無かった。

 かの島ではわざと、その姿を見せぬようにしていたのだ。合議制という議会があるのだから、最高責任者とはいえ、無為に命令を下す権限は使いたくない。そう思ってのことだった。

 だが威を示すのもときに大事であると知っている。

 

 「いいよ、分かってもらえたのなら、それでいい。今日のことは不問とする。そのように取り計らいなさい、リウイ」

 「はい、仰せのままに」

 

 上に立つものの威厳、とでも言うのだろうか。

 誰もが自然と頭を垂れる。心臓が大きく脈打つ。振りあげられていた拳が、慌てて下げられた。 怒りが急激にしぼみ、恐怖を感じる者すらいた。その者らは額を地につけ平伏している。

 

 「忍んで来ているの、だから皆、立ち上がって。そしてこの件については緘口令を敷きます。何人たりともここであったこと、見たことを口外しないように。もし外部に漏れたときは行政に関係なく、浮き封じを行います。リウイ、ネプチューン王に執行の許可だけを貰ってほしい。直筆が必要なら急ぎ連絡して」

 

 言葉を崩してはいるものの、発言された言葉にはかなり不穏な響きが付随していたのを誰もが自覚し息を飲んだ。魚人にとって浮き封じとは命を取られはせぬものの海そのものを奪われるに等しい極刑である。

 

 だがリウイは寛大な処置に感謝すると謝辞を述べた。

 ニューポートミューズは魚人にとって、かけがえの無い一筋の細い、細い糸の先にある宝物だった。

 理想郷を手に入れた。地上の楽園を魚人が手に入れた。

 思い違いをしていたのだ。理想郷は蜃気楼だった。大切に扱わねば、消えてしまう。

 

 一歩間違えれば本当に泡となり消えてしまうところだったのだ。

 リウイからすれば、多大なる温情を受けた刑だと言わざるを得ない。逃げようとしても無駄だ。かの地の管理者である少女は、未知の手段をもって罪人を暴き出すのだから。

 

 「承知しました。迅速に取り計らいます」

 「頼みます。でもこの国での処罰は必要ないと伝えてください。もしもの時のが来ないことを願います」

 

 人々の輪が解けた後、リウイは甲板上でさらに土下座していた。彼としてはあってはならぬことが起きてしまったからだ。

 ことの発端となった船員も柱の影からこちらの様子を見ている。

 アンさんすげー、とか、さすがの貫禄、女王様ぱねぇだとか聞こえたので、後ほど期待に応えようかとおもう。

 

 アンも実際のところ甘く見ていたのだろう。魚人たちが持つ太陽への憧憬を。

 魚人にとってニューポートミューズがそんなにも、心の拠り所となっていると分かっていたようで理解しきれていなかった。

 

 そもそもは本当に、トムと会って船を譲渡してもらうだけ、だった。

 迎えもいらないと断っていたし、積み替えの数日だけ宿を取って普通に乗り換えの仕度を整えようと思っていたのだ。食事だけはと押し切られてしまったが、トムの家で団欒するのだし、わざわざ評議会に連絡を、とまでは考えていなかった。すればしたで、上や下やの大騒ぎになるのは目に見えていたのだ。歓待など必要としていない。

 

 魚人たちにしてもそうだ。遥かなむかし昔、奪われ続けた尊厳を奪還するため、成り行きとはゆえ手放さなければならなかった太陽の恩恵をどうにかこうにか、ちょっとくらいはなんとか出来ないかと悩んだ試行錯誤の末だった。確かに憐れみの情もあっただろう。けれど闇の中で月だけを眺め続けるのは、つらい。

 

 そしてニューポートミューズではできるだけ顔を出さないようにしてきた。管理者を失っただけで瓦解する組織を作りたくなかったのだ。議会制度も万能ではない。安定が続くほど腐敗は生まれるだろう。しかし崩壊するまで、多少は時間ができるのも確かだ。その間に心ある人物が率いればなんとか持ちこたえられる。

 

  

 しかし、だ。

 今回の事件はアンが姿を隠していたことで起きたようなものだ。定期的に行ければ一番良かったのだが、海軍の仕事がかなりの量で、弟が待つ島に戻ったり、デイハルド関係の様々をこなしたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまい関われていなかった。一日24時間では足りない。36時間あれば何とか睡眠時間も取れるだろう、そんな過密スケジュールの中で生活していたのだ。

