彼女に出会った高校生活   作:ビタミンB

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あけましておめでとうございます (ただいま)




一歩、また一歩

 

 

 

 ガヤガヤとしたファミレス店内のテーブル席に腰を下ろす。ワンテンポ遅れて対面に氷川さんが座ると、ほっと小さく息を吐いた。

 

 あの後氷川さんは疑問を口にしながらもファミレスに行くことに賛成の意を示した。この店はスタジオから徒歩10分程の位置にあるため、割と気軽に訪れる事ができる。Roseliaのみんなもよく利用している、もはや行きつけと化した店だった。

 

「それで、何の用事ですか?」

「いや、ちょっと話があると言いますか……。てか何の用事かも聞かずにここまで来てくれたよね」

「あなたが誘ったんでしょう……でも、大方その話の内容は察しがつきます」

「おー、さすが氷川さん。風紀委員の名は伊達じゃない」

「それは関係ないでしょう」

 

 如何にも頭が痛いといったポーズをとり呆れの意を示す。そして、俯いた顔から視線だけをこちらへ向けた。

 

「それで、話なんだけどさ」

 

 俺が氷川さんをファミレスに誘った理由は2つある。

 1つ目は近況の相談と意見交換のため。これが一番の目的であり重要な課題だ。最近のRoseliaは前と明らかに違う。言ってしまえばとSMS以降の友希那の様子がおかしいってことなんだけど。原因に心当たりはあるが、動機が不明なのだ。その点、ずっと前からRoseliaメンバーである氷川さんならば何か知っているかも知れなかった。

 それに、氷川さんからの話も聞きたい。多分餌 (ポテト) を撒いておけば幾らでも話してくれるだろう。もはや常套手段である。

 

 そして2つ目は氷川さんだから。もう既に理由が意味不明というか曖昧だがこれもかなり重要で、しっかりとした考えがある。まず氷川さんの性格だ。客観的で冷静沈着、言うことははっきりと言う彼女は、意見交換の相手に適している。

 これが例えば宇田川さんなら「闇の力がドーン! バーン!」のオンパレードで会話が成立しないだろうし、白金さんなら「あの……えっと……」ってなること間違いなし。というか俺、そもそも白金さんと2人で喋ったことって殆どないな。まぁそれは置いといて。

 次にリサだが、この場合は適切じゃない。今回の話の中心であり軸となるのは友希那だ。彼女の場合、友希那のこととなると返答が曖昧になるのが目に見える。というか友希那の幼馴染である彼女に過去のことを探るような相談を持ちかけることに気が引けちゃったのである。

 つまるところ、ほぼ消去法のようなものだった。

 

 という事で、今俺たちが話し合うべき内容は今のRoseliaについてと友希那の態度の変化についてだ。

 

「って事で氷川さん、何か知らない?」

「やはりその事ですか……」

 

 ある程度要件に察しがついていた所為か、声は存外に平常だ。それでも顎に手を当てている姿から、氷川さんも答えを出しかねていることが何となく見て取れた。

 

「そうだ、なんか注文しようぜ。あの空気にやられて腹減ってるんだよね、俺」

「はぁ……ブレませんね、あなたは」

「褒めても笑顔しか出ないぞ」

「あなたのニヤけ顔なんていりません。それより、メニューを」

 

 ニヤけ顔と言われた事に軽くショックを受けつつも素直にメニューを渡す。

 え、俺ニヤケてた……? 普通に笑ってると思ってたんだけど。って事は今までもそうだったのか!? 爽やかな笑顔を浮かべてるつもりでも、周囲からしたらただ爽やかにニヤけてるだけだったんじゃ……。

 やばい、超恥ずい。まず爽やかにニヤけるとか言う単語が知能指数低すぎて恥ずい。

 

「では、私はこのサラダと……期間限定・秋の野菜盛り盛りパスタで」

「なにそれ美味しそう。なら俺はチーズグラタンとサラダにしようかな。あとこの見るからにヤバイポテトで。氷川さんポテト食べるっしょ?」

「わ、私はジャンクフードに興味は……」

「あ、その設定まだ続いてたんだ」

 

