彼女に出会った高校生活   作:ビタミンB

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鳥籠……友希那……(白目)



再来

 

 

 

 

 楽しい時間ほどすぐに過ぎ去り、苦痛と感じる時間の経過を長く体感することはままあるだろう。だから、当然来店する客を捌き、減った商品の品出しをし、人が減ればレジでただぼーっとしているだけという俺の体感時間の流れは最悪レベルで遅いと言えた。

 それに、隣にいるのがのんびりした奴なんだから余計にそう感じるのも無理はない。

 

「……本当に来たんですね」

「や、来て欲しいって言ったのお前じゃん。俺そんなに信用ないのかよ」

 

 休日の店内。

 

 店長曰く『立ちっぱなしだと疲れるじゃん』とのことでレジスペースの隅に申し訳程度に置かれたパイプ椅子に座り、俺は客のいない売り場を眺めながら青葉と駄弁っていた。

 

「まあ、修哉さんですからねー。基本的に適当なんで、実のところあんまり期待はしてませんでした」

「なにそれ酷い。いや、まあその通りなんだけど。実際ずっと来てなかったから返す言葉もないんだけども」

 

 しばらく話していると、軽快な電子音と共に自動ドアが開き客が来店した。商品の会計を慣れた手つきで済ませて客が出て行くのを見送ると、椅子から立ち上がった青葉がそういえば、と声をあげた。

 

「リサさんは何か言ってましたか〜?」

「リサ? なんでリサ?」

「いえ、リサさんもここ最近来てないんで、あの後修哉さんがリサさんにもシフトの話したのかなーって思いまして」

「あー、そういえばしてなかったな。忘れてたわ」

 

 それ以前、あれから俺は学校でリサと関わることがほとんどなかった。見かける事やすれ違う事はありさえすれど、一度も言葉を交わしていない。交わさなかった。

 断絶、或いは隔絶というのだろうか。あの日、俺が不要と暗に宣言されて以降、完全にRoseliaメンバーとの関わりを絶ってしまっていた。

 

 そもそもリサにバイトの話をするって考え自体が頭になかったしな。事実、青葉が必死こいて働いている状況に俺一人が加わっただけでも負担はかなり減るだろう。そこにリサがいればさらに減るが、リサもリサで今後のバンド活動やら何やらで忙しい筈だ。だから、とりあえずはこれでいい。

 

「ってかリサなら連絡取れるんじゃないの? 仲良いでしょ、お前ら」

「そうですけど、修哉さんが声掛けてくれればその手間もないじゃないですかー。一緒にバンドの活動もしてるからモカちゃんよりも接点多いですし」

「確かに……」

 

 勝った、とでも言いたげにニヤける青葉に若干イラつきながらも、実際その通りなのでそのまま流す。後輩に言い包められて先輩は悲しいですはい。

 でも、本当に今まで俺たちが開けていた分を青葉が代わっていたのなら何故まず先にリサにヘルプを出さなかったんだろう。たまたま学校で会った俺に話をするよりもそっちの方が確実性があるはずなのに。

 

 ……あれ? リサと青葉って仲良いよね? 俺には仲良しに見えてたんだけどそれで合ってるよね? でも青葉がヘルプを出さなかったのは事実……。

 そこまで考えて一つの可能性に行き当たった俺は、はっと顔を上げた。

 

「まさか……!」

「?」

 

 ……フェイク!? 仲良しは上辺の飾りだったとでも言うのか!? なんてことだ。

 

「女子の友情って怖いなぁ」

「どうしたんですか急に」

「気にしないでくれ」

 

 闇が深すぎるためこの辺で考えるのをやめる。ニーチェも深淵をのぞく時、深淵もこちらをのぞいているって言ってたしな。覗きダメ、絶対。多分ニーチェもこんな深淵覗きたくない。

 

「……っと、そろそろあがる時間だな。お前も同じ時間だったよね?」

「はい。じゃあタイムカード切りますかー」

 

 どうやら思いの外時間が経過していたらしく、気がつくと既に退勤時間になっていた。

 欠伸とともに立ち上がると、荷重から解放されたパイプ椅子がぎしりと鳴った。古くもなく、かといって新しい訳でもないそれを畳むと、レジスペースから出て裏へ向かう。

 

「しかしあれだな、相変わらず客足少ないよなこの店」

「修哉さんの運がいいんですよー。前はこれよりもっとお客さん来てましたし」

「なにその運いらねぇ……。第一、店の儲け的には客来ないとまずいんだけどな」

「まあまあ、楽だからいいじゃないですかー」

 

