彼女に出会った高校生活   作:ビタミンB

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クライマックス…!




月が綺麗

 

 

 

 冷房の影響でひんやり冷えた床の温度が体に沁みる。ソファーから転落した時にぶつけた側頭部がやや痛むが、今はそんなことを気にしている余裕は俺に無かった。

 

(送っちゃったよ!? ついに送っちゃったけど大丈夫なのか俺!)

 

 緊張に手が震える。一拍遅れて訪れた甘酸っぱいような気持ちに硬いフローリングの上をもがくようにのたうち回った。なんなんだ、覚悟決めるとか言ったり動揺したりブレッブレだなマイメンタル。

 だが同時に高揚感を得ている自分も確かに存在していて、それが不思議と心地よくもあった。

 

「……落ち着け、落ち着け。決めたことだろ」

 

 もう賽は投げられた。あとは湊さんの返信を待ち、それ次第で心の中身をぶちまける、もとい伝えるだけだ。結果は……またその時になって考えればいいだろう。

 

「それにしてもさっきの画像……」

 

 リサから送られてきたメールに添付されていた一枚の画像。行きの電車内で俺と湊さんが肩を寄せ合い眠りにつくその絵がどうしても頭から離れない。しかもあれ何故か一斉送信だったしな。なに? わざとなの? 拡散希望なの? リサとか友達多そうだからそういうのやったら最強なんじゃないだろうか。

 

 待ち時間に改めて画像を開くと、顔へ熱が上ってくるのを感じる。陽の光を浴びる湊さんはどこまでも幻想的で、一枚の絵画のような輝きを放っている。

 一方その隣で死んだように安らかな顔で眠りにつく一人の男。まるで真横に広がる絶景に水を差すかのような圧倒的な場違い感がそいつからは放たれていた。というか俺だった。

 

「───でも、我ながら本当……」

 

 ……幸せそうな顔してるなぁ、なんて。自分の無意識を撮られただけに、映る光景が本物のような気がして無性に嬉しさがこみ上げてくる。

 湊さんはこれを見たんだろうか。もしそうなら、これを見て何を思ったんだろうか。「よく眠っているわね」と流しただろうか。「何故こんなのを撮ったの……?」とリサに問いを投げたかもしれない。それとも、もしかしたら───

 

「うぉっ」

 

 ……なんて考えを遮るかのようなタイミングで携帯が震える。床に落としそうになるのをうまく堪えて、通知の主を確認する。

 やはりというか、湊さんだった。

 

 

 ───────────────

 

 

 起きてるわ。今そっちに行くから。

 

 

 ───────────────

 

 

「来るのか!?」

 

 来て欲しくはあったがここは『起きてるわ。何か用かしら?』みたいな流れが普通なんじゃないか!? 嬉しいけど! 嬉しいけども! 

 

「……騒がしいわね」

「み、湊さん……本当にきたのか」

「ええ、ちょうど眠気が覚めたから」

 

 ドアの隙間から流れた声に振り返る。そこには呆れた視線でこちらを眺める湊さんの姿があった。

 

 ここで一度俺の体勢を確認する。フローリングの上に横たわり、コイ◯ングもびっくりな跳ねるを繰り出した直後の硬直時間。打ち上げられた魚のようなポーズをとった男の姿が転がっていた。……穴があったら埋まりたい(切実)

 

「と、とりあえず落ち着いたから。無害だから入ってきてくれませんか……?」

「……何をしていたのかはこの際追求しないわ」

「ありがとうございます……」

 

 ドアを開け、こちらへ歩いてきてソファーに腰を下ろすも目が合う事はない。何故か湊さんは斜め下へと視線を固定させ、落ち着かない様子だった。

 

「……どうした? そこ何かある?」

「なっ、何でもないわ」

「そ、そう?」

「そうよ」

「そうか……」

 

 何とも可笑しいような会話を繰り広げる。皿洗いの時とは違いやや気まずい空気が流れ、お互いが次の言葉を待っているような雰囲気を醸し出していた。

 