 久しぶりに聞いた気がするこのセリフ。前みんなで来た時はバクバク食べてたはずなんだけどなぁ。というか隠さなくてもみんな分かってると思う。むしろ隠す気無いじゃん。アイラブポテト全開じゃん。

 

「まぁいいや。あ、ドリンクバーはつけていいよね?」

「はい、お願いします」

「おっけー」

 

 ベルを押して店員を呼ぶ。この時間帯は割と繁盛しているらしく、店内を見渡せば何処かしらで店員が忙しなく動いていた。

 

「それでさっきのさっきの話だけど、どう思う?」

「また曖昧ですね」

 

 確かに曖昧だ。曖昧で不確定。具体性などカケラもない、しかしあの場で実際空気を感じたからこそ伝わる問い掛け。

 

「私としてはあまり良い雰囲気ではないと思っています。湊さんは……明らかにSMSが関係していると思いますが、詳しいことは分かりません」

「うん、俺も同意見。オーディエンスがいなくなったアレはステージ側からしたら心に来るのがあったのかも知れないけど、あの変化の理由が分かんないんだよね」

 

 SMS直後の練習。それ自体の雰囲気は決して悪いものではなかった。むしろ反省点を挙げ意見を交換し、少しではあるが話し合いもした。それに、その時は友希那も今みたいな態度ではなかった筈だ。それが最近になってピリついて来たということは、何か変革があったのだろう。

 

「そもそも結局やってないしな。SMSの反省会」

「そういえばそうですね……。あの日も湊さんは先に一人で帰ってしまいましたし」

 

 あー、うん。そうだった。でもあの日って結局俺たちみんな電車で来てたから当然のように帰りも電車だったんだよね。会場を出たタイミングもほんの数分違うだけだったし、俺以外気付いてなかったっぽいけどなんなら直線の道とか出たら遠目に友希那の後ろ姿見えちゃってたし。というか帰りの電車も同じ時間だった。あの時はあえて触れなかったけど内心冷えっ冷えだったからね。流石に一人にした方がいいと思って全員を別の車両にさりげなく誘導したレベル。

 

「なんですかそのまるで『気付いたのが自分だけで良かった』とでも思っていそうな顔は」

「ファッ!? ……んんっ! なんでもないなんでもない。アイアム平常心、オーケー?」

「少なくとも平常心でないということは分かりました」

 

 もうなんなの。なんで心読んでくんのこの人。

 

 ……さて、早速会話が詰まり始めた。

 くっ、もっとちゃんと話す中身決めてから誘うべきだったな。ただ現状確認しただけじゃねーかこれ。他に話すことあるだろ本街修哉。聞きたいことも、あった筈だ。

 

「でもまあほら、今は何か悩んでカリカリしてても時間経てば落ち着くかもしれないし」

 

 結局、出てきた言葉は楽観視もいい所、自ら話を終わらせてしまう一手だった。駄目だ会話が下手すぎる。

 

「そうですね。私も出来る限りフォローしようとは思っています。……とは言っても、その必要もないかも知れませんが」

「ん? ああリサか。あいつのフォロー力やばいからなぁ」

 

 リサの気遣い&優しさスキルと言ったらRoseliaトップで間違い無いだろう。それで今までRoseliaを支えて来たんだろうということは想像に難くない。

 それでも今回は旗色が悪かったっぽいけど。実際、バンドの事を思って焼いてきたクッキーだって友希那の前に一刀両断されていた。

 

「それに俺も出来る限りフォローしてみるよ。このままだと流石に宇田川さんがボッコボコ過ぎてかわいそうだし」

「そうですね」

 

 本当、宇田川さんは目も当てられない。集中砲火もいい所だ。その上脱退させるなんて言われているんじゃ心に来てもおかしくない。

 

 氷川さんも同じことを思ったのか、うんうんと首肯していた。

 

