ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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新世界編
72-()る島


 いつもは島から外海を眺めていた。

 だからニューポートミューズを外側から見るのは初めてで、とても新鮮に見えた。誰もが舷の上に身を乗り出し、シャボンディ諸島以来の陸地に歓喜している。魚人島にも陸地はあったが、やはり地上のそれとは少しばかり違っていたようだ。

 ふと既視感を覚える。どことなしかウォーターセブンに似ているようにも思えた。あの町との違いは季節性の高波による海水増減によって沈む心配がない、ということだ。

 この島はもともと夏の季節帯に半固定されているため南国風の樹木が多く茂っている。しかも凪地帯に半分足を突っ込んでいる島でもあるため、上昇風の恩恵も強く受ける地だ。ほどよく過激な雨も降り、特殊な農法が必要ではあるものの農作物の育ちもよい。森には少々やんちゃな獣たちもいるが、魚人のトムにとっては赤子の手をひねるようなものだ。突然変異体が生まれない限り、このおだやかな営みは続くだろう。

 アンがこの島を見つけたのは本当に偶然だった。幼いころ意図的に引きずり込まれた夢の出口、半強制的に投げ捨てられた地がここだったのだ。いつもであればすぐに兄弟たちのもとへ戻るのだが、なぜか気になり降り立った。猛獣が跋扈するかなり危険な領域であったが、戦うのでなければなんとかなった。カメレオンのような擬態能力を持つ鳥にだけは苦労したが、それ以外は体よく逃げ出せたのだ。探検してみると人間の入植が試みられた形跡もない、ぴかぴかの無人島だった。たったひとつ特質すべき点は島のほぼ中央に、歴史の本文が彫られる予定であっただろう真っ新な黒と赤の石がいくつも苔むして転がっていたことだろう。あの悪戯好きの父親がしそうなことである。

 

 島のイメージ的にはあちら世界のハワイに近いかもしれない。ホテルが立ち並ぶ大通りではなく少し離れた郊外の、家からそのまま浮輪を腰にはめて青の海に飛び込めるようなそんな日常溢れる風景に。

 外から見やるのは初めてだ。人々の営みを眺めていると、なんだかほっこりとする。アンが直接治めている訳ではないが、生活が営まれている証が家々の煙突から立ち上るのを見ていると感無量に感動が湧き出てくる。

 

 改めてニューポートミューズを第三者的に眺めれば、数年で加速度的に発達したこの町が魚人にとってどれほど大切な場所になっていたかを思い知った。しかしながらアンも勘違いしてはいけないのは、この島に魚人たちが住むのは全く問題ではないが、自分達のものだ、と認識させてはならぬところにある。

 

 持ち主はデイハルドであり、評議会ではない。

 だが魚人島に住む多くにはここ、ニューポートミューズは魚人の島と認識されていた節がある。誰もが気づかないよう細心の注意を払い、草の根運動のような誘導を誰が行っているかは把握済みだ。しかも用意周到に、証拠はニューポートミューズではなく魚人島と魚人街(ぎょじんがい)など複数個所に分けて保管するという念の入れようだった。父親から受け継いだこの血の力を甘く見てもらっては困るのだ。最悪、海の底に隠されてあっても行為が成されたなら海の水に触れるだけでこの能力は発揮する。地点さえ明確に指定出来れば自動的に読めた。そしていつでも証拠をこの手の内に呼び出せる。

 

 実行支配、という四文字が脳裏を横切っていった。アンにとっては当たり前すぎて、わざわざ周知させるべきだとは考えなかったのだが、そこを逆手にとられたのだ。

 

 人心を掌握しながら行う統治は、本当にむつかしい。

 人と人とが生きる上でつながり、関わる中で利害が絡むのは仕方がないとしても、どうして独り占めしようと目論む輩がでてくるのだろう。少なくともニューポートミューズでは貧富の差はないはずだ。できない、と言ったほうが正しいが。

 

 処分を下すのも公開かそうでないか。

 正式に島民として登録されているのは30名にも満たない小さな町である。隠れてこそこそとはいかないだろう。

 

 とある海賊勢力や世界政府のように力を、純粋な破壊だけを人民に示すならばいっそ簡単なのである。手荒ではあるが一切の手加減なしに島ごと基軸を粉砕してしまうか、世界から与えらえている司る力でことごとくへ恐怖を植えつけて存在の崩壊を促せばいい。勝手に植物は枯れ果て無の砂漠へ変わるだろう。だがそれは最終手段である。歴史は最高の模範だ。恐怖によって支配され情報規制されたことごとくの国は、内部からの変革によって崩壊している。

 

 そもそもこの島に名が付いたのはつい最近だ。世界貴族がもつ財産の更新が成るのは4年に一度、世界会議時だ。なので世界政府が保管する資料にはまだ影も形もないはずである。次回の登録時、デイハルドが正式に島の主権を握る所有地として名が必要となったため、名称が必要となったのだ。本来は持ち主である聖が決定すべきであったが、お前の好きにするがいい、とアンへと命名権が回ってきた。当時海軍に残留しろ、しない、で揉めていた時期でもあり、アンはトムにお鉢を回したのだが、不思議なことにいつの間にやら手元に戻ってきていたという経緯がある。

 エースと共に出航し、灯台で仲間を得た後に単身、トムが住まうこの島に飛びんでまだ名前が付いていないのだと知ったのだ。評議会が下した決断は、ここに住まわせて貰っている立場で、島名まで決定するなど出来ないという判断だった。アンは迫っていた期日に気絶したい気持ちを奮い立たせ、必要書類を作りデイハルドへと満月を待たずに持ち込んだ。その際にディの婚約者に癒してもらわなければしばらくは生きた屍になっていたに違いない。

 

 名前の由来は、ただの思い付きだ。これといった意味はない。決してポートガスの名を(もじ)った訳ではなく、どうせならこちらに無い意味をあてたほうが世界政府内部を攪乱(かくらん)出来るのではなかろうか、とおもいなおしたわけだ。

 参考にしたのはあちらで読んでいた戦記物だった。

 まだ完結していない作品で、新刊が出る度に本屋で手に取っていたお気に入りだった。続きが出ているならば読みたい。世界を超えてどうか、発刊してもらいたいと今でも切に願っている。

 もしアン自身が暮らしていた世界と似通った場所から訪れる誰かがあったならば、名を見ればおや、と思って貰えるかもしれないとも考えた。意図せず投げ込まれた訪れなら、どこかに自身を肯定できる(よすが)あれば少しは不安が薄れるのではないだろうか。

 