 特に中身の無い適当な会話を繰り広げながらタイムカードを切る。

 客足の悪さに関しては……たまたま偶然ってことにしとこう。そもそも今更感あるし、きっと土地が呪われてるんだろ。烏森もびっくりなレベルで妖も人も来ない。ついでに店長も来ない。呪い以前に終わってた。

 

「じゃ、お疲れ〜」

 

 荷物を纏め、青葉に軽く視線を振ってから閑散とした店を出る。なんとも言えない空模様を気に留めず歩き出すと、背後から足音が聞こえてきた。

 

「修哉さん、ストップ〜」

「? なに? 俺もう帰りたいんだけど。てか帰る。さよなら天さん」

 

 内心チャオズーーーー!!! と叫びながら再び足を進める。ところで餃子って書いてチャオズって読むアレ、中国語らしいね。ちなみに地方によってジャオズとかガーウジーとも言うらしい。決してまんま餃子(ぎょうざ)ではない。

 

 無駄な知識を披露しながら青葉を無視して歩いていると、今度は服の襟を掴まれた。ちょっと痛い痛い! あと意外と力強い!

 

「なんだよ……」

「モカちゃんは修哉さんたちがいない間、バイトを頑張ってました」

「うん、そうだな。それはもう聞いた」

「可愛い可愛い後輩に負担をかけた先輩は〜、なにか労うべきだと思うんです」

 

 真面目な表情、と見せかけてニヤけるのを必死に我慢している青葉は、人差し指をピンと立てて俺を見る。あー、大変だったなー、あれはキツかったー、とわざとらしく回想する様子を見かね、大きな溜息が口をついた。

 

「……なにが望みだ」

「山吹ベーカリーのパン、好きな分だけ」

「ファッ!?」

 

 おいちょっと待てふざけんな。あの無類のパン好きの青葉に好きな分だけパン奢るだと? 無理無理無理です財布が死んじゃう。

 

「流石にそれは……」

「あ〜忙しかったな〜」

「ぐっ……ああもういいよ仕方ねぇ! でもちょっとは手加減していただけると……」

「しょうがないですね〜。じゃあ、レッツゴ〜!」

 

 先輩後輩など関係ない。年功序列を思いっきり無視した一方的なカツアゲがそこにあった。

 財布の中身が気になるけど……まぁ仕方ないと割り切る事にする。青葉に任せっきりだったのは本当だしな。ほんの少しでも申し訳なさを感じてる時点で俺の負け。

 それに、俺自身パン屋に行く機会ができたと思えば悪くないだろう。ただそこにプラスアルファで後輩への奢りと言う名のおまけが付くだけ。なにそのハッピーセットいらない。

 

 ……あれ? もしやこいつも結構策士なんじゃね? リサといい青葉といい俺の周りが俺に策を弄しすぎな件。

 

「俺帰って掃除とか夕飯の準備しないといけないから選ぶなら早めにしてくれよ」

「大丈夫ですよ〜♪ どのパンを買うかは今から選んでるので〜」

「お、おう……。ならいいんだけどね……?」

 

 横で楽しそうにあれとこれとと鼻唄を歌う様子に嫌な予感がして、僅かに頬が引き攣った。無類のパン好きでも流石に限度は弁えていると信じたい。

 

 しばらく道なりに歩いていく。休日ということもあり、目的地である商店街に向かうに連れて徐々に人が増えつつあった。ちらりと街の喧騒に目を向ければ子供を連れた主婦なんかが世間話を繰り広げている。

 そのままぶらぶらと周囲に視線を泳がせながら歩いていると、ふとある人物が目に入った。

 

(っ、湊さん……!)

 

 何故此処に、とは思わない。そんな事を考えるよりももっと早く、瞬間的に弾かれるように体が動く。

 

「あ〜、あれ湊さんじゃないですか? 」

「青葉、ちょっと道変えよう。こっちから行くぞ」

「え? ちょっと修哉さ〜ん?」

 

 青葉の腕を半ば無理矢理掴むと、一本横の道へ抜ける。やけに煩い心臓がどくんどくんとリズムを刻み、急激に口内が乾いた。

 

「…………」

 

 最悪だ。ここで遭遇した事じゃない。反射的に避けることを選び、(あまつさ)えそれに安心している自分が、何より最低で最悪だった。

 ちら、と視線だけを横に振ると、青葉と一瞬目があった。こいつは馬鹿っぽいが馬鹿じゃない。細められた瞳の奥に何かを勘付いたのは確かだろう。

 

「……ささ、早く行きましょ〜。パンがなくなっちゃいます〜」

 

 けろっ、と何もなかったかのようにそう言って歩き出すに姿につい呆けてしまう。

 

