24時間 バンドリ! TVでずーーーっとチャットにいたオットセイの真似するアレが好きすぎてつらいです。
フラついた足取りで玄関を開け靴を脱ぐ。自宅の鍵やスクールバッグをリビングに放ると、そのままソファーへ倒れ込んだ。
「…………気持ち悪い」
襲うのは激しい頭痛と吐き気。背中や額にじっとり滲む汗が不快感を誘い、俺の体調の悪化を後押ししていた。カチリ、カチリとリズムを刻む壁掛け時計の秒針がやけに遠く聞こえる。どうやら耳鳴りもしているようだった。
緩慢な動作でソファーから転がるように起き上がり風呂場へ向かう。脱衣所で乱雑に服を脱ぎ、頭からシャワーを浴びると不快感が和らいだ気がした。
「俺、今までなにやってたんだろ」
あの場において湊さんの言葉は正真正銘本心で、何処にも嘘はないのだろう。彼女がそういう性格であることを俺は知っている。だからこそ、告げられた意図に心が締め付けられた。
「いやー、まさか戦力外通告されるとは思わなかったなー」
予想外過ぎてビビったわ。ノストラダムスでも流石に予言できないレベル。しかも何? あの空気。近年稀に見る大寒波だったんだけど? みんな飛び出しちゃうし、なんか俺も出てきちゃったし、タカキも頑張ってたし。
酷く遠回しで具体性に欠けていても、言いたい事は伝わった。これでもう俺はお役御免。Roseliaにとって不要な過去の遺物になって、もうスタジオに行くことも、一緒に、話しながら、帰ることも、カフェテリアで……っ、みんなで話すことも、もう、もう二度と…………。
「……キツいなぁ……っ」
呻くように、絞るように声が出た。
好きだからこそ、辛かった。あの場所が、あの時間が大切だったからそこ、どうしようもなく悲しかった。あれは嘘だと、聞き間違いだと信じたいのに。耳にこびりついた台詞は容赦なく理想を打ち砕き、残酷な現実を俺に見せつける。まるで、全てが夢だったと告げるように。
嫌な思考ばかりが加速していく。
湊さんは言っていた。危機感を持って練習に取り組まなければFUTURE WORLD FES.には出られないと。あの時は気付かなかったが、それはつまりRoseliaはそのフェスを目指してバンド活動をしているって事なんじゃないのか。それに、リサも俺が参加する前にRoseliaでFWFに挑戦したことがあると言っていた。
もしかしたら最初から、それこそRoseliaが結成された当初から、目的はずっと──。
──嗚呼、本当嫌になる。
Roseliaには意味があった。夢があった。目標があった。あくまであの練習は過程だと、そのための手段の一部だとどうして気づけなかったのか。湊さんが、リサが、氷川さんが、宇田川さんが、白金さんが何の目的を持たずにバンドを組むはずがないじゃないか。その姿を1番近くで見てきた俺が、どうしてそれを外していたのか。愚かに愚直に盲目にそれを見逃し意識の外に放り出し、「一緒にいたい」「少しでも長く眺めていたい」「話がしたい」なんて馬鹿げた思考を掲げていた。
FWFに出場する。そんな真剣で崇高な意思の元に行われていた練習を、俺は今までそんな不純な動機で穢していたのだ。だがそれは表に出してこなかった。だから、きっと彼女は俺がただ純粋に手伝っていたと考えているのだろう。本当は違うのに。
嗚呼、本当に嫌になる。
きっと……いや、違うな。これは絶対だ。俺が練習に参加したせいで、Roseliaは変わってしまった。だから今回の衝突も涙も分裂も、元を辿れば俺のせい。他の誰でもない俺こそが、この現状を生み出していた。
「……っ」
何かが込み上げてくる。が、不思議と涙は出なかった。たとえ鼻の奥がツーンとして呼吸が深くなろうとも、じわりと熱をもつ目頭が瞬きと共に痛んでも。どうしようもなく空っぽになってしまった心は、もう何も失わないようにと鍵をかける。
……これ以上、考えるな。こういうの得意だろ、お前。前にボコボコに殴られた時だって平気装って笑ってたじゃないか。この程度は何でもない。過程なんて、違和感なんて気にするな。本街修哉は不要。ただその結論さえ在ればいい。だから、笑え。笑って繕って誤魔化して騙して欺いて隠して笑って笑って笑って笑え。そうでもしないと、きっと────
鏡の中には平生と変わらぬ俺が映る。気持ち悪く不気味に歪んだ口角に、カケラも動かない目元。顔色は悪く、体も震えているけれど。
「──うん、いい顔だ」
それでも笑う人形は、きっと狂ってしまっていた。
● ○ ● ○
『それでは一位の発表です! 本日最も運勢がいいのは……天秤座のあなた! おめでとうございます!』
「おい昨日も天秤座だったじゃねーか」
快活な顔で今日の運勢を語り出すキャスターに文句を垂れながら朝食を作っていく。
この占いコーナー全っ然信用できないんだよな。しかも確か一昨日も天秤座だった。3日連続ってあり得ないだろ普通。なんなの? 天秤座贔屓してんの?