「第一、湊さんに直接聞けば早いんじゃないですか? あなた、彼氏でしょう」

「そうだけどさ、聞きづらいことってあるじゃん。その……彼氏だからって何でも知ってる訳じゃないし」

 

 寧ろ知らないことだらけだ。長いように見えて俺と友希那、Roseliaの関係は存外に浅い。特別な関係性になったとは言え、半年ほどの付き合いではまだお互いを真に理解しているとは言えないだろう。

 

 知っていい事と同様に知らなくてもいい事だって世の中には沢山ある。つまるところ、人間は知ってることだけ知ってるのだ。ソースは某委員長。

 

「そういうものですか」

「そんなもんでしょ。近いからこそ聞けない事って、きっとあるから」

「なるほど……。少し、分かる気がします」

「てかさ、結局この話を纏めると『原因は不明だし直接聞くのも無理だから様子を見ましょう』だよな」

「そうですね」

「つまり現状維持だよな」

「そうですね」

 

 ここに来た意味とは。

 まあこうやって話し合えただけでも十分か。そもそも解決しようとしていた訳じゃないしな。いや、最終的には何とかしたいと思っているけど、流石にすぐには出来ないだろう。

 

「店員遅いな」

「そうですね」

「さっきからそうですねしか言ってない気がする……。なに、マイブームなの?」

「なぁっ……違います! それで会話が成り立つならいいんです」

 

 やっぱ氷川さんってぼっちなんじゃ……。コミュニケーション能力があるのかないのか未だに分からん。

 しかもマジで店員来る気配ないし。俺もそんなにコミュ力ないからそうですねばっかり使われると詰むんだけど。あれ? お互いコミュ力ないとかこれもう詰んでね? 裸のキング蔑むどころかチェックメイトされてんじゃん。

 

「あー……そうだ、聞きたかったんだけどさ」

「? なんですか?」

 

 ──宇田川さんを脱退させるってアレ、どういう事なの?

 

「大変お待たせ致しました。ご注文をお伺いします」

 

 若干気まずい思いをしながら友希那の言葉を意を聞こうと口を開くが問いは言葉になる事はなく、ぱくぱくと開閉を繰り返して静かに閉じた。

 

「……とりあえず注文しよっか」

「はい」

 

 タイミングの悪さに呆れ半分で笑顔を浮かべ一旦話を切る。

 あまり待たせても店員に悪いと思い、俺たちは手短に注文を済ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 数多くのCDや楽器、その他ピックや弦やドラムスティックなどのオーディオ機器が陳列された店内。心地良いボリュームで流れるクラシックなBGMを遮断するかのように視聴用のヘッドホンを耳につける。

 

 聴こえてくるのは最近海外で有名になってきている実力派バンドの最新曲。激しいドラムのリズムにギターが暴れ、ベースが全体を整えるように調和の旋律を奏でる。男性ボーカルの声は荒々しくも繊細で、うまくリズム隊に合っている。

 

 CDを買うくらいに注目しているバンド。その最新曲と言えばいつもはもっと心が躍る筈なのに、何故か耳元で響く音は何処か遠く、まるで自分の意識が宙に消えてしまいそうなほどに覚束なかった。

 

 最後まで聴き終えずにヘッドホンを外す。

 ここは私の、この近辺で音楽活動をしている人にとっての行きつけである楽器店。お父さんがバンドを組んでいた時から建っている、新しくも古くもないようなそんな店。

 

 ズラリと並んだスコアに一瞬視線を滑らせながら外へ出る。暖房の効いた店内とは違い、冷たい風が薙ぐように吹いた。

 

「…………」

 

 練習が終わった後、修哉の声に振り向きもせずにスタジオを後にしてしまった。無視をしたのなんて初めてのことだった。

 

 ──修哉、怒ってないかしら。

 

 SMS以降、修哉と過ごす時間が減った気がする。いつもならリサと修哉と3人で帰っていた練習後だって、今はこうして一人で風に吹かれいる。

 今頃、2人で一緒に帰っているのかしら……。そんなことを考えて少し寂しさに襲われた。

 それもこれも、原因は私にあるというのに。

 