 エースと旅に出てからは多少、余裕を持てているものの、あいもかわらずデイハルド関係であっちこっちに飛ぶことが多くなってきたこともあって、ニューポートミューズにまで手が回らないのが現状だったりするのもよくなかったのだろう。

 

 全てはいいわけだ。努力を怠った結果だ。

 

 今度からは島を訪れるときはトムの腹の上に始まり終わるのではなく、ちゃんと外出しようと心に決めた。出入りするのもトムの家と造船所の短い通路だけではなく、いっそのこと屋根の上でも歩いてみようか。魚人よりも人間のほうが珍しい島だ。うろうろしていれば、そのうちに覚えてもらえるに違いない。

 用件があるときも、委員たちが来るのを待つのではなく、自ら赴くのがいいだろう。

 

 しかし。と言い訳が脳裏を駆ける。

 アンはニューポートミューズという町について、確かに基礎を作ったのは自身だが、とうの昔に町は独り立ちしている。という見解を持っていた。

 統治は離れた場所から行なわれると地元と意識の格差が生まれる。だからアンは上から下に流し落される一方的な行政ではなく、小さなひとつの町であるからこそ出来る、下からの声を上に持ち上げられる仕組みを作った。

 町とは支配者のためにあるのではない。本来、町はそこに住まう者たちのものであるはずだ。だから出来るだけ、町との接触は避けてきた。

 

 認めねばならない。この騒動を引き起こしたのは自分自身の甘さだ。ああだこうだと言い訳を用意しても現状はよくならない。

 「今回の件はわたしにも原因があるわけだし、」

 「…そう言って頂いてもです」

 

 議会もアンの意を汲み、大々的に流布してはいなかった。忖度しすぎた結果が、魚人島に住まう人々の暴走を生んだ。

 

 管理者として今回の事態を思う受け止め、ニューポートミューズへの渡航制限と情報の封殺を検討していた。行き来が増えていたのは魚人島だけに蔓延る遺伝疾患が直接太陽を浴びることで緩和するという報告がなされたからだ。病に倒れてどうしようもない魚人たちを受け入れるのはやぶさかではないが、どうやらただの観光に訪れたものが、病人にかこつけて結構、たくさん居ることが分かった。リウイも顔を青くしていたが、そんなことはないとは言わなかった。いくら委員会の自治をあるていど認めているとはいえ、アンに隠れてやりすぎである。リウイにはニューポートミューズに到着後すぐに対応を開始すると前もって沙汰を伝えていた。これを放置しておくととんでもない事態になるのが分かったからだ。なんのためにニューポートミューズを作ったのか、本末転倒になってしまう。

 

 本来ならば過去、現在、未来に起きた、起こった、起きるだろう出来事を知る術はない。未来予知が出来る悪魔の実の能力者や未来視が出来る血族も居るには居るが、そんなに遠くまで分かるもの、でもないとされていた。始まるきっかけや始まった物事の途中であれば断片的な情報を知ることができるといわれている。それに実の能力者でなくとも、占い師という世界の理を多少だが覗くことができる素養をもった者たちもいた。彼らは未来を大雑把ではあるがその結末を垣間見ることができるという。

 何事であろうと、始まらなければ物事は動かないものだ。しかしアンには未来を確実に知る方法があった。小さな範囲ではない。大きな、それこそ世界中全てでいつ何が起き、どういう結果を生むか。いくつかの選択肢の分岐でさえ、そしてそれがまた起点となり終点が生まれる過程すらも代償はあれど覗くことが出来る。

 

 そもそもニューポートミューズは。

 彼が隠れ住めるように整えた場所だ。当時を振り返っても後悔などしていない。彼が死ぬなんてありえなかった。名誉や栄誉など、受けた人間が死ねば形骸化する名称のために、彼が人為的に作られた死因でこの世からいなくなってしまうなんて考えられなかった。どんなに助けたいと願った友人も、手を伸ばせたのは一部だけだ。我武者羅に足掻いても、どんどんと大切なものが手のひらから零れ落ちてゆく。

 

 エースとアンの寿命についてもそうだ。

 まだ手はある。あるはずだ。

 シノブも言っていたではないか。本来の未来とは変っている部分も多い、と。

 