「ガールズトーク楽しかった?」

「あれは……ガールズトークなんかじゃないわ」

「お、おう。リサがなんかやったのは理解した」

 

 思えば上から音してたしな。声までは聞こえないが、吹き抜けのせいで多少は響きやすくなってるのかもしれない。

 

「ねぇ、湊さん」

「……何かしら?」

 

 本題を切り出そうと息を飲む。意識した途端にうるさく騒ぐ心臓をそのままに、俺は続く言葉をそのまま放った。

 

 

「──ちょっと、散歩しない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……涼しいな」

「それにとても静かね」

 

 等間隔に並べられた街灯が照らす先を二人で歩く。空には無数の星が瞬いており、その中心に座すかのように浮かぶ月が闇夜を照らしていた。

 

「作曲の方はどう?」

「そうね……もう少し、かしら。もっといいフレーズがあると思うの。そっちはどうかしら?」

「かなりいいんじゃないかな。前よりは確実になってると思う」

 

 まぁ素人の意見なんですけど、と心の中で付け加える。いつだって俺はただの素人で、試行錯誤してみてはいるがどうしても限界はあるのだ。それでもこうしていられるのは、今までの俺の行動、言動が影響しているのだろうか。

 

「改めて、俺が今こうしてるのってすごい事だよな」

「……どうしたの? 急に」

「いや、ただ何となく通ってただけの学校とか私生活がここまで変わったのが素直に嬉しくてさ。人生何があるか分からないなー、なんて」

「……ええ。私もあなたが来てから変わった。本当、何があるか分からないものね」

 

 何故、夜はこうも感傷的になってしまうんだろうか。この暗闇が、月明かりが、静寂を飾る二人の足音が心地よくて、つい普段は決して言わないようなセリフを口走ってしまう。ただそれは湊さんも同じなのか、いつになくリラックスしているように見えた。

 

「俺が初めてRoseliaの練習に参加した時のこと覚えてる? あの時とかめっちゃ緊張しててさ」

「リサが私に言いに来た時は驚いたわ。今こうしていられるのもリサのおかげね」

「ああ、全くだ」

 

 さすがは幼馴染。リサが話題に上がった瞬間に湊さんの頰が若干緩んだ気がする。嫉妬しているわけではないが、何となく羨ましくも思ってしまう。

 

 それからも取り留めのない思い出を話し合う。山で見た景色の話や初めて俺がファミレスに同行した時の話、泊まりの時の料理の話など、語り出したらきりが無いような濃い時間に追憶を巡らせる。

 

 やがて潮の匂いが強まり、ざぁぁっと轟くような波の音も聞こえてきた。

 

「おー、海だ」

 

 風で飛ばされた砂がちらつく道路を歩き、人の音がない砂浜へと足を踏み入れる。

 

「なんだか新鮮ね。……夜の海、好きかもしれないわ」

「うん、その気持ち分かるかも」

 

 この景色を邪魔するものは何もない。人も、喧騒も、蒸せるような暑ささえも。何者に上書きされ書き換えられる事のない自然がそこに広がっていた。

 

 どちらともなく歩き出し波が届かないギリギリの距離で足を止める。押しては引いていく水面に映る月が儚げに揺れ、それを見ているだけで心の中が空っぽになっていく気がした。

 

「……綺麗」

「……うん。綺麗だよ、ほんと」

 

 そっと湊さんを見ながら呟く。仄かに照らされた髪は潮風でなびき、銀の花を宙に咲かせる。その姿がどこまでも幻想的で、神秘的で目を逸らすことができなかった。

 

「────」

 

 伝えようとして口を開くも一つも言葉は出てこない。その意味に気づいた瞬間、涙が溢れるような思い出が脳を駆け巡る。視界が滲み、開かれた口と行き場のない波音が一帯を彷徨っていた。

 

 これで終わりだ。そして、別の何かがまた始まる。それが微笑む先は誰も知らないが、少なくとも確実に現状は転がる。

 

