蛇足感溢れますが最終回です
トントントン、と刻みのいい音がリビングに響く。ぶつかる刃、倒れる野菜、味噌汁を温めるガスの音。ただ景色だけが違ういつもの朝に、俺は1人キッチンに立っていた。
いや、他にも違うものが一つあったな。
それは────
「彼女……湊さんが彼女……やばい」
俺が無人のリビングに向かいながら口元を緩めていることだろう。
いや仕方ないだろ!? 寝て起きたら改めて実感湧いてきたんだから! 朝日で目覚めた直後とかまず最初に夢じゃないか疑ったからね!?
思い出すだけで恥ずかしくなり、胸がかぁっと熱くなる。
「おはようございまーす! わ、朝ごはん作ってるー!」
「修哉さん……おはようございます……」
「おはようございます。早いんですね」
「お、おはよう。もうすぐできるから待っててくれ。……リサ達は?」
「今井さん達ならもうすぐ来ると思います。ほとんど同じ時間に起きたので」
「そっか、了解」
つい「ゆ、友希那達は?」と言いそうになるのをなんとか堪える。恥ずかしいから内緒と零したあの横顔を思い出し、さらに熱くなるのを感じた。
「あれ、修哉さん体調悪いんですか? 顔赤いですけど」
「大丈夫大丈夫、これはあれ、息止めてるから赤くなってるだけ」
「息止めてるんですか!?」
「暇つぶしで」
「ふふっ……さぁ、宇田川さんも白金さんも席に着いて待ちましょう」
「はい……」
「はーい」
ふと、席へと向かう氷川さんが振り返り柔らかい笑みを作って見せた。まるでそれが『上手くいったみたいですね』と言っているように映り、反射的に視線をそらす。
同じタイミングでドアが開き遅れて2人が入ってきた。
「おはよう」
「おはよー。あれ、もうご飯できるの?」
「2人ともおはよ。もうすぐできる」
「オッケー、ならアタシは食器とか出そうかな」
「私も手伝うわ」
見慣れたポニーテールを揺らしながらテーブルの前を通り過ぎ、俺の後ろの棚から食器を持ち出し運んでいく。リサの後に続いてきた湊さんがその場で小さく動きを止めると、不意に顔を寄せてきた。
「修哉、おはよう」
「っ……友希那もおはよう」
この世の全てを魅了するかのような瞳に心臓がドクンと跳ね上がる。そんな俺とは裏腹に、湊さんは満足そうな笑みを浮かべると踵を返してリサへと続く。
……あれ? ドキドキしてるの俺だけ……?
「あっれー、友希那また顔赤くない?」
「ほんとだー! 友希那さん大丈夫ですか? さっき修哉さんも赤くなってたし……2人とも風邪とか?」
「あこちゃん、大丈夫だよ……。多分、風邪じゃないから……」
「白金さんのいう通りです」
「……リサ、いちいち言わないで」
……なんてこったい! 余裕そうに見えて湊さんも恥ずかしかったという事実。……あぁ、可愛すぎて辛い。
「とりあえず作り終わったから食べようぜ。サラダは自分で取ってくれ」
「はーい!」
俺が席に着くと、いただきますの声と共に賑やかな朝食が始まった。
● ○ ● ○
「ふっふ……妾は深淵より来たりし魔姫あこなるぞ! 闇の旋律を……旋律を……?」
「宇田川さん、真面目にやってください」
「やってる! あこちゃんと真面目にやってます! りんりーん、助けて〜!」
「え、えぇ……」
「あはは、あこ十分カッコイイよ〜?」
「ダメなの! あこのドラムでもっとバーン! ってさせるんだから!」
「それで、今のは何なのかしら?」
「えーと、MCの練習です」
「まじかよ」
いままで宇田川さんが言ってたこれって全部MCの練習だったのか。初めて知ったぞ。
「ふぅ……そろそろ休憩にしましょうか」
「わかりました……」
「オッケー」
時刻は正午を回っている。午前のほぼ全てを練習に使い、やっと訪れた休憩時間に肩の力を抜いた。が、再び入れ直す。リサと小さくアイコンタクトを交わすと作戦を開始した。
「海行こう!」
「え、いいの!?」
……よし食い付いた。まず最年少で最も活発な宇田川さんをこちらに引き込むことに成功する。これにより芋づる式に白金さんも引き込める。苦手な人混みに関しては宇田川さんの無意識の協力と運次第だ。
「行きません」
「ダメです、行きます」
「行きません!」
「ダメです」
「ダメですって何ですか!?」
そして立ちはだかる壁。氷川さんには試した通り強行突破が通用しない。だがこれも計算の内。
「いいじゃん紗夜〜、ぶっ続けで練習してたんだから気分転換も必要じゃん? それにちょうどお昼なんだし色々食べようよ〜」
「それに海の家で色々売ってるらしいぞ。ポテトやらラーメンやら」
「……昼食なら仕方ないですね」
「湊さんもいい?」
「今から否定してもどうせ行くんでしょう? ……私は構わないわ」
「ふふっ、決まりだね〜♪ 」
よし、釣り上げた……!