 アンとしても極力、自らあの交差点に行きたくは無いのだが、どうしても必要に駆られた切羽詰まった場合のみ向かい合うことにしている。背に腹はかえられない。しかし、しかしだ。行けば数日間、アン自身が使い物にならなくなる。

 

 世界の記憶に潜るのは青の海から出てからだ。

 引っ越しにかかる時間を考慮して、本来ならばアンの能力でぱぱっと移動させるつもりだったのだがここは人力でなんとかしてもらうことになるとして。

 

 

 土下座が向かい合うその横で、エースがあくびを大きく放つ。

 ちゃんと収束したならばそれでいい。そう思ったからだ。

 所詮エース達は世間的に海賊である。いくら航海者を名乗ろうと人間が作る社会の中の底辺に自ら堕ちたものであり、表面的には真っ当に生きていると思い込まされている人々にとっては邪魔者でしかありえないのだ。

 海賊をしていれば厄介ごとのほうからやってくるものではある。しかも根本的な解決方法は会話ではなく力での衝突が主だ。今回大事にならなかったのはアンが積み上げてきた信頼と実績がその身を助けたのだろう。反省を繰り返しているため原因にはあえて突っ込まないでおくが。

 

 ごろりと仰向けに芝生に転がれば、青の揺らめきが遠くに見えた。

 幼い頃はこの光景を毎日のように見ていたはずなのに、なぜか無性に懐かしく思える。

 悪魔の実の能力者になってからは特にそうだ。

 『エース達だけずるいぞ!おれだって、たまには! たまにちょっとだけこれくらいだけど、入りたいとか思うこともあるのに! いつも置いてくなよ!』

  

 いつも青ざめながら頬を膨らませていた器用な弟の顔が瞼の裏にちらつく。

 生まれたときからかなづちで、海に誘っても断固として指先すらもつけなかったルフィが変ったのはいつだっただろうか。

 あの島で、ばらばらになる未来など思っても居なかった、幼い頃。

 苦い思いばかりしてきたのに、なぜか楽しかった4人でいたあの時ばかりが浮かんでくる。

 ああ、そうだ。

 セロハンを空にかざしたのがきっかけだったか。最初は透明だったはずだ、そして次は色つきを探すため、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)をみんなで探し回った。積もり積もったゴミの熱ですぐにしわくちゃになってしまう綺麗なそれをなかなか見つけられず、諦めかけていたときサボが発見したのだ。

 届いたばかりの物資を待ち受ける大人の間をすり抜けて流れるさまざまを駆け上がり、それだけを指先で引っこ抜く。そしてめくれ上がった波を滑り落ちるかのように、流れに乗って口々に罵倒する一群を抜き走り去ったのだ。

 

 そして眺めた、ニセモノの海。

 翌日、弟は意を決め、小波がたつ砂浜に立った。

 海に浸かった箇所の筋肉が弛緩し動けなくなる、これが能力者となった者が受ける悪魔の呪いだ。息を止めていてもそれは適応される。海に入った瞬間、酸素を肺の中に止めておくための口がかぱっと開くのだ。それはそれは見事に力が抜ける。体感して分かった。これは、泳ぐ、以前の問題だろうと。

 普段、意識せずに使っている体が絶妙なバランスを保つ為に、いかに脳が繊細な調整をしながら体を支配しているのかがわかった。アンが言うようにすべての命が海から生まれ出て進化したのであれば、生みの親である海に抱かれた瞬間、脱力してしまうのもわからなくもない。おとぎ話ではあるが神に反逆した悪魔へ反省を促すために実という隔離空間に封じられたと描かれていた。

 

 ルフィも見たかったのだろう。

 一緒に、盃を交わした兄弟たちが語る海の中を。

 

 エースも半身を知っているつもりだった。

 体は離れていても、心はいつも一緒。話しかければ返事をもらえたし、見聞色をうまく使えばお互いの精神を行き来させることもできる。なにも変らない。変らないと思っていた。

 けれど今回の件も含め、もう一人の自分でもあるアンがどことなく遠く感じてしまったのだ。

 まるであの日のようだ。海に入るのが怖くて半泣きになったルフィが唇を真一文字に結んで水面をにらんでいた。それを海の中からエースとサボは見たのだ。取り残されて心細そうな弟の心を。だからサボと一緒に『泣き虫』と茶化しながら水鉄砲を飛ばして笑顔に変えた。