 Roseliaを取り戻す。曖昧で漠然的で、朧気で不明瞭な目標。

 でも、今日やってみて実感した。以前のような視点で厳しい言葉を放ってみて、分かった。

 私たちの音は変わってしまっている。そのせいでオーディエンスが居なくなったのだとしたら。そのせいで、雰囲気が違うと評されたのなら。

 

 

 

 私たちは、戻らないといけない。夢のために。

 

 

 

「おーいっ! ゆーきな〜!」

「……リサ?」

 

 振り返ると、リサが小走りでこちらへ向かって来ていた。

 

「まだここにいたんだ。てっきりもう家に帰ってるのかと思ったよ」

「少し、楽器店に寄っていたの。それよりリサ、修哉は? 一緒じゃないのかしら」

「んー、なんか修哉、用事があるって言ってたんだよね。だからアタシはこうして一人で帰ってるわけ」

「……そう」

 

 全く、この暗い中に女の子一人で帰らせるってどうなのさー。と文句を零すリサが横目に映る。

 しばらく足を進めていると、あっという声と共にリサが口を開いた。

 

「友希那、ちょっとファミレス行かない?」

「行かないわ。そんな時間は私にない。帰ってからもやらないといけないことがたくさんあるの」

「そう言わずにさ〜♪ 最近ちょっと友希那ヘンって言うか、張り詰めてる感じするし、息抜きしないとダメだよ?」

 

 ふと顔を覗くと、瞳が心配そうに揺れていた。

 

「……少しだけよ」

「やたっ♪ 」

 

 つくづく自分はリサに弱いらしい。

 半ば抵抗を諦めるように息を吐くと、方向を変えて歩き出した。幸いファミレスはここからそう遠くない。帰り道のついでに寄れるような場所にあるため、移動にそう時間はかからないだろう。

 

「〜〜♪」

「なんだか上機嫌ね。何かあった?」

「んーん、なんでもなーい」

「変なリサ」

 

 今だけ。今だけだ。こうしてファミレスに行くのもこれきり。

 明日になればまた前の私のように。頂点へ辿り着けるように、常に厳しく張り詰めたものでいなくては。

 

 しばらく他愛もない会話を交わしていると、ファミレスが見えてきた。大きなガラス張りになっている窓から店内を見やると、繁盛しているのかかなりの人が目に映った。

 

「あちゃー……すごい混んでるね〜……って、あれ? 修哉と紗夜……?」

「え……?」

 

 リサに言われて気が付く。普段Roseliaが反省会として使用しているいつものテーブル席で、修哉と紗夜が2人で食事をしている。盛り上がっているのか楽しそうに言葉を交わす2人を見て、心に黒い靄が射した気がした。

 

「何でいるんだろ。そもそも修哉、用事があったんじゃ」

「帰るわ」

「あっ、ちょっと友希那!」

 

 見たくない、見たくない、見たくない。

 予想外の出来事に思考が上手く纏まらず、ただもやもやした気持ちだけが心の内を支配していく。

 

 どうしようもなくなって、私は引き止めるリサの声に聞こえないフリをしてその場を去る。冷静さなどカケラもない。ただ気付いた時には自然と走り出していた。

 

「はぁっ、はぁ……っ」

 

 ある程度離れた所で立ち止まる。リサは追いかけてきていないらしく、夜の寂れた路地に荒い息遣いだけが反響した。冷えた空気が痛みを伴い肺を満たす。

 

 別に修哉がどう過ごしても私が何かを言える立場ではない。むしろ私から修哉を避けるような事をした。なのに、それなのにどうして──

 

「……っ」

 

 冷静さなど何処へやら、心の靄は濃度を増し飽和していくばかりだった。

 

 





更新まで期間が空いてしまいすいませんでしたぁッ! m(_ _)m (n回目)
更新が止まっている間にも感想、お気に入り、評価をして下さった方々、本当にありがとうございます。
改めて気合い入れて執筆していこうと思います!

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