 ──なんて、今更だよな。

 

 そうだ、今までだって変化の連続だったじゃないか。いつだってそれを受け入れて、時には踏み出して、その度に一喜一憂して過ごしてきた筈だ。

 ただそんな事を思う心を鼻で笑い、ふっと息を吐き出した。そこに確かな想いを乗せて。

 

「──湊さん。話が、あるんだけど」

 

 いつかの記憶の焼き回し。あの時は今日と違って今にも泣き出しそうな空模様だったっけ。だがそれも過ぎ去った。空どころかムードも話の内容も、これから言うのは全てが真逆。

 

「──何かしら」

 

 ピクッと肩が震え、ゆっくりとこちらに向き直る。月光の影になりその表情は窺えないが、今の俺にははっきり見えていた。

 

「俺、俺は───」

 

 緊張に歯が震える。心臓はかつてないほどに脈打ち、呼吸することすら忘れてしまいそうになる。ぐっと腹に力を込め、ついに絞り出すようにその一言を放った。

 

 

 

 

「ずっと、ずっと前から湊さんのことが好きでした……っ! 俺と付き合ってください!」

 

 

 

 

 同時に頭を下げる。訪れるのは静寂のみ。視界に映るのは微かに光る砂浜とそこに立つ二人の足。

 どのくらい時間が経っただろうか。数分、もしかしたらほんの数秒かもしれない。緊張で感覚が狂い全てがスローモーションにすら見えてくる。

 

 未だ固定された俺に言葉は何も返ってこない。それがだんだん大きな波紋となり、一つの結末が脳裏を掠めた。

 

 

 ──あぁ、これ終わったかな。

 

 

 漠然とそんな事を思う。途端に感じたのは悲しさでも憤りでもなく『喪失感』。失ってしまったものを見送るかのような寂しい思い。

 

 そんな中、俺に向かうように立つ足元に波とは違う染みができ始める。ぽつりぽつりと砂を濡らすそれに、俺は軽く頭をあげた。

 

 

 そして気づくことになる。

 

「み、湊さん!? なんで泣いて……」

 

 るの──と続く言葉は口から出ない。涙をそのままに湊さんの目は驚きに見開かれている。俯いた顔を庇うように前髪が揺れ、隙間から覗く頬や耳は目に見えて赤い。

 

 やがてゆっくりと顔を上げると、最高の微笑みを持って答えを返した。

 

 

「……すき。私も……修哉のことが好き……っ」

「……ぇ」

 

 

 告げられた言葉の意味を反芻する。俺は湊さんが好きで、湊さんも俺のことが好き……?

 意味を飲み込むと同時に、再び俺の視界も滲み始める。あぁ、反則だ。そんなに泣かれたらこっちまで泣きそうになるじゃないか。

 

 涙で赤くなった瞳が俺を覗き込む。その全てが愛おしくて、すかさず細い体を抱きしめた。

 俺は湊さんが好きだ。ふとした時に見せる小さな笑顔や歌ってる時の真剣な瞳、控えめな胸も俺より僅かに低いその身長も、多くありすぎて挙げてしまえばきりがない。

 だから、全てを3文字に纏めて優しく放つ。

 

「好きだ」

「っ…………」

 

 きゅっ、と抱き返す力が強まる。それがたまらなく嬉しくて俺も抱きしめる腕に力をいれる。

 

「心臓……すごいわね」

「……言うな。湊さんだってすごいからね」

「……恥ずかしいからやめて」

 

 激しい音が胸に伝わり、同時に湊さんへも俺の鼓動が響いている。お互い緊張している事が筒抜けの状態に、2人して小さく笑い合う。

 

「服、また汚してしまったわね」

「いいんだよ。俺も、ちょっと汚しそうだから」

 

 幸せすぎる現実に涙が押し寄せてくる。気を抜けば頬を伝ってしまいそうになるそれを、男の意地で堪えていた。

 