 

 ああ、ルフィはあの時。

 弟の気持ちにいまさらながらに気づき、知る。

 瞼を強く瞑り、無理矢理意識を眠りの淵へと落す。所詮ないことをこれ以上認識しないよう、深く、深く鎮めるために。

 

そして出航の日、案内役を買って出たリウイと地上に滞在予定の数名と共に、魚人島を後にした。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 (ねえ、エース。少々こみいったお話よいでしょうか)

 相談は突然やってきた。今回はなかなかに深刻そうな雰囲気だ、となぜか苦笑が漏れる。海流の流れが真っ直ぐに速度を上げつつある中、アンの声にエースはちらりと乗り合わせている魚人たちを見やる。

 相談事とはどうせ、今から行く場所のことだろう。何でも難しく考えるアンの事だ。最悪の事態ばかりを想定してしまい、身動きができなくなっているのだろう。

 (不安か)

 (…………うん、すごく不安。わたしの判断一つで巻き込んじゃう。手遅れになったらっておもったら。考えが、まとまらない)

 

 長い沈黙のあとに言葉がようやくでてきたとおもえば、後ろ向きな感情ばかりだ。落ち込んだこころもちが流れ込んでくる。それみたことか。

 

 魚人たちがふいに、突然、幸運にも自由に行き来できる陸地を手に入れれば、まあこうなるのは目に見えていただろう。特別な場所に招待されたなら、誰だって自慢したいはずだ。そしてその特別を作り出す立場に立つ人物は、持ち上げられゴマをすられてさぞいい気分を味わっていたに違いない。人間はすぐにつけあがる生き物でもある。

 だれが仕組んだのかはすでに把握しているようだし、エースとしてはかの島については口出しするつもりは毛頭なかった。仲間に手を出されたならば前に出るつもりだが、本来であればそんな状況になるはずもないはずの場所なのだ。かの裏切者はこれから随分と肩身の狭いおもいをし続けるだろうが、自分で蒔いた種だ。自らで刈り取るしか手段はないし、ほかの方法を望んでも誰もが認めないだろう。

 

(怖いのか)

 エースの問いに怖い、のだろうかとアンは首を傾げた。そして考える。確かに、不安を発端とする恐怖はあった。けれど、この気持ちをどう表したらよいのか漠然としすぎていて言葉が見つからない。

 

 ニューポートミューズは立地的にとても恵まれた場所にあるため、海からやってくる外敵に対しては鉄壁の防御力を誇っている。ただ一点、空を除いては。

 悪魔の実辞典を見ても、海軍が把握していた能力者一覧を眺めても、意外に空を自由に動き回れるものたちは多い。新世界に限っても、ごろごろといる。翼をもつ悪魔の実の能力者に関しては特に百獣海賊団に集中しているが、かの海賊団に所属するための条件により集まりやすいのは否めない。身体的能力で考えれば、体力が続く限りと条件は付くものの、月歩でも可能だ。

 

 弱り目に祟り目すぎる。アンがへなへなと崩れ落ちてぺたっと甲板に倒れる。周囲にいた仲間たちがぎょっとし、こたつの尻尾が爆発した。

 時期はまだ訪れていない。シノブからの情報提供によりできるだけ基礎世界で起きた出来事を巻いて、自由に動ける時間を確保したつもりだ。考えたくはないが事実、アンが存在しない世界でエースは一年かけて新世界へと至り、数々の出会いを得ている。アンだけが知り、エースは知らないはずなのに、同じような流れになってしまうのはなぜだろう。これが予定調和というものなのだろうか。言葉は悪いがクソすぎる。異世界転生したなら俺TUEEなるものができるらしいが、アンにはそんなものは最初から付属していない。聖典(げんさく)と呼べる手引書など最初から知らないし、世界の記憶を視ることができるあの空間でも最近、誘導を受けているような気がしないでもない。使えるものは最大限に使い倒すつもりではいるが、ひとりで動き回れる限界が近いのだろう。持たされた権限はかなり強いが、威力を発揮できる相手は限定的だ。

 力不足すぎてくやしいが過去の因縁を持って生まれた各々には、無意識的にぶつかり合う宿業を持っている。ちなみにアンにはほとんどないが、エースにもいくつかある。これが原因だろうか。

 