 本来の町の名は、ニューポートニューズ。現代においても造船の町として有名な場所だ。アメリカ合衆国、バージニア州南東部に存在する湾岸都市で、ジェームズ川の河口に位置し、太平洋航路や国内水運の重要な港として知られている。

 また、ニミッツ級航空母艦を建造可能な唯一の造船所としても有名だろう。

 

 あの日、シノブと出会ったあの時、アンは愕然とした思いが胸に去来したのを覚えている。

 幾人ものだれかが現実に、世界を渡っているのだ、と認識させられたのだ。

 アン自身、あちらの事が夢物語だと思い始めていた矢先だった為、なおさらの精神的打撃となった。あちらでも確かに、生きていた。しかし記憶は今にゆっくりと上塗りされてゆく。

 記憶を失いたくないと願ったのは、自分だった。

 しかしだ。ただの点では理由を説明出来なかった。生まれた時から気が狂っていたなんて、冗談にもほどがある。これが自分の中だけで作られた妄想であれば想像力が豊かすぎたのだと、誰にも何も伝えず終わらせればいい。けれど時折流し込まれる世界の記憶だったり、世界各地に悪戯を配置した父のように、世界にばらまかれたあの文字が刻まれた石と同じく、強い願いが込められた未来への伝言であったならば。はいそうですか、とただの夢ばぼろしだと想像の産物だったと素通りするのは余りにも悲しすぎた。

 

 様々な出会いのおかげで点と点が繋がり線となった。

 それだけでアンはほんの少し、救われた気がした。内に抱える不安を払拭出来、こちらとあちらを選ばなくてもいいのだとおもえた。どちらもあって良いのだと。

 シノブも世界渡りをした際、とてつもなく苦労したと話してくれた。

 

 アンの場合は両方に両親があり、こちらには共に生まれてきた双子がいる。シノブとは違い、世界と自分の間に隔たりが無かった。異世界では無く、現実の世界としての認識だ。それがどれだけ精神に与える影響が少なかったか。出会ってみてよくわかった。

 言語や文化の習得に必要な基盤があるか否か、天と地の差だ。

 もし自分がシノブと同じ境遇であったなら、今頃はきっと生きてはいないだろう。

 自信がない。

 そう考えればシノブは、良く耐え忍んだと思える。

 

 だからこの島の名に、みちしるべたれ、と願いを込めた。

 元々この島はトムが隠れ住めるよう、父から教えられた島を秘密基地にしただけだ。目的はただひとつ、世界政府が管轄している組織のサイファーポールからトムを守るためだけに整地したに過ぎない。プルトンの設計図がこの地にあるとしても騎士団はたぶん、今は動かないだろう。なぜならこの島には青玉鱗の特効薬が存在している。数年前にベガパンクが考案した移植でも完治できるが、膨大な費用と長期間の治療が必要であるため実際に治療に踏み切る者たちは少ない。だが特効薬ならば数か月の服用で完治可能だ。ただし採取してから24時間以内に服用せねば効果は薄れてしまうが。

 その特効薬の保持者は世界貴族のひとりであるデイハルドである。聖の厚意で病に侵されただれひとであっても特別に贈与されているため地を這っていた天竜人の権威を多少だが高めてもいる。傍若無人な天竜人ばかりではなく、青海人に寄り添う世界貴族もあるのだと。プロバカンダに使われた案件ではあるが、今のところ両天秤は程よく釣り合っているようには見える。

 

 たったひとりの住人から始まった。小屋もたったひとつだけが建つ島だった。よくよく調べてみると複雑な海流と磁場の狭間にあり、ほんの数キロ先は凪との境界線であった。取り残された孤島は順当な道順では辿りつけない絶好の立地に存在している。ここに来るためには一度、ワノ国まで行き、特定の地点で記録(ログ)をとり引き返さなくてはならない。しかも船を使うなら面倒な海流に邪魔されて遠回りする羽目になる。身を隠す場所としては最適だったのだ。

 

 ふたり目の住人は、トムが助けた難破船の漂流者だ。

 三人目は傷を負った人魚だった。

 時の経過とともにトムの周りには人が増えていった。そして集落が形成され、町へと発展してゆく。その様子はまるで擬似世界(ゲーム)のようだった。けれど箱庭のようなこの営みが形作られてゆく姿が胸を締め付けた。嬉しいような悲しいような、とても不思議な経験となった。仮想世界と現実は全く違っていて、命の力強さを垣間見るかのようだった。

 

 守りたいとおもった。

 最後まで抗うつもりではある。けれど絶対大丈夫とは誓えなかった。

 だから、自分が居なくなっても機能する仕組みを作りたかった。

 

 人は日々、様々なことを考えながら景色を見ている。けれど、ただ見ているだけに過ぎない。気になった対象に視線を向けたとしても、すぐに何を見ていたのかを、忘れてしまう。脅威(アン)が意図的に姿を見せなかったがために。そして彼の手に余るほどの自由裁量を与えらてしまったがため、己の都合の良いことだけを見聞きし、己のために私腹を肥やし始めた。間違わせてしまったのはアンだ。

 魚人島の人々にこの島が、ニューポートミューズが魚人たちの領域であると認識させてしまったのはアンの過失である。今からその間違いと禍根を残さないために周囲の土ごと根を掘り返し処分せねばならない。徹底的な根切りである。

 

 エースは船員達と共に湾岸に沿って航行する船の左舷に身を乗り出していた。

 なぜだかわからないが揺れる青の上で生活していると、なぜか陸地が恋しくなるという。男達は皆、揃って島を見ると満面の笑みを見せた。

 

 「ほらあそこ、トムさんが居る。おーい!」

 「ホントだ。あの大きな腹はまさしく、だな」

 出迎えに来てくれたのだろう。双子はそれぞれ、腕を伸ばす。

 手を振っているという件の人物はどこかと仲間たちは指が示す先に目を凝らすがよく見えない。しばらく頑張って見てみるものの、この距離ではまだ個人の識別は無理だとひとりふたりと探すのを諦めてゆく。このふたりと視覚で張り合っても意味が無いと知っていたからだ。

 

 しかしアンの授業(スパルタ)はここから始まった。見聞色の使い手は居ればいるほど防衛時に有利になるし、いざ戦いとなれば先読みの手数が多いほどとれる戦略も多くなる。

 だから食べ物で釣った。今回の報酬は海豚のラッシート煮ルベリー茸添えである。

 

 見聞は感覚の認識だ。例えをだして想像させるのが一番効果的だろう。

 欝蒼(うっそう)と覆い茂った森があるとしよう。緑に隠れた果実の色が赤だとしても、普通はかなり近くまで寄らねば分からない。だがエースとアンはそれをかなり遠くから見つけることができた。気配が違うのだ。緑の葉は光を得て栄養に変えるものであり、実は次なる命を育むゆりかごなのである。食えるものと食えないものでもいい。そうエースが追加情報を出した。