「どうしたんですか? 鳩にメロンパン投げた時みたいな顔して〜」

「実際に投げたのかよ……。あんまり鳩をいじめないでやろうな」

 

 馬鹿馬鹿しい会話に嫌な思考が切り替わり、自然と表情も笑顔のそれへと変わっていく。

 

「んじゃ、行くか」

「おー!」

 

 ふっと息を吐いて再び足を進める。

 聞きたいことならあった。気にならないのか、聞きたいことはないのか。だが、それはあえて言葉にしない。きっと青葉は聞いてこない。何かがあると分かった上で、あえて聞こうとしないだろう。関心的な無関心。このサバサバして適当な距離感が、今はありがたく心地よかった。

 

 それから数分が経ち、俺たちはようやく目的地に到着した。外にまで漂う芳ばしいパンの香りが鼻腔をくすぐり、僅かに食欲が目を覚ます。片手でパン屋のドアを開け、青葉と二人で中に入る。

 

「いらっしゃいませ〜。あ、モカ! と……本街先輩?」

「やっほーさーや〜」

「あっはい、こんにちは本街です……おい青葉、なんでこの人俺の名前知ってんの?」

「そりゃ〜修哉さんはある意味有名人ですからね〜」

 

 なんで俺自分の知らないところで有名になってんの。怖いんだけど! 一回しか来たことないパン屋の名前も知らない店員に俺が名前知られてるってめっちゃ怖いんだけど! 個人情報保護法仕事して (切実)

 

 情報化社会の恐ろしさに震える俺など露知らず、青葉は見るからにテンションを上げてお盆にパンの山を作っていく。おい他に客もいるんだぞ。しかもなんかこっち見てるし。え、俺めっちゃ見られてね? つーかこの制服って花咲川の……

 

「あっ」

「あーーっ!」

「うぉっ!? なんだよ香澄!?」

「有咲! 本街先輩だよ! ほら!」

「だぁぁうるせぇ! んなこと知ってるよ!」

 

 いやなんでお前も知ってんねん。

 

「覚えてますか!? 前にメロンパンをオススメした戸山香澄です! あっ、あのときはりみりんも一緒にいたんですけど、今日は有咲が──」

「ストップストップ! 覚えてるから!」

 

 確か前にパンを買いに来た時に居た女子の内、中毒者みたいな顔してパンの匂い嗅いでた方だろう。この常時ハイテンションさは間違いない。というか年下だったのか。

 対してもう一人は……うん、知らん。金髪ツインテ巨乳のツッコミ役とか一度会ってたら絶対忘れないから知らん。属性モリモリすぎでしょこの人。

 

 俺の視線が気になったのか、金髪女子は爽やかな笑顔を作った。

 

「初めまして本街先輩。市ヶ谷有咲です」

「こ、こちらこそ初めまして。本街修哉です」

「有咲、また猫被ってる〜」

「うっせぇ! 大体お前がぐいぐい行きすぎなんだよ!」

「修哉さんも緊張してる〜」

「仕方ねぇだろ。ぼっち舐めんな」

「ぼ、ぼっちなんですね……」

 

 さーやさん? に哀れまれた。悲しい。

 それにしてもマジでなんでこんなに俺の名前知られてんだろ。どっかから漏れてんの? それとも誰か噂してんの? 青葉はさっき俺がある意味有名人って言ってたけど……だめださっぱりわからん。

 

「あの、なんで俺の名前知ってるんですか?」

「えっ、知らないですか!? あのRoseliaさんをサポートしてる男子がいる、って話題になってるんですよ」

「……とは言っても、そんなに大々的じゃないですけどね。あくまでガールズバンドの中で話題になってるって感じです」

「なるほど……」

 

 そういう感じで名前が知られてるのか。取り敢えず悪い方向の広がり方じゃない事に安心する。

 

「お会計お願いします〜」

「うわっ、これまたいっぱい買うね〜。大丈夫なの?」

「へーきへーきー」

 

 声が聞こえて振り返ると、そこには溢れ落ちる寸前までパンが積まれたお盆とそれを恍惚とした表情で見つめる青葉がいた。店員のさーやさんはその量に若干引きながらレジを打ち、合計金額を表示した。

 

「えっと、3982円になります……3982円!? 一人で!?」

「青葉ァ!?」

「修哉さん、ごちそうさまです」

「え、えぇ……? お、奢りなんだ……はは」

 

 この野郎手加減は何処行ったんだ……。でも一度決めたんだから仕方ない。ちょうど財布に野口が四人いるからギリ払える。空になった財布が悲しい。

 

「先輩、イメージと違くてびっくりしました」

「なんだろそれ、嬉しいような悲しいような……」

 

 後輩に奢らされてる姿なんてイメージしないからね普通。むしろイメージ通りとか言われたら泣いてたまである。

 さーやさんは心底可哀想な目でパンを袋に詰めていく。やめて! そんな目で俺を見ないでぇ!