瞬間的に賑やかになったリビングに拳を握る。勝った……勝ったぞ! これで水着イベは確定だ。
それぞれが着替えや準備をし、そのまま海へ向かったのだった。
● ○ ● ○
「キャッ! 冷たーい! それっ」
「やったな〜! おらっ!」
聞こえる会話に視界が歪む。
「太陽よりお前の方が輝いてるよ」
「やだ嬉しいー! こんなイケメンに愛されて幸せー」
響く声に気温が上がる。
「はい、あーん♡ どう? おいしい?」
「あぁ、最高に美味しいよハニー」
「爆ぜろリア充! 弾けろシナプス! バニッシュメント! ディス! ワール──」
「静かにして」
「……はい」
刺すような日差しの中。まるで別空間かのように佇むビーチパラソルの下に俺たちは座っていた。
「……そういえば氷川さん達は?」
「海の家に昼食を買いに行ったわ。リサ達も一緒にいるはずよ」
「そっか」
決して多いわけでは無いがそれなりに人がいて、ぼーっとしているだけでも視界の隅から目の前を通過していく。
正直、これほどまで砂が熱いのは予想外だった。火傷するぞ火傷。そのせいで2人してこじんまりとかき氷を食べているわけで。
「冷たいな」
「そうね」
「水着、似合ってるよ」
「っ……そう、ありがとう」
隣に座る湊さんはすっと消えそうな白い肌に対比するかのような黒いビキニタイプの水着を身に纏っている。どこまでも美しさを放つその姿に何度目を吸われたことか。理性を保つので一苦労である。
特にさっき俺が女の人にぶつかった時、ぽつりと「やっぱり大きい方が……」って呟いたのはやばかった。狙ってるかと思ったわ。
そのせいか今水着を褒めた途端、嬉しそうに頬を緩めていた。
しばらくして食事を運んできた氷川さん達と共にポテトや唐揚げに手を伸ばす。
「他の2人はどこかしら?」
「宇田川さんと白金さんならすぐ戻ると言って席を外しました。お手洗いでしょうか」
リサも水着を着ているのに、ただ1人氷川さんはTシャツを着用している。暑く無いのかよ……という意味を込めて視線を送るが、気にしていないと言わんばかりに顔を背けられた。
「ただいまー!」
「戻り……ました……」
「噂をすればだな……どこ行ってたの?」
「それはですね……これです!」
戻ってきて早々、宇田川さんは背後に隠していたものを持ち上げた。
「スイカ、ですか?」
「おっきい〜〜! それどこから持ってきたの?」
「それは……我が内に眠る暗黒の魔法陣から召喚を……」
「海開き記念で……1組一つ配ってました……」
「太っ腹な海だな」
「ということで、スイカ割りしましょう!」
高らかに宣言すると、これまたどこから持ってきたのか長い木製の棒を取り出す。おいちょっと待て、お前どこに隠してた。サイズ的に無理だろそれは。
「いいね〜♪ なら早速やろっか!」
「わーい!」
人が少なめな場所にスイカと棒を移動させる。やはりというか活発的な宇田川さんを中心にみんなも遊びに参加していた。
宇田川さんから順に目隠しをして目を回してもらう。スイカは離れた位置に置かれているが、なんとなくこの一回で終わってしまいそうなきがする。
「じゃああこ行きます! ムム、見える……我が魔眼には全て見えているぞ! ここだぁっ!!」
「うぉぉ!? 危ねぇ!」
「さてはこっちか!!」
「違うそれスイカじゃない! しかもなんでそんな正確に狙えんの!?」
魔眼強すぎ! バッチリ俺だけ追尾してるからねこの木の棒。
──それからも順番を変え、スイカを叩き割るための戦いは続いた。
「次は私が行きます」
「紗夜ガンバ〜!」
「こんなもの、集中すれば目を瞑っていても問題ありません」