 マントラの使い手であるオッサモンドや見聞色を引き出された者たちは意外と望遠鏡を必要とするような距離であろうとも見えるはずなのだ。苦心しながらも見えてしまった数人が目頭を揉んでいた。意識する支点さえ解れば会得しやすい事例である。

 

 では次、とアンが例をだす。

 海の波の中にはたくさんの魚が泳いでいる。水面近くまで上がってくればその姿を目に捕らえる事も出来るだろう。だがふたりは船の下、深い水の中を泳ぐ海獣や海王類を知覚する事が出来た。

 海を含む水は満たされたものだ。その中を命やモノが動けば流れが生まれる。一定方向に流れていたものに動きが出るのだ。地上でも同じである。人が動けば風が生まれる。その流れが不自然におもえたならばこちらのものだ。

 少し前までは魚人であるウォルス以外、多くの船員たちにはかなり難しい試練だった。これはわからないと振り落とされる人数が増えるが、解ってしまった数名が居た。そしてこの船になにが近づいて来ているのかをも知覚すればアンとエースを見る。

 

「平気だよ、あの子は調教済だから」

 

 はい、じゃあ今回はここまで。ふたつとも解った仲間たちには後日、バラティエの該当料理を進呈するのでお楽しみに、と終わりの合図が出た瞬間に多くが安堵の息を吐いた。そして船上レストランバラティエの料理が食べられると両手をあげて喜んでいる者もいる。

 

 本当は嵐を予想したり、ニュース・クーが新聞を届けに来るまであとどれくらいであるか、などもわかるまでになって欲しいところなのだが、かなりの使い手であるオッサモンドであってもそれはなかなか難しいと言わしめる難題であった。アンが思い返すに、そういえば問答無用とばかりに過酷な状況に追い込まれての習得だったような気がしないでもない。義祖父に弟と放り込まれた無人島しかり、安定しない瞬間移動の暴発でひとり見知らぬ地へ放り出されたことしかり。さすがに同じような状況に追い込むのは酷だろう、とはわかる。

 

 そうしてスペード団に所属する誰もが思うようになってゆく。この双子は、きっと人間という枠から外れているのだろう、と。だからといって普通一般の常識が通じないかと言えばそうでもない。片方は極がつくほどの世間知らずではあるが、本能的な直感で物事を判断しようとしなければ、決断力もあり仲間を大切にしてくれる良き長だ。だがしかし鬼と化す、先ほどのような瞬間だけはご免こうむりたいと思わざるを得なかった。体力の消耗より、精神力が削られるのがかなり辛く感じてしまうのだ。

 

 さくらは伸びた髪を一本にまとめ、ゴムで止める。突然の抜き打ち試験ではあったが、報酬が思いのほか良いものだったため、張り切ってしまった。アンやエースがどちらかの色の習得を仲間たちに急がせるのも、これからの航海がさらに過酷になっていくからだろう。彼らはだれひとり脱落させずこの青の海を往くと決めている。

 終わりは必ず、ある。教えてくれたのはさくらの名付け親であるアンだ。

 永遠に、ずっとこの海で暮らしていけるわけではない。終の棲家にたどり着くまでエースとアンは内に留まるすべてに取りこぼしがないように、気を配り続けるだろう。それがどこかの国であるのか、はたまた船上であり続けるのかはわからないが。

 

 上陸が近づいていた。捕捉した水面下に居る狩猟者は適度な間を開けてこちらを伺っている。馬の尾のように揺れる髪は青の中、春を思わせる色合いに輝く。

 珍しい色と言われる事には随分と前から慣れていた。同じ船に乗る男達を見ても黒や金、茶、が多いように思える。だが今まで訪れた事のある、通りすぎてきた町では少人数とはいえ、水色や緑の髪を持つ者も居た。珍しい色合いの髪を持っているだけで奴隷商人に狙われやすいとも聞く。

 実際狙われた。この船に乗る前の事だ。

 自身の色を隠せと命じられた人物も今までにはいた。以前は所有者の好みにより切り分けもしていたが、今はすべてが自由だ。

 自分の事は自分で決めること。

 案外難しいと、さくらはこの船で知った。だが迷った時は、聞けばよい人達がいる。

 一番してみたかった髪型は、伸ばす事だ。さくらの髪は長くなるほど白っぽく変化した。その色は桜という樹木に咲く花の色に似ているのだという。以前から希少価値を認められ、大事に愛でられていたが本当に価値があるのかどうかは自身ではまだわからないでいる。

 もっとも容姿を気にしていたのはさくらを所有物にしていた誰かであり、自分では無い。だが心のどこかで己を特別なもの、だと思っていたのも確かだ。空っぽであればあるほど可愛がられる。しかし最後には捨て駒にされた。さくらのような存在は、ほかにも用意されているのだ。

 捨てられ、生きる手段を失っては死ぬことしか残されていなかった。そんなさくらに感情と知識を注いだのは、アンであり、エースだった。

 だからふたりが仲良くしているほうがうれしい。喧嘩をしていると悲しみを感じるようになった。だからその時は自分が間に入り、止まるならば身を賭しても構わないとまで思う。

 

 いつも自分の手を引いてくれる存在たちには、仲良く額をつき合わせて笑っているほうがいい。

 手合わせは後日延期となったらしい。なんでもアンに早急かつ速やかに決済しなければならない用件が発生したのだという。それはこの島に関するものであった。さくらも言葉の端に聞いたやりとりに不穏な影を見る。

 「アン様たおれそう」

 「ええ、全く」

 そう言って傍らに立ったのは、眉を寄せたツヴァイだ。指定された地点に到着し、錨を下ろしてきたところだった。魚人島でのひと騒動の後、急遽もうひとりの選抜が行われたのだ。副船長がふたりになったことにより、エース担当がデュース、アン担当がツヴァイとなった。視線をもうひとりの副船長に向けると、あちらはあちらでひと悶着しているようである。

 

 ニューポートミューズへの入港の仕方は、少々変わっている。

 言いかえれば入港できる条件だ。この島は本来であれば天竜人の直轄地であるため、許しなど存在せずなんびとたりとも入り込むことができないのが常であった。しかしこの町の成り立ち的に、入り江に辿りつける技量さえある者ならば、海賊、海軍、商船の類は問わずに一時的であれば受け入れていた。理由としては一度、訪れることができたからと言って二度目があるとは限らないからである。