 

「あの! よかったらライブ来ませんか!?」

 

 ちょうど全てのパンが袋にシュゥゥゥゥゥゥしたところで背後からライブの誘いが超エキサイティン。

 

「は、はぁ!? おい香澄っ! なんでそうなるんだよ!」

「いいじゃん有咲〜! あの……どうですか?」

 

 軽く俯き一瞬考える素振りをする。そして、

 

「ごめん、俺はこの後用事があるから遠慮するよ」

「あたしもパス〜。ごめんね〜」

「あの、すいません……ホント、無茶言っちゃって」

「うー、仕方ないかぁ」

 

 社交辞令(バトルドーム)的なアレかと思ったら本気で誘っていたらしく、戸山さんは肩を落とした。

 でも実際用事があるのは確かだからこればっかりは仕方ない。青葉にしてもそうだ。これだけのパンを持っていざライブへ! とはならないだろう。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「さようなら〜!」

「毎度ありがとうございます」

「ごちそうさまでした〜」

 

 背中に受けていた声も、しかしドアを閉めると途絶え静かになる。どうやら青葉はもう少し残るらしい。

 夕飯時に差し掛かったということもあり僅かに人が減り出した商店街を後に自宅へ向かう。

 

「ライブ、か」

 

 もう自分とは縁がないであろう言葉を口でなぞる。心からドロリとしたものが流れ出かけて──堰き止められた。

 

 大丈夫、鍵は依然かかったままだ。その事に安心、吐き気、笑顔、不安、希望絶望その他を感じ、俺はゆったり足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

「このグラフの座標の値を式に代入して、連立方程式で解く。そこで出た解をさらに───」

 

 

 

 

 相変わらず退屈な授業を聞き流しながら窓の外をただ眺める。炭酸カルシウムの白棒が黒板を穿つ小気味のいい音を耳に受けながら、一応板書はとっていた。

 

 あれから動きは何もない。最初からこれが俺の日常だったかのように過ぎ行く毎日が、少しずつ蝕むように過去と感覚を風化させていく。

 湊さんと会話はない。視線さえ交わらない。そのことに俺は、まるで彼女との間に何も無くなってしまったような錯覚を感じる。

 現実では数歩ほど歩けば届く距離にいるはずなのに、今その距離は途方もなく遠いように感じられ、不快感が胸を濁らせる。

 

 つまらない授業。退屈な空。流れる時間。教室の端でただ無為に、とりとめもない思考を繰り返して青春を費やしていた日々。

 

 まるで、全てが戻ったようだった。

 

「お、時間か。じゃあ今日はここまで。各自次回までに復習しておくこと」

 

 本日の全授業の終わりを告げるチャイムが響き、日直の礼で教室に喧騒が訪れる。机を片付け荷物をまとめ、帰ろうと教室を出た時にそいつは現れた。

 

「やっほー♪ ちょっとついて来て!」

「はっ? おいちょっと待て待て待って引っ張らないで!」

「いいからびゅーんと行くよー!」

 

 快活な声と共に腕を掴まれ、あり得ないくらい強引に何処かへと連れて行かれる。この時点で誰かわかるだろ。俺もわかる。完全にデジャヴ感じたからね。

 てかちょっとマジで待って速い! 走るの速すぎ!

 

 途中何度も転びそうになりながら連れて来られた部屋は、なんとも懐かしい場所だった。

 

「到着〜!」

「はぁ、はぁ……お前ふざけんなよ……はぁ」

「なにブツブツ言ってるの? やっぱ修哉くんって面白いね〜」

「誰のせいだと思ってんだ」

 

 窓から射し込む日差しを浴びて、キョトンと首を傾げながら。

 俺をここへ連れて来た張本人は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──氷川日菜は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





更新遅れてすいませんでした許してヒヤシンス (早口)
ポピパメンツ書いててすごい楽しかったんだけど上手く書けてる自信ないです。難しい。

物語もようやく起承転結の転らへんに差し掛かってきました。終わりに向けて頑張って書いていこうと思います。

評価者、感想共に100件を超え、お気に入りは960件、総合評価は2700になりました! 本当にありがとうございます……! 評価者100人は夢だったのでとても嬉しいです! これを励みに続きを執筆していこうと思うので、今後も楽しみにしていただけると嬉しいです。えきさいてぃん (古い)

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