「……氷川さん、そっち真逆」
ある者はスイカを見失い。
「わたしの番……」
「りんりんファイトー!」
「うん……頑張る……!」
「白金さん! いまです!」
「えい……っ!」
「惜しい〜! 燐子ドンマイ」
ある者は普通に空振り。
「次はアタシだね〜♪ アドバイスお願い!」
「リサ、もう少し前よ」
「オッケー♪」
「イキスギィ!!」
ある者は行き過ぎ。
「次は私ね」
「友希那さん、頑張ってください!」
「湊さん、決着をつけてください」
「ええ、行くわよ!」
そしてある者は……。
「……当たっても……割れない……」
「……可愛い」
そもそも割ることができなかった。
● ○ ● ○
「……疲れた……」
「もうしばらく動きたくないわ」
「同感だ……。みんな体力あるよなぁ」
日も傾いて夕暮れ時。俺たちは暑さも和らいだ砂の上で寛いでいた。
なんとかスイカを割り終えた後も海に潜ったり、砂で城を作ったりなど休む暇なく遊び続けた。その果てがこの光景だった。
全身がくたくたに疲れ、グロッキーになっているであろう俺はため息と共に空を仰ぐ。
「それにしても、なんだかんだ言ってみんな水着持ってきてたんだな。氷川さんとか後半超ノリノリだったし」
「私も意外だったわ。あんな紗夜を見たのは初めて」
特に城造りの時がピークだったな。もしかしたら練習よりも厳しかったんじゃないだろうか。指示通りに動き「こんなはずじゃ……」と嘆く宇田川さんが印象的だった。助けてやれなくてごめんな。
「夕方の海もいいもんだな」
「……ええ。夜とは違った良さがあってとても綺麗」
「いつかさ、また来ようよ。今度は……その、2人で」
「……! そうね。いつか、2人で」
いつか、なんて不確定な約束をそっと交わす。不変なんてものは存在しない。それはいい意味でも悪い意味でも等しくて、俺と彼女の関係がそれを色濃く証明していた。
だからこそ、俺は自信を持って言えるだろう。また必ずここに来ると。
「修哉」
「……ん?」
「──Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?」
問いかけに振り向く事はない。ただ前だけを見つめ続け、ふっと肩の力を抜いた。
答えなんて聞かれる前から決まってる。バンドの練習中やあの遠足、初めて会った時からずっと、俺の中には彼女がいた。だから自信をもって、胸を張って伝えることができる。
「──ああ、賭けるよ」
Roseliaに、彼女に俺の全てを賭けよう。
夕に染まった水面は何処までも続き、やがて1つの線になる。あの先には何があるんだろうか、なんて考えながら潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。確かに存在するその先はまだ見えないが、それがまた俺の未来を弾ませる。
彼女に出会って初めて生まれた高校生活は、大きな1つの答えを得た。近づき、並び、時に離れたこの感情が唯一それを確信している。
──本当にありがとう。
落ち着き始めた喧騒の波間に耳を傾けながら小さな温もりに手を重ねる。
浜辺を彩る波音だけが、どこまでも空に溶けていった。
どうしても最後のが書きたかったんや…!
ということで、これにて完結になります。
今まで「彼女に出会った高校生活」を読んでいただきありがとうございました! こんな思いつきで書き始めたような作品に評価、感想、お気に入りをしてくれた方も本当にありがとうございます!
また別の作品を投稿したらその時はよろしくお願いします。
ではでは、ビタミンBでした。