 ただ夜間は基本的に上陸不可であり、陽が昇っている時間に小舟に乗り換えて港へと入るのが最良だと言えよう。しかし無理に島へ上陸しようとすれば、町人以外が乗る船であった場合、ほぼ、と言っていいほど海の中に開かれた顎門(あぎと)の中に消える。

 それはこの海域に棲家を持つ、定住型の海獣がゆるゆらと待ち構えていたからだ。

 彼らが理解しているのは時折やってくるものに逆らってはいけないということだ。食事の器が現れてからすぐにがっついてはいけない。少なくとも、60を30繰り返すまでは我慢するように厳しく躾けられている。覚えるまで何度も反芻されたのだ。覚えなければ命を失っていただろう。人間にとって脅威であるはずの海獣が言う事を聞いているのは彼らにとって、そこが良い餌場だからに他ならない。

 器が無い日が続いても、ねぐらとするこの付近は表面海流こそ複雑に入り組んではいるが、凪に潜れば穏やかで餌も豊富にある。

 彼が最も美味とおもえるのは器に入った血肉だが、いかんせん量が少ない。しかしこの餌場は穴場だった。だからしぶしぶではあるが従っていた。

 たまに間違えて住人の船を食べてしまうが、乗り込んでいる者たちが泳ぎに達者であるため、残念ながら相伴に預かれないでいる。

 彼は器を数日ぶりに見つけ、じーっと見つめながら数を積み重ね始めた。

 

 その人物は小舟に乗ってやってきた。

 エースは綱はしごを使い、乗り込んできた初老の人物と握手を交わす。

 「それでは船をお預かりします」

 「宜しくお願いします」

 エースがぺこりとそばかすが散る顔に形ばかりの笑顔を浮かべてからアンの側へと寄る。

 海を渡る者たちにとって船は家だ。ここで新しい船に乗り換えると言っても、愛着がわいた我が家を手荒には扱って欲しくはない。

 初めて見る顔だったのも、エースの警戒心を顕わにさせた。アンは見聞色特化であるが故に、一度心許した人物へ疑いをかけたりはしない。それが偶に、仇となる。心変わりする人間など、掃いて捨てるほど見てきているにもかかわらず、わざわざ騙されてやるのだ。

 そう言う時必ず、「騙すより騙される方が、いいんだよ」

 などと訳の分からない事を言った。「ふふ、わたしで終わってくれたらっていつも思ってる」と大概は続く。

 全面的にエース納得はできないが、いくらやめておけと言った所で聞きはしない。騙しにくる人物たちはアンを下にみている。どうとでもできると踏むのだ。だがアンは放っておけと言う。因果応報という良い言葉があるのだと笑うが、報いを受けたかどうかを確認する術などないのだ。騙された側が納得するための作り話だと穿った考え方をすると、さらにへにゃりと困り顔になる。

 

 乗組員(クルー)たちが乗り込んだ小舟がゆっくりと岸へと向かう。

 彼らは軽装だった。荷物らしいものはない。新しい船へは明日、みんなで一斉に運び移すと聞いていたため自室に置きっぱなしだ。

 

 「後でなぁ」

 「びびんなよー」

 小舟に移ったのは三分の一くらいだろうか。残った者たちは「言ってろよ!」「こっちのほうが絶対早いのになぁ」などと手を振って待っていた。さらにごく一部ではあるが、エース仕込みの月歩で先行している数名も居た。

 残存する者らはアンの瞬間移動で砂浜へ到達しようとする、楽ちん運搬コースの皆である。

 「じゃ、いくよー」

 どこぞへ軽くお出かけするようなノリで、アンは一手づつ仲間に触れてゆく。そうすれば一瞬にして姿が船上から消え、町の入り口でもある砂浜へと現れた。初めての仲間は驚きのあまり叫び声を上げてはいるが、慣れた玄人たちは平気な顔をして町に向かって歩き始めている。先に小舟で出たのにも関わらず、まだ海の上を漂う者たちを煽っている一部もいた。

 

「あのねぇエース。さすがに砂の中には飛ばさないよ、今は」

 

 座標の地点は合っていても上下のバランスがなかなか整わない時期もあったのだ。埋もれたり水中だったり上空に放り出されるのが当たり前であった頃が。多少転移酔いをしている数人もいるようだが、休めば回復するだろう。

 「この感覚にも慣れてきた感じ。うん、慢心さえしなければいけそう」

 手のひらを握り締めながら聞こえるアンのつぶやきに、エースは小さく息をついた。

 

 さすがに副船長たちとさくらは慣れた着地を決め、視線をこちらに寄こしている。自室から出るのが不承不承だった先生とこたつを乗せた小舟もそろそろ浜辺に着きそうだ。

 

 初老の彼を残し、エースとアンは月歩で空に駆け出した。その後、エースは振り返り彼を見据える。

 彼はアマル、と名乗った。

 そしてエースと同じ悪魔の実の能力者であるという。

 「アマルさんの力は、まあ、説明するより見てもらった方が早いかな」

 言葉を濁すアンに、当の本人は軽やかに笑う。

 「ほっ、ほっ、ほっ。ではご覧あれ」

 彼が取り出したのは口の大きな瓶だった。そしてその中にはバブリーサンゴが入っていた。ぷくりとシャボンを作り、それを浮輪のように腰に(まと)う。

 そうして嵌めていた黒の手袋を外し、右の掌をぺたりと船に触れさせるとあっという間に船が縮小、持っていた瓶に入るまでの大きさへと変化した。

 「すげェな」

 「でしょ。アマルさんはミニミニの能力者なの」

 彼は海水に身をつけないように注意しながら、波に飲まれそうになっている船をすくい上げ、瓶の中へとそっと大切にしまいこむ。

 「はい、これでおしまいです」

 

 

 元々アマルは細工技師として生計を立てていた。今でも自宅兼工房でこつこつと、弟子にも恵まれ仕事を続けている。故郷は西の海にある、細かな技術を継承し続ける島だ。組合の代表として出席した会合の帰り、大きな嵐に遭遇し凪地帯(カームベルト)をどのようにしてか通り抜け、偉大なる航路(グランドライン)にあるこの島の住人に助けられた。生きていたのは幸運としか言いようがない。そう当人も思っている。水面にぽつんと漂っていたと言う木片にしがみつく自分を見つけて貰えなければ、海の底へ沈んでいただろう。

 最初は人間よりも魚人が多く住むこの島に驚きを禁じえなかった。だがその疑問も近日でときほぐされる事となる。

 能力者となったのは、本当に偶然だった。森で摘まれた木の実の中に、ひとつ、含まれていたのだ。噛んだ瞬間、この世の味とは到底思えないえぐみを感じ吐き出したがその晩、共同浴場でおぼれかけたのもつい昨日のように思い出せた。