 エースはもうひとりの自分が抱える、囚われた思考に対し今までは良いとも悪いとも言ったことが無かった。どんなに悩んでも答えがでない物事なんて、ごまんとある。サボの行方に関しても、いまだエースは納得できていないのだ。そんなことあるはずがない。アンの顔を見ても反応しなかった、などありえない。どうしちまったんだよ、お前。会いに行ってそう肩を掴んで言いたい。けれど、サボは貴族であることを心底嫌っていた。特権階級の恩恵よりも、苦労や挫折があったとしても自由に生きることを選択しようと足掻いていた。

 

 思い出す、ということは心底、忘れたかったことも思い出さねばならない、ということでもある。四人で過ごした日々より、新たに身を寄せている場所で過ごし、得た仲間とともに居る時間のほうが長くなっていた。ひとは死ぬとき、金銀財宝も栄誉や名誉、肉体、それこそ海賊王の称号さえこの世に置いてゆく。たったひとつだけ持っていけるものがあるとするなら、それは思い出だけだとアンが切なそうに微笑んだ。

 

 今は行く道を分けている。けれど目的地は変わってないよ。いつかは交わるから。アンの言葉はきっと間違っていないし、今は待つべきなのだろう。盃を交わした兄弟がそれぞれ誓ったその目的に向かって突っ走るべきであると。

 

 

 頭を がん! と甲板に打ち付けたアンに、周囲がさらにびくっ、と行動の真意と末を見守っている。

 

 アンは胸中にあるはずの答えを探すべく、渦巻く感情を整理する。

 

 不安、驚愕、好奇心、焦燥、恐怖。

 何かが違う。

 無念、恥、嫌悪、軽蔑、嫉妬、罪悪感。

 苦しみ、悲しみ、怒り、絶望、空虚。

 

 並べてみてもぴんと来ない。

 不思議だった。

 

 ふつうは。どんな人生が普通というものなのか判断が付かなくなっているが人間が生きて死ぬまでの期間、いろいろあるだろう。山あり谷ありの急降下ではなく、平凡な変り映えのない毎日に刺激を求めながら明日をむかえる。そして不運に見舞われている誰かの吐露を聞くたび、平穏無事に過ごせることを幸せにおもうはずだ。はじめてのことに困惑しながら経験を積み、そして対応力を得て大人になってゆく。それでもなお、はじめてに遭遇すれば幼いころと同じように戸惑いながら培った経験と知識でなんとか乗り越え、そして成すものを成し、老いて死ぬ。

 

 子供のころ。テレビ番組で流れるヒーローや魔法少女たちのように、何でもできるような気がするのはほんの幼いころだけのことで。

 

 アンは、きっと逃げ出したいのだ。

 気づけばすとんと納得しかできない。

 死に物狂いで向き合ってきた。天狗にならないように戒めながら、自分にできることをできるだけ。

 

 動けば動くだけ、関わるひとが増えれば増えるだけ、多くから支持を得てしまった。それが、怖い。いつか失敗してしまったとき、多くの期待を裏切ってしまったとき、居場所がなくなってしまいそうな気がして。

 

 何事に対しても、アンが動くことにより周囲にあたえる影響力が大きくなっているような気がしていたのだ。

 海軍の中然り、トムが暮らすニューポートミューズにしてもそうだ。

 最初、あそこは無人島だった。

 それがいったいどうした訳か、まるで導かれるように、というのはおかしいかもしれないが、人々が流れ着いた。

 そこに島があるとは分かる。一般航海用の地図にも記載されているからだ。

 しかし島に近づこうとしても、複雑な海流が邪魔をし、上陸しようと思っても出来ない仕様になっている。泳ぐなどもっての外で、数分後とに変化する海流の渦に飲み込まれかねない。しかも遠浅の海にはサンゴ礁が広がり、無理に船を近づけると座礁してしまいかねなかった。沖合の深さがある周囲には、いつの頃からか棲み付いた肉食の海獣がゆらゆらとその姿を見せ、何重の意味でも不落島となっている。

 もし島内に入る事が出来たとしても、長年、入植が行われなかった島だ。人間などすぐに食い散らかしてしまいかねない、猛獣が島を徘徊していた。

 最初の住人が、魚人であったのが功を奏しているのだろう。

 アンが島の海獣、猛獣達を手なずけているのも関係しているだろうが、それは今に至る過程にしかならない。

 