「あっ……」

 

 そっと肩を掴んでその身を離すと、名残惜しそうな声が耳に届く。

 

 まだ少し潤んだ瞳を見つめていると、次第にどちらともなく顔が近づいていく。探るように、おっかなびっくり縮まる2人の距離を、月明かりが優しく照らす。

 

 

 

 

 

 そっと触れるように一つになる影が、短く砂浜に伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(き、気まずい……)

 

 

 海辺を離れ、俺たちは同じ道を辿り帰路に着いていた。一周回って冷静になったせいで燃え上がるような恥ずかしさに襲われる。さっきから隣を歩く湊さんから顔を背けるように、ひたすら田んぼに向かって気持ちの悪い笑みを浮かべていた。あ、いま案山子と目あった。

 

 背中に光る月とは別に、光度マシマシな人口の明かりの中を歩く。ちら、と時間を確認してみると午後10時30分を過ぎていることに気がついた。おぅふ、思いっきり補導時間じゃないですか。まぁこんな田舎の夜道に警官なんて居ないだろうけど。

 ちなみにこれフラグじゃないから。

 

(それにしても……柔らかかったな……)

 

 先程の感触を思い出して唇をそっとなぞる。歯がぶつからないようにゆっくり進んだその口付けは触れるように軽く、いつまでも続けたいような気持ちよさがあった。

 

「……しゅ、修哉」

「は、はいっ! 何でしょうか!」

「……ふふっ、ぎこちないわね」

「……はは、確かに固いな」

 

 どこまでも初心なことを指摘し合う。こうして2人で同じ事で笑えることがたまらなく幸せに感じた。

 

「私たち、付き合うってことでいいのよね……?」

「うん、良いと……思う」

「その……よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「……まだ固いわね」

「こればっかりは慣れだろ……。ちょっと恥ずかしすぎてつらい」

 

 一歩は踏み出せても、結果を得ることができても、やはり俺は変わっていないらしい。だがそんな相変わらずのチキンっぷりにさえ安心する自分もいるわけで。

 

「これ、リサに報告した方がいいのか?」

「今はまだいいんじゃないかしら……? その、恥ずかしいから……」

 

 あ、赤くなった。日頃のクールさはどこへやら、照れまくる湊さんを見ると俺まで照れてくる。

 でも、ちゃんと話そうとは思っている。リサなら話さないでも速攻で察して祝ってくれるだろうが、それでもしっかり自分たちの口から言いたかった。

 

「じゃあ、その……改めてよろしく。ゆ、友希那」

「っ……今名前呼びは卑怯だわ」

「ちょっと卑怯なくらいが丁度いいんだよ」

 

 久しぶりに名前を呼んだ気がする。だがそれの意味するものは前とは違く、さらに深い想いを宿していた。

 

「でも、呼び方はそのままでも構わないわ」

「え、なんで?」

「だって────想いは、もう伝わってるもの」

 

 その一言に目を見開く。幸せの限界量を軽々と超え、想いと同時に再び涙が溢れそうになる。泣くな、堪えろ泣き虫。

 

「それに、その方が修哉らしいわ」

 

 今までの俺が作り上げてきた『らしさ』。それがこの呼び方なのだとしたら、今からはそれを変えていこうと決意する。何度目かは分からないが、隣で微笑む彼女を見て強くそう思った。

 

「……湊さんだって卑怯じゃん」

「お返しよ」

 

 同じ歩幅、同じリズムで足音を刻む。視界の先には光の漏れるコテージが映り、玄関のドアを開けて中に入ると一層の安心感に襲われた。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 言葉を交わしてリビングへ戻る。

 窓の外。雲が覆った月の影に、鈴虫の旋律がどこまでも輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





と言うわけで告白回でした。いやぁ難しい…! 上手く書けていることを願ってます。

新たに評価してくださった 笹倉海斗さん、ジュンさん、Clear2世さん、ジョイン@にのまえさん、ありがとうございます!

次回、最終回。
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