 食べたその実が悪魔のそれだと知れたのは、片手をついた家が縮小したからに他ならない。中に人が居なかったのが幸いだったとアマルは今でも思う。気が遠くなるような1時間が経過した頃、家は戻り、人ならざる力を得てしまった恐怖に震えた。

 もしそれが故郷であれば、例え気心が知れている隣人であっても恐怖に顔を引きつらせて手ひどい言葉を吐かれるか、逃げられていただろう。気心が知れた仲間たちであってもだ。悪魔の実には能力を与える不可思議な悪魔が封じられているのだという。その悪魔を取り込んだものも悪魔となる。言いえて妙だが、人の恐怖は無知から発生する。ゆえに己が理解できないものはすべて恐怖の対象と成り得た。

 だがこの島の住人たちは、態度を豹変させなかった。海に入れない手痛いデメリットを抱え込んだが、生きてはいける。ただそれだけのことだとあっけらかんに受け入れてくれたのだ。

 

 人間は自分と違ったなにかを持っているものを(いと)う生き物である。

 肌の色しかり生活様式や精神性、挙げていけばきりがない差をおのおのが持つものさし尺度で計って優劣を決める生き物だ。

 アマルは人並みに生き、孫も持つ年齢となってそれをよく知っていた。

 己が白髪となる年齢でヒトならざるモノになるとは思ってもいなかったが、望郷の念はいつしか失くなっており、夏島であるのに気風の穏やかなこの土地に骨を埋めてもよいとすら考えられるまでになっている。

 驚くべきは数年前に彼の故郷を救ったかの海兵である彼女がこの島にやって来たという事だ。そしてさらに驚くべき事に、この島の最高責任者であると聞いた。

 「ほっ、ほっ、ほっ。いやはやこんな場所でお会いするとは」

 かつてを思い出す。偶然とは恐ろしい。今まで止まっていた針が動きだす、そんな気がしたのだ。

 目を細めながら、アマルはパイプに火を落としたのを昨日のことのように思い出せる。

 

 

 仲間達と共にエースは町に入る。アンはちょっと急ぎの用事を終わらせてくると、姿を消していた。

 「確かに第二の魚人島、と呼ばれる理由が分かりますね」

 町を歩く面々の殆どが魚人だった。人間もちらほらと見えるが、断然、魚人の方が多い。

 「こちらです、ようこそニューポートミューズへ」

 先行していたリウイがスペードの面々をとある建物、議会場へと案内する。通された仲間たちは困惑顔だ。

 「全員が泊っていただける施設がないもので。前もってご連絡いただければ何とかできたのですが」

 リウイが少々お待ちを、とドアを開けっぱなしにしてどこかに出てゆく。

 凄腕の船大工であるトムが居るのだ。簡単な宿舎など突貫工事で作れてしまうのだろうと簡単に推測できる。

 削りだした重厚なテーブルが中央に座し、椅子が評議員の数だけあるのだろう。かなりの広さがある部屋の椅子に座るもの、テーブルに腰掛けたり床に座り込んだり、各々が待つ姿勢を取り始めてからしばし。テーブルに軽食が持ち込まれた。途端、騒がしくなった室内である。

 「おれらの仲間はみんな欠食児童か」

 「十分な食事は、提供されているはずなんですがね」

 額に手をあてるデュースと腕を組み溜息をつくツヴァイである。真っ先に食べ物に突っ込んでいったのは、彼らの船長なのであるが。

 

「ああ、足りないようだ。追加を持ってきてくれるかな。

 初めまして、エース様、とお呼びしても? 管理者であるアン様より代表権を頂戴しているササメと申します。本日の宿の件なのですがご相談したいのです。

みなさんばらばらになってしまうのは申し訳ないのですが、」

 と、月の島の代表者のひとりが説明に訪れたのだ。聞けばこの町には大勢が一斉に泊まれる施設がないため、住人たちの家に分かれて泊って貰うことになったのだと、その準備を急遽させてもらっているのだと微笑んだ。

 エースはちらりとツヴァイとデュースを見た。難しいことはわからない、なんとかしてくれ。視線の意図を察しふたりが動き出す。交渉事にはうってつけの人物たちだ。

 スペード団では役割分担がきっちりと出来ている。苦手なことをわざわざする必要が無いように、適正に得意分野の作業を振り分けられていた。

 デュースを例に挙げれば船員たちの健康管理を行う医師としての業務が主でエースのお目付け役としての副長が少々、というように兼業となっている。ツヴァイは測量と操舵とアン管理いう感じだ。

 

 エースはふたりの副長が出した結論に、はい、かいいえ、の二択をするのが仕事だ。

 本来であればトムから船を受け取り半日ほどで荷物の整理をし、夕方には出航する予定だった。だが予定外の事態が起こり、一泊となった。一日で終わるかなぁ、いやいや弱気は禁物終わらせてみせる!と拳を振り上げたアンにほどほどにと釘を刺すことを忘れない。こういう時はいつも寝ずの奔走となるため睡眠不足の眠気を容赦なくこちらへ叩きつけてくるのだ。いくらつながっているとはいえ、睡眠欲まで放棄するのはいかがなものかとエースでもおもう。

 別段、急ぐ旅でも無しここで数日滞在してもかまわないのだ。

 スペード団はニューポートミューズに突然現れた海賊、ではなくなったのだから。多少特殊ではあるといえエースが率いる一団は海賊に分類されている。いくら帆の色を白にしていても、だ。世知辛い、とアンがよく言う。

 世間一般では海賊であるだけで悪逆とされる。ピースメインで航海していたとしても、一般民衆はモーガニアとの区別をつけられない。しかもここは、第二の魚人島とまで呼ばれているという。

 ならば人間であり、海賊であるスペードの面々はどう考えても、リュウグウ王国と同様、歓迎されるような一団ではなかった。

 

 しかしそこに『アン』という存在(げきやく)を加えれば途端、歓待される立場に変わる。人同士の関わりというのは、いつまで経ってもエースにとって難題として横たわった。

「ではよろしくお願いします」

 どうやら話し合いが終わったらしい。そして明日の予定が未定であるため、朝食後にここへまた集合する旨を全員に伝達する。皆がなんだかそわそわしていた。気持ちは、わかる。心の置き所がわからないのだろう。