不平等だ、と嘆きながらも四角いフライパンに油を敷き、予め調味料と混ぜておいた卵を投入。火を弱火〜中火あたりに調整して発生した気泡を箸先で潰していく。半熟状態になったら奥から手前に折りたたみながら移動させて、最初の卵の残りを入れて同じことを繰り返せば……。
「うっし完成! いやー、やっぱ弁当と言ったら卵焼きだよな」
外せないよね、卵焼き。弁当に入れるのは半分としてもう半分は朝食用に皿に盛る。後は適当に野菜と冷凍食品詰めとけばいいだろ。因みに俺は甘い派だ。
油まみれのフライパンを軽く水で流しシンクに放ると、サラダと卵焼きをテーブルに運ぶ。すると丁度いいタイミングでトースターがチン、と小気味良い音を鳴らし、パンが焼きあがったことを知らせた。冷めないうちにマーガリンを雑に塗りつけると、席に着いて両手を合わせた。
「いただきます」
父親が仕事で家を開けるようになってから毎日のように繰り返してきた朝食風景。なんの変哲も無い平和を飾った日常が、リビングには広がっていた。コーナーが切り替わったらしいテレビ番組のニュースに耳を傾けながら、俺は目の前の食卓に手を伸ばす。
「…………」
──不味い。
いや、これは不味いとかそういう問題じゃない。
口に含んでも、咀嚼しても、舌の上で転がしても、呑み下しても……。
「味が、しない」
からんと音を立てて箸が転がる。未だ口内を彷徨う『ナニカ』は、まるで粘土細工のようだった。
どれだけ固まっていただろう。意識がはっとした時には既にパンは冷めていた。手に取り無理矢理口の中へと詰め込むと、逃げ出すように席を立つ。
残ったサラダにラップをかけ、卵焼きが乗っていた皿をシンクに放る。洗い物は……帰ってからでもいいだろう。
昨日放り投げたままになっているスクールバッグを手に取ると、足早に家を出た。
● ○ ● ○
弁当を忘れた事に気が付いたのは、我が羽丘高校の校門が見え始めた頃だった。というかもう校門通過しちゃってる。どう考えても手遅れだった。
ちょっと何やってんの俺。何が「弁当と言ったら卵焼きだよな」だ。弁当舐めてんのか。つーかそもそも野菜も冷食も入れてなかったじゃん。くっ、せめてもうちょい早く気付けば取りに戻……らないな、うん。めんどくさいし絶対戻らん。
「昼飯購買で買うか……」
あー、あの卵焼き結構自信作だったのになー……。まあ別にいいけどさ。てかそれより金持ってたっけ俺。不安になってきた。
「ダメダメだな、今日」
「なにがダメダメなんですかー?」
「うおっ!?」
突如隣から聞こえた声に素っ頓狂な声が出る。一瞬誰だと思ったが、この間伸びした口調に一人心当たりがあった。
「青葉か」
「せいかーい。可愛い後輩のモカちゃんでしたー」
「自分で言っちゃうのかよ」
悪戯っぽく笑いながら、青葉は俺の横に着く。
「珍しいな、お前が学校で俺に声かけて来るのって」
「たまたま見かけたのでー。そもそも、普段学校で修哉さんのこと滅多に見かけませんからねー」
「まあ学年違えばそんなもんだろ」
それにほら、俺活発系男子じゃないし。花も恥じらう草食系男子は体育以外ほとんど教室から出ないのだ。その生息地の狭さたるや、俺がポケモンならオドシシ名乗れるまである。
「……で、お前それ何やってんの?」
脳内で不憫なポケモンに仲間意識を持ちつつ青葉の腕を指差す。
華奢な彼女の両腕には、缶やペットボトル、パック系のものなど種類を問わない数本のジュースが抱えられていた。明らかに一人で飲む用ではないだろう。
「お前……もしかしてイジメ」
「違いますよー」
「ですよねー」
「ジャン負けでジュース頼まれたんですよー。お金は貰ってるんで、ただ買いに来ただけですけどー」
「へー」
うん、まあそうだよね。こいつに限ってそんな事は100%ないだろう。むしろジャン負けするようなイメージが全然ない青葉がするくらいだ、よほど仲がいい相手に買うんだろう。やだ、俺柄にもなく後輩の心配してる!