 町はそこに住んでいる人々のものだ。

 基礎を作ったというが、アンはトムが暮らしやすいように、多少地ならしをしたに過ぎなかった。

 その地をならし、暮らしを確立した普通の人々にとってどんなに大変であったであろうか、という事実に気づかぬふりをしていた。自分が出来る事をしたまでだと、アン自身、思い込んだ。途中で手綱を離したのだ。だから薄く関わればいいと。

 自らの行為に対し、周囲がどう思うかなど蚊帳の外だった。意識してしまうとどうしても気になってしまう。

 評価とは自分で下すものではない。自分以外の誰かが行う格付けだ。こういう効果を期待して、私はこれをやりましたと伝播するだけでは思い通りの支持を得るのは難しい。

 

 いつの間にか誰もが高く、アンを評価していた。

 しかしだ。アンはただ、たどり着きたくない未来があり必死に足掻いているだけに過ぎない。面倒な何かが起こった時、上位権限を持つ義祖父をはじめ、大将やセンゴク、それでも足りぬ場合はデイハルドが物事を収束させていた。そのどこにアンの権があるのだろうか。守られているのは分かる。しかしの権威は彼らのものであり、アンが持っているもの、ではなかった。

 ニューポートミューズもそうだ。管理を聖から任されているだけだ。

 

 (逃げ出してェよなァ、そんなに期待されちまったらさ。いっそのこと、ふたりで月にでも向かうか。行けるんだろう、月)

 (……エース)

 

 思わぬ一言だった。そしてあからさまに避けていたものでもあった。

 胸が痛い。目尻に熱いものがにじみ出てくる。

 言われたく無かった。

 逃げてどうなるものでもない。責任は負わねばならない。

 だから全てを飲み込み、手当たり次第、周囲が綺麗になるまで整地し続けている。ただそれだけのことだ。

 

 分かっていた。避けていたかった。自分ひとりに出来る事などちっぽけで、取るに足らないことだ。

 虚栄を張っているわけではない。謙遜して自身を貶めていたいのではない。

 出来ない、そう言えなかった。出来なかったらどうしよう。必死にやりぬいた。及第点に届くよう、足掻いた。

 結果を誰もが賞賛する。失敗できなかった。するのが怖かった。

 

 おだてられ、傲慢になってしまうのも嫌だった。

 アンとて人間だ。褒められれば嬉しいし、持ち上げられて気分が悪くなるわけが無い。

 しかし自分が偉いのだと、自分のおかげで全てが上手くいったのだと自惚れられるほど神経が太くも無かった。

 ならばアンが挙げた手柄を全て誰かに渡してしまえばいい。そうすればアンの名は売れないし、渡した相手が既に名士であればその輝ける経歴の中にひとつふたつ増えるだけだ。

 

 どちらともWin-Win となるならば、願ったり叶ったりだった。

 それを逃げだと言うなら、既にアンは逃げ出していたのだろう。そして出来るならば、今後もそれを継続したいと願っている。

 

 (おれは別にいいんだけどさ。兄弟と仲間たちさえ居てくれたら)

 

 そう。エースにしてみればどうでもいい話だった。アンが逃げて楽になるならば、世界の裏側までとことん逃げてしまえばいいだけだ。しがらみなど一切持たないふたりであるならばこそ簡単に出来る。

 

 (でもさ、捨てられねェんだろ)

 

 その通りだ。向き合ってしまえば、どうということでもない。

 

 (アン、お前の後ろに、何がある)

 

 聞かれずとも分かる。路、だ。

 その路はアンがアンとして歩んできた道だ。

 

 (振り返ってみろよ。そんでさ、周り見てみろ)

 (………)

 

 分かっているのだ。十二分に。

 それをエースはわざわざ再認識しろ、と言う。

 

 (事実だろ)

 ひとつひとつ。

 積みあげてきた日々が、確かに今を支えている。

 残念だが認めなくてはならなかった。

 

 悔しい思いを抱えているのはアンだけではない。エースもだ。

 アンが海軍に入り経験を積み上げている間、エースは一体何をしてきたのだろうか。

 ただひたすらに、海へ出ることを目的に島で篭っていただけではなかったか。

 今のエースがあるのは、アンが島の外へ出、戦い方やその考え方のノウハウを得たからだ。もしそうでなければバカ正直に力だけが全てだと思っていただろう。力があれば何でも叶う。ひっくり返せる。