 その中でひとり、異色であるのがスカルだ。魚人島で集めた情報を紙に書きだし精査している。覗き込めばちらりと視線をよこすだけで、なにやら考え込んでいるらしい。そこにエースはささやきを入れる。思わず立ち上がったスカルに続いてひとつ、依頼をかけた。アンとも違う情報網を持つ彼だ。必ず引っ張ってきてくれるだろう。

 周囲を見まわしながらしばしの時間をつぶしていれば、一宿を貸してくれる家人たちがやって来、順番に握手をして仲間たちを招いて行く。住人たちの心は穏やかだ。まるでフーシャ村のような、のどかな感じがする。仕方なく海賊を受け入れているのではなく、遠いところからやってきた親戚と接するような、そんなあたたかさを感じた。

 エースの場合は最悪、森に入って寝てもいいとすら考えていた。水と塩さえ持っていけば晩飯にもありつける。

「その時はわたしがついていきますよ」 

「そっか。じゃ頼むよ」

 

 エースがにししし、と楽しげに笑う。特訓の成果か、ツヴァイの察知能力がかなり上がってきているのがなんだかうれしかった。

 新世界には覇気使いがごろごろと存在している。覇王色はかなり限定的ではあるが、武装や見聞であればかなりの確率で遭遇した。ゆえにふたりは素質があるおのおのに習得を急がせていたのだ。運命を共にしてくれる覚悟を決めた仲間たちを死んでも守るつもりでいるが、背に庇い続けることが出来ないのもまた事実である。新世界には化け物しか居ない。こりゃダメだとおもった瞬間に、散り散りなっても逃げて生き延びてくれるのが最良だった。

 

 幾人かはすでに練度をあげて高めてゆく段階に入っているが、エースと比べると大人と赤子くらいの差はある。師と仰ぐシャンクスと比べると天と地でも足りず深海に沈むだろう。ここから先はアンが言うように修羅の世が待ち受けている。あちこち飛び回るアンの休息も兼ねて、数日滞在するかどうか明日の朝にでも頭脳陣たちに聞いてみるかとひとりごちた。

 

 スペード団には色の素質を持つものばかりだ。ひとつは確実で、ふたつ持ちも数名居る。覇王色はどうだろう。なんとなくだがいない気がした。使い手は直感的に解る。エースは武装色寄りであるがゆえなのか教えるのは不得意だ。鍛錬を通じてならば伝えることも出来るが、アンのように言葉では難しい。脳筋の肉体言語族だと言われるが、相互理解を育むためには拳を交えたほうが早いとおもっているし、言葉は簡単に行き違いを生む。

 直接的な力である武装色の基本はびっくりするほど簡単だ。感覚を掴むのが難しいのが見聞色だろう。それをうまく誘導して覚えさせているアンの手腕には頭が下がる。エースは繋がりを通じて会得したため、気付いたときには使えていたのだ。

 そもそも見聞色は相手の気配をより強く感じる先読みの力だ。だがその真骨頂は相手の深層心理まで潜り込むことにあるのだそうだ。そして乗っ取る。

 たいがいは心の奥底を覗くところまでで無意識に能力を制御してしまうものらしいが、突っ込む猛者も一部、いた。

 いやもうね、レイリーの誘導術は秀逸すぎるよね。ばっちりすぎるよ。できちゃったよ。さらに人外の道に逸れた気がする。とはアンの言だ。乗っ取り時は最後の最後に精神力の対決があるとのことで、これを制したものが肉体の主導権を握るのだ。

 ちょっとまて。それってさ。

 あら、エースにしては察しのいい。まるっと受け止めるのは得意だから。いつでもどうぞ。

 

 満面の笑顔を思い出し、おもわずエースはため息をついた。

 

 「ところでアンはどこへ行ったんだ。戻ってこれるのか」

 デュースが聞けばエースは少々考え込み、確かに感じるアンがいる方向へ指を向ける。あっち、と。

 「(ひじり)のところだろうな」

 その言葉が示唆する場所は、たったひとつしかない。最近船に乗り込んだ者でも乗組員(クルー)はアンの経歴をある程度知っている。元海軍将校であった事然り、満月の晩に行く場所然りだ。別段隠しているわけではないし、そもそもスペード団の集団戦法は海軍式だ。しかも大将仕込みの本格的な殴りこみ戦術である。

 アンから故郷の島の名は秘密にしなければ乗り込んでいく馬鹿が発生する可能性があるとし、エースも口にしないように気を付けてはいるが、可愛い弟のことはその分、会話に上ることが多かった。

 

 ひとりふたりと議会場からお泊りの現場へと移動してゆく仲間を見送りながら、エースは所在地をころころと変える半身を追いかけていた。この島に戻ってきたと思えばわざわざ覇王色を使って息の根を止める寸前で止め、すさまじい突風と轟音を巻き起こして時間すら操り徹底的に捩じ切ったあと、またどこかへ跳んでいったようだ。見聞を取得している仲間たちが目を回していた。さもありなん、発芽させたあと周囲の音と感情の取捨選択が課題になる。エースもかつて経験して通ってきた道だ。

アンの行方を追えば各地で容赦ない制裁を続けてひとつ、ふたつと起こしては移動を繰り返している。

 

 住人たちの不安が一時的に膨れ上がったが、顔役たちがうまく説明したのだろう。ざわめきは残っているものの、ほぼほぼ平時に戻っているようだ。面白い反応をしているのはスペード団の面々だった。自慢している奴がいるかとおもえば、酒が入ってどれだけ扱かれているのかを切々と訴えている奴もいる。だが誰もかれも悪しきようには語らない。まるで自分のことを語られているようで、くすぐったくて仕方がなかった。

 

「すまねェ、待たせたエース」

「いや、そんなことないよトムさん。ありがと」

 たまにはアンが言うように耳を澄ませて多くの声を聴くのも乙なものである。それに生きのいい目当てもつけた。部屋の中に残っているのはエースとツヴァイのふたりだけだ。

「アンはまだ戻ってきてねェんだ」

「たっはっ……!! 大穴開けた後に挨拶にだけ来てくれたよ」

 

 鉄砲玉よりたちが悪いな。そうトムは豪快に笑った。いつもそうだ。現れる時も、去る時も突然である。

 トムの案内でふたりがやってきたのは、町のはずれにある造船所だった。天然の洞窟のような場所にレンガと鉄で補強された隠れ家のような風体である。すでに進水させた新たな船出を待ちわびるモノがちらりと見えていた。その横手にはログハウスがある。そこがトムの住居だ。

 現在このログハウスにはトムの弟子がひとり居り、共に生活しているという。空きのベッドはないため、ふたりの寝床はハンモックになる。食事はさくらをはじめとした数人を引き取った食堂の女将が用意してくれていると言った。

 

