はい、作者です(手抜き)
CiLCREの自動ドアを通り、今はスタジオの扉の前。内側から微かに漏れてくる演奏音を耳で受け止めながら、俺は静かに深呼吸をする。
「……よし」
小さく呟くと、極めて自然に、いつものようにその扉を開け放った。
「すまん、遅れた☆」
「やっときた〜! 修哉さん遅すぎですよ!」
「何分……いや、何時間遅刻したと思ってるんですか!」
「いや、まだ1時間半くらいじゃ……」
「1時間半もです! ……それで、遅れた理由は?」
「ちょっと呼び出しを食らいまして……。許してヒヤシンス」
「またですか……? いつまでもそんな態度では困ります」
ペロッと舌を出すのを忘れない。
そんな態度が癇に障ったのか、やや本気モードで氷川さんが怒りを露わにする。
俺が入った瞬間、それまで行われていた演奏が中断され、それぞれが楽器の元を離れた。
「……ちょうどいい時間だし、一度休憩にしましょう」
「賛成〜♪ それで、その手に持ってる袋は?」
「良い匂いが……します……」
「ふっ、よく聞いてくれたな……」
自分の肩の高さまで両手の袋を持ち上げると、自分でもよく分かる程のドヤ顔でそれを見せつける。
「遅れたお詫びに差し入れを買ってきました! ドンドンパフパフ! これで許して」
「わ〜! 山吹ベーカリーのパンじゃないですか! しかもすごい沢山!」
「だろ? 俺もタダで遅れる男じゃないってことよ」
「そもそも遅れなければ良いんですけどね」
「紗夜〜、細かいことはいいじゃん♪ ちょうど休憩なんだしみんなで食べようよ〜」
「……それもそうですね」
俺のサプライズに全員のテンションが上昇したのを感じる。やったぜ、氷川さんも上手くリサが抑え込んでくれた。これで小言はもう言われない。
「あれ、こっちの袋は中身違うんですか?」
「その通り。こっちがパンで、こっちはハンバーガーとポテトだ」
「えぇ!? そんなに買ってきたの!?」
「この前給料入ったからな。ほら、氷川さんも良かったらこれ食べて」
「ま、まぁ、くれると言うなら断るのも申し訳ないですし……頂きます」
「ふっ、チョロい」
「声出てるよ声」
これぞ氷川紗夜特別対策法、その名も『とりあえずジャンクフードあげとけば何とかなるよね』である。……うん、ネーミングそのまんまだな。だが効果は
「あ、ちなみに焼きたてらしいぞ」
「わーい!」
「だから……いい匂いだったんですね……」
予想通り宇田川さんが大喜びする中、俺はそれぞれにパンを配っていく。ちなみに買ってきたのはチョココロネとメロンパンだ。
俺が店に着くと、レジに立ってた女子とは別に2人の客が来ていた。一人はやたらテンション高くてひたすらパンの匂いを嗅ぎ、もう一人は氷川さんに負けないレベルの目力でチョココロネを眺めていた。
瞬間的に『うわぁ』と声が漏れてしまい、それに気づいた店員女子は苦笑を浮かべる。露骨な態度とってごめんなさい。
青葉は全部美味しいという漠然的過ぎる事しか言っていなかった為、正直どれにしようか少し悩む。そこで店員女子にオススメを聞いたところ、客の二人にこの二つを勧められた。お前らに聞いてないんだけどなぁ(困惑)
……というか、今思えばあの制服花咲川のやつだよな。氷川さん辺り知ってるんじゃないだろうか。ギターとベースらしきもの背負ってたし。
「美味しいー! ね、りんりん! メロンパンサクサクだよ!」
「チョココロネの方も……サクッとしてるよ、あこちゃん」
「ん〜、本当に美味しい〜! さすが修哉だね〜♪ 」
「私としては……もぐ。もう少し反省して貰わないと……むぐ。困るんですが……はむっ」
「氷川さん落ち着け、落ち着いて食べてくれ」
スタジオ内には香ばしいパンの香りと、揚げたてのポテトの匂いが立ち込める。そして目の前にはそれを本当に美味しそうに食べるRoseliaメンバーが。そんな光景を見て、つい固まっていた頰が緩む。