 だが世界はそれほど単純ではないのだと、アンを通じて知った。幸運だった。アンが居たからこそ、暗闇の中でひとり、もがき苦しまなくて済んでいる。

 

 ひとりであればどうなっていたか。

 闇雲に進み、力任せに進んで勝手に絶望して荒んでいただろう。

 アンのように必要の無い争いを避け、力を温存する、など考えもしない。

 唯一、自由になるこの命を矢面に、出来るならすればいい、命など幾らでもくれてやる!そうして心を、体をすりきらせていっただろう。

 

 こんなにも近くにいるのに、離れていたときよりも遠く感じる。

 男として一歩、出遅れた感だ。

 

 (天狗になれ、ってわけじゃねェんだ)

 ある意味、エースはアンが羨ましいと思う。

 アンは見返りを求めないのだ。それがどれだけ凄い事なのか、エースには分かっていた。

 

 ゴールド・ロジャーという名の上に、自分を上書きするためエースは手っ取り早く、海賊としての悪名を欲した。自分を残して死んだ、生きにくい世の中にして置いていったゴールド・ロジャーを見返したかったのだ。

 確かにある意味、それは達成しつつある。

 幸か不幸か、偶然の産物として手に入れた焔の力の助けもあり、ゆっくりとこの世界にポートガス・D・エースの名が浸透しつつある。恐ろしい海賊として全世界に告知されていた。

 しかし、だ。

 (お前のやり方の方が時間はかかるけど確実だ、っておもうよ)

 

 エースにはこのやり方しか思いつかなかった。

 アンがひとり、ガープに付いて行った時も実際にはおれをおいていくなんて、と拗ねたくらいだ。

 一緒に行けばよかった、とは思っていない。

 島に帰ってくれば過干渉この上ないあのジジイが、ふたり一緒となればついでにルフィもと丸ごと一緒に抱え込んだはずだ。息子の育て方を間違えた過去を全く反省していない。海兵になればまっすぐ育つなどありはしないのだ。……ある意味、ガープの息子は素直に育ち過ぎたのだろう。だからこその今だ。

 アンはそれゆえに世界のいろはを学ぶために海軍に所属し、見てきたからこそ世に出すまいとした。それに本当の孫は双子の父を目指し、海賊王になるのだと意気込んでいる。むろんフーシャ村の住人全員にもれなく宣言済みだ。誰も彼もががんばれー!と応援しているところがあの村の連中らしいといえばらしいのだが、それはあの村が他の地域と比べ、豊かで安全で恵まれているからに他ならない。

 英雄ガープが居を構える島を襲う海賊など東の海出身者には居ないからだ。

 それにアンと出会い、影響を受けた支部の海兵が巡回地のひとつとして村に寄るようにもなっている。それも相まって、より海賊が近づかない地、となっていた。

 

 考えてもみれば、アンが直接関わらないにしろ、関わった誰かが必ず、その恩恵をどこかに落しているのだ。

 有り難がられないわけが無い。

 それなのに、全てを捨ててエースと共に海に出た。拘束され、地下に閉じ込められてもだ。共に海に出ることを誓ってくれた。

 

 アンは家族が一番大切だという。エースもそれは同じだ。

 アンと、ルフィ、そしてサボがいればそれでよかった。閉じられた小さな世界でよかったのだ。

 

 (……本当に今、それだけか)

 

 エースは内なる声にぞくりと体を震わせる。

 (エース?)

 急に黙りこくってしまった、いつに無く神妙なエースにアンは違和感を覚え、瞬間移動で移動する。胡坐をかくエースのすぐ目の前で膝をつく。

 心が意図せず、瞬きを挟まず、こつり、と額が合わされる。

 

 心がつらいとき、いつもふたりで手をつなぎ合わせ体温を分け合った。

 周囲に仲間と、そして客人がいるが気にならなかった。

 

 互いの目の前によく見知った顔があった。おもわず苦笑しあう。

 

 「なんでなんだろうなァ」

 「だよねぇ」

 「おれと比べて危なっかしいだろ昔から」

 「いやいや、エースも甲乙付けがたいのだとおもうよ」

 

 どっちもどっちか。

 

 「ルフィはもっとやべェ」

 「それにはめちゃくちゃ同意する」

 