「アンから船大工を探しとると聞いたが」

「ええ、切実に」

 

 食い気味に答えたのはツヴァイだ。

 多少の焼け跡であれば補修できるが、戦闘後の被害が致命傷となりかねない事態が何度もあった。エースの炎は仲間を傷つけない。触っても熱くないし陽炎のように揺らめくだけだが敵は別だ。敵を燃やす炎が(いえ)を焼くのである。こればかりは致し方ない。乗り移られないようにしてはいるが、身動きできなくなった船からの救援要請は受けざるを得ないのである。船に上がってきたところで牙をむくのだ。

 広い海の上で難破し孤立してしまったときの恐怖は、なにものにも勝ることを海を往く誰もが共通して持っていた。なので立ち往生した船を見捨てるなどありえないのである。黙って横を素通りするなど畜生にも劣る。どんなに悪名とどろく海賊であろうとこの時ばかりは誰もが手を差し伸べるだろう。疫病を運ぶ墓場にさえなっていなければ。だがそれを逆手に取り襲ってくる常識破りもいるのだ。

 スペード団は結成された当初からピースメインで海を渡っている。助けた船の数は両手では足りないが、襲われた回数は両足を足してもまだ足りない。

 

「たっはっ…!!たっはっ…!! 難儀だな!」

 

 船はどう足掻いても木製でしか作れない。北の海で産出される鉄は世界政府が強制的に接収するため、供給量が抑制されているのである。ゆえに船大工たちは木製でありながら鉄のように強度を持たせる秘伝をおのおのが開発し持っていた。だが炎となるとなかなかに難しい。叶うる素材は宝珠アダムくらいなものだ。あれは太陽の光を浴びると、半自動的に修復がかかる素材なのである。トムもあれほどの船は二度と造れないだろうと笑う。

 

 エースは自身の能力を使っても良いと考えている。万物の力を受け継いでいるのはアンだけではない。ただ制御がかなり難しく、なかなかおもったようにいかないのが腹立たしいのだ。それにロジャーからの干渉が増えていた。となればアンへの介入はさらに激しいはずだ。頼ってくれと言えないのがもどかしい。

 

 トムが扉を引き開けた瞬間、動いたのはツヴァイだった。丸いボールのようなものが飛び出してきたのだ。それを力任せに蹴飛ばす。するとそれは床を跳ね返り速度を増してエースへと向かう。

 炎をまとうまでもない。六式も必要ではなく、力だけでむんずと頭を掴んだ。

 ツヴァイが捉えるには少し速すぎたようだが、エースにしてみればひらひらと舞う蝶のようなものだった。

 

「勢いがつきすぎだな! たっはっ…!!たっはっ…!!」

 もともと笑い上戸であるトムだが、久々の千客万来にさらに輪がかかっているようだ。

「師匠! こいつ強いな! あのねーちゃんより強いな! 師匠! すっげぇ楽しい俺! 俺にしろよ! 役に立つぜ、俺! 師匠行きたい、許可くれ!」 

 頭蓋骨を握られたままの状態で、それは楽しそうに笑った。

 ツヴァイが聞くまでもなくあのねーちゃんというのはアンのことで、同じように突撃した彼はボールのようにポンポンと上空に何度も蹴り上げられ続けたのだという。それもまたそれで愉快だったらしい。

 彼はダルム、船大工見習いだ。

 作るより壊すのが十八番だが、修復のほうがもっと得意であるという異色の奇才である。木をパズルのように組み込んで元の形に戻すらしい。ダルマザメの血統因子をもつ魚人で、歯が永遠に生え続けてくるため固いものにかみつくのが習性であるのだとか。

 トムも可愛い弟子の、修復技能には太鼓判を押した。いちから組み立てるのは苦手で、側面に歪みがどうしても出てしまうのだが形になった船の歪みを元に戻すのは簡単にこなしてしまうのだという。ふつうであれば難易度が高いのは後者である。アイスバーグのようになんでも器用にこなす弟子もいるが、ダルムのように一点集中型の才能も珍しかった。多様性でいえばフランキーが突出しているが、無駄に巨大化させてしまうのが玉に瑕なのだという。

 「なあなあ、エース、俺連れてけよ! なあ!」

 

 用意されていた食事を満喫したあとはハンモック張りだ。エースの足元にはダルムがいた。さくらの半分ほどしかないダルムはエースのブーツにしがみついたまま離れなくなってしまったのだ。そのままでも別段、動きの阻害にはならないため引っ付き虫続行中である。

 そういえば、とエースは首を傾げた。ルフィにもこうやってしがみつかれた記憶があったのだ。サボが死んだと泣いた夜。アンが海兵になるため島を出た時。誰かと体温を共有しなければ、立てなかったとき。

 エースは思わず口元に笑みを浮かべる。

 ツヴァイに名を呼ばれたが思い出し笑いだと、なにもないと断った。

 

 結局、ダルムはエースに嚙みついたまま眠りに落ちた。エースの体に巣食った炎の悪魔の力でいくらダルムに噛みつかれたとしても傷を負うことはない。その部分だけ炎に変わるからだ。たまに武装色を意識したり鉄塊を使ってみたりすると、がしがしと満足げに食い込ませてくる。噛めば噛むほど味が出てくるするめ扱いされている気がしないでもない。弟のように寝ぼけて舐められないだけましだろうとおもう。

 以前アンが覇気の簡易版が六式だと語ったことをおもいだした。覇気は見聞、武装ともに最低限の素質が無ければ使いこなせない潜在的な力だ。しかし六式は違う。ある程度肉体の強度を高めると使いこなすことができるようになる。それでもアンに言わせてみれば、この世界の人間の強靭さは別次元、だと言った。

 この世界。

 まるでこことは別の世界があるのだと知っているような口ぶりだ。実父が現れるあの空間のことを指しているのかはわからない。繰り返される夢を見せられ続けているのだ。いくら察するのが不得意なエースでも、これくらいは気づく。

 

 エースは足元に注意しながら寝返りをうつ。

 本来であれば船大工はウォーターセブンで探すつもりにしていた。アンも伝手があると言っていたし、確かにあの都の船大工たちは誰もが仕事に誇りを持っていた。安心して任せられそうな幾人もいたとおもう。だがアンは首を振った。ここはだめだ、と。強くつながる縁が見えないと言ったのだ。こういう時の直感は侮れない。無理やり連れていくこともできるが、ほとんどの場合あっというまに解けてしまう。

 

 だがそのおかげで良縁に恵まれた。できればもう少し年齢加算が欲しかったところだが、であればさくらやこたつも不適切となってしまう。ここはエースが折れるしかない。ちいさいと壊してしまいそうになる。