『役に立てるなら立ちたい』。そんな思いで参加を決意したあの時の俺は、どうやら間違っていなかったらしい。
「あ、湊さんにはもう一つあるんだ。食べきれないかもしれないけど……これだ!」
そう言って俺は別の小さな袋から新たなパンを取り出す。そこにはレーズンで目、チョコペンでヒゲや口が描かれたネコのパンがあった。
「いや〜、偶然見つけたんだよな〜これ。どう? めっちゃ美味そうじゃね?」
「へぇ〜、そんなパンもあるんだ〜」
「……か、可愛いっ! んんっ、……あ、ありがとう。是非頂くわ」
湊さんのきめ細やかな指が俺へと伸ばされる。それに応じるように、俺は袋ごとパンを直接手に乗せようとした。
その時だった。
「……っ!」
「…………え?」
手元が狂ったのか、別の『何か』があったのか。俺と湊さんの指先が触れ合った刹那、急にその指が引かれる。パンは受け取られることはなく、重力に従うように床へ落ちた。ドッ、という鈍い音がその場に静かに反響する。
その瞬間、聞こえるはずの音が全て消える。いや、実際には音はするのだ。今だってみんなは談笑をしながらパンを食べている。だというのに俺に届くはずの音声は何処か遠く、まるで現実味を感じられない。
感じるのは心臓が潰されるような痛み、穴が開けられたような虚無感。
曖昧な感覚の中、床に転がるそれだけは俺を逃すことはなく、どうしようもない現実を見せつけてくる。
静止した世界の中心で、ただその事実のみが虚しく存在していた。
○ ● ○ ●
「それにしてもすごい数買ってきましたよね、修哉さん」
「ねー。みんなの分と修哉の分入れたら全部で12個だよ? それにハンバーガーもあるからね〜。これは感謝して食べないと♪ 」
「夕飯……食べられないですね」
「あはは、確かに」
「もぐっ、もぐっ」
半分にちぎったメロンパンを食べながら、そんな会話を繰り広げる。既にチョココロネを食べ終えたあこの口の周りには、甘い匂いを放つチョコが付いている。それに気づいた燐子が口元を拭いてあげたところでちょうど修哉が声をあげた。
「あ、湊さんにはもう一つあるんだ。食べきれないかもしれないけど……これだ!」
そう言って取り出したのはネコの顔が描かれた丸いパンだった。確か……スコティッシュフォールドだっけ? 前に一度友希那から教えてもらったことがある。ちょこんと折れた耳が特徴的なネコだった筈だ。
「へぇ〜、そんなパンもあるんだ〜」
それを一目見た友希那は目を見開き、直後その白い頬を染めて微笑んだ。ホント、ネコに関しては性格変わるな〜、友希那は。
「……友希那さんって、ネコ好きなんですか?」
「どうでしょう。本人から聞いたことはありませんが」
「でも友希那さん……前に特別好きというわけじゃないって言ってました……」
「うーん……リサ姉は何か知ってる?」
「あ、アタシ? いやー、どうだろう。ネコ以外にも可愛い動物多いからね〜。燐子がそう聞いたんならそうなんじゃない?」
「それもそうですね!」
危ない危ない、友希那がネコ好きってことはみんな知らないんだった。アタシの答えに納得したのか、あこはあと少し残っているメロンパンを再び食べ始める。
そんな姿を眺めていると、ドッ、という何かが床に落ちる音と、小さな振動が伝わってきた。何かと思い修哉たちの方を横目で見ると、そこにはその場に固まった二人の姿が。伸ばした手は宙を彷徨い、その中間地点の床には取り落としたのか、先程のパンが転がっている。
「……ごめんなさい。少し風に当たってくるわ」
そう言って友希那はパンを拾ってスタジオを出て行く。その時の横顔は赤くなっていて、修哉を意識している事が目に見えて分かった。
(何かあったのかな? 友希那ってば照れちゃって〜。さてと、反対に修哉はどうなってるかな〜?)