 結論にたどり着けば、悩む必要などありはしない。

 

 「青の海に出て、どうですかエース。目の前に新世界が迫ってきているのだけど」

 「おもった以上に騒がしいな。ほんと、なんでおれみたいなのにみんなついてくんだろ」

 「魅力的だからでしょう」

 「それを言うならお前だろ」

 

  双子の会話に誰もが耳を傾けるが、いかんせん主語がないため意図が掴めず誰もが口出しできずにいた。手をつないだまま、双子は背合わせになる。その隙をついて、真っ先にさくらがアンへ抱き着いた。一歩遅れてこたつもエースに飛びつく。

 様子を見ながら、そろそろとデュースをはじめとする面々が包囲網を形成し始める。

「もー、わたしが持てる権限全部使っちゃったら凄いことになっちゃうんだからね」

 「いいじゃねぇか。海軍に政府、天竜人、解放軍に地下組織、そのたもろもろ全部、表も裏も使っちまえよ。怖いもんなしだろうが」

 

 かなり物騒な会話だが、スペード団の面々は慣れっこだ。

 

 「きっと八方美人って言われちゃう…それとも傍若無人かな」

 「言わせときゃいいだろ。みみっちぃな」

 

 ほら体裁が。

 んなもんクソだろ。とっとと丸めて捨ててこい。それとも燃やしつくしてやろうか。手っ取り早く。

 

 指先で青白い炎を作り揺らめかせるエースに、アンはちいさく笑う。確かにその通りだ。ちっぽけな自尊心(プライド)など燃やしてしまえばいい。こだわりを持つのは悪いことではないが、すべてに良い顔など出来はしないのだ。

 

 「おれさ、すっげェおもうんだけど。どう足掻いても死ぬときゃ死ぬだろ」

 

 同意はしかねるが、なんとなく言いたいことがわかるアンはこくりとうなずく。

 

 「でもさ、ただ死ぬわけじゃねェ。最大限に抗って死ぬならさ、本望じゃね?」

 

 トムさんやあの島にいる奴らは。

 アンはエースが何を言いたかったのかを察した。

 確かにその通りだ。ニューポートミューズに居るみんなは、アンが守らねばならないほど弱くはないのだ。戦えるものは戦い、勝ち目のない者は逃げるだろう。それに町は人が居なくならない限り、何度でも再興できる。朽ちた廃墟となり自然に飲み込まれるのは住まう人が消えてしまうからだ。生き残りさえすれば、何度でも立ち上がれる。諦めなければ何度だって挑めるのだ。

 

 「ねぇエース。島に上がったらさ、手合わせしようよ」

 「いいぜ。課題まだ終わってねェもんな」

 

 むつかしいよね、あれ。

 むずいっていうより、維持するのがなァ。

 それもそうだけど、崩してこう、刺すっていうか。

 あー、だな。殴り倒しても死なねぇやつで試すのが効率いい気がする。どっかにいねェかな。死なねェ(まと)

 

 ちらりと横目で期待を寄せながら見てくるエースに、ふいっとアンは視線を逸らした。居ないわけないだろう。新世界で幅をきかせている有名な海賊(マフィア)たちは皆そうだ。耐久力という一点ではたったひとりだけの該当になるが、双子が教えを乞うている赤髪とて本性を見せていないだけで十分化け物の類に入る。いや、魔王様か。

 九死に一生を得る状態のほうが会得できる確率も高いということで、次回、会うときが楽しみだと笑ったシャンクスの顔がほんとうにいい笑顔すぎた。不完全でもある程度身につけておかなければ、洒落でなくほぼ死ねるのは間違いない。再会が近づいてきている今、習得は急務と言えるだろう。師匠からの呼び出しのほうが島の問題よりよっぽど怖いと悟ってしまった。

 

 

 「海面が見えたぞ! 新世界だ!」

 見張り台に登り、周囲を監視していた仲間の声に誰もが真上を見上げる。

 

 いつの間にか、双子の周りには仲間が集っていた。なにをするでもなく、ただふたりの傍で同じように会話し、海面を見上げ、談笑している。

 

 穏やかな場景にアンは静かに目を閉じた。

 あたたかな光が近づく。浮上とともに上がる飛沫でシャボンが割れ、空には真上に金の輝きが上っていた。




次回未定です。
6月中にはなんとか更新できれば幸いです。
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