「……修哉さん、体調悪いんですか? さっきから少し顔色悪いですけどー」
覗きんだ言葉に上がりかけていたテンションがすっと下がる。普段はほんわかのんびりゆったりしているその声が鳴りを潜めたように聞こえる。冷や水をかけたような感覚を覚えたが、しかし不思議と気にならなかった。
「いや、全然? 悪いどころかむしろ元気だぞ。元気すぎて馬鹿じゃなくても風邪引かないレベル」
「あーはい、大丈夫そうですねー」
瞬間、いつもの青葉が戻ってくる。どうやら俺の気のせいだったらしい。呆れ混じりに「適当だな」と言葉を返すと、彼女は思い出したように口を開いた。
「そういえば修哉さんー、モカちゃん、最近ちょーバイト頑張ってるんですよー」
「へー。例のパン屋のパンの買い占めでもすんの?」
「……誰かさん達が全然シフト入れないから、その分モカちゃんが働いてるんですよー」
「お、Oh……。なんて言うか、ごめん」
いやほんと、マジでごめんなさい。確かに最近全然シフト入れてなかったわ。そもそも放課後は基本毎日練習で忙しかったし、土日も練習あったりするし。それプラス最近はSMSなんかもあったから、全くと言っていい程コンビニに出向いていなかった。同じくリサもそうだろう。
でも、それも過去の話。今の俺には関係ない。
むーっと頬を膨らませながら不満の意を示す青葉に苦笑いが漏れた。
「まあ、今後は俺もシフト多めに入れるようにするよ」
「お〜! 本当ですか〜?」
「流石に最近ずっと休みだったからな。そろそろ行かないと店も困るだろ」
本当に困るかは知らないけど。そもそもこの時期って忙しいのか? どの記憶を遡ってみてもあの店が混んだ覚えがほとんどない。ただ店のことは置くとして、青葉が助かるのは確実だろう。
それに、俺も放課後は暇だしな。
「それじゃあ修哉さん、バイト来てくださいよ〜」
「おー」
昇降口に到着すると青葉は駆け足で自分の教室の方へと向かって行った。ぶっきらぼうに短く返し、俺も自教室へと足を進めていく。
その時だった。
「っ」
見慣れた銀が視界に映る。廊下で談笑を繰り広げる生徒の中を淡々と、まるで意にも介さずに歩いてくる。相手はまだ俺に気付いていない。ただしかし、着々と確実に近づいて来ている。
その距離が残り数メートルまで近づいた時、体は反射的に動いていた。
「…………なに隠れてんだ、俺」
即座に方向を転換し、すぐ横にあった男子トイレへと入る。途端に全身の緊張が解け、そのまま壁にもたれかかった。
気にするな、意識するな、考えるな。そんなこと、頭の中ではしょうがないほど分かっているのに────
どうしようもなく、彼女に会うのが怖かった。
どん底までネガティブになると思考が嫌な方向にばっかり行っちゃうあるある。
感想、評価等くださる方々、いつもありがとうございます。嬉し過ぎてモチベに繋がっています。もっとください (ド直球)