扉が閉まる音を聞き届けると、視線を修哉へとずらす。
「……え?」
しかし、そこにはアタシが想像した修哉の姿はなかった。
ひどく歪んだ表情。未だ固まり続ける右手。悲しそうに、ただ哀しそうに俯く瞳には何も映し出されていない。そんな修哉に、アタシは心臓を鷲掴みされるような感覚を覚える。嫌な汗が額に滲み、体が硬直したような感覚に襲われる。
すぐにみんなを確認するも、相変わらずの笑顔で会話を続けている。気づいているのはアタシだけ。他の誰も、修哉の事を見ていない。
「……さて、俺も自分のパン食べますかね〜」
だが、それもほんの一瞬。すぐに修哉はさっきと変わらない笑顔を浮かべると、袋を漁ってパンを取り出す。あまりに急な変化だったせいで、今浮かべていた表情は全て嘘だったんじゃないかと錯覚してしまいそうになった。
(……でも、さっきのは……)
確実に現実だ。脳が見間違いと判断しても、この目はその光景を忘れることはない。
「修哉さん、なんで友希那さん出て行ったんですか?」
「ん? あぁ、この部屋いろんな匂い充満してるからなー。落ち着いて食べたかったんじゃね? 」
「なるほど、確かに匂いすごいですもんね」
「……つーか大体、ここってこんなにガッツリ飲食しても大丈夫なの……? 俺普通に持ち込んじゃったけど」
「「「…………」」」
「ちょっと? その沈黙やめて!?」
ツッコミとともに周囲を巻き込んでいく修哉。それを見て小さな笑いが起こり、『いつも通り』がそこに広がる。
それなのにアタシが感じるのは違和感のみ。心から楽しそうにしているその表情が、いつもと変わらない笑顔がどこまでも作り物めいて見える。
「……ねぇ修哉、さっき何か落とさなかった?」
「あー、キャッチミスでネコのパン落ちた。潰れたかと思って怖かったわ」
「大丈夫だったんですか?」
「多分、恐らく、ギリ」
「そうなんだ」
直前の状況について質問してみるも、特に変わった様子はない。……やっぱりアタシの勘違い……? 確かに見たんだけど……。うーん。
自分自身では証明のしようがない問いに、それでも答えを出そうと脳を働かせる。しかしやはり結論が出ることはなく、渋々勘違いという形で納得する事にした。
○ ● ○ ●
「……何してるのかしら、私」
CiLCREの外。椅子や丸いテーブルが並べられたカフェテリアで、私は静かにネコを形容したパンを眺めていた。頬を撫でる風はこの季節にしてはやや冷たく、空を仰ぐと黒い雲がうっすら見える。
明日あたり一雨来そうね……なんて思いながら、その場で小さくため息をつく。
あの場でネコに反応してしまったのは仕方がない。あの不意打ちのような状況で反応するなという方が無理だろう。それよりも問題なのは、修哉の事だ。
少し指先が触れただけで、それまでの事が吹き飛んでしまうくらい緊張した。顔が熱くなり、心臓が忙しく収縮を繰り返す。まともに修哉の顔すら見ることが出来ずに、ただ目を伏せることしか出来ないあの感覚。
「……駄目ね」
意識し出したら止まらない。好きという感情が自分の意思とは関係なく暴れ回り、好き放題に私の心を乱していく。
(変わったのかしら)
考えてみれば想像もつかない。歌うことだけに時間を費やし、他の物などその前に切り捨てて来たはずなのに。馴れ合いなど要らないと散々言って来たはずなのに、そんな私が恋をしているだなんて。昔の私が知ったらなんて思うだろうか。
「……修哉。〜〜〜!」
あぁ、どうやら本当に駄目らしい。小さく名前を呟くだけで、どうしようもなく高鳴ってしまう。
思い返して見れば最初にリサとこのスタジオに来た時、修哉は気まずそうな、居心地の悪そうな表情を浮かべていた。そんな修哉に今後も練習に参加しないかと提案したのは他でもない私。修哉の事を想う反面、このことが気に掛かっていた。
──修哉を縛り付けてるんじゃないか。
『役に立てるなら立ちたい』。修哉ならこう思うかもしれない。それは私が頼んだから。そして役に立ててしまう修哉は参加してしまう。
そんな訳あるはずがない、他でもない修哉自身が望んでこの日常があるはずだ。そう思っているにも関わらず、意識すればするほどにこの事実が浮かんでは消える。さっきだって急に外に出て来てしまったが、残された彼は自分が何かしたのかと疑ってしまうだろう。それが分かっていながらも、今でさえ何も動き出せない。
「……そろそろ戻らないと」
椅子から立ち上がると、袋を持ってCiLCRE内へ歩き出す。
私は変わった。きっとこれは揺るがない事実だろう。だがその反面、変わらないものもある。歌への思い。私が歌う理由。その全ては昔から変わらない。
一人の歌姫は仲間を得た。それは同じ志で高みを目指し、日々時間を共有しては繋がりを深め合う、そんな仲間。だというのに、変わり続ける日常の中で今はただ立ち止まる。
孤高の歌姫、なんて呼ばれていたが今は違う。今の私は身動きすらできない『鳥籠の歌姫』だった。
シリアス「やぁ^^」
と言うわけで若干のシリアスさんが混じって来ました。そんな事より紗夜さんかわいい(唐突)
新たに評価してくださった ごく普通の付与術師さん、焼豚野郎さん、ありがとうございます!
最近感想が増えてきて嬉しくなってます! よければ評価、感想等どんどんください!
ではまた次回。