 たまにおもうのだ。盃を交わした兄弟が海に出ることは確定事項だった。しかしばらばらでなくても良かったのではなかっただろうか、と。

 

 アンはエースの知らないあちこちで、繋がりを作り出している。それでものべつ幕無しに縁を引き寄せているわけではない。中には言葉は悪いがはずれも紛れこんでいた。それをどういう手法を使っているのかアンはうまく選別している。

 エースの場合はアンとは違い、向こうから繋がろうと努力しないとそもそも結べない強固な砦らしい。幸運の神様と同じ前髪しかないからね、と言われるが意味が分からないでいた。

 

 ゆっくりとエースを手を伸ばし握りしめた。

 この手の中に掴めたものを思い返す。手放したものに奥歯をかみしめる。

 窓から見える空にはうっすらと雲がかかった月が浮かんでいた。

 アンはまだ、帰らない。

 

 

 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

  

「ところで次の目的地はどこなのでしょう」

 朝食後、約束の時間までゆったりと床に寝転びくつろぐエースにツヴァイが今後を尋ねた。

 新世界に入るまで使っていた記録指針(ログポース)は魚人島へ到着後、今までのように指針が定まらず使い物にならなくなっている。しかもアンは魚人島で記録をとらなかった。磁気を遮断する箱にいれてわざと取得しなかったのだ。

 ニューポートミューズまでは水先案内人が居てくれたがここから先、頼るべき道標が全くない状態でどうやって進むのか。

「お前とアカシ頼りだな。この島にはさ、そもそも磁気がねェんだよ」

 どん詰まりの行き止まり。それがニューポートミューズの特性である。実際のところ探せばいくつも行き止まりの島は存在している。してはいるのだがそこから脱出できた者たちがほとんどいないため、情報として出回らないだけであった。

 「また、あの、行き当たりばったりですか」

 「だな。楽しみだ」

 にこやかな笑顔を浮かべる船長(エース)に二度あることは三度あるとツヴァイはこめかみを揉んだ。

 

 4つの青海では磁気コンパスが使えるが偉大なる航路(グランドライン)に突入した途端、リヴァース・マウンテンから始まる赤い土の大陸(レッドライン)へ一方的に流れる磁気のため記録指針(ログポース)しか使い物にならなくなる。

 アンは記録指針のみに頼るのは危険だとし、磨けば航海士になれるかもと期待をかけ、シモツキ村出身のアカシにこの世界では珍しいふたつの航海術を習得させた。この世界でも過去を遡ればもともと使われていた技法ではあるが、誰かの思惑によるのかいつの間にかすたれていた航海術だ。少々特殊な道具をつかうものの、この広い海のどこで迷子になっても自分たちの居場所だけは大まかに把握できる。

 方法としては六分儀という装置を使い水平線と太陽の角度を計ることにより緯度を求めることができた。そして経度決定のために月距法(げっきょほう)という誤差は大きいもののおおよその経度を割り出す技法により今現在の位置を特定するものだ。

 アカシ曰くアンが聖地から持ち出してきた世界地図があるからこそなんとか航海できるが、海図も何もない状態では身動きが取れないと断言している。確かに航法を使えば現在地はわかる。だがどれくらいの航海で次の島にたどり着くのか全く予想がつかない。その間、船に乗る皆は絶えず生と死を意識しながら限られた食料と水で息しなければならなくなる。

 記録指針(ログポース)のない航海は不安しか感じない。例えるなら灯を持たぬまま落とし穴だらけの漆黒の闇の中を歩き回るようなものである。

 「当分アンが船にいる時間も限られてきそうだし。どうするかな」

 さらに不安が増す発言が船長から聞こえてきた。いよいよツヴァイは頭痛を感じ始める。そこに追撃として、会議室に集まったあとに相談があると付け加えてきたのだから質が悪い。

 

 

 「エース、エース、見てくれこれすげぇ!」

 ログハウスの一角にある工房から軽くて回転の速い足音が近づいてきた。手にはエースがリセットを頼んだ記録指針(ログポース)が握られている。

 「これいっこしかねぇんだ、たったひとつしかねぇ!」

 新世界ではどんなに少なくとも3つ、ログを留める指針が使われている。そしてどの指針がどの島に繋がっているか、海軍ではほぼ把握済みであるとエースをはじめとした面々にアンは告げていた。新世界において追いかけっこを海軍とした場合、待ち構えられている可能性が大きいとの示唆である。

 だからこそ指針に沿って航海することをアンは拒んだ。そしてシャンクスが率いる赤髪海賊団は長年この方法で海軍や他の海賊団からの追撃をかわし続けている。実父が仕切っていた海賊団仕込みの方法で、だ。

 「おれたちさ、前半の偉大なる航路(グランドライン)を通ってきたんだ。知らねェだろう、たったひとつでいいんだぜ」

「いいなこれっ、迷う暇もねェ!」

「四方の海は磁気コンパスっていう別のも使うな」

「絶対についてくからな!連れてけよ!なあエース!」

 嬉しそうに走り回る魚人を横目にツヴァイは目頭を揉む。アンが居なければ島の方向がわからないのだ。迷子が確定した瞬間だった。できるだけ日持ちのする物資をここで積み込めればよいのだが、とツヴァイは最悪の事態を視野に入れでデュースや先生と計画を練り直す予定を立てる。この島の熱帯雨林に入れるメンバーはいかほどか。見聞を発現させてしまったがために、森の中に居る野生動物たちの強さが理解できてしまう。

 「緯度と経度の位置は分かってんだ。そう悩むな。それにお前、見聞特化だろ。方向わかるはずだけどな?」

 そうですね、引き出されたばかりですがとツヴァイはやけくそ気味ににこりと笑う。スペード団の旅路はやはり初っ端から波乱万丈の幕開けになるは決定事項のようだ。




「うぉーい。そろそろ島に移動だってよ!甲板でろやあ、おいてかれっど」
「先生、久しぶりっす!…その紙袋はなにに使うんすっか。え、穴ふたつ?」
(ずぼっ)←頭にかぶった音。しかも表裏反対。

ぶふぉおおおお ← 
……ぶふぉおおおお ← 
………ぶふぉおおおお ← 
以下略

「くくっ、飲みもんやべぇ」
「ぎゃはははは!」
「死ぬ! 上陸前に笑い死ぬ!」
「(呼吸困難のため言葉にならず)」
「あー楽しいったらないよ!全くこの船は飽きないね!」

(がちゃがちゃ) ← 

「先生? 物騒なもん持ち出してなにするつもりだい?」

 
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